東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

お知らせ(北区史を考える会 講演会)

2017-06-11 12:56:04 | 日々

 「北区史を考える会」の方から今戸焼と今戸人形、実際の自分の体験を踏まえたお話、ということで上記のようにお話させていただくことになりました。学者、研究家、学芸員ではありませんので、理路整然としてお話にはなりませんし研究というよりも思いに偏重した内容になるかもしれませんが、お近くの方でお時間のある方、お付き合いいただけたら、と思います。

※上記チラシの文章ですが、自分で編集したものではないので、3か所、正確に伝わっていなかったところがあるのでこの場で訂正させていただきます。

①2行目:(今戸人形)作られて⇒(今戸人形)作られて

②3行目:発祥としても知られている⇒発祥としても知られている。

③最下段:再⇒再

ちょっとした文字の違いですが、自分の意図とはニュアンスが違うというか、二人羽織でお蕎麦が鼻の孔に運ばれてきたという感じのような、、。

 

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ひねり鳩の配色

2017-06-11 00:28:17 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 以前にも作りましたが、配色の異なるタイプを加えてみました。某収集家のコレクションに見られるタイプと川崎巨泉の玩具の写生画に描かれているタイプなどを参考にしました。背中の黒地のものにはまがい砂子が蒔かれています。配色のバリエーションはもっとあったのだろうと思います。わかり次第増やしてみたいです。

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6月の歌舞伎座

2017-06-09 23:48:19 | 日々

 昨日歌舞伎座の昼の部を観てきました。お目当ては当然「弁慶上使」。これ見逃がしたら、絶対後悔しそうと思っていましたが、やっぱり観てよかった、、。これまで振り返って、この狂言は故・実川延若丈の弁慶と故・市村仁左衛門丈の弁慶を観たことがあります。(先代の松緑さんのも観たことがあったような、、、。)個人的にはおわさの件はいつも面白いと思っていたんですが、弁慶の愁嘆の件は何かしっくりしないというか、弁慶の隈取と毬栗の頭の扮装が不思議で愁嘆での演技が強烈な扮装に埋もれてしまってしっくりしないという印象を持っていたのですが、今回の吉右衛門丈のはいかにも丸本狂言の人情の綾になじんでいて同時に動きが昔の山車人形が動くような味が感じられてすばらしいと思いました。昔観たときにはなぜかそういう印象には至らなかったのは自分の感覚に問題があったのかどうか、、。昼の部はこれ一本だけで大満足でした。夜の部の高綱が吉右衛門丈なら絶対観たいというところですが、、、。9月の秀山祭歌舞伎は何が出るのでしょうか。楽しみです。

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拾いもの

2017-06-02 21:45:15 | 錦絵

 入院する前のこと。筆が摩耗しているので新しいのを買いに自転車で出かけた折、町はずれの古本屋さんを覗いていたら、額装の明治のおもちゃ絵がたまたま出ていて、値札をみたらびっくりするくらい安いのでミーハーで買ってしまいました。店は錦絵の専門店ではないのでたまたま仕入れに混ざっていたものでしょうか。「ぱっと観」で上の枠に「志ん板 〇〇づくし」とか「版元」とか「絵師の名」が見えないので、おそらく発行されたものを持ち主が鋏を入れたんだろうと思っていたのですが、素人が鋏を入れたようながさがさ感がないので、もともとこういう形だったのだろうかと思うようになりました。

 反射するのでガラスから出して。左右に3枚、上下に3枚計9枚に仕切られた絵ですが、総合的に何つながりなのでしょうか。向かって右上から時計まわりに、、。

  ↑ は箱ものの展開図になっていて右上の猫さんが蓋で左下の毬が身になるよう切り抜いて組み立てるんでしょうか。左上はネズミのようなので蓋で、右下の身の底には白抜きでネズミのシルエットのようなもの?三升の紋のような蓋とひょうたんか夕顔の身のような蓋もあり、全部で何かの趣向の組み合わせなんでしょうか。

 ↑ は家財道具尽くしみたいな取り合わせでしょうか。時計や西洋の帆船の絵の額もあればサンゴが島台に乗っている飾りやお煎茶の涼炉まであります。

 ↑ この絵はいきなりスペクタクルですね。謡曲の「珠取」に由来する「海士」の世界なんでしょうか。

 ↑「花屋敷」とか「植木屋」の世界?箱庭遊びに通じる感じですね。

↑ 「小間物づくし」でしょうか。櫛やかんざしの一部は開いたように描かれているので切り抜いて、糊で貼り合わせるようになっているみたいですね。

↑ 水屋道具、お勝手道具づくしですね。右下に立っているのは甕でしょうか、それとも焼壺のようなものでしょうか?

