アバウトなつぶやき

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備忘録:2021上半期 展覧会まとめ

2021年07月01日 | かんしょう

前回のブログ更新をしてから半年経ちました。
先日、過去記事を拝見して下さった方にコメントを頂き、開設してる以上たまにはチェックや更新をしなければ…と反省しております。
そして時折、まとめサイト等で当方の記事が紹介されている事があったりして、自分のつぶやきが誰かの参考になっているのなら嬉しいなあ、と思ったりしています。
それを思うと、まだ閉鎖はやめておこう、、、と思います。
SNSはなんだか面倒だけど、ブログは「誰か」感がありがたい。。。
ぷちネタも、意外なところで気にしてくれる人がいるんだし、サボらず続けなくちゃねー。(最近、更新の度にこーゆーのつぶやいてる気がする)

さて、自分のブログの中で一番振り返りに役に立つのが展覧会の感想。
誰かのためではなく自分のためにしかならない作業ですが、その時に気に入った作品を後の展覧会と関連づけるのに、感想残しておくのは本当に便利。
てなわけで、結局、展覧会の感想です。

まず1月。
三重県立美術館で「ショック・オブ・ダリ」展がありました。(シロウタ同伴)

ダリは若い頃から好きでそれなりにチェックしてきた画家なので、長年追うことで印象も違ってくることを実感。
若い頃は不安にさせるショッキングな感じが気に入っていましたが、自分が年をとるとダリ本人の人となりが気になるようになってきました。そういう意味では、この展覧会は私の中のダリ像を補填してくれた気がします。
けれど「若い頃のようにダリを観てワクワクしたい」と思って足を運ぶには、なんだか物足りないような気がするかなぁ。秀作揃いだけど、目玉になる客寄せパンダはいない感じと言いますか。今まで結構追いかけてきたからね。
ただ、今回の展示は諸橋近代美術館のコレクションをメインに構成されていて、この美術館のことを知らなかった私はとてもロケーションの良い「立派な美術館」な事に驚いたかも。バブルってすごかったんだな、と改めて思ったり。

1月は、山梨県美術館で開催されていた「栗田宏一・須田悦弘」展にも行く予定でした。


しかし県の警戒宣言発令で県外へ出ることが躊躇われ、泣く泣く諦めてしまいました。
これは今も後悔しています。山梨の作家さんだからこその展覧会で、巡回展があるわけでもなし、多少の無理をしてでも行けば良かったかも…と思ってしまうのです。まあ、未だに自分の周りにコロナ感染者がいないので言える事なわけで、もし一人でもいたらシャレになんない事例ですから、「いつか」を信じて再会を待つしかありません。

2月はギャラリ-から始まりました。
松阪のギャラリーMOSさんで開催された「あかつき」展。

名古屋芸大卒の若手日本画家さん安藤由香・磯部絢子・帆刈晴日・山守良佳(敬称略)4人のグループ展です。
私はこの中の山守良佳さんの描きだす色が好きです。使うのが顔彩に限らないようで、やさしい絶妙な雰囲気を醸し出します。(入江明日香さんもミクスメディアだし、私はきっとそういうのが好きなんだと思う)
美術展紹介のアプリでこの個展を知り、何気なく検索をかけたら見覚えのある雰囲気の絵が出て来ました。
ほとんど日展には足を運ばない私が、山守さんの作品は好きでなんとなく覚えていたんですよね。
ギャラリーへ行ったら自分好みの作品があって「えっ、連れて帰りたいけどどうしよう…」と悩んでしまいました。
(あと2万円安かったら買ってたな)

その後、岐阜県現代陶芸美術館で「アンドリュー・ワイエスと丸沼芸術の森コレクション」展。これはシロウタと一緒。


入江明日香氏の作品を観たくてシロウタを誘ったんだけど、そのシロウタが練上象嵌の陶器をやたら気に入っていたことの方が印象強いかな。
美術館の後で寄った、旭が丘にある「織部」本店のショップも面白かった。

そのあとは、延び延びになってたワダちゃんとのランチついでにBANKO archive design museumによって「白い茶碗」展。

近くでゆっくり、落ち着いた気持ちになれる場所として時々訪れるのがこちら。
あの古い建物が醸し出す雰囲気が良いんだよねぇ。内田鋼一さん、ありがとう。

そして、今期一番、インパクトの大きかったのがやはりシロウタ同伴だった「横尾忠則」展。

いやぁ、もう、観ながら「私が間違ってました、すみません」って気持ちになりました。この展覧会。
雑誌のプレゼントでチケットを応募しまして、「もし当たったら行っても良いかな。横尾忠則ってやたらサイケな感じで疲れそうだし」「あ、当たったからシロウタでも誘って行くかぁ」なんて感じだったのが、ホントお恥ずかしい!
横尾忠則氏、天才ですわ!!!
そりゃ、サイケな感じです。
彼の有名な部分がサイケデリックなことは周知の通りではありますが、それ以外の部分が~!
いや、そのサイケと言われる部分ですら、先人がいなかったことを考えるとものすごい偉業です。
しかし、デザイナーであると同時に芸術家である彼の持つ世界観が深いんですよぉ。奔放と不思議と悲しさと愛しさが同居してる人です、横尾氏。
特にY字路を描いた絵はものすごく郷愁を覚えたし、猫を描いた絵は愛情を感じずにはいられませんでした。(タイトルが『タマ、帰っておいで』なんだもん。泣いてまうやろ。)

3月は無理に出かけず、日々の生活をゆっくりすごした感じでした。
その中で印象深いのはワダちゃんの新しいお仕事の採用が決まったことでした。あれは本当にホッとした。

4月はまたもやシロウタとのおでかけ再開。まず「バンクシー」展。

あまりに有名なのでどうしてもイメージ先行してしまうんだけど、前回の横尾忠則の事もあり、やはりちゃんと観てみないと分からない、という気持ちもありました。
これ、家族にやたら「バンクシーならオレも行きたかったな」と言われたっけ。。。
でもコロナの影響で、平日は楽に入れるけど休日はひと手間いるんだもん。そんなん、面倒やん。平日に友人と行くっつーの。
で、やはり行ってみて良かったなと思います。
スタイリッシュな展示であることは間違いなく、その部分の印象ばかりが強かったのですが、社会に対する批判を訴えるために活動をしているんだということが作品を目の当たりにするとビシバシ伝わります。
ホテルを作ったり、大がかりなイベント(かな?テーマパーク形式の作品なんです)を発表したりしているなんて知らなかったので、イメージよりずっとずっと内から発するものの力が強い人なんだと感じました。

