語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~

2016年01月27日 | ●野口悠紀雄
 (1)2016年の世界金融市場は、波乱の幕開けとなった。
 中国株の下落がきっかけになっているのは間違いない。ただし、「中国株の下落だけが原因で、それにつられて世界の株価が下落している」ということではない。
 これは、より広く、投機資金の「リスクオフ」によってもたらされているものだ。その根本には、米国の金融正常化がある。

 (2)投機は、「一定量の資金をさまざまな対象に投資するだけではない。
 短期資金を借り入れて、投機の総額を膨らませて投資する(「レバレッジド投資」)。投資のリスクは増大するが、期待収益率は引き上げることができる。
 金融緩和下においては、短期資金の借り入れが容易になり、その結果投機の総額が増大する。
 米国では、リーマンショック後も金融緩和策が継続されたため、投機は米国住宅価格バブル崩壊後も終わることなく、世界中のさまざまな対象を求めて動いてきた。欧州の住宅、原油、その他の一次産品、国際商品、新興国の株式、新興国の通貨等が対象になった。先進国においても、株式が投機の対象になった。
 ところが、米国の金融緩和政策の終了が示唆され始めた2013年5月ごろから、この動きに変調が生じた。わけても2014年10月に米国が金融緩和の終了を宣言したことで、大きな変化が起こった。
 金融緩和が終了すると、
  →短期資金の調達が困難になる。
  →投資資金の総額が減少する。
  →それまで原油や新興国などに投資されていた資金が回収される。
  →原油価格などの一次産品価格が大幅に下落し、新興国の株価や通貨も下落する。
  →資源や新興国への投資のリスクプレミアムが高まる。
  →危険資産から安全資産への移動がさらに加速される。
 以上は「リスクオフ」と呼ばれる現象だ。
 ただし、これは投資家の戦略がリスクテイクからリスク回避に変わったため生じるのではなく、投資対象のリスクプレミアムが上昇したために生じる現象だ。
 その動きが先進国株価にも及んできている。

 (3)リスクオフの動きは、
  (a)2011年から2012年ごろにかけても顕著に生じた。このときには、南欧国債から資金が逃避し、その利回りが急騰した(「ユーロ危機」)。流出した資金は、日独米の国債に流入し、その利回りを大幅に下げた。日本では円高が引き起こされた。
  (b)2015年夏以降生じている現象は、基本的には(a)と同じ性格のものだ。米国の金融正常化によって、米国の住宅価格バブル以降ほぼ10年間にわたって続いた投機の時代が、いまようやく終了しようとしているのだ。

 (4)(1)の中国の株価下落(今回の世界経済混乱の原因)の背景は次のとおり。
  (a)中国はリーマンショック後に大規模な景気浮揚策を行った。それによって経済成長率を落とさずに済だが、他方において不動産価格のバブルという副産物をもたらした。そのバブルが崩壊し、中国経済は困難な状況に陥っていた。
  (b)長期的観点から見ても、工業化の進展に伴い、これまでのように安い労働力で輸出競争力を維持することが困難になってきた。
  (c)このような意味で中国経済は大きな転換点にあったのだが、中国政府はそうした問題を隠蔽するために、隠蔽するために2015年春から積極的な株価引き上げ策を取った。ところがそれが破綻し、6月ごろから株価の急激な下落が始まったのだ。
  (d)現在の株価下落は、(c)の延長線上にある。それと米国金融正常化の影響と、どちらが重要であるかは判断が難しい。
  (e)明らかなことは、いま生じているのは、一時的な現象ではないことだ。
   ①しばらくすれば元に戻るというものではない。
   ②米国の場合は、明らかに新しい均衡に向かっての動きだ。
   ③中国の場合も、中国政府がしばしば強調する新しい均衡を求めての動きだ。

□野口悠紀雄「リスクオフで株価下落 円高が進む可能性も ~「超」整理日記No.792~」(「週刊ダイヤモンド」2016年1月30日号)
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【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~