↑ 家族合わせのようなものでしょうか。「吉ぞう」「おえつさん」「松さん」「おきくさん」とか名前が振ってあります。「吉ぞう」が頭にのせているのは味噌か何かでしょうか。

↑ お稽古ごとのおさらい会のようですね。見台(けんだい)の脚が蛸足になっているので「常磐津」のおさらいでしょうか。手前に座っている人たちには名前が振られています。

 ↑ 中心の絵は「猫の稽古屋」でしょうか。格子の中に立っている猫は何をしているのかわかりません。下の右の猫はパラソルですね。猫が三味線でお稽古しているとか後ろに三味線の胴が並んでいるというのが皮肉な感じですね。

これら9枚の絵の取り合わせのテーマというものがあるのかどうかわかりません。中には切り抜いて組み立てるというように描かれていますが小さいので大変でしょう。

ハイカラな舶来風なものも描かれていかにも明治調。使われているスカーレットやバイオレットの染料、スカーレットと胡粉を混ぜて作ったピンクなどもいかにも明治という感じです。よく見ると「猫の稽古屋」のところに絵師の名?のようなものが入ってます。

こうした「おもちゃ絵」は江戸・東京では「絵草紙屋」という店で商われていたとか呼んだことがあります。顔が命のお人形の吉徳さんの小林すみ江先生から以前お聞きした話で。明治大正頃まで東京の子供たちによって行われていた言葉遊び、、、。

「〇〇ちゃん」と背後から名前を呼ぶと、呼ばれたほうは「え?」と反応する。そこに間髪を入れず「え(絵)は神明(芝)、人形は浅草」というのが流行っていたそうです。神明(芝)あたりに絵草紙屋が多かった、浅草に人形屋が多かったそうです。

 

 

 

 

 

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「茶の湯」展

2017-06-01 13:48:31 | 日々

 先週退院したものの、Dr.からがつがつ動かないで足を高くして休んでいるよう指示をいただいているので、土の水簸(すいひ)とか窯入れとか毎日すこしずつ作業をしていました。前から是非行きたかった国立博物館の「茶の湯」展、今週いっぱいで終わってしまうので火曜日の通院ついでに行ってきました。

 出かけてみてびっくり!混んでいること。やっぱり茶道を習っているひとの裾野の広さのためでしょうか。仏像彫刻の展示なんかだと少し離れて全体を眺めたり違う角度から眺めたり、隙間があったらケースに近づいて間近に観たりできますが、今回の展示だと軸物などタッパを高く展示されているものは別として茶碗とか棗とか小さなものは離れては見えないので残念でした。それでも隙間のある展示物には近くで観ることができました。入院前に行ったのなら、もっとゆったりゆっくり観ることができたのかどうか、、。

 こうした大規模な展示だと見比べることができるという利点がありますが(実際人垣で観れないものがあったものの)、こんなにたくさんではなくて少しだけをじっくり見るほうが、染み入ってくるような気がしました。その点、静嘉堂とか五島とか永青とか個別の美術館をのんびり訪ねていくのが気持ちにゆとりもできるのかなとも思いました。根っから「黒山の人だかり」とか「まっすぐ歩けない」「自分の動きに急ブレーキをかける」ことが大の苦手なので、、、。

 図録を買って、家に戻ってゆっくり画像を観ています。

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入院、、、、、

2017-05-11 11:59:49 | 日々

 先の週末に俄かに体調に変化があり、病状がおととしのべにや民藝店さんで作品展をやらせていただいた際の2日目からの入院のときとほぼ同じなので、今回もまた入院か?????と案じていました。そうなると浅草被官稲荷さんにもできるだけ迷惑おかけするのを少なくするためにもと、40度近い熱でめまいがするものの、出来上がっている狐を僅かでも入院前にお渡ししなければ、と自転車で往復したのですが、我ながら結構怖かったです。無茶な運転は日頃からしませんが、普段の感覚とは違うのでひやっとすることがありました。まあお渡しできてひと安心。主治医のDr.に診察いただいて、案の定「即入院」。ベットに横たわっての眺め。結構緑の多いよいロケーションなんですが、、。

 点滴とか血液検査とか患部の確認だとかいろいろある中、やっぱりできることに限りがあるので持参したfaborite動画を再生してみたりとか、本をめくるとか、TVのニュースだけ見るとかしていますが、時間の経過こんなに遅く感じて過ごすというのは結構辛いです。

