語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】いかに“米中戦争”を避けるか ~歴史から国際政治を類推する~

2018年03月09日 | 批評・思想
★グレアム・アリソン( 船橋洋一・序文、藤原朝子・訳)『米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』(ダイヤモンド社 2,000円)

 (1)この数年、国際政治の関係者の間で大きな関心を集めている疑問が一つある。それは、「米国と中国は本当に衝突するのか」というものだ。
 欧州ではロシアの脅威が増しているが、東アジアでは中長期的に米中衝突の可能性が取り沙汰されて久しい。その問題を正面から扱った決定版と言えるのが本書だ。
 著者は、米ハーバード大学の名物教授で、1962年の「キューバ危機」に新しい分析法で迫ったことで名高い国際政治学者のグレアム・アリソンである。最近は、北朝鮮の核ミサイル問題を契機として、米中戦争が始まる可能性について学問的に分析している。

 (2)本書の全体的な特徴としては、次の3点が挙げられる。
  (a)本書の「システム」という考え方だ。既存の大国と新興大国が紛争を起こす危険性を古代ギリシャの歴史家の名前を取って「ツキュディデスの罠」とする。
  主に欧州における16の歴史的なケースを振り返りながら、過去にそれが12回も大戦争になったと論じる。ただし、関心はあくまで国際政治の大枠、つまりシステムのレベルでの歪み(罠)が為政者の判断を誤らせ、望まない大戦争に突き進むとする点にある。私たちは、一般的に国際政治を「国家」という単位で考えがちだが、罠という見方は客観的で参考になる。

  (b)そうした客観的な分析を使って「応用歴史学」なるものを提唱することだ。人類の歴史に法則のようなものがあるかどうか実際は疑わしいが、アリソンは学問的な態度で、その難事業に挑戦する。賛成するかどうかは別として、この姿勢は知的に新鮮な感覚を読者に与えてくれよう。

  (c)将来起こり得る戦争を見越した政策提言書となっている点だ。「罠」という概念を使って、米中戦争の可能性が存在することを論じつつ、実際は「いかに米中戦争を避けるか」が提唱される。それ故に、メッセージを発している相手は、主に米国民や政府の外交・軍事関係者となり、極めて政治性が高い。日本の外交関係者にも見逃せないヒントが満載だ。

 (3)本書には、批判がないわけではない。ツキュディデスはアリソンの言う「罠」をそもそも想定して論じていない、核兵器の抑止的役割を過小評価している、中国語が読めないアリソンは故リー・クワンユー(シンガポールの初代首相)の分析に頼り過ぎとの指摘もある。
 しかし、歴史を振り返りながら、現実の国際政治を考えるという意味では、近年書かれた本の中では読みやすく、興味深い。世界史や今後のアジアの運命を考える上で、必読書と言えるだろう。

□奥山真司(IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員)「いかに“米中戦争”を避けるか/歴史から国際政治を類推する  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2018年3月10日号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【本】つげ義春は文章も面白い ~『つげ義春とぼく』~
【本】バブルを描く古典的名著 ~『バブルの物語 暴落の前に天才がいる』~
【本】塩野七生、最後の歴史大長編 ~『ギリシア人の物語3』~
【本】日本銀行はどのようにして政治的に追い込まれたのか ~『日銀と政治 暗闘の20年史』~
【本】最悪の選択は現状維持と分析 ~黒田日銀の5年間を問う好著~
【本】麻薬撲滅のための経済学思考 ~アピールと説得の理論と方法~
【本】モンゴルのユーラシア制覇 ~『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』~
【本】歴史はどう繰り返すのか ~『歴史からの発想』~
【本】社会変革のヒントを得る ~『フィンランド 豊かさのメソッド』~
【本】時流に流されないために ~『誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答』~
【本】戦争の矛盾がよく理解できる/存在自体が珍しい軍事技術書 ~『兵士を救え! (珍)軍事研究』~
【本】北朝鮮核危機を描く労作 ~『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』~
【本】スウェーデンの高福祉で高競争力、両立の秘密 ~『政治経済の生態学』~
【本】ネット時代のテロリズムはどこから生まれてくるのか ~『グローバル・ジハードのパラダイム: パリを
【本】1920年代の経済報道に学ぶ ~『経済失政はなぜ繰り返すのか メディアが伝えた昭和恐慌』~
【本】朝日新聞・書評委員が選ぶ「今年の3点」(抄)
【本】著者の知的誠実さに打たれる日韓問題を深く理解できる書 ~『「地政心理」で語る半島と列島』~
【本】人の判断はなぜ歪むのか/2人の研究者の友情物語 ~『かくて行動経済学は生まれり』~ 
【本】エネルギーの本質を学ぶ ~『エネルギーを選びなおす』~
【本】JR九州の勢いの秘密を凝縮 ~読んで元気が出る人間の物語~
【本】日本は英国の経験に学べ ~『イギリス近代史講義』~
【本】噴火の時待つ巨額損失のマグマ ~『異次元緩
【本】“立憲主義”の由来を知る ~『立憲非立憲』~
【本】日本語特殊論に与せず ~『英語にも主語はなかった』~
【本】小国の視点で歴史を学ぶ ~『石油に浮かぶ国/クウェートの歴史と現実』~
【本】日本における婚姻を考える ~『婚姻の話』~
【本】元財務官僚のエコノミストが日本経済復活の処方箋を説く ~『日本を救う最強の経済論』~
【本】歴史を知らずに大人になる不幸 ~『戦争の大問題 それでも戦争を選ぶのか。』~
【本】私たちの食卓はどうなるのか ~工業化された食糧生産の脆さ~
【本】歪み増殖していく物語に迷う ~『森へ行きましょう』~
【本】加工食品はどこから来たのか ~軍隊と科学の密な関係~
【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~
【本】万華鏡のように迫る名著 ~『新装版 資本主義・社会主義・民主主義』~
『【本】『世界をまどわせた地図』
【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~
【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~
【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~
【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~
【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~
【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~
【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~
【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~
【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~
【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~
【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~
【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』
【本】中国から見た邪馬台国とは
【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~
【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』
【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』
【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~
【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~
【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』
【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~
【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~
【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~
【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~
【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~
【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~
【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~
【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~
【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~
【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~
【本】国谷裕子『キャスターという仕事』


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。