東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

すみれ

2017-03-09 21:20:22 | 日々

 3月上旬。少し前までは暖かくてすっかり春めいたと感じていたのにまた肌寒くなってきたような、、。

割と身近な地面に咲く草花には目が向くほうですが、これら歩道の隅に群生している「すみれ」が気になっていました。

すみれの花といえば「国電のストライキに見ることができる花」というイメージを昔からありました。まだ茶色の国電が走っていた頃、国鉄のストライキがあれば線路を歩いている人がたくさんいて、子供心にいつ電車が走ってくるかという不安とともに普段は入れないところで珍しいものを見つける年に一度の機会のような期待がありました。期待のひとつが「すみれの花」でした。 自分で受けた印象に過ぎないかもしれませんが、湿った土地とか粘りのある地面には「すみれ」は生えず、石ころの間とか乾いた砂利道の傍らとかアスファルトの隙間とか「ど根性的」な地面に咲いていることが多いような気がします。

当時は自分の身の回りで普通にすみれの咲いているところは案外少なく、線路を歩けば見つかることがありました。植木市で鉢植えで売られているすみれも観たことがありますが、画像のようにアスファルトの隙間に「ど根性風」に群生しているすみれのほうが美しく感じられます。

それにしてもすみれはストライキの花というイメージを持っていたので、こんなに早い時期に咲いているというのが意外な気持ちです。

すみれの隣で地面に貼りついて咲いているタンポポもど根性ですね。

 しばらく更新もしていませんでした。先週末父親が逝きました。84歳。家族から不幸を出すという経験は自分の記憶ではなかったので、経験不足というか不安でしたが、家族でささやかな雰囲気でお別れをすることができました。お別れまでの数日間、行き来するたびに目に入るすみれの群生でしたが、今日改めてそばに寄って画像に撮ることができました。いかにも春めいた時期も好きですが、まだ寒さが残ってこれから春がやってくるという期待感のあるこの時期が父とのお別れの季節であったことはよかったと思います。

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春吉翁のご命日

2017-02-28 21:29:15 | 日々

 作業中の尾張屋 金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)。江戸から続いた今戸焼の土人形、今戸人形の最後の生粋の作者でした。不知火関(小)を彩色されているところです。今年はうるう年ではないので春吉翁のご命日である2月29日が暦にありません。そこで本日28日に今戸町にあるご墓所へお参りに出かけてきました。

チャリで出かけたので赤羽で生花を用意しても途中でぐじゃぐじゃになるのが心配だったので今戸町内にある花屋さんで求めて持参しました。

お寺さまの井戸水を汲んで、お掃除をしてからお供えし、線香をあげてお参りさせてもらいました。

帰りはいつも観音様三社様に寄っていますが、今日は暗渠になっている山谷堀に沿っていつも通り過ぎている吉原大門から竜泉寺町の一葉記念館に寄ってきました。

画像の道路から左側が段差がありますね。高いほうが昔の遊廓の中側で、低い道路のところは有名な「おはぐろどぶ」だったらしいです。

吉原大門から「衣文坂」が斜めに走っていますが、坂はこの段差をつないでいるのですね。

 一葉記念館。数年前まで改装中で閉館していました。この物の前の小さな児童公園こそが、一葉の住まいがあったところだそうです。

ここに住まわれていた間に「たけくらべ」の想を得たようですね。

「たけくらべ」の記念碑。

旧一葉住宅跡の碑。

近くに「一葉せんべい」というお店もありました。この付近、お酉様もあり、中村勘三郎さんの眠るお寺もあり、下谷七福神や初午で有名な千束稲荷

もあります。金杉、根岸から日暮里に抜け、田端から駒込、西ヶ原と旧・藍染川沿いを通って帰りました。染井の商店街では桜の飾りがしてありました。

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飯岡の裃雛(ドガミシモ)②

2017-02-22 06:52:38 | 日々

 

先月末に型抜き(成形)のお手伝いに行った千葉県の飯岡(旭市)のドガミシモの木地が無事乾燥し、素焼きも済んだという連絡をいただき、続く工程のお手伝いに出かけてきました。

