アバウトなつぶやき

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アルヴァ・アアルト展

2018年12月16日 | かんしょう
 名古屋市美術館で開催中のアルヴァ・アアルト展を観てきました。 




 はい、今回も北欧はフィンランドより、建築家アルヴァ・アアルトの展覧会です。ブームですもんね、現在も松坂屋では北欧フェアやってますしね。
 この数年で何度も北欧関連の展覧会へ足を運んでおりますが、それでも飽きずに行ってしまいます。
 特に北欧のデザインやライフスタイルを生活に取り入れているつもりはないけれど、愛すべきデザインとしていつの間にか小物が近くにあったりします。
 そのデザインの源流をたどるのはやはり面白いし、興味深い。学生時代に室内デザインから家具について学んだことがあるため、どうしても近代建築家は気になります。
 現在、有名なデザインの椅子をデザインした作者と言えばデザイナーの名前が挙がるでしょうし、中世まで遡ると職人の仕事なので工房の名は聞かれても個人の名前が挙がることはほぼありません。
 しかし近代の場合、建築家が自分の設計した建築物に合う家具までデザインしていることが多く、またその家具が工業製品として発売される事例が相次いだため、名作と呼ばれる椅子の作者に建築家の名前が多いのです。

 さて、アアルトと言えば建築家ですが、一般的に彼のデザインとして思い出すのは椅子、ランプシェード、そしてフラワーベースでは無いでしょうか。私は手芸が好きなので、テキスタイルとしてアルテックの発売している生地を思い出します。

▲アルテック社のSIENAシリーズ これで小物を作ったことも

 今回はアアルトの包括的な展覧会ということで建築物の紹介も多く見られます。アアルトを有名にしたのは「パイミオ」の家具と言われており、パイミオの名前の付いたシリーズはとても有名です。そのパイミオのサナトリウムを紹介するスケッチや映像、写真の他に病室の内装と家具も展示されていました。
 パイミオの外観はこれまでにも見たことがありましたが、病室の内装を見たのは初めてでした。ベッドやテーブルがペパーミントグリーンに塗られていて、そのやさしい色合いはシンプルなのにかわいらしい。
 病室の再現の他に、2014年に撮影された内部の写真もありました。そしたら部屋のカーテンが前述のSIENAの生地だったのですが、あれはもともとパイミオ用にデザインされた生地なのかな?そうでなくとも、あのデザインは個性的なのに他のものと競合しません。やはり秀逸かと。
 展覧会の第6章として「融通性のある規格化と再構築」が紹介されています。
 家具も建材も、彼のデザインを商品化するにあたり個人のニーズと大衆の需要のバランスが課題だったようですが、デザインが良いと同じ規格を使っていても少しずつ違うものが出来る。そして個性を感じるのに、飽きたりしない。そういう意味でアアルトのデザインは素晴らしいと思うのです。(同じフィンランドデザインでもそういう視点だと、私にとってマリメッコは位置づけがちょっと違う)
 会場も建築展っぽい広々した演出で、私はとても楽しめました。一般的かというとちょっとビミョーですが。

 デザインと別の話ですが、アアルトがニューヨーク万国博覧会で設計したフィンランド館内で上映した映像作品がありました。
 内容はフィンランドのドキュメンタリーで、国土を拓いて発展していく様子を撮影しているのですが、その中に家族で海水浴を楽しむシーンがあったんですよ。
 !!!フィンランドの海って泳げるんですか?!
 あんな緯度の高いところで海水浴が出来るとは思わなかった。白人の体感温度は高いという話は聞いたことがありますが(汗腺も少ない?)、以前、日本でダイビングをしているドイツ人が「ドイツの海は冷たくて潜れないよ~」って言ってたので北欧なんて泳ぐ習慣は無いかと思ってました。
 北海道でも夏はそれなりに暑いように、フィンランドも夏はそこそこ気候が良いんでしょうか。他国の事って全然知らないんだなぁ、としみじみ感じる一幕でした。
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浅井忠と近代デザイン

2018年12月16日 | かんしょう
 名古屋で用があるシロウタが空き時間が出来るというので、その時間に合わせてヤマザキマザック美術館で開催している「浅井忠と近代デザイン」展を観てきました。