2016年01月07日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

 (5)見直すべき理由(1) ~免税業者制度~
  (a)免税業者が最終段階にいる場合、消費税を納付していないにもかかわらず、販売価格を引き上げている可能性がある。この場合、益税が発生している。
 他方、免税業者は仕入れ価格に含まれている前段階税を控除できないので、その分だけ価格を引き上げる必要がある。それができないと、税を負担せざるを得なくなる。
 要するに、免税業者については、益税が発生したり事業者が税を負担することもある。税の負担が不確実になっている。

  (b)免税業者が中間段階にいる場合、前段階税額控除をどのような方法で行っているかによる。
   ①インボイス式・・・・次段階の業者がインボイスを得られないために前段階の控除ができず、ために中間段階の免税業者は排除される。
   ②非インボイス式(日本)・・・・免税業者の分についても次段階で控除されることになり、過剰な税額控除になる。

  (c)軽減税率が導入されると、免税業者はいかなる影響をこうむるか。
   ①最終段階の免税業者の相対的な優位が低下する。場合によっては、免税業者のほうが不利になる。したがって、零細業者の有利性を確保するという目的が達成できなくなる。ために、免税業者が自ら望んで課税業者に転換する場合が生じ得る。
   ②インボイスが用いられるようになると、中間段階の免税業者は排除される。ただし、今回の自公合意では、インボイスが導入された後でも6年間は免税業者からの仕入れに付き控除を認めることとされた。

 (6)見直すべき理由(2) ~簡易課税制度~
  (a)推定される前段階の税額と、実際の前段階の税額が食い違う可能性が高い。一般的にいえば、実際の前段階の税額よりも多い額を控除している可能性が高い(益税の問題)。

  (b)軽減税率が導入されると、簡易課税制度はいかなる影響をこうむるか。
   仕入れの額を推定するだけではなく、その中で軽減税率の仕入れがどの程度あるかを推定する必要がある。しかし、こえを売り上げの数字から推定するのは至難の業だ。税率の計算が複雑化するだけでなく、実際に支払った前段階の税額と、控除される額との差が拡大する可能性が高い(益税の可能性増大)。
   このように、簡易課税制度がもともと持っている問題が、軽減税率導入によって拡大する。

 (7)見直すべき理由(3) ~非課税制度~
  (a)前段階の税額を控除できないという問題を抱えている。このため、事業者が負担するか、販売価格を引き上げざるを得ない。

  (b)さらに、非課税業者が中間段階にいて、税が転嫁される場合には、税の累積という問題が発生する。この問題は、金融サービスの課税において特に問題となる。金利は非課税なので、金融業者のサービスの部分については、課税されない。しかし、金融サービス価格に含まれている前段階までの税額は、控除されることなく、金融サービスの利用者に転嫁されている可能性がある。これに対しては次段階以降でさらに課税される。つまり、税が累積される。付加価値税は、前段階からの累積を防止する点で優れた多段階間接税であると評価されるが、非課税業者が中間段階にいる場合には、そうならないのだ。

  (c)軽減税率が導入されると、非課税制度はいかなる影響をこうむるか。
   非課税制度の代わりに、ゼロ税率制度を導入すれば、税の累積問題を解決できる。ゼロ税率とは、軽減税率の対象とし、その税率をゼロとすることだ。そうすれば税の累積という問題は生じない。
   ただし、必ず還付することになるので、前段階の税額の計算は正確に行う必要がある。このためには、前段階の控除をインボイスによって行う必要がある。

□野口悠紀雄「軽減税率が突き付ける現存特例措置の諸問題 ~「超」整理日記No.789~」(「週刊ダイヤモンド」2016年1月9日号)
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 【参考】
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~

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【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~

