アバウトなつぶやき

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土門拳・入江泰吉 二人展

2006年09月11日 | かんしょう
 今日はパラミタ美術館で今月末まで開催中の「土門拳・入江泰吉 二人展」を観に行って来ました。
 2人とも、古寺・仏像の撮影で有名な写真家ですが、実はワタクシ、入江氏の方は存じ上げませんでした。スミマセン。

 クローズアップを多用し仏像や古建築に迫る土門拳の作品と、在りし日々のおもかげを追い求め静謐で情緒豊かな入江泰吉の作品はときに「動」と「静」、「剛」と「柔」といわれます。(パラミタ美術館チラシより引用)

 土門拳の写真を初めて生で見たのは彼の美術館だった事だったのですが、身長ほどの大きさのある写真を目の当たりにしたために、その手法のもつ勇壮さと迫力に度肝を抜かれたものです。
 今回、また土門拳の写真を間近で観られるとあっては見逃すわけにはいきますまい。幸い近所の美術館なので、午後の空いた時間に行って来ました。

 前述のとおり、2人とも古寺・仏像、特に大和路を愛した写真家なのですが、同じ被写体でありながら撮る人間が違うとこうも違って写るのかと驚かされるほど、写真に個性がありました。
 土門拳の作品はとても力強い。「剛」と喩えるのはよく分かります。たじろぎもせずに真っ直ぐに迫ってくる感じがあり、正面を向いて立ったまま体全体で受け止めたくなります。
 一方、入江泰吉の作品は写真の中に落ち着いた時間の流れるのを感じます。まさに「柔」。どちらかと言うと静かに眺めていたい印象を受ける写真が多く、椅子にでも腰掛けてずーっと観ていたい、そんな印象を受けました。

 例えばこの2枚の吉祥天立像(浄瑠璃寺)。
 せっかく写真撮影OKのパラミタに携帯電話のカメラしか持っていかなかったのは残念ですが…、撮ってきたので見て下さい。

 

 左が土門拳、右が入江泰吉です。
 あぁ、やっぱり画面で見ると本物の迫力は伝わりませんね…。とにかく、同じ時期の同じ被写体のはずなのに、持ってる空気が全く違うんです。
 土門氏の吉祥天は何もかも見透かしてるような気がするのに、入江氏の吉祥天はやさしく見守ってくれてる気がするんですよ。ホント、不思議です。

 また、二人展ということもあって美術館側の工夫も感じ取れました。
 それはこの枠。
 
 木目調の太枠は土門氏、黒い細枠は入江氏、モノクロは枠なしと統一してありました。なるほど~。雰囲気をよく掴んでて、素人には分かりやすい!
 作品数もそれほど多くないので消化不良にならないし、そうかと言って変化がつけてあるので楽しいし。
 こーゆーところがこの美術館のいいところです♪ごく普通の人に芸術に親しんでもらおう、という姿勢が伝わってくるんですよねぇ。
 喫茶室が紙コップの自販機なのは以前にも書いた事がありますが、今日なんて午前の用事を終えてそのまま美術館に向かったから、昼食用に途中でパンを買ってここの喫茶室で頂いちゃいましたよ。まぁ、お客さんが少ないから出来るのですが(笑)。

 パラミタでは、10~11月はエミール・ガレをやるんですって♪(うぉっ、第5室だから数は少ないな。まぁ、いいか。)
 この秋は、観たい展覧会がたくさんあるので楽しみで~す。