 近代洋画の画家としてよく黒田清輝と並び称される浅井忠。二人とも指導者としても様々な功績を残していますが、黒田清輝は高圧的でアカデミックなのに対し、浅井忠は生徒に寄り添う指導で後進にとても慕われているというイメージが私にはあります。
 浅井忠は京都高等工芸学校で教鞭を執っており、京都で展覧会を観るとその時の逸話を耳にする機会が多いせいかも知れませんが、巨匠と呼ばれるにかかわらずなんとなく親しみのある人物なのです。
 とはいえ、特に彼の作品のみを気にして観たことはなかったのでこの展覧会は良い機会になると思いました。




 この展覧会は浅井忠と近代デザインの関わりが主軸のため、浅井の作品が多いかというと残念ながら多くはありません。出展している彼の作品は絵画が20点ほど、工芸品が10点ほどです。…ちょっと残念。他は、浅井忠が(建築家武田五一とともに)教材用にフランスで蒐集した工芸品やポスターが紹介されています。
 企画展の出点数は決して多くありませんが、会場の規模と特徴を思えば当然なのかも知れません。こちらの美術館はアール・ヌーヴォーの家具(ガラスも)のコレクションが多いので、今回の企画展は時代的にはぴったりで一緒に展示されているのに違和感がありません。けれど、家具なので簡単に動かせるわけではなく、企画展は家具とコラボする形で開催されるんですよね。
 それでも浅井忠図案の漆器は初めて見たため、工芸品のデザインに素晴らしいセンスを発揮していたんだなぁと改めて感心しました。
 あと、ヴァンホーテンココアのポスターがミュシャだと思って近寄ったら作者がプリヴァ・リヴモンとあり、「えっ、これミュシャだけじゃないの?」とびっくり。女性の描き方がミュシャとそっくりなんですが、これは真似と扱われたのか、時代の流れとしてこういう描き方が主流になっていたのか、どっちなんでしょう。
 
 ワークショップや講演会などまだまだこれからも企画があるので、アール・ヌーヴォーのお好きな方はとても楽しめると思います。
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川端康成と横光利一展

2018年12月05日 | かんしょう
 シロウタと三重県立美術館で開催中の「川端康成と横光利一展」を観てきました。





 この展覧会は青年時代を三重県で過ごした作家・横光利一生誕120年を記念して開催されています。展覧会の表題の始めに来ている「川端康成」は文学好きでなくても知っているけれど、横光利一って誰でも知っている名前なのでしょうか…横光利一は当時「文学の神様」と呼ばれるほどの人気があったそうですが、すみません、私は名前も知りませんでした。作品ももちろん読んだことはありません。
 
 横光と川端は親友と呼べる間柄で、生涯を通して交流があったようです。二人の交流の記録である書簡や、それぞれの文学における業績が紹介されているのですが、これがなかなかしっかりとした構成なので非常に見応えがあります。
 もちろん美術品も展示されており、美術館が開催する展覧会という雰囲気は損なわれていませんが特殊と言えば特殊かも。
 とにかく文字が多いので、しっかり見ると時間がかかります。
 私は特に文学好きというわけではありませんしそれほど小説も読みませんが、まぁ、嫌いではない方なので興味を持って見ることが出来ます。
  
 冒頭で二人の師である菊池寛が川端に「横光はすごい男だから友人になると良い」と勧めたエピソードが紹介されていました。横光は若い頃から頭角を現していたんですね。これを読んで、私は一気に横光に興味を持ちました。
 一緒に行ったシロウタは文学好きというか生活の中に文学がある人間です。図書館の文学コーナーに置いてあるような本なら全部読んでるんじゃないかと思うくらいなので、もちろん横光利一は読んだことがあるとのこと。どんな感じの文章か尋ねたら、川端康成とよく似た雰囲気とのことでした。
 彼らは当時「新感覚派」と呼ばれていました。西洋感覚を帯びた知的な文章、という感じでしょうか。(この辺の正しい解釈は、文学の解説を参考にしてください)
 展示を見ていて、二人はとても「まとも」な生き方をしているなぁ、と思いました。学生時代から優秀とされ、友人との交流は欠かさず、酒や煙草もそれほどやらない。(横光は)妻が病気になれば心を痛めて看病をし、友人の医師が治療費を受け取らないと言えば申し訳無いと思う。
 新しいことを始める気力もあるし、ある時は(映画関連の仕事で)仲間に入りたいと言ってきた知人の処遇をみんなの意見の統一がなければ受け入れられないと細心の調整をみせている。
 友人のことを尊重し、家族を大事にし、作品の発表も意欲的。
 作品の装幀に前衛的な芸術家を起用したりしていて、発表された本もセンスが良いのです。本の装幀を見比べることが出来ましたが、そのメンバーも前衛に限らず名だたる芸術家揃いで、時代の先端にいたことを伺わせます。