 家には頼まれているいろいろな種類の人形の素焼きが待っているのに、、、、皆さんには申し訳ありません。それとこの数週間の間にメールで丸〆猫についてお問い合わせいただいている方で、当方から返信がない、という方いらっっしゃれば、お手数ですが再度ご連絡いただけませんでしょうか。誤って不要メールと一緒に削除したものがあるかもしれません。

入院どのくらいかかるかわかりませんが、早く作業を再開しなければ、と思っています。

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蔵王連峰と月山

2017-04-24 11:39:21 | 日々

 金曜日4月21日は亡き父の四十九日法要と納骨式とで我が家のお墓とお寺のある山形市へ出かけてきました。数日前から悪天候で新幹線が運行休止するなどのニュースで心配していましたが、当日は落ち着いた天気で目の前の蔵王連峰を見上げ、北西には月山を眺める良い天気。父も喜んだのではないかと思います。我が家は自分の生まれる前から久しく不幸を出していなかったので、自分にとっては葬儀や法事とかの段取り、マナーなどさっぱりわからず、「何がわからないかがわからない」という状況でドタバタしていましたが、とりあえず納骨まで済ますことができてほーっとしています。父も懐かしい山形でのんびりできているのではないでしょうか。

 我が家のお寺さんは市内の村木沢というところにあって、女優の渡辺えり子さんが生まれ育ったところです。お墓は村木沢より東の須川という蔵王から流れてくる川の畔で目の前に蔵王連峰を見上げるブドウ畑の中にありました。最近ブドウ畑はなくなってしまいましたが「蔵王連峰を見上げるスポット」というのは昔からかっこいいと思っていました。

納骨式のあと、参列してくださた親戚にみなさんと「なおらい」をして、その足で山形から仙台経由で帰宅しました。せっかく出かけた久しぶりの山形だったので、温泉でゆっくりしたかったですが、十五夜さんが待っているのでまたの機会にします。桜やこぶしなどまだ山形では盛りのようで満開でした。

 

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狐・狐・狐

2017-04-19 17:06:53 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 先日久しぶりに素焼きした浅草被官さまの鉄砲狐を塗っています。図らずも昨夜三社様より残り品薄というお知らせをいただいたので今朝一番に自転車でお届けしてきました。

 あさ6時頃出発してゆっくりゆっくり漕いで浅草まで往復しましたが、路面の凸凹で荷造りした狐たちが傷むことないようにです。そんなわけでいつもよりも時間がかかりましたが、この季節の朝のサイクリングは気持ちいいですね。びっくりしたのですが、藤とかつつじ、さつきとかもう咲いているんですね。八重桜も盛りですが山吹も咲いていました。

 上の狐たちですが、今戸ではありません。昔の堤人形の奉納用の狐を再現しているところです。

昨年、宮城県内に鎮座される稲荷神社さまからお問い合わせがあり、現状で瀬戸物製になっている奉納用の狐を土製に戻したいので作ってもらえないかというご希望でした。被官さまの鉄砲狐の画像を御覧になってのお問い合わせだったのですが、宮城県内に鎮座されている古いお社で、過去には土製の狐があったのだそうですが、実物はないようなので、今戸風の狐をお作りしても、土地の風習とは馴染まないのではないかと思い、地域的には堤人形か花巻人形が流通していただろうと考えるのが自然なので、とりあえず堤式のモデリングと彩色で作ってみました。耳の縁や宝珠には「金」で塗っているものと「黄色または黄土」で塗っているものとがあるのでそれも両方試してみました。個人的には金色は好きではないので、黄色のほうがひなびた感じだと思っています。

 あんまり関係ないかもしれませんが、昔の堤の人形は内側にも胡粉を塗るという特徴があるのでそれを真似てみました。

 はじめて塗ったものなのでまだ不慣れな感じですね。胸の「宝珠」とか爪の点々はオリジナルにはないのですが、入れたほうが映えるかどうか試しに入れたものです。

 こうやって塗ってみて、やっぱり今戸の配色に安定感のようなものを感じますが、神社のご希望にお作りしたというまでです。今日神社へこれらをお送りして調整することなどご意見をいただいて変更もあるかもしれません。被官さまの鉄砲狐ももっとつくりますし、年末の王子装束稲荷の招き狐も頼まれているので基本狐作りでいっぱいです。

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久しぶりの窯入れ

2017-04-11 21:49:52 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 先月、父とのお別れ以来の久しぶりの窯入れです。それなりに型抜き成形は進めていたのですが、家の整理が悪く、父の祭壇を玄関の上り框の横に設置したので、その場所を空けるために急きょ物を窯のスペースに押し込んでいたのでした。