「春の院展」も無事に開催されました。

院展は素直に楽しめて良いですねぇ。芸術なんだけど、「美術」として楽しい。
清水由朗氏の『しじま』きれいだった~。
帰り道は多度を回って、花ひろばでレモンと柚子の苗木を購入。
植えるなら実のなるものが良いですよ、やっぱ。
その日は用事がてんこ盛りで、夕方は久しぶりにSさんと会いました。娘さんの進路とか、近況を聞けて楽しかった。
また夏に会う約束をしたので、その頃にはコロナが落ち着いてることを祈るばかり。

それから、会期の早めに足を運んだのは「若冲と京の美術」展。

これねー、「思ってたんと違う」って人、結構いたんじゃないかな。「若冲」強調しすぎやろ(笑)
細身美術館のコレクションなので「京の美術」が強いのは分かる。若冲をしっかりコレクションしてるのも本当。
でも、前述の諸橋美術館同様、パンダがいないのよね、客寄せパンダが。
チラシに使われてる『雪中雄鶏図』は、世間のイメージする若冲のまんまでこれを見たかった人も多いと思うのですが、展示は前期だけだったんですよ(私は前期に行った)。姉が「若冲を観た方が良い、ってお茶仲間に勧められたんだけど、どうだった?」と聞かれたので「行くなら早く」と促さずにはいられなかった。
全体的には「優品ぞろい」という印象を受けました。落ち着いた、良い展示だったと思います。

で、4月はなんだかんだとウロついてた事に、ブログをまとめて初めて気付く。
三重美のすぐ後に、シロウタと待ち合わせて徳川美術館の「刻を描く 田渕俊夫」展にも行ってました。

現、日本美術院の代表理事である田渕俊夫氏。
院展を観に行った際に素敵な絵を描く人だとは思っていたけれど、以前、メナード美術館所蔵の作品を観てから一気に好きになってしまった方です。古典的な作品も良いけれど、私はこの方の描く現代の風景がたまらなく好き。
徳川美術館で個人の回顧展を開催することは(言われてみれば)珍しいかもしれません。
特別展の部屋ですが、普段、大型の作品を展示することは無いのでしょうね…作品の真ん中に展示ケースの枠がきてしまう所なんかがあったのはちょっと残念。
でも、作品が素晴らしいのでそれを上回る感動がありました。
田渕氏関連の展覧会はメナード美術館でも同時開催(と思ったら、愛知県に緊急事態宣言発令で夏に延期)されるのであちらも観に行くつもりです。

5月はメナード美術館が閉館していたのでいろいろ諦めていたのですが月末近く、県内は松阪のGALLERY+CAFE/DOODLEで四日市の作家さんである、赤木希世美さんと山田早映子さんのふたり展を開催していたので足を運びました。
このお二人は少し前に四日市の文化会館で個展をしてらしたのを偶然観て気になってました。特に私はマスキングテープで貼り絵をなさっている赤木さんの作品が良くて。
日本画をなさっていた方だからなんでしょうか。マスキングテープの透け感を上手に使ってらして、透明感のある作品を作ります。コレがまぁ、かわいい。
今回は絵はがきしか購入していませんが、いつかご縁があったら、、、と思ってしまう作家さんです。
そして、このDOODLEのオーナーさんである女性がすごくキュートだった
一人で行った私に声をかけてくれたのですが、そこから話が盛り上がっちゃってとても楽しい時間が過ごせました。
その時、教えて頂いた津市の本屋さん「奥山銘木店」。帰りに寄らせて頂きました。アートブックに寄った品揃えで、すごく楽しかった!(3冊も買ってしまったわ)

で、その翌日は県展に行ったら、帰りにまっちゃんに会った。
駐車場でちょっと立ち話、のつもりが、久しぶりだったので1時間以上話し込んでしまってた

6月の愛知県は未だに緊急事態宣言中。
でも、愛知県美術館は開館していたのでトライアローグ展を観に行きました。

この展覧会は富山県美術館・横浜美術館・愛知県美術館の20世紀西洋美術コレクションが一堂に会します、というもの。
横浜美術館は行ったこと無いけれど、富山も愛知も知らないわけではないので、見知った作品は多く出展されていました。
コロナ禍の現在、海外からの作品借り入れが大変なので、国内の美術館コレクションを紹介する展覧会がホント多い。
けれどこれって決して悪い事じゃ無いと思うんですよね。
国内にも素晴らしい作品はたくさんあるのに、知らない、観たことない、なんてのはざらにあります。
そういう作品が注目され、紹介される。うん、良いことです。
とはいえ、実は「知ってる作品多いしな…、やめとこうかな…。」と思ってたのも事実。
これに関しては、ニコニコ生放送の番組「ニコニコ美術館」で紹介されてたのが大きかったと思います。あの番組、日曜美術館より面白いと個人的に思ってますので。

そして上半期最後は、まっちゃんと一緒に岡崎市美術博物館まで足を運んだ「渡辺省亭」展。

これもニコ美を見てなかったらやめてたかもしんない。
卓越した画力でありながらあまり知られてなかった渡辺省亭は、画壇を賑わせた、と言うよりどちらかというと職業画家という感じの人。
だから飾りたくなるような美しい絵を描きます。
タイトルにも「花鳥画」とあるように、花も鳥も(当たり前だが)ものすごく上手い!
なにより鳥が、鳥がかわいい~!上手い~!!
小難しいことを考えず、「きれいだわ~、素敵だわ~。」と楽しめる展覧会でした。