 すごい、絵に描いたような小説家だ。

 成功者っていえばそうなんだけど、嫌みな感じが全然無くって私はとても好感を持ちました。 

 川端康成は芸術家との交流も多かったようで、今回出品されている美術品は川端康成記念館の所蔵するコレクションです。
 紹介されている作品の中には安田靫彦や小林古径に本の装幀に使うために描いてもらった絵があるのですが、それに関しても自分から依頼したわけではなく出版社の方が頼んだという説明がありました。川端は「そんな大家にお願いするなんて大それている。しかし、おかげでとても素晴らしい本になった(言い回しは違うと思いますがこういう意味)」と言ったそうです。
 展示されている美術品も味わい深い作品が多く、派手な印象のものはありませんでした。
 唯一、縄文のビーナスっぽい土偶が他のものと違う印象がありましたが、川端がヨーロッパ旅行の際に岡本太郎に案内してもらった影響なのかな。

 ということで帰り道に図書館に寄って、横光利一の本を借りてきました。
 まだ短編しか読んでいないけれど、私は好きな文章です。当時としてはこれが「新感覚」だったのか。

 おまけ。

 ただいま県民ギャラリーは装幀を紹介しています!
 展覧会と併せて見ると、これまた面白い。この週末はワークショップもあるので、そっちだけでも参加したい人がいるんじゃないかしら。
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フィンランド陶芸とマリメッコ展

2018年12月03日 | かんしょう
  先月のことになりますが、ただいま岐阜県現代陶芸美術館で開催中のフィンランド陶芸展と、同時開催のマリメッコ展を観てきました。

  

 

 最近の北欧ブームのおかげでフィンランドデザインを目にする機会は多い気がしますが、意外にも陶芸のみに焦点を当てた展覧会は無かったようです。言われてみればイッタラやアラビアの食器は注目されているけれど、それ以前の歴史って分かりません。
 今回展覧会を観たことで、フィンランドのデザインへの取り組みがロシアからの独立を踏まえて始まっていることを改めて実感しました。
 以前にフィンランド・デザイン展を観た時にも年表はありましたが、その時は会場の華やかさの方に気が取られていてその背景にはあまり注目していませんでした。
 しかし今回は、国の産業として陶芸に力を入れていたことやその手法を知り、フィンランドの歴史を考える良い機会になりました。
 
 フィンランドの陶芸を語るには、1900年のパリ万博と1917年のロシア革命がポイントになる気がします。
 フィンランドは長い間、スウェーデンとロシアの間で支配され続けていて20世紀初頭はロシアからの独立を目指していました。1900年のパリ万博でフィンランドの美術・工芸が高く評価され、国民に誇りと自信が生まれたのもこの頃です。
 1917年にロシア革命が起きると、その後フィンランドも独立を果たし、自国の手工業の発展に取り組むこととなります。
 そして、そのうち陶磁器においては学校と製陶所を舞台に様々な試みが行われるのですが、その中で画期的だったのが製陶所内に設立された美術部門だったのです。
 そこでは、給料をもらいながら自由な創作活動が許されており、まさにこの展覧会の副題である「芸術家たちのユートピア」がありました。
 国を挙げての文化政策のおかげでフィンランドの陶芸は世界的な潮流を生み出すほどの豊かな発想を持った表現が育まれたのでした。

 フィンランドの陶芸というのはかなり新しい時代の流れだったんですね。そして、フィンランドの陶器=アラビアという構図は間違っていないどころか本流だったことを知りました。

 さて、パリ万博の頃の陶芸作品から始まり現代までの流れが紹介されているこの展覧会。美術工芸中央学校とアラビアから輩出された作家・デザイナー別に作品が紹介されています。
 ここで驚いたのが、女性デザイナーが大半を占めていたことです。
 日本では20世紀の初めなんて、女性が社会進出すること自体が難しかった時代です。しかし、フィンランドでは学校長を務めたり、その教え子たちで頭角を現したデザイナーの面々に明らかに女性が多いのです。これは国民性なのでしょうが、明らかに考え方が先進的です。性差というものでなく、その人の個性や能力を評価するというのが当然のように受け止められているのが分かって、デザインの良さよりもまず、このことに感動しました。