 稲荷の狐のお納めやお約束してあるものも早く焼き上げて彩色しなければ、と悶々としていましたが、やっと窯のスペースを空けて窯入れしました。明日の夜には焼きあがって、次の朝には冷めて取り出せるかと思います。もうひと窯分の人形も待っているので早く次の工程に進めたいと思っています。

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近頃の十五夜さん

2017-04-07 22:00:37 | おともだち

 うちへ来てからはや7年。当時病院で診てもらって、1歳くらいではないか、、と言われたので単純には8歳なんでしょうか。家の中をいろいろ探検しているので案外ものや場所を一番知っているのではないかと思います。最近、やたらさびしがって、仰向けになっていればお腹の上に、椅子に座っていれば膝に乗ってきます。電話で話してるのが嫌いで、電話を手にするとプイと行ってしまいます。パソコンを開いているとキーボードに乗ってくるのは困るのでベニヤ板で覆いをしますが、、。

 私が何をすればどうなる、という見通しを持っているので、着替えたり、靴を履いたりすると悲しそうな顔をします。隣の町内の仕事場へは連れていけないので気の毒です。以前は人の食べているものには全く興味を示さなかったのが、最近では気になって仕方ないという様子で煮魚はもちろん、野菜の和え物などもくんくん嗅いできます。父の祭壇に朝夕のご飯をおかずと一緒にお供えするのですが、魚だとうっかり食べてしまいそうなので、魚はお供えしないようにしています。味がついているものは体に悪いので心配です。

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岩淵水門のライトアップ

2017-04-05 21:38:27 | ご近所

 今日買い物で夕方川向うの埼玉県川口市までチャリで出かけた帰りに気付いたのですが、岩淵水門がライトアップされているんんですね。以前は暗かったはずです。赤羽のシンボルとして知られているのはここ、岩淵水門と赤羽台の大団地(多摩ニュータウンや高島平団地が登場する以前は大きな団地として知られていました。)

 この水門大正13年の建造物で、「赤水門」として知られていると思います。画像は荒川の上流からの眺めです。画像に映っていませんが向かって左に荒川放水路が流れ、「赤水門の向こう側は左手土手を挟んで流れてきた「新河岸川」と合流してその下流が隅田川になります。

荒川の流れは昔から氾濫を繰り返したり、流れを変えたりで、「荒川」と呼ばれる水域も時代ごとに異なっていたみたいで、今でいう隅田川を千住あたりまで荒川として呼ばれていたこともあったとか、、。岩淵水門と荒川放水路の完成によって荒川の流れは今のように定着したようです。

 荒川の土手も割と桜並木などあり水門の周辺も咲いていますが夜は真っ暗。もう少し下流の足立区江北の「荒川土手」の桜はアメリカワシントン?の桜の親だったとか、、。

 

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水温んで芽が吹いて、、、

2017-04-05 20:57:24 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 一度は暖かくなったと思えばまた冷えて、昨日あたりからようやく過ごしやすくなりました。泥水に手を差し込んでも痺れません。このところお稲荷さまの狐類を中心に型抜きに明け暮れているので、土の消費のペースも高く、絶えず土が準備できているよう心掛けていますが、つい先週までは水が辛くて水簸(すいひ)の作業はできませんでした。久しぶり昨日と今日で右のバケツで撹拌した泥しょうを篩にかけ左のバケツに貯めています。前回までの沈殿した泥しょうは石膏鉢で水分を取り除いています。

 普段は泥バケツの上にカップラーメンの殻どんぶりに目を出している木々(みかん、はっさく、りんご、ぶどう、サクランボ、

ビワ、オレンジ、梨など食べた種を蒔いたもの)を載せて小さな田舎気分を味わっています。柑橘系の葉っぱは常緑なので変化は大きくありませんが、りんごやサクランボや梨などは将にこの時期芽を吹いてわくわくします。カップの中の広葉樹は秋には紅葉があり葉が落ちるなど、季節が流れています。

 普段はこんな感じです。枯草が茫々としているのも、田園気分を味わいたくてそのままにしているんですが、端からはだらしないと思われているかもしれません。

 こちらは毎年楽しみにしているフジバカマと清澄菊の芽吹きです。下のバケツにも泥が眠っています。

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中野ひな市 2017

2017-03-25 11:44:01 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

  来る3月31日(金)と4月1日(土)の2日間、長野県中野市の「中野のひな市」が開催されます。画像は中野の土人形の定番のひとつ奈良家の「大黒帳持ち大黒」です。土人形愛好家の垂涎の的ですね。奈良久雄さんがお若い頃から手掛けられている人形ですが今回のポスターになっている人形の彩色の入念さには頭が下がります。鶴から宝珠まで入念な彩色ですね。