岡崎まで来たことだし、どうせならちょっと寄り道しよっかと、近くの公園付近を散策したのですが、岡崎って文化施設に力入れてるんだなぁ、と感心しました。
人口38万人らしいのですが、市民が展示に利用できる岡崎市美術館を美術博物館と別に所有しており、郷土館や、おかざき世界子ども美術博物館もあります。
美術博物館のある岡崎中央総合公園は大きな総合運動施設があり、一帯が大きなグリーンベルトになっていて、大きな総合病院もすぐ隣にありました。そして、それらには無料駐車場が併設。
他にも岡崎公園や岡崎城など、観光名所も多いです。
私の住んでるところも30万人いるんだけど、、、10万人も違わないのに、この差は一体何なんだろう。徳川家康の威光なんだろうか。すごいわー。


と、上半期はそれなりに楽しく過ごさせて頂きました。
そして、この記事はうちのシロアリ駆除および予防のための施工を横目に書き始めたのでした。
うち、鉄骨だからと、新築時の薬剤塗布から一切シロアリ対策して来なかったんですよね。
そしたら今年のGW過ぎた頃、玄関に羽アリ出て来まして…業者さんに来てもらったらヤマトシロアリだった
まぁ、家が倒れることはないですが、床でも抜けたら大変なのでこの度施工してもらった次第です。
いやだ、いやだ。
でも、今年はこれでGも出ないかもしれないな。

さて、下半期はこれからです。
ブログ更新、、、がんばるかも知れないし、がんばらないかも知れない。
その辺は成り行き次第と言うことで。


備忘録:2020展覧会まとめ

2021年01月04日 | かんしょう

ここのアカウント、更新しないままもう少しで一年経ってしまいそうな勢いでした。
SNSを使い始めてからブログが面倒になった…というわけでもありません。だって、SNSもろくに投稿してないんだから。まぁ、トシ取ったって事でしょうね。

と、会話調で書くけれど基本は自分に向けて書いてるわけです。あとはごく親しい友人とのネタ帳代わり。

2020年が終わり、正月休みがもう終わりそうになって、やっと昨年の自分を振り返っています。
言うまでもなく、コロナ禍は生活のさまざまな部分に影響しました。
幸い仕事には影響はなかったけどプライベート部分がしんどかった
次男の学業面の心配が一番だったけど、その次が自由に動けなくなったことでした。
趣味の展覧会めぐりが出来なくなって、芸術に触れる機会が減ること以上に1人で心を解放する時間が減ることにしんどさを感じていた気がします。

第一波が収まると展覧会が再開されるようになったので徐々に近くの美術館へ足を運ぶようになりました。私の行く展覧会や美術館って割と空いたのでソーシャルディスタンスの問題を感じることはほぼ無かったです。
それじゃ、ここから振り返り。

2020年は1月に豊田市美術館の岡崎乾二郎展、愛知県美術館のコートールド美術館展、名古屋市美術館の岸田劉生展、松坂屋美術館のSEVEN ARTISITS展。
あ、ペットのハリネズミの手術の抜糸が正月明けにあったっけ。
2月には職場の元同僚2人と一緒に東山動植物園へ。久しぶりの動物園は面白かったけど、この時にはコロナ感染者が増え始めていて昼食がかなりドキドキだった。
で、岐阜県美術館の円空大賞展、三重県立美術館の諏訪直樹展で、一旦展覧会めぐりがお休みに。

春になって、各所でリモートが始まりましたね。
マスクも消毒液も売り切れで大変だった…私の好きな現代作家・山田勇魚氏のTwitter配信を知りチェックするようになったのはこの頃だったかな?

夏になると少し落ち着いて社会の活動が再開されてきました。

7月に四日市市立博物館の無言館展へ。

そしてこの頃から、右の手指が曲がりづらくなってきました。(リウマチの初期症状?と思ったら後にへバーデン結節の方が濃厚と言われた)
8月はまっちゃんのび・SAM展が県民ギャラリーで開催されて良かった(^^) リモート茶話会を返上して久しぶりに友人宅に集まってお茶出来たのもこの月。
9月は空いてる今を逃してはならない、と、足立美術館へ。

横山大観展が開催されていたけれど、驚くほど空いてた。向かいの土産店へ行ったら、客が私1人という状況で普段ならあり得ないひと気のなさ。

出雲大社や古代出雲歴史博物館にも寄ってきたけど、じっくり鑑賞してたら出雲そばを食べる時間がなくなったのが残念だった。
そして月末は名古屋三越の伝統工芸展へ。

この時、応募していたWeb開催のARフォトコンテストで最優秀賞受賞の連絡を頂いた山田勇魚氏が審査員を務めるコンテストだったのでこれは嬉しかった〜

10月は三重県立美術館の香りの器展。

11月は四日市市文化会館の瀬戸焼展、

愛知県陶磁美術館のYAYOIモダンデザイン展。

12月は松坂屋美術館の院展へ。

じわじわと第三波がきていたのでビクビクしながらの名古屋でした。そして年末に職場の人と予定していた一宮市博物館で開催の発掘された日本列島2020は行けなかった。なぜかというと、予定の2日前にうちの長男の職場でコロナ陽性者が出たという連絡をもらったので万が一を考えると一緒に行きましょうとは言えなかったからでした。招待券もらってたのに…展覧会は会期の初めに行くに限るわ。

さて、2021年はどんな年になるんでしょう。
とりあえず健康を損ねない様にはしたい❗️
そして息子の心配をしたくない〜っ。


没後30年 諏訪直樹展

2020年03月01日 | かんしょう

金曜日に、三重県立美術館で開催中の「没後30年 諏訪直樹展」を観てきました。

 
開催中といっても、新型コロナウィルスの影響で政府から緊急のイベント等の自粛要請が出たこともあり各種団体が中止や休館を発表している現在です。三重県立美術館も2/29〜3/15は休館となります。
なんと翌日から休館!気分的には滑り込みセーフという感じでした。
ちなみに館内はとても静か。受付の人は出ておらず、観覧客も数人のみで一室を貸切状態で観ることがしばしばでした。
 
諏訪直樹氏は三重県四日市市生まれで、1970年代後半から80年代にかけて優れた絵画表現が高い評価を受けながら36歳で世を去ったという人物です。残念ながら地元でありながらその存在を知らなかった私は、どんな絵を描く人なのかを知るこの機会は逃してはいけないと思いました。