 もちろん、デザインも素晴らしいです。
 現在、イッタラのバードシリーズに見られる表現がミハエル・シルキンやビルゲル・カイピアイネンから始まっていることがよく分かります。イッタラバード、好きなんですよねぇ。
 カイピアイネンについては、現在の食器デザインにも絵柄が残っているので、あの個性を生み出したデザイナーはこんなのも作っていたのか、と思うような作品があって非常に面白いと思いました。
 また、シャルバリの蛍手食器《ライス・ポーリセン》シリーズも美しかったし、アウネ・シーメスの卵殻磁器(生乾きの状態を削って文様を表現する)も透き通る白さが繊細で美しいと思いました。
 
 同時開催のマリメッコ展はテキスタイルがメインです。



 大胆な柄や色彩で、空間が非常に楽しくオシャレになってます。華やかだわ~。
 馴染みのあるものもありますが、こうやって見るとワクワクしてしまいました。
 

 前回、加藤土師萌展を観に行った際、ショップ横のギャラリーでStudio MAVO展が開催されていました。
 その時に見た藤井雅子さんという作家さんの作品(雲の形の花器)が忘れられず、今回購入。
 ネットショップとか無いんだもん。買えて良かった

 玄関にある鳥のレリーフと、山中現の版画にこの雲がぴったりだと思ったのよ
 この子たちが来てからというもの、玄関を通るのが楽しくなった私なのでした。
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山形美術館の名品と荻須が見たパリ画壇

2018年11月27日 | かんしょう
 今まで行ったことが無く、いつか機会があったら行きたいと思っていた稲沢市荻須記念美術館
 今回の企画展「山形美術館の名品と荻須が見たパリ画壇」に合わせて足を運びました。




 私の荻須高徳に抱くイメージは、ユトリロや佐伯祐三に似たパリの街並みを明るめの色調で描く画家、というもの。
 そういう言い方をすると二番煎じっぽい響きがあるので荻須ファンに叱られそうですが、あまり間違ってはいないんじゃないか、とも思う。
 実際に佐伯とは交流があり、早世した佐伯の死にも立ち会っているそうで、佐伯の真似というよりはお互いがユトリロの影響を受けていた時期があった、ということのようです。
 荻須はその後、作風を変化させながらパリの風景を描き続け、パリでの評価も高まっていくわけです。

 今回、山形美術館のコレクション展ということで「へぇ、山形美術館は近代絵画が多いんだな」と思ったのですが、山形美術館は荻須に収集協力を依頼していたとのことで、このコレクションの形成に携わった本人だったわけです。だからココで山形美術館なんだ、と解説を読んで納得しました。

 よく名を知られた20世紀巨匠の作品と、戦後のパリの画家の作品とが紹介されています。
 ルオー、ローランサン、ボーシャン、ヴラマンク、ユトリロ、シャガール、ピカソ、キスリングを巨匠コーナーで紹介し、その他、20世紀の色んな画家を紹介しています。美術館自体が大きくはないのでそれぞれ1点ずつですがこの時代を感じ取れるまとまりのある展示です。
 「チクチクしたタッチ」と評されたジャン・カルズーの《魔法のメリーゴーランド》は青の表現が多彩で深い世界観を持っている気がして気になりましたし、その隣に展示されていたベルナール・ロルジュの《スイカのある静物》は大胆なタッチで描かれたスイカの色がピンクがかった明るい色で美しく、色んな表現が生まれた時代なんだなぁと実感しました。他に気になった画家を覚え書きするならルネ・ジェニ、クロード・ワイズバッシュ、アンドレ・コタヴォと言ったところでしょうか。
 展示数は多くないのですが、平日にもかかわらず人の入れ替わりが多くて観覧者が多い印象を受けました。
 稲沢の文化ゾーンにあるとても雰囲気の良い美術館なので、市民の皆さんに愛されているんでしょうね。
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深堀隆介展

