アバウトなつぶやき

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「金刀比羅宮 書院の美」展

2008年05月24日 | かんしょう
先週のことになりますが、シロウタと三重県美術館で開催中の「金刀比羅宮 書院の美」展を観に行って来ました。

 金刀比羅宮は、♪こんぴら船々 追風に帆かけて シュラシュシュシュ~♪の、四国のこんぴらさんの事。
 「こんぴら」と入力すると「金毘羅」と変換され、「金刀比羅宮」は「ことひらぐう」と読むのが正しいわけですが、そんなの興味のある人以外ピンと来ませんよね。
 実はワタクシ、少し前まではこんぴらさんに対してさしたる興味はなかったのです。
 三重県美術館の開催中の展覧会の紹介を読んでいて「応挙・若冲の描いた絵画空間を再現」というくだりにとても興味を持ちました。おやまぁ、有名どころの名前が並んでるじゃありませんか。
 神社が美術品を所有していることはそう珍しく無いのだと思います。実際、伊勢神宮も立派な宝物殿がありますからね。
 ただ、伊勢神宮はいつでも行けるけど、こんぴらさんへ足を運ぶ事は、ワタクシ一生無いかもしれません。どんなとこか興味が出た~!

 今回、興味を持つまで知らなかったことですが、金刀比羅宮は歴代宮司が文芸を尊重し画家たちを庇護していたことから、同宮には古代中世から近代にいたる膨大な美術工芸品が伝来しているのだそうです。シロウタ曰く「芸術家のパトロン」なのだと。
 実際、日本の博物館の指定第一号はこの金刀比羅宮の宝物殿らしいので(どこかで読んだのだけど、違ったらゴメンナサイ)、相当古くから認められていたという事がわかります。

 中に入ると、障壁画、ふすま絵を部屋のように再現して展示してあります。
 うわぉ、迫力~。
 
▲表書院 虎の間 円山応挙 《遊虎図》 と 奥書院 上段の間 伊藤若冲《花丸図》

 円山応挙、岸岱、伊藤若冲などの第1~3展示室も素晴らしいけれど、第4展示室には絵馬や大漁旗などが飾られていて、庶民の信仰の対象としての「こんぴらさん」も垣間見る事が出来ました。

 その時に知ったのですが、江戸時代、金毘羅参りってのは伊勢参りに次ぐ参拝の対象だったとか。
 そして、主人の代わりに代参する「こんぴら狗(いぬ)」なるものまでいたそうです。
 ちょっと金刀比羅宮のHPより抜粋しますね。 

「こんぴら狗」

江戸時代、庶民は旅行を禁止されていましたが、神仏への参拝の場合はその限りではありませんでした。

数ある神社仏閣のなかでも、伊勢神宮への参拝の旅は特別で、庶民にとって一生に一度の夢であり、「お伊勢参り」と言われました。

それに並び「丸金か京六か」と言われ、讃岐の金毘羅大権現(今の金刀比羅宮)と、京都六条の東西本願寺への参拝の旅も人生の一大イベントでした。

当時、江戸を中心とした東日本の各地からこれらの社寺への参拝の旅は大変なことで、当人に代わって旅慣れた人が代理で参拝に行くことがありました。これを「代参」と言いました。

旅を途中で諦めることにした人が、道中で知り合った旅人に旅費と初穂料(お賽銭)を託し代参してもらうこともあったようです。


金毘羅大権現への代参で有名なのが森石松です。清水次郎長(山本長五郎)の代わりに参拝し、預かった刀を奉納したと伝えられています。

実は、代参をしたのは“人”だけではなかったのです。「こんぴら参り」と記した袋を首にかけた犬が、飼い主の代参をすることもあったのです。

袋には、飼い主を記した木札、初穂料、道中の食費などが入っていました。

犬は、旅人から旅人へと連れられ、街道筋の人々に世話をされ、目的地にたどり着いたのです。

金毘羅大権現へたどり着いた犬も、そんなのどかな風習により、立派に務めを果たしたのでしょう。この「こんぴら参り」の代参をした犬は、特に「こんぴら狗」と呼ばれたのです。


 こんぴら狗、あっぱれ!
 そして、その犬を世話してくれた人々の心意気も素晴らしいと思います。
 このこんぴら狗、最近は街おこしのキャラクターとしても愛されてるらしいですよ。
 
 また金刀比羅宮には椿書院というところがあり、その壁や障壁を飾っている田窪恭治氏の椿はあまりにモダンで、息を呑むものでした。
 想像していたほどの作品点数はありませんでしたが、ふすま絵を再現しているのでダイナミックな展覧会になっていました。
 図録で観るのと違う、体感できる展覧会だったと思います。

 会期は6/8(日)までですので、興味のある方はお早めに。。。

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