 この展覧会に合わせてかはわかりませんが、先日観た岐阜県美術館でのコレクション展「カラー・マジック」でも諏訪直樹氏の作品が出展されていました。(諏訪氏は11歳で岐阜に転居しているので、岐阜ゆかりの画家でもあります)
 リーフレットやその作品の印象から諏訪氏は日本画家なのだという印象を受けたのですが、実際、作品を通して見るとそういうわけではなかった事がわかります。
 
 まず諏訪氏の使っている画材は日本画で使われる顔料ではありません。ほとんどが綿布にアクリル絵の具です。
 和風の色調と金色の眩さで日本画という印象を受けたため、リーフレットに使われている作品《PS−8718 八景残照Ⅲ》を見た時も金箔で富士山を描いたものだと思ってしまいました。
 しかし実際は金箔ではなく金彩だし、富士を描いたものかどうかはわかりません。(日本人が富士をイメージすることは織り込み済みで描いているとは思いますが)
 諏訪氏の初期の作品は、色の集合体がどういう見え方をするか、を追求しています。
 点で色を並べ、重ね、それが数枚のパネルにわたって移動するかの様な描き方をしています。ひとつの枠にひとつの世界を描くのではなく、連続性を表現することで絵画の成立の根本的なあり方を問うものだとか。
 絵画のあり方は色の組み合わせや配置だけでなく、画面の規則性にも着目され、黄金分割に基づく色彩構成が見られるようになっていきます。黄金分割に斜線を組み合わせて直角二等辺三角形を描くなど、画面の構成がテーマなのが伝わってきます。
 その後、衝立や屏風状の黄金比を立体的に表現する手法を経て前述の《八景残照》になるのです。
 東洋的な表現方法を取り入れる様になっていても作品に図形的原理を採用していることには変わりがなく、画面の規律や要素の混在ということが作品のベースにあるわけで、絵画における画面のあり方が氏の作品の根本にあるのだということを知ることができました。
 ちなみに、私が今回の展覧会の出展作品の中で一番気になったのは日月山水シリーズでした。
 屏風状のパネルに奔放な筆遣いの色の集合体の様に見える絵画ですが、離れて見るとちゃんと日や月が浮かび上がっていて奥深い驚きを伴う作品になっていました。
 
 この「画面のあり方」が長大に展開する作品《無限連鎖する絵画》という作品が制作されていたそうですが、画家の突然の死で未完の遺作になってしまったとの事でした。
 三重県では所蔵していない様ですが、宇都宮美術館、目黒区美術館、千葉市美術館が各々Part1から3までを所蔵しているとの事で連鎖企画が開催中です。私は行けそうにありませんが、見れるものならば全部を一挙に見てみたいものです。
 

第10回 円空大賞展

2020年02月23日 | かんしょう
岐阜県美術館で開催中の「第10回 円空大賞展」を観てきました。





岐阜県は好きだけど、いつもスルーしてしまう円空大賞展。
でも今回は池田学氏が入賞してる!作品が間近で見れる!
行かないわけにはいきますまい。
そして実物に対峙すると予想と違う驚きのあるのが美術展の面白いところ。
今回も池田氏以外のアーティスト作品に驚きをもらい、気になる作家さんを増やして帰ってきました。

今回の円空大賞(最高賞)はTara オーシャン財団です。

「世界を舞台に環境問題の提起につながる調査を続け、海洋が未来のために決定的な役割を果たしていることを、アートを通して次世代に伝える」という活動をしています。
 調査に行く際いつもアーティストが同船して、記録を取ったり体感したことを表現してもらったりするそうな。
 だから、作品展示といっても絵や彫刻が並ぶ形態ではなく、活動紹介や活動内容展示が含まれています。
 個人のアーティストでなく団体が入賞したのは今回が初めてなのだとか。



↑コレは海の生物をプログラミングして、コンピュータが削り出した木彫作品。

ロビーにもパネルや映像が展示され

休憩所にも実物大のクジラの作品が。
 海洋調査という博物館で扱われがちな活動が、美術館で紹介されても違和感がないどころか美術館でこそ映える、という新しさがあります。学術と芸術の垣根を取り払う活動です。

次に見たのが安藤榮作氏の《鳳凰》です。
斧ひとつで削り出すという荒々しい作風で、リーフレットを見た時にはそれほど興味を引かなかったのですが、いざ本物を目にすると迫力あります。

 メイン作品である《鳳凰》はもちろんなのですが、一緒に展示されているそれぞれの作品(作品名をメモしてこなかった💧)がストーリーを作り出すかのような展示で、この部屋自体がインスタレーション作品になっています。
 福島原発を思わせる壁に描かれた絵、そこから吹き出すように並べられた人型、それらと同じ方向を向いて飛び立つ鳳凰、その背中を見守る円空仏(円空仏は作品ではなく本展用に貸し出されたもの)、天に突き出す手のような形をした炎…。

 安藤氏は福島県いわき市にアトリエを構えていたため、震災の折に数百体という作品を津波と火事で失ったそうです。
 実際に被災した人の持つ重さを感じる作品で、この部屋に入ると心がざわざわします。
 しかし鳳凰は再生の象徴。後ろに構える円空仏は不動明王、一般的には炎を背負って描かれる救済の仏様です。
 この不動明王は安藤氏が希望したというわけではなく、展覧会に合わせて美術館が展示用に借りた仏像であり、ここに展示されたのは(もちろん安藤氏の許可は得たはずですが)美術館側の意向のようです。
 でも、コレがおそろしくマッチしている!不動明王があることで祈りとか希望とかを強く感じるようになり、作品の見方が限定される部分がある一方、深みが増していると思うのです。作家の意図するものが仏像の性格と同じであれば、これはまさに奇跡のコラボでは、と思う私。もし安藤氏の個展で同じ作品を見てもこの展示方法はここでしか見られないわけですから、コレは貴重。あぁ、来て良かった。

 この後、羽田澄子氏の映像作品があったのですが、撮影するのが困難だと思いましたので写真はありません。この映像作品、根尾の淡墨桜を舞台にしたドキュメンタリーなのですが、長そうだったので見るのを断念してしまいました。実際42分作品らしい💧
 ただ、後で美術館の方に聞いたら、若木を接木をしてまで樹齢1500年を保つ桜に「まだ生きるのか」と問いかける場面などもあり、生死を問う結構こわい作品ですよ、ということでした。なるほど、それはなかなか奥深い…。見逃したのは残念でした。
 