2018年11月16日 | かんしょう
 もう終わってしまった展覧会ですが、備忘録としてちょっとアップ。
 樹脂を何層も重ねて金魚を描き、立体風にする深堀隆介氏。刈谷市美術館で展覧会がありました。




 金魚を描き始めた初期の作品から、現在のものまで展示されています。


 2010年代を迎えたあたりからリアル感が増してます。現在の作品はホントにリアルだし、アートとしての幅が広がっているように思います。

 ▲こちらは「平成しんちう屋」と題した、金魚屋さんをイメージしたインスタレーション(かな?)の一部分

 他にも写真は撮れませんでしたが、アンティークの器や家具を利用しているの作品が良かったです。

 一緒に行ったまっちゃんの希望で、帰りには金魚と文鳥の町である弥富の弥富歴史民俗資料館へ寄って、白文鳥のブンちゃんと遊んできました。

 弥富の水の町である歴史を知るとともに、生き物とも触れ合えて、小さいながらも楽しい資料館でした。
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京(みやこ)のかたな展

2018年11月15日 | かんしょう
 

 すでに先月のことになりますが、京都国立博物館で開催中の「京(みやこ)のかたな」展を観に行ってきました。
 刀剣ブームのおかげでかなり盛り上がっているこの展覧会。
 もともと刀は興味がなかったし鑑賞ポイントもわからないので敬遠していたのですが、開催に当たってニコ生で放送された解説番組がものすごく面白かったので観に行こうかという気になったのです。金属という素材は好きだし、ブームのおかげで銘を耳にすることが増えて、なんか親しみが湧いてましたしね。

 ブームとはいえ一部のマニアぐらいしか行かないだろうからそんなに混んじゃいないだろーと思って足を運んだら、これまたびっくり。すげー混んでます(汗)
 世の中って広いわぁ。好きな人、多いのね。
 最近、美術館へ行くと自分も含めて中年女性がかなりの割合でいるんだけど、今回は明らかに客層が違いました。明らかに若い女性と年配の男性が多い!
 私だってニコ生見てなかったら行ってないだろうしね。

 私は今まで刀を「武器」であると思っていて、強いて言えば拵えの立派な工芸品だと思っていました。だから、鞘などの装飾には興味はあっても、刀身への興味が薄かったのです。
 今回解説を聞いて大変興味を持ったのが、「刀=武器ではない」というものです。
 刀が武器として主流であったことは歴史の上で一度もない、強いて言えば幕末はよく使われたが、戦の場での殺傷能力はそれほど高くはない。飛び道具である投石のほうが武器としては優秀である、と。
 刀は三種の神器に「草薙剣」があるように、権威を示すのに有効なものであり、立派な刀を持っていること自体に意味がある、という見解です。刀にとって切れ味が良いというのは当然の条件であり、それ以上に価値を高めるのはその美しさであるというのです。
 確かにその考え方なら、刀は武器ではなく、美術品でしょう。
 また、刀は歴史が面白いと思いました。
 源平の合戦で草薙剣が失われたため後鳥羽天皇は初めて三種の神器の揃わない状態で即位した天皇になってしまった。そのため、不完全な状態を補おうとして刀への執着が強くなった。自ら鍛冶場へ赴いて刀剣を打つこともあったという。 
 天皇が足を運ぶため、当然、刀鍛冶の地位は高くなる。そういった歴史が日本人が職人へ尊敬の念を抱くに至り、ひいては現代の「ものづくり日本」の礎になった…というのです。
 なんて面白い考え方なんだ。
 そういう視点で刀を見ると、博物的価値に魅力を感じます。

 さて、刀、しかも刀身のみがずらりと並んだ展覧会です。
 刀剣乱舞で知られたものに名刀が多いのはよくわかりますが、それ以外に素晴らしいと思う刀がたくさんありました。
 それぞれに違いがあることを意識して見ると、違いって感じるものですね。
「あ、これイイ。」と思ってキャプションを見たら国宝だったりして、なるほど良いと思うものは素人でもわかるんだなぁと感心しました。
 が、1階に降りるころには私ときたら慣れないもの見たせいか疲れてしまってました。終わったらぐったりしてるなんて、、、私が刀を語る日が来るかは甚だ疑問ですわ。
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萬古焼の粋展