 

 素焼きはなるべく昔の人形の感じに近くなるようあまり高温にせず焼いてもらいました。土色といい、手取りの感触や重さなど地元の「かべと土」独特の風合いがあるように感じました。

木地を軽く磨いてから、胡粉で地塗りをしてみると、「あまざけや」さんに残っている一対の裃雛(ドガミシモ)と同じような肌合いになりました。面描きをはじめとする彩色は全て地元の有志の皆さんにやってもらいました。その起動力はすごいです。40セット弱の人形の磨き⇒地塗り⇒彩色⇒ラベル作り⇒ラベル貼りの作業が1日半で終わりました。

 古い飯岡人形を直接触るという機会が余りなかったので、これまで知らなかったこと、今回改めて気が付きました。

収集家のコレクションに含まれている古い飯岡の裃雛(ドガミシモ)の多くには群青色部分に細かい銀粉(アルミニウム粉)が蒔かれていることが多いように思っていたので、お手本となった今戸人形が金の砂子を蒔くのに対して銀粉を蒔くことが飯岡の特徴なのだと思っていました。新潟の三条の土人形と今町の土人形の作行が似ている中で、三条では金の粉や砂子、今町では銀粉が使われているという話に似た現象ではないかと思っていたのですが、実際地元に残っているものには金の粉や砂子を蒔いている人形が少なくないことがわかりました。そのため、当初銀の粉を蒔けばよいと思っていましたが、「あまざけや」さんの一対に準じて金粉を蒔くことになりました。

 底には即席に彫った版でラベルを刷り、ひとつひとつに貼りました。

出来上がった人形の群像。すごいと思いませんか。

 

  地元の「かべと土」を採取して細かく砕き、練り込んで作られ、地元の人々の手によって仕上げられた人形たち。上の画像の一対だけは銀粉を蒔いてもらいました。

昭和戦前には廃絶した人形ですが、今回地元の人々の意志と労力によって復活された人形たち、魂の通った飯岡の人形であることには間違いないと思います。

これらの人形は3月4日に開催される「飯岡文学賞」一般公募の入選者の皆さんの表彰式でお披露目されたのち、受賞者に記念品として贈られるのだそうですが、来年に向けて、また作られる方向だそうです。

 

昨年末からお話をいただいて、実際に間に合うのかどうか正直心配でいましたが、余裕で完成して何よりです。地元の皆さんの意志と実行力には本当に感心させられました。

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型抜き・乾燥・焼貯め・土づくり

2017-02-19 00:30:24 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 作業の風景ばかりで地味な感じです。このところ浅草の被官さま(浅草被官稲荷さま)の鉄砲狐(神社ではお姿と呼んでいる)づくりに励んでいます。毎年のことですが、初午、二の午、3月の被官さまの大祭を控えているので、在庫が切れることがないように、と心掛けています。ただ作業のスペースや人手(当然すべてひとりでやっている)の限界というものがあるので他所のように効率的にはいきません。とにかく狐を中心に。また丸〆猫(まるしめのねこ)についてもお問い合わせをよく受けるので、狐の合間に型抜きして貯めています。素焼きはできるだけ炉内をいっぱいにして稼働させたいので抜き出した狐や招き猫などを室内の高いところで乾燥させています。

この季節、当然暖房をしているので余熱ももったいないという感じです。籠の中には人形。ハンガーには吸水ダスター。前にも記事に登場させましたが、こぼれた水もさーっと吸水。という素材です。我が家ではどうやって使うかといえば、水簸にかけた泥しょうを石膏の吸水鉢に移して、水気をとばすときに、鉢の下に座布団のように敷いて、石膏鉢から水分を吸収させ、泥からの水分の吸収を促すようにしています。毎日ダスターを交換して、おしめのように乾燥させます。