2016年01月07日 | ●野口悠紀雄
 (1)一般に制度の問題は特例措置によってもたらされることが多い。消費税もその例外ではない。
 消費税はきわめて巧妙につくられた制度だが、特例措置がそれを歪めている。消費税にはさまざまの特例がある。導入が決まった軽減税率もその一つだ。
 特例措置がもたらす歪みが、軽減税率によって拡大する場合もある。
 よって、現在の特例措置を見直す必要が生じる。
 にもかかわらず、今回の自民・公明両党の合意では、こうした問題がまったく考慮されていない。

 (2)現在ある特例は次のものだ。
  (a)免税業者制度・・・・年間売上高が1,000万円以下の零細事業者は、消費税の納税義務を課されない(消費税制度の枠外)。【特例措置であることが明記】【自民・公明両党の合意でも存続】
  (b)簡易課税制度・・・・消費税における前段階の税額控除は仕入れ額から計算することとされている。その年間売上高が5,000万円以下の業者については、前段階の税額を売上高から推計することが認められている。【特例措置であることが明記】【自民・公明両党の合意でも存続】
  (c)非課税制度・・・・いくつかの財やサービスの取引については消費税が課せられていない(消費税制度の枠外)。【特例措置であることが明記】
    ①金融取引に関するもの。
    ②社会政策的観点から非課税とされるもの。<例>社会保険診療、借家の家賃、etc.。
    ③輸出については、ゼロ税率の消費税が課せられる。これは特例措置というより、間接税の国境税調整措置として、全世界で共通に行われている措置。
  (d)インボイスなしに前段階の税額控除・・・・欧州の付加価値税が合理的な税と考えられるようになったのはインボイスが導入されたから。日本のインボイスを欠く消費税は、付加価値税と似て非なるもの。インボイスの不在こそ、日本の消費税の最大の特例措置だ。

 (3)特例措置が認められている理由はさまざまだ。
  (a)免税業者制度・・・・事務負担軽減。零細業者を価格競争上有利にする。
  (b)簡易課税制度・・・・中小企業の事務負担軽減。
  (c)非課税制度/軽減率制度・・・・消費税の負担軽減。

 (4)軽減税率との関係で、見直しが必要とされる理由 ~ポイント~
   ①軽減税率導入に伴い、現在ある制度との間で衝突が生じる。免税業者制度、簡易課税制度。
   ②現在の制度問題点を軽減税率制度によって改善することが可能だ。非課税制度。

□野口悠紀雄「軽減税率が突き付ける現存特例措置の諸問題 ~「超」整理日記No.789~」(「週刊ダイヤモンド」2016年1月9日号)
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【経済】安倍政権の戦時的経済政策 ~1940年体制~

2015年08月09日 | ●野口悠紀雄
(1)1940年体制
 戦時中の1940年前後に、一群の施策導入された。それらは産業界、金融、財政、官僚制などに及び、戦時総力戦体制を支えた。
 敗戦時でなく、1940年前後にこそ大きな断絶があった。そこで日本は戦前の体制とはまったく違うものになった。この差は5年間しかないが、質的に非常に重要だ。
 (a)金融
   直接金融、株主中心
    1942年 日本銀行法【注1】
    ⇒間接金融(銀行貸出中心)、従業員中心
   【注1】戦時経済体制の理念を表す。

 (b)官僚統制
   企業は利潤を追求
    1934~41年 各業界に事業法【注2】
     ⇒企業は国家目的のために生産性を上げる
    1941年 重要産業団体令【注3】
     ⇒民間経済活動への介入 
   【注2】企業の事業経営を許可制にし、事業計画も管理。 
   【注3】業界ごとに統制会(カルテル)を結成し、民間企業の情報を取得。

 (c)財政
   地租・営業税が中心
    1940年 税制改正【注4】
     ⇒直接税中心の中央政権的制度
   地方財政が自主権を保有
   【注4】給与所得の源泉徴収制度を導入。法人税と併せ、直接税中心の税体系に。