 そしてやってきたのが池田学氏の作品です。
私が初めてテレビの紹介を見て目が釘付けになったのが2年前。リーフレットに掲載されている《誕生》です。
 今日はコレが見たくてやってきました。
 …が、《誕生》は作品集もアプリも持っているので撮影せず。(ブログ書くなりゃ撮っておけばよかったかも)



 池田氏は基本、ペンで恐ろしいほどの細かい書き込みをして作品を作り上げていきます。《誕生》に至っては3✖️4mというサイズなので3年かかって制作しておられる。
 私が彼の作品で好きなところはどんな細部にもストーリーがあるところでしょうか。
 たとえば↓この花の絵。

 蘭を思わせるやさしい花ですが、近寄って見ると、、、

 花びらはテントだし、おしべは人が手を掲げた姿です。蕾か花柄を思わせる人の手なんかも見て取れます。

 ↓の書き込まれた鬱蒼とした森

 息苦しいほどの植物の中に、、、

 少年や犬が息づいています。
 こういった仕掛けがとても面白くてついつい見入ってしまうのです。

 最後の部屋は大嶽有一氏の作品です。
 鉄を一度錆びさせてから、安定剤を塗布して独特の質感を表現した作品を作っておられます。
 この手法、昔勤めていた職場の入り口を思い出します。
 同じことをしようとした所長が鉄板の扉にサビールを塗って錆させていました。結局、錆の状態で安定してるからと安定剤が塗布されることはなかったのですが、あの部屋が今の私の一部を作ったと思うと錆びた鉄は懐かしさを想起させます。
 が。
 大嶽氏の作品は錆びが付着しているわけではなく、鉄の良い質感が出ています。どんな薬品かは知らないけど、保存処理して戻ってきた鉄製品みたいなんだなぁ。(埋文だと、鉄鏃とか出土すると業者さんに保存処理を頼むので)
 と、個人的な鉄あるあるは置いといて、鉄という重いものを軽い造作で見せてくれます。


 この日、「ナンヤローネ アートツアー」があるというので参加しました。ギャラリートークのようなものかと思って観覧後にホールで待っていたら、しばらくすると美術館の方たちが何やら準備を始めました。
 ナンヤローネは岐阜美の取り組みの中で、説明を聞くというより体験型イベントになっていて参加者同士がお互いの感じたことを話しながら作品を鑑賞するとのこと。(「何やろうね?」からきてるんでしょう) 最後にはそれを絵で表現するというところまででワンセットです。
 描くのかぁ、とちょっとビビりましたが、進行役の美術館の方がガイドとしてついてくれたおかげでちょっとした裏話なんかも聞くことができたし、軽い感じで質問ができたりと、結果的には普通のギャラリートークより印象に残る作品鑑賞が出来た気がします。
 円空大賞展、とても楽しめました。
 大規模展覧会だけが楽しいとは限らないんだよねぇ。


SEVEN ARTISTS展

2020年02月03日 | かんしょう
岸田劉生展の後、松坂屋美術館に寄ってSEVEN ARTISTS展を観てきました。

この日、個人的にはこっちの方が楽しみだったかも知れません。
岐阜県美術館のコレクション展で神戸智行氏の作品を観て以来、もっと色んな作品を見たいと思っていたのです。

注目株の若手7人の展覧会ですが、それぞれ方向性が違うためこんな企画でもない限り一緒に展示されることはまず無いのだとか。確かにそうかも知れませんね。

会場をのびのびと使ったレイアウトで、大作が掲げられていて見応えがあります。
まず入ってすぐに岩田荘平氏の作品がどーんと迎えてくれます。
ブルーをまとった《こい》の迫力も、花の鮮やかさ、華やかさもパンチが効いている。
お目当ての神戸智行氏の作品も点数は多くはないけれど習作揃いで、画面にちりばめられた小さい生き物たちが愛おしい絵ばかりでした。
山田大貴氏は写実画でとても美しい女性を描いていましたが、機械×少女という組み合わせはまさに現代作家という感じがあって可能性を感じました。

▲撮影OKだった山田大貴《Aeoian Harp》。こっちはメカじゃないけど美しい

呉亜沙氏の作品が作りだす空間は可愛らしく、それでいてちょっと不思議です。奥行きも感じさせられるし、私にとって「家にあったら嬉しいだろうな」と素直に思える作品でした。
金子富之氏はまさに圧巻。神秘的なテーマを熱量を持って描き込んでいます。色も激しかったり、大胆だったり。あんな大きな画面によくあれだけ描き込めるなぁ、と感心します。
大竹寛子氏はたらし込みが特徴的。そして女性らしい絵です。

そしてトリは入江明日香氏の作品です。
私、この人の絵は本の表紙で(恩田陸さんの小説)見たことがありましたが、細かくてキレイだな、というくらいで特に気にとめてはいませんでした。
けれど今回、実物を見てその美しさと緻密さ、それから遊び心に度肝を抜かれました。
技法も銅版画とコラージュと絵の具の手描きという独特なものだから実物の発色だの質感だのが何とも言えない効果を生み出しているし、掛け軸の表具まで描き込んで作品にしてしまっているのには脱帽しました。
人物が動物や植物と融合するかのような描き方もドキッとするし、作品の中に描き込まれた小さなモチーフ達も愛らしくて探す楽しみに溢れています。

この作品、引きで見ても十分美しいのですが…

近寄って、部分を見ても色んなものが描き込まれていて感心しちゃう久しぶりに図録以外の作品集を買ってしまったわ。

紹介されていた作家さん、それぞれが個性的で見ていてとても楽しい展覧会でした。
これからの活躍に期待しちゃうし、これからも追っかけていきたいと思う作家さんに出会え
ました。行って良かったわ~。

 


岸田劉生展

2020年02月02日 | かんしょう

名古屋市美術館で開催中の「岸田劉生展」を観に行ってきました。

娘を描いた麗子像シリーズで有名な岸田劉生。
誰もが知っている絵を描いているにも関わらずどんな画家なのか気に留めたりはしてこなかったのですが、展覧会のおかげで人物像が少し見えてきたので興味を持ちました。
ちょうど少し前に風景画を観る機会があった(この辺りのコレクション展か何か?でも三重の《麦二三寸》ではなかった)のですが、美しいというわけではないけれど奥へと続く道が印象的な絵だったので風景画がもっと観たいとは思っていたんですよね。