 何個かある石膏鉢のひとつです。泥の表面にクレバスのような裂け目が入ってきて、もうすぐ取り出せそうないい感じになっています。

狐以外の人形も含め、型抜きには結構粘土を使うので、土も足りなくならないよう、外での水簸作業も天気を見ながら行っています。真冬という感じではなくなってきているので外での水いじりも最も辛いという天気ではなくなってきています。

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千葉日報(2017年2月7日)より

2017-02-11 12:48:39 | 街角

画像ぼやけていますが、先日の飯岡人形の型抜き作業のことなど取材があり「千葉日報」に記事として取り上げられました。

記事の電子版というのもあるのでリンクを貼らせてもらいます⇒

一部素焼きをしたという連絡とその画像をいただいたのでアップしたいと思います。

飯岡の「かべと土」の焼き色をみるのははじめてです。素焼き後の手取りはどうでしょうか。

素焼きをされた地元飯岡「海音窯」の近藤さん。先日、型抜きのときにお目にかかって、どうなるだろうかといったお話をしましたが無事素焼きしていただいてよかったです。

型抜き分全部が焼き終わったところで、地塗りから彩色の作業に再び飯岡に向かう予定です。

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民藝(THE MINGEI)2017年 2月号

2017-02-04 11:17:55 | 日々

民藝(2017年2月号) 特集・平成28年度 日本民芸館展 -新作工芸公募展ー が発行されました。

昨年度のこの号にも画像ページに拙作の「招き猫のぴいぴい」を掲載いただいてとてもうれしかったのですが、先に記しましたとおり、今回「日本民藝協会賞」をいただいて「受賞者のことば」

という欄に作文を載せていただいた上に、画像ページⅠページに上下二段に作品を掲載いただいています。本当うれしいです。

好きで勝手にはじめたことですが、続けてきてよかった、としみじみ思ってます。やってみたい、作ってみたいものがたくさんある中、まだ手掛けていないもの山のようにあります。もともと「ぶきっちょ」だったり要領が悪かったりで人一倍鈍いのですが、こうしたご褒美をいただいて、励みになります。まだ手掛けていないものも、既に手掛けているものを更によいものにしたいなど、続けていきたいと思います。ご指導よろしくお願いします。

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大急ぎのお納め

2017-02-03 18:24:09 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 一昨日夕方、被官さま(三社様境内にある浅草被官稲荷神社さま)の「お姿」の残りがなくなっている、というご連絡をいただきました。

暮れ以来、他の作業と同時進行で鉄砲狐の抜き貯め、焼き貯めはしていましたが、レギュラーの数には達していなかったので、かき集めてお持ちできる数の素焼きを急いで彩色して昨日お持ちしました。何はともあれ全くなくなってしまってはご迷惑おかけするので、変則ではあってもがんがん抜いて、焼いて、彩色して、小分けであってもマメにお届けしようと思っています。昔の松戸の「すぐやる課」みたいに柔軟に対応しなければと思います。

今年の初午は2月12日だったと思います。それに向けても何とか穴が空かないようせっせと作るしかありません。がんばりたいと思います。

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飯岡の裃雛(ドガミシモ)

2017-01-27 23:22:07 | 日々

今日始発の銚子行きのバスで飯岡へ行ってきました。先日割型を作っていた裃雛は飯岡のNPOの方々からのご依頼でかつて地元飯岡で作られたいた「飯岡人形」を復興できないかという試みです。まだ乾燥しきっていない割型(男雛女雛のふたつ)は結構重かったですが、無事現地にお持ちしてみなさんと一緒に型抜き作業をしました。

 材料の土は「屛風ヶ浦」の「かべと土」といわれる層のものを事前に採取してもらって粉砕、練り込みまで準備してもらっていました。はじめて触ったのですが、独特な手触り。ぬるっとしてこりこりしたような感触です。かつて戦前まで飯岡人形を作っていたという伝承ではこの土を材料にしていた、ということで、実際いじってみて納得したのは、伝世する飯岡の人形を総じて手取りが重くてずっしりしているのは、この土のためではないか、、ということです。今戸人形のように人形の内側を中空にするにはちょっとにぶい感じです。