2018年11月09日 | かんしょう

四日市というとコンビナートが有名ですが、古くからの産業の一つに萬古焼(ばんこやき)があります。
幕末~明治の陶磁器輸出ブームの頃に絶頂期を迎えたこの焼き物、始まりは江戸時代後期の沼波弄山という人物でした。
今年はその沼波弄山の生誕300年の年に当たるため、市内では関連事業がいくつも開催されています。その一環として、ばんこの里会館では「萬古焼の粋」と題した展覧会が開催中です。


 リーフレットを見た時、白を基調にした明るく清潔感のあるデザインだったので「これはイケてる」と感じました。私が萬古焼の中で一番美しいと感じている古萬古の写真を使っているのもポイント高し。
 足を運ぶと思った通り、かなり現代的な展示方法の洒落た空間が出来上がっていました。

 少し前に四日市市立博物館でも萬古焼の展覧会がありましたが、あちらは博物館なので歴史的な流れや多様性の紹介が前面に出ていた気がします。だから出展数もかなり多く見ごたえがある代りに、見栄えというものは犠牲になっている部分がありました。
 しかし、この展覧会は数は多くないけれど出来の良い美しい作品を木で囲まれた穏やかな空間の中に配置しており、美術展寄りというか高級なセレクトショップかインテリア店のディスプレイのようです。
 中は撮影も可能で、インスタグラムに投稿する際のタグも明示。そうそう、今時の展覧会は厳しい版権がないのなら、こうして発信していかなくっちゃね。

 ばんこの里会館でもこんな展示ができるんだ…と思ったら、プロデューサーにBANKO archive design museum の内田鋼一氏が入っていました。道理でオシャレなわけだ、と納得。
 入場料は500円。行きやすい価格設定だし、色んな人がばんこの里会館へ足を運ぶようになってくれたらなぁと思います。
 会館内のレストラン、ランチが良いと聞いたことがあるので私もトライしなくては。
 会期中、何度でも観覧できるパスポート券もあるようです。3回以上観に行くならそちらのほうがお得です。
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近代西洋絵画名作展

2018年10月18日 | かんしょう
 パラミタミュージアムで開催中の「笠間日動美術館・三重県立美術館コレクション 近代西洋絵画名作展」を観てきました。




 笠間日動美術館と三重県立美術館のコレクションを中心に、印象派からエコール・ド・パリまでを紹介するという企画展です。
 出展数を細かく数えてみたら123点あったけれど、エッチング等の版画シリーズが5点あるため作品数としては32点。決して規模の大きいものではありません。しかし、それぞれ普通の版画シリーズとちょっと毛色の違うところを持ってきているのが工夫されたところでしょうか。
 出展の大半を占めるのは、藤田嗣治とマルク・シャガールの版画です。日動美術館の母体といえば洋画の画商で有名な「日動画廊」。戦前から藤田嗣治の個展を開催していただけあって、藤田のエッチング(水彩)なんてものまで持っているんですね。
 藤田の没後50年なんていう大規模展覧会が開催されている今年、展覧会のメインに藤田を据えようと思うとなかなか難しいと思うのですが、小規模なりに大回顧展の向こうを張ってる辺りが小ワザが利いているという感じ。
 シャガールにしたって人気のあるのは大きくて色彩豊かな油彩画だと思うので、版画だとちょっとインパクトは少ないです。で、その代わりになのか、版画と言っても木版画を持ってきてます。枚数があるのでたくさんの色があるように見えますが、一枚あたりは決して版は多くなく、3色摺り程度の作品がいくつもありました。
 けど、木の風合いがあってこれがなかなか良いんですよ。色自体が明るかったり、シャガールっぽい楽しく幻想的な画面なので疲れることなく気軽にたくさん見れる感じです。
 油彩画も点数少なくとはいえこの時代の画家のものは揃えています。モネとルノワールをかろうじて一点ずつ出展しているのが謳い文句の面目躍如というところでしょうか。この二人さえ入れておけば印象派押さえてますって言えるだろうし(笑)
 その中で、「水の画家」と呼ばれているアルベール・マルケ〈ボートのある風景〉は、水を湛えた風景が彼の作風がふんだんに発揮されている作品で良かったのと、ジュール・パスキン〈若いムラート〉の真珠母色と呼ばれる淡い色彩(虹色と表現するらしい)がとても雰囲気があって良かったです。それから、モーリス・ユトリロ〈プール=レ=ゼシャルモ(ローヌ)〉に描かれた添景の人物が楽しそうに会話している雰囲気だったのが目を引きました。人間嫌いのユトリロのイメージがあるので、人物が大きめに描かれているだけでホッとするのです。。。
 三重県立美術館の所蔵の作品もあるため、地元民としては見慣れた雰囲気なのは否めなかったかな。
 展覧会全体としてはこれといったインパクトの大きい作品はないですが、ちょっと空いた時間に観るには良いかもしれません。