さて、展覧会のおかげで岸田劉生のことを知る機会を得たわけですが…。
まず、38歳という若さで亡くなっているのを知りませんでしたし、20代に肺病と診断(誤診らしいけど)され、外出を控えたため風景画の点数が少ないことも知りませんでした。
まぁ、風景画を目的としなくても「日本近代美術史上に輝く天才画家」なんてあおりを付けられては興味を失うはずもありません。

岸田劉生が天才といわれる所以。
それは日本の近代絵画において黒田清輝が「輸入」した印象派から脱却して自分の画を探求し続けた点にあるようです。
この展覧会はその画業自体が岸田の魅力なのを伝えようとしているのがよく分かる構成になっていて、展示が制作順に並んでいます。
今回、キャプションと作品リストを見て制作年の所に日付まで入っているのに驚きました。
気にして絵を見ると、確かにサインの所に日付が入っていて(このサインも制作の時期や画風によって色々変わっていて面白い)、まるで日記のように試行錯誤しているさまが見て取れます。

印象派のようなタッチからデューラーやファン・エイクらの影響を受けて写実的になり、そこからまた変容を遂げていきます。
岸田は武者小路実篤の「自己のための芸術」という考え方に共感していたということで、自分の表現の追求として色んな技法で自画像や人物画を描いています。
これを見て私は思いました。「この絵、欲しがる人っているのかなぁ」と。
もう、生粋の芸術家ですよね。同じものを何点も、しかも肖像画として注文を受けたわけでもない自画像を延々と描くんですから。
実際、1914年の個展(クラッシックに傾倒した頃)では1点しか売れなかったそうです。
それでも支え続けた奥さま、すごいです。さすが「画家の妻」。
この奥さま、学習院で教鞭を執っていた漢学者の娘で鏑木清方に日本画を師事していたというのだから芸術や文化に理解があるのは頷けますが。
(私が心配しなくても、生活が出来るくらいには仕事はあったのでしょうけど)
娘の麗子も父親のモデルを精一杯務めたようですし、良い家族ですよねぇ。

風景画については苦手だと思っていた時期があったのは確かなようで、「色で画くから画けないことがわかった」「捨てれば描ける」と語ったという逸話が紹介されていました。
なるほど、点数が少なかったのは外出できなかったのだけではなかったのね。
あの独特の風景画、眺めて美しいとは思わないのだけれど道の向こうに何かがある気がして飽きずに見れそうではあるんですよね…。
風景画は自宅周辺を描いた作品と、大連で描いた作品を見ることが出来ましたが、自然の美しさを描きとろうとした作品という印象はなく、色々と考えることが多い人だったんだろうなぁと思ったのでした。

私にとって、美術展と言うより自叙伝でも読んだかのような印象を受けた展覧会でした。
芸術家って大変だ。。。

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おまけ

常設展示室に寄贈を受けた藤田嗣治の作品2点が紹介されていました。
これが両方とも名作で!
特に《夢》という作品は白いわ裸婦だわ猫いるわで、フジタらしさ満載のすごく素敵な絵でした。必見です。


ラフ∞絵 展

2020年01月25日 | かんしょう
コートールド展を観たあと、シロウタが「私、もう少し余力ある」というのでどこかギャラリーでも寄る…?と言いながら検索したらヒットしたのがコチラ!
 
えらいこっちゃ!
高田明美氏の原画観れるってことやん!? 
そういえばFacebookでそんな記事読んだ気がするぞ。あかん、行かねば。
 
シロウタと三越で分かれて会場へ向かうワタクシ。
その日は16時から大河原邦男氏がみえるとのことでしたが、その時間からのイベントに出席していては夕飯が作れないので帰りました。それを家で話したら「なんで出やんだん!?もったいない!!」と息子にも主人にも言われました。
そうね、あなた達ガンダム好きには垂涎モノだったわね。

この展覧会の4人、みなさんタツノコプロのご出身だったんですね。
アニメーターの経歴でタツノコプロってのは「へぇ、そうなんだ」なんですが、秋元治氏もタツノコプロに居たとは思いもしなかった。両さん描く前はガッチャマン描いてたとは
 
企画はラフ絵ってことで、企画時の資料から新作まで色々揃っていますが印象的だったのは天野喜孝氏の屏風です。風神雷神を美人裸婦で描いた屏風は芸術でした。他にも天野氏の、この展覧会に合わせて描かれたカラー新作は200万円の値を付けたまま売約済みになっていました。
そして私の大好き高田明美氏の作品もすっごいキレイで良かった~
マミちゃん、どえらいかわいいし。
秋元氏のネームも、大河原氏の企画書やフィギアも、もう見所満載でした。
 
展覧会内は撮影不可ですが、最後の部屋の作品だけは撮影可能でした。
それぞれの作品をそれぞれの作家がお互いに描くという企画です。
せっかくなので撮った写真をご紹介…と思ったけど、SNSにアゲて良いかどうか説明が描いてあったはずなのを確認して来なかったのでとりあえずやめときます。
あー、行けて良かった。シロウタ、ありがとう。

コートールド美術館展

2020年01月25日 | かんしょう

先々週のことですが、愛知県美術館で開催中の「コートールド美術館展」を観てきました。今回は土曜日。シロウタと一緒に休日はちょっと珍しいです。

おかげでスライドトークに参加することが出来ました。次週だと「怖い絵」でお馴染みの作家、中野京子さんの講演会があった様だけどそれは仕方ない。

トークが始まった際、「この中でコートールドに行ったことあるよって言う方居ますか?」と尋ねたら、手を上げたのは(私の見える位置からは)お一人でした。
そうですよね、少ないですよね、みなさんロンドンに行ったらまず大英博物館へ行ってしまう。そしてナショナル・ギャラリーやテート・モダンへ行った辺りで時間が足りなくなってしまうのでコートールドまで足を運ぶ方はなかなかいらっしゃらない、、、という事を学芸員さんがおっしゃいました。
あぁ…分かる、わかります。私は海外の美術館には疎いのもあって、今回展覧会の事を知るまでコートールド美術館のことを知りませんでしたから。
他の方達が私と同じとは言いませんが、この企画で紹介されるまで《フォリー=ベルジェールのバー》がマネの最晩年の作である、とかこの作品がコートールドにあると言うことを知らなかった人は少なくないだろう…と思う。
コートールドが改修工事のために貸し出ししてくれてるおかげで、この作品たちを観ることが出来るけど、こういうことでも無かったら私の生涯で観ることのなかった作品たちだろうなぁ、としみじみ思います。