 画像で作業されているのは私ではなくて、地元の有志の人々です。今日一日で何と20組余の人形を抜き出しました。すごい!!!十五夜さんが留守番しているので現地に泊まるのは難しいので明日改めて出かけて、時間を置いた状態でバリ取りとか仕上げをしたいと思います。うまくいくといいなと思います。

土のせいもあってざっくりしていますが、明日改めてなめしたりします。

 今更言うまでもなく、飯岡の土人形はかつて浅草の今戸人形が下総や上総に流通してやがて今戸人形をもとに地元で作られた人形で、基本的には今戸人形の特徴を取り入れて製作されていました。そんなわけで今戸人形の親戚のようなもので、地元の有志の方々がそれを再興しようという心意気はすばらしいと思います。ここ飯岡は東日本大震災の際、津波によって海岸沿いの古い市街地を失い、街の復興への取り組みのひとつとしてかつての郷土の文化を見直そうという方向の中の取り組みのひとつが土人形作りだそうです。私のような人間でもこういうことで関われるのであればうれしいです。

 飯岡へは生まれてはじめてです。作業にお邪魔したところが「屏風ヶ浦」の高台の上で絶景のところ、風音が大きくてびっくりしました。水平線の向こうはアメリカ?という実感。

明日またお邪魔して皆さんの取り組みがうまくいけるようにお手伝いしたいです。(やってみてどうなるかわかりませんが、、。)

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試しの型抜き

2017-01-24 18:13:49 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 一月も早や下旬にかかって慌てています。昨年から山積の作業の中で一番気懸かりだった作業。これまでの経験とはちょっと違った作業。頼まれて作っているものの、自分の人形というより、かつて地域で短期間作られていたという人形。郷土の歴史に因み、地元でそれを復興させたいというご意志に微力ながらお手伝いできれば、ということで、人形の原型と割型を起こし、地元へお持ちして現地の土を使って現地の人の手で再興できるよう、工程等でもわかることはお伝えするという内容です。その地元に昔使わていた割型さえあれば、もっと話は簡単なのですが、「ない」。実際に作られていた人形類は地元の資料館に残ってはいても、展示されているだけで、人形を起こす作業そのものには利用できず、、、。結構難しい話です。上の画像はゆうべやっと出来上がった割型から試しに抜き出したものです。ご存知「裃雛」ですが、今戸人形ではありません。中は中空でもかなりの肉厚なので、乾燥にも時間がかかりそうだったり、この肉厚さでどのくらいまで収縮するのか様子を観ます。土自体が画像のは隅田川流域の土なので、現地の土だとどうなるか、全く想定できていません。

 今後現地へ割型をお持ちして、あちらの人々に工程を追いながら自分なりの経験をお伝えしながら、現地の人の手で作っていただくという、これまでにない動きになりそうです。

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郷土玩具 雛の会

2017-01-14 23:03:09 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 仙台の「光原社」さんの及川さんが昨年夏まえ頃だったか、うちの狭くて汚い仕事場にいらっしゃいました。例年2月に店内で郷土玩具のお雛様の催事をされているそうで、それ向けに雛ものの人形を作ってほしいということで、お送りするものを仕上げたところです。

 昔の今戸焼の人形の中にも雛に因むものはいくつかあって、よく知られているのが「裃雛」(帝さまのお姿ではなくて町人姿)や「一文雛」(鐚銭一文で売られていたという一文人形の一種?)などですが、他にも「古今雛」風のものが幾通りか、と三浦乾也作のお雛様に行く分感触の通じる雛もあったようです。

 現在まで手掛けたのは「裃雛」と「一文雛」それと生粋の今戸人形師最後の名人だった尾張屋・金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)のお作りになった「一文雛」も手掛けたことがあります。現在のところ、裃雛の小型でお雛様の頭が島田風の一組と尾張屋風でないほうの一文雛を出していますが、いずれは裃雛でも植物煮出し汁にふさわしい姿の裃雛をしっかり起こしたいですし、尾張屋風の一文雛をもう一度きちんと形を整えて出したいのと、古今風のお雛様もやってみたいと気持ちばかり焦っています。画像の一文雛の女雛のワインレッド風な色は「キハダ」と「蘇芳」の煮出し汁を何度か重ね塗りして出した色です。