 例年中野の土ひなを求めて全国から兵たちが集う有名な行事です。地元中野の土ひなの販売の他に全国からのその他の土人形を即中野売する枠があり、数年前より拙作の人形も出品させていただいています。例によって今までてがけた種類の人形の中からいくつかをお送りしてあります。相対的に拙作の人形はサイズ的には特別大きなものはなくて小さなものが多いです。また最近の身辺の事情により間に合わなかった種類もあり残念ですがお察しくださいませ。

 おでかけの方、お時間ありましたら拙作のものもご笑覧いただければと思います。

 

 中野ひな市公式HP⇒

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すみれ

2017-03-09 21:20:22 | 日々

 3月上旬。少し前までは暖かくてすっかり春めいたと感じていたのにまた肌寒くなってきたような、、。

割と身近な地面に咲く草花には目が向くほうですが、これら歩道の隅に群生している「すみれ」が気になっていました。

すみれの花といえば「国電のストライキに見ることができる花」というイメージを昔からありました。まだ茶色の国電が走っていた頃、国鉄のストライキがあれば線路を歩いている人がたくさんいて、子供心にいつ電車が走ってくるかという不安とともに普段は入れないところで珍しいものを見つける年に一度の機会のような期待がありました。期待のひとつが「すみれの花」でした。 自分で受けた印象に過ぎないかもしれませんが、湿った土地とか粘りのある地面には「すみれ」は生えず、石ころの間とか乾いた砂利道の傍らとかアスファルトの隙間とか「ど根性的」な地面に咲いていることが多いような気がします。

当時は自分の身の回りで普通にすみれの咲いているところは案外少なく、線路を歩けば見つかることがありました。植木市で鉢植えで売られているすみれも観たことがありますが、画像のようにアスファルトの隙間に「ど根性風」に群生しているすみれのほうが美しく感じられます。

それにしてもすみれはストライキの花というイメージを持っていたので、こんなに早い時期に咲いているというのが意外な気持ちです。

すみれの隣で地面に貼りついて咲いているタンポポもど根性ですね。

 しばらく更新もしていませんでした。先週末父親が逝きました。84歳。家族から不幸を出すという経験は自分の記憶ではなかったので、経験不足というか不安でしたが、家族でささやかな雰囲気でお別れをすることができました。お別れまでの数日間、行き来するたびに目に入るすみれの群生でしたが、今日改めてそばに寄って画像に撮ることができました。いかにも春めいた時期も好きですが、まだ寒さが残ってこれから春がやってくるという期待感のあるこの時期が父とのお別れの季節であったことはよかったと思います。

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春吉翁のご命日

2017-02-28 21:29:15 | 日々

 作業中の尾張屋 金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)。江戸から続いた今戸焼の土人形、今戸人形の最後の生粋の作者でした。不知火関(小)を彩色されているところです。今年はうるう年ではないので春吉翁のご命日である2月29日が暦にありません。そこで本日28日に今戸町にあるご墓所へお参りに出かけてきました。

チャリで出かけたので赤羽で生花を用意しても途中でぐじゃぐじゃになるのが心配だったので今戸町内にある花屋さんで求めて持参しました。

お寺さまの井戸水を汲んで、お掃除をしてからお供えし、線香をあげてお参りさせてもらいました。

帰りはいつも観音様三社様に寄っていますが、今日は暗渠になっている山谷堀に沿っていつも通り過ぎている吉原大門から竜泉寺町の一葉記念館に寄ってきました。

画像の道路から左側が段差がありますね。高いほうが昔の遊廓の中側で、低い道路のところは有名な「おはぐろどぶ」だったらしいです。

吉原大門から「衣文坂」が斜めに走っていますが、坂はこの段差をつないでいるのですね。

 一葉記念館。数年前まで改装中で閉館していました。この物の前の小さな児童公園こそが、一葉の住まいがあったところだそうです。

ここに住まわれていた間に「たけくらべ」の想を得たようですね。

「たけくらべ」の記念碑。

旧一葉住宅跡の碑。

近くに「一葉せんべい」というお店もありました。この付近、お酉様もあり、中村勘三郎さんの眠るお寺もあり、下谷七福神や初午で有名な千束稲荷

もあります。金杉、根岸から日暮里に抜け、田端から駒込、西ヶ原と旧・藍染川沿いを通って帰りました。染井の商店街では桜の飾りがしてありました。

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