コートールド氏のコレクションは「卓越した審美眼」と称されるのが頷ける、名作揃いです。
印象派の名作がそろい踏み。マネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ゴーギャン、とビッグネームが揃っているんだから観ないわけには行かないですよね。
しかし、ビッグネーム過ぎてここの作品に感想を書くのは気が引けます。ファンや研究者が多すぎる

出展は60点ですが観れば重力を感じる作品群のうえに、ピックアップ作品についた解説が入念かつ分かりやすいのでとても楽しめる展覧会になっていました。


岡﨑乾二郎ー視覚のカイソウー展

2020年01月11日 | かんしょう

豊田市美術館で開催中の岡﨑乾二郎の回顧展「視覚のカイソウ」を観てきました。


▲リーフレットは「あかさかみつけ」シリーズで8種類も作られてました。「どの色が良いか悩む~」とうなっていたら受付の女性が8枚とも勧めてくれました

 
岡﨑乾二郎は以前、「モネーそれからの100年ー」展で観て気になっていたので、機会があったら他の作品も見てみたいと思っていました。
そしたら昨年末の日曜美術館で紹介されていて、しかも豊田市美術館で展覧会が開催中と知ってびっくり。都合がついたのでさっそく観に行きました。
私は前述の展覧会で、まずタイトルが印象的でした。
文章としては前後のつながりがない、散文詩のようと言えば言えなくもない、イメージを散りばめた言葉の集合体のようなタイトルです。
絵を見てタイトルを想像するのはまず無理で、タイトルを読んで絵を見ても難解で、すぐに理解することは出来ません。

▲たとえば、この写真の中央の作品名は(2枚1組で)「淡水水産物つまりおサカナ、といっても人の放流したアユやニジマスを穫って暮らしている。水面から水の裏を見透す(背後に食客三千)。水を飲み、氷を食べる暮らしと違わない(水は凍って大きく膨らむ)、だからサカナたちから税を奪う。」「おサカナたちは成長してゆくご自分の姿などにはお気づきにならない、だからこそは思う壷。誘いの水が水なのだから(地理には明るい)。海の下だろうと雪の中だろうと違わない(魂は舞いはじめ先へ急ぐ)、もう目覚めることもないだろう。」

それで私は、この岡﨑という人は思いついたものを宝箱をひっくり返すようにぶちまけている人なんだろうと思っていました。
しかし日曜美術館を見て、表現の全てに意味があり絵は計算して描いている事を知り、見方がぐるりと180度、、、というか165度くらい変わりました。
頭の中の宝箱をひっくり返したりもしてるのでしょうが、ぶちまけているのではなく、「ひっくり返したように見える」ように一つ一つ並べている人だったのです。
だから、非常に哲学的!
岡﨑氏は「この世界は決して一元的なものではなく、たがいに相容れない固有性をもったばらばらな複数の世界から成る」とおっしゃっていて、それを具現化する手段としてさまざまな表現をしているようです。
たとえば絵という一般的に2次元といわれるものに対して立体のみならず時間の変化という4次元的な要素も加えています。

それは↓のポンチ絵にも表れていると思います。


作品というよりラフ画ですが、紙を重ねたりたゆませたりしています。
これはきっと平面的な落書きの張り合わせではなく、絵に物理的な奥行きを持たせることで時間を内包しようとしているのではないかと思います。
 
また、岡﨑氏は親御さんが建築家ということもあり、建築にも非常に造詣が深いようです。
この作品はイタリアのトリエンナーレだったかな(ギャラリーツアーで色々教えてもらったのですが、何かと物覚え悪くて)、とにかく屋外での展示経験があるのですが、この形状でありながら支えなしで自立するのだそうです。これはすごい。

建築という角度で見た場合、構造的な工夫もさることながら、空間に対する思いが芸術という手法で表れているのが分かるのが「あかさかみつけ」シリーズでしょう。 
リーフレットの写真に使われているプラスチック段ボールで作られたレリーフがそれです。
この「あかさかみつけ」は氏の初個展で発表して以来、全て形状は同じで色や素材の違うものを30数年に渡り作られているそうです。(今回、会場入ってすぐの壁に同じ素材の「あかさかみつけ」14点が並んで展示してあり、なかなか壮観でした。)同じ形状で色の違う作品を作り続ける意図とは、を鑑賞ツアーでも話していたのですが、それはやはり同じ場所でも時間が違えば違う表情を見せることを示唆しているのだと考えます。
 
この街の名前のついたレリーフたちを配した空間が「たてもののきもち」です。(このコーナーがなかなかイイ感じ)


たてものによって空間の見え方が変容する、ということで、作品を1個体で鑑賞するのではなくいくつもレイアウトすることで空間を作り出しています。
「作品」は外部と区分された作品内の空間=「内部」を自律させることをその後成立条件としていると考えました。
と、キャプションには書かれていました。
 
前述の「この世界は一元的ではない」ということの表現に挑んでいる〈Physiognomy〉がありました。
これは、氏がタブレットを使って描いたデータをコンピューターで出力し、それを何枚か組み合わせた作品です。出力の際に紙を手で持っていたとかで少しずつ違う表情をした絵です。
さて、この何枚もの絵は誰が描いたのでしょうか?と問うものです。
彫刻だって原型があり、それを鋳造したからと言って職人さんの作品とは呼ばれないわけですから、誰が、問われればコンピューターでなく岡﨑氏が描いたと言って差し支えないと思いますが、そもそもこれについては問いかけ自体が作品であり、答えを求めているとは思えません。
 