 仙台光原社さんのサイトはこちら⇒

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上州?の鉄砲狐

2017-01-07 11:43:03 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 一番急ぎの納めは鉄砲狐。但し浅草被官様のものとは別です。昨年、高崎の「琴平神社」さま境内に鎮座する「和田稲荷」さまの奉納用の鉄砲狐のご依頼をいただきました。今まで作って納めていらっしゃったところがやめてしまったのでネットで観たとのことです。いただいた画像では、昔、今戸の鉄砲狐から型どりして作られていたものが時間とともに形が独特に変化したもののようでした。先方のご希望ではできれば、地元に根付いた形になぞらえて作ったほうがよいとのことなので、お手本をお借りしながらそれに近い形と色にしてみました。神社では「鉄砲狐」ではなくて「白狐さま」(びやっこさま)と呼んでおられます。今戸焼の鉄砲狐の古作には大きさ形さまざまありますが、オーソドックスなタイプから型をとって抜き出してあるためかひとまわり小さく9センチ強といったところです。細部は型が甘くなって顔が丸みを帯びでいて、面描きの筆もぼったりと長く描いていて、目は耳の後ろくらいまで伸びているといった感じです。それと目の位置が高いのも印象的。髭もぼったりとしています。台の縞模様を側面まで入れているのは今戸の古式に倣っているようです。

 稚拙というか野趣溢れる表情が独特なので意図的に狙って描いたつもりです。伝統こけしなんかでは、戦前の古いこけしから写したもので意図的に稚拙さを狙ったものなどありますが、あんまりわざとらしくないように、加減が難しいと思います。画像の狐についてはあくまで神社のほうのご希望なのでこのように作ったという感じです。これらあくまで奉納用ということで、地元に馴染まれた感じになっているかどうか、、。

 こういう感じの鉄砲狐は埼玉の比企地方のお稲荷さまの祠で観たのとよく似ていると思いますが、向こうのはもっと大型だったように思います。関東一円くまなく確認したわけではないのですが、今戸焼の型から地元で独自に作られた鉄砲狐は結構あるのではないかと思います。埼玉だと戦前の雑誌に深谷で作っているという記事があったり、秩父市内あたりの鉄砲狐はまた別な感じで観たことがあります。佐野土鈴の相沢さんの作っていらっしゃたのはスリムな感じで雌雄顔のモデリングの異なるものもあったような感じがします。千葉の成田山境内の出世稲荷にもやや小型で形のぼんやりした鉄砲狐が並んでいたのを思い出します。

 神様への奉納品としてわざわざご依頼いただいたのがうれしいです。

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今年もよろしくお願いします。

2017-01-04 19:31:21 | 日々

 遅れ馳せながら、今年もよろしくお願いいたします。また、みなさまにとって良い年でありますようお祈り申し上げます。

暮れから依然としてやるべきこと山積で、狭い仕事場で作業の毎日で、気が付くと朝5時6時ということもあります。早く山を切り崩したいと焦りますが、なかなか、、。そんなわけで正月らしい場面といえばニューイヤーコンサートの中継と芝居の中継をTVで観たくらいです。そういえばお雑煮まだ食べていません。

今年の干支は酉(鶏)ということで、暮れには5種類の人形に取り組んでいました。偶然というべきか、暮れも終盤にさしかかった朝、忙しい中でもせめて自由な気分を味わいたくて、珍しく露店の骨董市に出かけてきたところ、画像の鶏の人形の出会いました。今戸人形ではありません。伏見人形か伏見人形の傍流の人形だと思います。(案外、全国の郷土人形とか郷土玩具全般にわたっての「目利き」的な視野を持っていないのではっきり断言できません。)