 
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加藤土師萌展

2018年10月13日 | かんしょう
 先週の連休は、何かと盛り沢山でした。
 土曜日は名古屋三越で開催していた日本工芸展に行き、その後、同僚のまっちゃんの発表会であるエルメスダンスカンパニー主催のダンスフェスティバルを観に行ってきました。これはキラキラだし弾むし、とっても楽しかった
 日曜日は庭の整備の手伝い。主人が木の刈り方で義母とトラブっていたけどこれは傍観

 そして月曜日は、岐阜県現代陶芸美術館で開催中の加藤土師萌展を観に行ってきました。 




 加藤土師萌の没後50年を記念した展覧会です。
 1961年に人間国宝に認定された加藤土師萌氏ですが、勉強不足の私は展覧会のリーフレットを見るまで存じ上げませんでした。
 しかし、富本憲吉氏と並び称されることに加えてリーフレットに使われている〈萌葱金襴手丸筥〉があまりにも綺麗だったので足を運んだのです。
 加藤氏の略歴を読んで、長く多治見の岐阜県陶磁試験場に勤めていたことを知りまたその成果を知ったことで、その実直とも思える人柄に非常に好感を持ちました。
 家庭の都合で学校に通えなかったために働きながら学ぶ熱心な人物で、試験場に迎えられてからは図案や素材の研究、後進の育成に邁進します。さまざまな成果を残しつつ自らも作品を作り、40歳にしてやっと窯を開くことになりますが、その時も試験場の人材を育ててくれたことに感謝され「これ以上引き止めることはできない」と惜しまれながら退職しています。気難しい芸術家ではなく、職人気質をうかがわせるエピソードで、親しみを感じずにいられません。

 実際の作品として、試験場勤めの頃のものから見ることができましたが、伝統的なものから大胆な個性を感じるもの、外国の様式を取り入れたものまでさまざまな取り組みをしています。
 独立してからは色絵磁器の難しい技術に取り組んで「黄地紅彩」、「萌葱金襴手」を再現するに至り、人間国宝に認定されるまでになります。
 さて、冒頭でも触れたこの「萌葱金襴手」の作品。
 コレがもう、本当に美しい。
 加藤氏は金泥で着彩したものは金彩で、金箔を貼ったものを金襴手と呼び区別していたそうですが、この「金襴手」は金色が質量を感じさせ、存在感のあるきらめきを見せるのです。そして、萌葱の透き通ったような釉薬は金と重なり合ってまるで翡翠のように見えます。まさに宝物という感じです。
 コレを見ただけで、来た甲斐があったと思いました。
 加藤土師萌氏は、晩年に作品発表に場として日展か日本工芸展かを選ぶように迫られていて(本人はどちらも区別するべきでは無いと考えていたそうですが、周囲がそれを許さなかったようで)、その際に日本工芸展の方を選択しています。
 このあたりが、長年技術者と働いてきた人という感じですね。
 この展覧会の2日前に日本伝統工芸展を見たら非常に面白く、日本の工芸の素晴らしさを実感していたところだったので、このエピソードも心に残るものがありました。
 また、別室ギャラリーに、試験場時代に中間工場で作られた精炻器が紹介されていました。
 この時代、白い素地の磁器が注目されているときに色の着いた素地を持つ精炻器に合う図案を考案していたという紹介なのですが、これが今の時代でもうけそうなモダンで非常にかわいらしいものがありました。素晴らしい技術者でありながら、素晴らしいデザイナーであったことを改めて感じる仕事ぶりでした。

 このあと、美濃焼ミュージアムに寄って美濃焼の歴史も感じてきました。
 少し前には猿投窯を見たところだし、やっと古い焼物が面白いと思えるようになってきてます。仕事柄、いまさらって感じではありますが、、、もうちょっと勉強しなくちゃという感じです。ええ。
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