鑑賞ツアーに参加しなければ意図に気付かずスルーしてしまっただろうと思ったのは布をコラージュした作品の部屋でした。
岡﨑氏が作品作りを始めたきっかけが洋服の型紙だったというエピソードを教えて頂いたのです。なるほど、型紙は確かに平面を立体にするレシピだし、逆に洋服を切り離してしまえば平面になります。そう、世界はつながっているのです。
 
…と、考えさせられる展覧会ではありますが、考えずに作品を観てももちろん楽しいです。


こうやって眺めていても楽しいけれど、これに近寄ると、、、
絵の具がジェルのような透明感を帯びていて美しい♡
 
一つの作品がきっかけで気になった作家さんですが、知ると奥が深くてとても興味深い方でした。
かなりインテリ風が吹いていますが、嫌いじゃないですよ!私。(むしろ好き)
現代作家はこうやって、本人の考え方や観るポイントを知ることが出来るのが良いところですね。

---おまけ---
恵那川上屋の「栗一筋」が今季は今週末で終了って書いてあったので、遠回りして可児御嵩店へ行ってきました。

甘さ控えめのさくさくメレンゲにカスタードと生クリームを乗せ、苦めのキャラメルソースをかけたらその上に甘くない栗きんとん風の栗ペーストがどばぁ~っとかけてあるという代物。結構大きいけど、甘くないからぜんぜんイケる。
栗好きとしては一度は行っておかないとねー。
それにしても可児、久しぶりに行ったけどなんか頑張ってる感があります(大河がらみでも)。
次に川上屋に行ったら、洋菓子にチャレンジしたいなぁ。

地球★爆ー10人の画家による大共作展ー

2019年12月24日 | かんしょう

愛知県美術館へ二科展を見に行った際、ついでだから寄っていこうかな…という感じで入った「地球★爆」展。
入ってびっくり、観てびっくり。
なんだ、これー!インパクトがすごいんですけど!!

 

「地球・爆」は国内各地域で活躍する10人の画家──伊坂義夫、市川義一、大坪美穂、岡本信治郎、小堀令子、清水洋子、白井美穂、松本旻、山口啓介、王舒野──による絵画プロジェクトで、11組で合計約150点の絵画パネルで構成され、全長は200メートルを超えます。

 2001年に起こったアメリカでの同時多発テロ事件に呼応して岡本と伊坂と王が企画し、彼らの呼びかけに賛同した7人の画家が加わりました。構想図案から検討して「共作」する、というアイディアのもと、2003年に着手。全決定稿がそろったのが2007年9月で、そこから本画の制作が始まりました。2013年2月に完成していた第1番は、同年開催の「あいちトリエンナーレ2013」で紹介されました。

 最年長の岡本が、少年時代に衝撃を受けた1945年の東京大空襲や広島と長崎への原爆投下も含め、20世紀以降の戦争が人類にもたらしたものをテーマとする、この絵画プロジェクトでは、それぞれの画家が個性を生かして描き方に変化を与えつつも、全体としては、ユーモラスで乾いた形で、あたかも一つの「絵巻物」のように表現されています。
 史上最長級、の反・戦争絵画をこの機会に体験してください。

【出品作家】
伊坂義夫、市川義一、大坪美穂、岡本信治郎、小堀令子、清水洋子、白井美穂、松本旻、山口啓介、王舒野

▲愛知県美術館 企画展 案内より抜粋

見に行く前の予備知識は「10人の画家による大共作展」であること、「反・戦争絵画」であることだけ。
2013年のあいちトリエンナーレは行っていないので、テレビニュースで見た紹介映像とリーフレットから「ポップな絵画で戦争を表現している展覧会」という印象でした。

さて、会場に足を踏み入れてみると少し変わった構成ではあるものの、当初の想像と同じような印象を持ちました。「あぁ、戦争をモチーフにした絵画群なんだな」と言ったところでしょうか。

しかし、見ているうちにだんだんとざわざわとしてきました。
前出のリーフレットで使われている作品だとゲルニカやヒトラーをイメージできますが、そういう視覚的にモチーフが伝わる作品ばかりではありません。
私は戦争が怖くて深く学ぶことを拒否してきた側の一人だと思います。だから、ある程度、一般的によく知られている事象についてしか分からないのでこの絵画たちの意味することがなんなのか、何をモチーフにして訴えかけているのかがつかめない部分が多いのを実感します。
でも、そのうえで通常の日常ならざるものが紙の上で展開しているのは分かる、伝わるのです。
かわいらしいタッチだったりスタイリッシュだったりする、大きくのびのび描かれた絵画たち。とても健全そうに不健全が描かれている気味悪さ。
そういうものが会場内に広がっているのです。

そのうえで作品を理解したいと思った時、
このタブロイド判の作品解説はとても大事↓

 絵画を見るとき「受け手の解釈に任せる」というのは芸術家の常套句であり、理解力の乏しい私は発表した以上そのスタンスでいてくれる方が望ましい、と思っているのですが、この展示はそういう見方もできるけれど隠れた意味を知るとさらに興味深く見ることができます。
だって、私の知らない事象をモチーフにしている作品が多いんですもの。

今回参加している画家さんたちのことを知らなかったので、てっきり若手作家が取り組んでいると思って「この人たちよく勉強しているなぁ」と思いながら見ていたのですが、最後の部屋でこの企画の中心人物である岡本信治郎氏と伊坂義夫氏の紹介がありました。
そこでやっと、この作品群の中心に戦争を知る人物がいて、戦後を生きた人たちがこの企画に参加していたことに気づきました。
最高齢の岡本信治郎氏は86歳。
岡本氏は以前からこの企画に通ずるテーマの作品を作っておられましたが、今回、この展覧会に合わせて新作を描かれたとのことでした。
なるほど、実体験を含めた思いがあって描かれた作品群だったわけで、それであの質量になったのか…と納得しました。
反面、若手ではなかったことに「やっぱり若者ではコレを描くのは無理なのか」という残念な思いもありましたが、そこは言っても詮無いことですよね。

この企画展を見て、戦争を考えると同時に価値観の多様性を考えさせられました。
時代によって、シチュエーションによって、大事なことが変わってしまうことを忘れずに生きていかなければと改めて感じたのでした。