 昨年、「諫鼓鶏」など作る参考として伏見系の産地の人形の写真を参考にし、都内の近世遺跡から伏見系の鶏と同じ構図の江戸の土人形があることとも符合したので、意識していた伏見?の鶏に出会えてうれしくなりました。大きさの割に手取りが軽く、彩色の手慣れた感じ、できるだけ手間を省いた配色ですが貫禄があります。尾の墨で入れた筆捌きが迷いのない感じですごいと思います。

 年末からノンストップで作業していて期限の迫ったもの優先にしていますが、何とか無事に納めていきたいと思います。

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年内最後の納め

2016-12-31 20:58:07 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 今日、大晦日は「王子狐の行列」ということで行列の動き出すのはカウントダウンに合わせてですが、早い時間から王子を訪れている人少なくないようでした。装束稲荷の奉賛会からは特に連絡が来ていなかったのでおそらく現状では招き狐は間に合っているのでしょう。装束稲荷神社前の「ヤマワ」さんからは例によって狐ものの人形を頼まれていました。あいにくどこにしまったのか行方不明のものを抜くことができなかったり、「王子仕様」に提灯や絵馬に「王子」の文字を入れたものが予定どおりの数が揃わなかったで、申し訳ないですが、全然ないよりはあるもの掻き集めて納めに行ってきました。

 やるべきことはまだ山積していますが、連日の徹夜続きだったので、今日は静かに床に入ります。今年は入院こそなかったものの何か手一杯な感じの一年だったような気がします。民藝館展は予想外のご褒美でした。3時間後にはもう新年明けで元旦は自分の誕生日なのでまた無駄に年をとるのが憂鬱ですが、少しでも多くの人形を作れるよう努力したいです。お世話になったみなさまありがとうございました。

TVで第九の最終楽章が終わりに向かっているところです。 来年もよろしくお願いいたします。忙しくて年内に賀状印刷の注文を出すことができませんでした。 皆様よいお年お迎えください。おやすみなさい。

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和楽(2017年2・3月号)小学館

2016-12-28 22:45:53 | 今戸焼招き猫(浅草 隅田川)

 10月だったか、小学館の「和楽」という雑誌のライターの女性から誌上で招き猫の特集を予定しているので、拙作の招き猫を撮影させて欲しいという連絡がありお貸しするということがありました。その際撮影された画像が掲載されたということで一冊送られてきました。

特集記事のあたまに大きく並べてもらえたのはすごくうれしいです。感謝しなければなりません。ただ内容に関しては一抹の不安を感じていたことが当たってしまった、というのが正直な感想です。我が家に招き猫を受け取りに来た担当の女性。正直な印象として「不遜な感じなひとだな、、。」「こういう人って人の話を聞き入れる感じじゃなさそう、、。」といった印象がそのまま誌面に反映したという感じです。(あくまで自分の印象とか感想です。)「丸〆猫」は「まるしめのねこ」って読むんですよ。巷に出ている本には「まるじめねこ」ってルビを振ってあるのがあるけれど「東京の言葉だと濁らないんですよ。」芥川龍之介は「駒形」を「こまかた」って読むのが正しいと言っていたのと同じ。「鳥越」は「とりこえ」と読むのが正しいのとも同じですよ。という話をしたら「わかりました。検討させていただきます。」という返事だったのが蓋をあければ「まるじめねこ」というルビと私の名前も「吉田和義」になっていました。濁るか濁らないか、「義和」か「和義」かの違いじゃん、、と思われるかもしれませんが、結構ショック。つまりこの濁りと名前の逆転は氷山の一角を象徴するもので、記事の内容の偏り方は「まるじめねこ」と出版物にはじめてルビを振った人の好みだな、、という印象です。「〇×倶楽部」という団体として広く出版された本に好まれて記されている内容によく似ているか、あるいはベタなのかというレベルで今から20年前頃の「招き猫本」によく出ていた「甘甘」または「緩緩」っぽい内容といったらよいのか、、。まあこれは個人それぞれの好みによりますから「最高」と思う人もいるでしょう。ただ20年前よりも歴史を示す絵画だの出土資料だの文献なども具体的に増えているので、将に今出版されるのならば、少なくとも20年前よりも具体性を深めよりしっかりした内容であってもよいのに、、、・

