一流の剣客である大治郎。
その技で道場を経営しているという表現もできる。
だが、無外流の真髄は技じゃない。
剣の道を通じて、生きる大切なモノを養っている。
大治郎も技の商売人でなく、人物で道場が成り立っている。
剣客から放たれた名人の小兵衛。
例えば田沼意次から50両、100両が届く。
あっさりと、いただく。
利得無しに、金を活かす事ができるからだ。
いただくだけの事を充分しているからだ。
ある大名が小兵衛に100両の隠居祝いを届けた。
20年以上も前に、子供だった、その大名を二度教えた。
複雑なお家事情で苦労していた子供だった。
初めての教授で、小兵衛と子供は心が通じた。
その教え、小兵衛の心情は子供にとって恩となった。
たった二度でも、小兵衛を恩師と思えた。
だから、大名となってから小兵衛に祝いを出す。
もちろん、あっさり受け取る。
こうしてみても剣客商売の題名はそぐわない。
小兵衛は剣客から外れている。
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