語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】福祉国家としてのファシズム ~今ファシズムを学ぶ理由(4)~

2018年04月09日 | ●佐藤優
 (1)ファシズムの体制が福祉国家に近い理由は何か。
 国家が介入する社会問題の処方箋は、多かれ少なかれ「排外主義」の要素を含んでいる。排外主義の要素が比較的薄ければ「福祉国家」となり、濃厚になれば「ファシズム国家」が誕生する。表出する形は違うが、両者の相違は濃淡の差でしかない。
 ここで重要なのは、福祉国家もまたファシズムの論理から理解できるということだ。

 (2)分かりやすい例としてフランスのトマ・ピケティが唱えた格差是正の解決策をとりあげる。
 ピケティは『21世紀の資本』(みすず書房)で200年間にわたる資本主義社会のビッグデータを分析し、資本主義社会では貧富の格差が常に拡大することを実証した。
 資本主義が格差を拡大してきたのは間違いないが、問題は「なぜ資本主義では格差が拡大するのか」ということだ。
 この点、(a)ピケティと(b)マルクス経済学では意見を異にする。
 (a)ピケティは、近代経済学にもとづいて、格差拡大を「分配」の不備に求めた。つまり、労働者への利益の分配が少ないことが格差拡大の原因だ、というわけだ。そもそもピケティの立場は前提として、生産によって得た利潤は、資本家と労働者で分け合うものだ、という「分配論」にもとづいている。
 (b)他方、マルクス経済学では労働者の賃金は「生産論」で決まると考える。これは、労働力の再生産の費用で賃金が決まる、ということだ。労働力を再生産する費用には、三つの要素がある。
  ①食費や住居費、被服費など、労働者が労働を続けられるだけのお金。
  ②労働者階級を再生産する費用--家族を持ち、子どもを育てて労働者として働けるようにするためのお金。
  ③自己教育のためのお金。
 マルクス経済学ではこの三要素で賃金が決まるとされているので、労働者がどんなに一生懸命働き、それによって利益を上げたとしても、労働力を再生産する以上の賃金が労働者に支払われることはない。利潤の分配は資本家と地主、もしくは産業資本家と金融資本家の間で行われる。

 (3)このようにピケティとマルクス経済学では、格差の生まれる原因についての分析が異なる。当然、それに対する処方箋も変わってくる。
 具体的には、ピケティは国家が介入し、累進的な所得税・相続税に加え、資本税を徴収することが効果的だと考えた。そのうえで、経済のグローバル化で「ヒト」「モノ」「カネ」が自由に移動するようになったことに対応して、超国家的な徴税機関の創設も視野に入れるべきだ、と主張した。
 超国家的な徴税機関の創設も視野に入れるという点を除けば、ピケティの考え方は、構造的貧困を再分配によって解決する、という常識的な発想だ。

 (4)戦前の日本では、河上肇がピケティとよく似た考えを持っていた。河上は『貧乏物語』で、「いくら働いても、貧乏は免れぬぞという『絶望的の貧困』」を解決するには、「社会組織の改造よりも人心の改造がいっそう根本的の仕事」で、「富者の奢侈廃止をもって貧乏退治の第一策とし」、貧困者への再分配が行われれば「社会組織は全然今日のままにしておいても、問題はすぐにも解決されてしまうのである」と結論づけた。

 (5)ピケティも河上肇も、富の再分配を構造的貧困の処方箋と捉えている点で共通している。おそらく、リベラルな感覚を持つ一般市民の考えも、二人に近いかもしれない。
 しかし、両者では、想定する分配の主体が異なる。ピケティが分配の主体を「国家」とするのに対して、河上肇は「社会(自覚した富裕層)」と捉えた。
 多くの人はおそらく、河上肇の考え方を非現実的だと判断するだろう。良心にいくら訴えたところで、「そんなに困窮しているのなら、自分の利潤を削ってでも労働者への分配を手厚くしよう」などと考える資本家がいるはずはない、と。資本家として市場での競争に勝利して、生き残っていくためには、貧困者への再分配に自発的に提供するカネなどあるはずがないのは明らかだ。
 したがって分配論で考えるかぎり、合法的な暴力装置を持つ国家が徴税によって再分配を行う、というピケティ・モデルに収斂していくことになる。
 しかし、このピケティ・モデルを実現するためには、強力な国家と多大な権限を持つ官僚群が、資本家を抑え込まなくてはならない。それはイタリア・ファシズムに親和的なモデルに近づいていく。

□佐藤優『ファシズムの正体』(集英社インターナショナル新書、2018)の「序章 なぜ今、ファシズムを学ぶ必要があるのか」の「福祉国家としてのファシズム」

 【参考】
【佐藤優】グローバル資本主義に対する三つの処方箋 ~今ファシズムを学ぶ理由(3)~
【佐藤優】新・帝国主義の時代 ~今ファシズムを学ぶ理由(2)~
【佐藤優】日本のファシズム関連本は役に立たない ~今ファシズムを学ぶ理由(1)~
【佐藤優】まえがき ~『ファシズムの正体』~
【佐藤優】『ファシズムの正体』の目次

 

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