一冊の雑誌のごく一部の特集でページに限りがあるから(専門書ではないんだから)という言い分も出てくるかもしれませんが、限られた誌面に何を優先させるか、のチョイスでかなり変わってくるのでは、、。20年前くらいの「招き猫本」の内容で自分には「甘すぎ」に思えたのは例えば「招き猫と生きている猫とを区別するのに生きている猫をナマ猫と呼ぶ」とか「招き猫の基礎知識」として「招き猫の色と願い」みたいな記事ですが、古くから赤は民間信仰で疱瘡除けだとか、という話はありますが、イエロー、ピンク、紫とかほんの最近色違いで登場した猫の色の売り口上なんて、最近の風水ブームからの話題のようで、すべての日本人の知るべき常識というレベルとは思えない。昔の歴史に比べたらそんなに大切なものだろうかと思います。反対に今戸焼の猫のついての記述について丸〆猫(まるしめのねこ)の由来こそ絵画や出土品、当時記録された文献の記述で具体的である事象であるのに、それについてはあまり触れす、伝説の吉原の薄雲太夫の話に重点が置かれていて解説本文には嘉永5年(1852)の丸〆猫(まるしめのねこ)は出てこないという感じなんです。それと今戸焼の古典的な招き猫と中京以西の招き猫との基本的な姿の違いについては記されず(今戸では横座りで頭と招く手は正面向き。中京以西では正面向き。)今戸焼の招き猫には「本物の鈴がついている」「鈴つけるの大変なのよ」とか書かれているのです。これって最近(少なくとも戦後30年代以降の)ことしか見ていないから書けることで、知らない人には「今戸焼の猫は江戸時代から本物の鈴をつけることが伝統である。」みたいに聞こえてしまいませんか。最後の今戸人形師だった尾張屋・金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)までの正統な今戸人形に実物の鈴をつけたなんて話はないし、実物の鈴つきの古い品もありません。また「招き猫ゆかりの浅草散歩」という記事には所縁の地として最も古い記録である「浅草神社」(三社様)は全く触れていないんです。(嘉永5年の武江年表や藤岡屋日記には浅草寺三社権現って記されているのに)

 今回の特集の企画の目的は「和楽特製招き猫」(和楽と木目込み人形職人とのコラボによる銘品)の前説としてダイジェストで挿入すればよいくらいの発想なんで、軽く疲れない読み物で十分、、お正月だしおめでたいしお節に飽きたらカレーもね、というところだったのでしょうね。だから担当の女性が我が家にいらした際、「話を聞く耳はない」という感じだったのはそのせいだったんだな。と思いました。まあこれは個人としての感想です。百科事典とか辞書、教育図書、知識の泉、文化の礎たる小学館さんとしてはちょっと残念な印象を持ちました。写真を載せてもらってありがとうございました。

 

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被官様へのお納め

2016-12-27 20:01:12 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 羽子板市向けの支度に続いて、干支のそのほかのお納め、そして今日は被官様への鉄砲狐のお納めに出かけてきました。銀杏の葉もすっかり落ちて、曇り空といいグレー系の佇まいになっていました。

 早くお納めに、、と慌ててひたすら薄葉紙で一対づつ包んでいたので最後の一対で気が付いて慌ててデジカメで撮りました。

 段ボールに詰めてタクシーで三社様へ。とりあえずお納めできてひと安心。

 鉄砲狐をお納めする祠は整理された後のようです。

 拝殿前にはお供えされた油揚げがたくさん。

 この「髭なし」2体は、今回の納めの分ではありません。家でお祀りされてお返しに戻ってきたものでしょうか、、。

このところ寝不足や足腰の痛みでへとへとに参っているので、年内済ませたいものがまだありますが、今日何もしないでは早く寝ようと思います。

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