 (d)企業
   株主のための利潤追求組織
    1938年 国家総動員法
     ⇒従業員の共同利益追求組織
    1939年 賃金統制令【注5】
     ⇒終身雇用
   【注5】初任給額から昇給額まで政府が決定。年功序列賃金や定期昇給の原型。

(2)戦後の1940年体制
 戦後も1940年体制が生き残った理由は、戦後の復興期と高度成長期には、統制的な1940年体制が経済成長を助けた。
 <例>間接金融をベースに金利規制などを行うことで、資金の流れの統制が可能になった。
 中小金融機関に預金が集まっても、金利を自由に決めることができなければリスクの高い貸し出しは難しい。すると、余った資金は銀行間市場などを通して都市銀行に流れ、都市銀行は製造業や輸出業などの大企業に融資した。資金を必要とする産業に効率的にカネを回す仕組みが、高度成長を支えた。

(3)大転換期
 1940年体制は、1980年代に大転換期を迎えた。
 社会主義国の衰退が顕著になり、英米を中心に経済の自由化や国際化の波が押し寄せた。
 先進国において、自由主義的な色彩が濃くなった。世界経済の仕組みが一変し、もはや1940年体制は機能しなくなった。求められたのは、
   間接金融から直接金融へのソフトランディング
などだった。
 しかし、改革は進まず、日本経済は今も「失われた」ままだ。

(4)戦時体制への復帰 ~アベノミクス~
 安倍政権は、賃金の決定に介入し、異次元金融緩和では中央銀行の独立性を否定して、政府の目的に従属させた。あらゆる面で国家の介入を進めている。これは、今や有効性が薄れた1940年体制だ。
 アベノミクスは、戦時体制への復帰だ。 

□宮下直之(編集部)「戦時的な安倍経済政策」(「AERA」2015年8月10日号)
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 【参考】
【言葉】官僚
【震災】統制経済の復活を許してはならない+「役所より役所的」な日本の電力会社
【読書余滴】野口悠紀雄の、財政再建の基本は地方自治の確立だ ~1940年体制の改革~
【読書余滴】勝間和代の、人生を変える「法則」 ~1940年体制批判に対する心理学的エール~
【読書余滴】野口悠紀雄の、経済危機後の1940年体制(4) ~最後に残った40年体制:日本型企業~
【読書余滴】野口悠紀雄の、経済危機後の1940年体制(3) ~世界経済構造の大変化~
【読書余滴】野口悠紀雄の、経済危機後の1940年体制(2) ~二つの経済危機と1940年体制~
【読書余滴】野口悠紀雄の、経済危機後の1940年体制(1) ~増補版・1940年体制 さらば戦時経済~
【読書余滴】野口悠紀雄の、1940年体制とは何か
【読書余滴】野口悠紀雄の、バブルをもたらした1940年体制
【読書余滴】野口悠紀雄の、高度成長を支えた1940年体制
書評:『イラク戦争 日本の運命 小泉の運命』 ~1940年体制、日本の運命、鳩山政権の運命~

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【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~

2015年08月08日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

 (5)問題の全容は解明されたわけではない。3つの疑問がある。
 疑問の第一、犯人は誰か? その意図は何か?
 このところ、サイバー攻撃が急増している。
 2011年夏、三菱重工業をはじめ、複数の防衛関連メーカー、衆議院などをターゲットに、あいついで標的型メール攻撃が発生した。その後も標的型メール攻撃は増加し、2014年に検知した標的型メール攻撃は、前年比3.5倍の1,723件に達した【警視庁】。
 2014年11月、米ソニーピクチャーズエンタテインメント社に対する攻撃があった(北朝鮮の特殊部隊による)。
 同年12月、韓国の原子力発電所が攻撃された(北朝鮮の特殊部隊による)。
 2015年、年金機構の流出に続き、協会けんぽ(全国健康保険協会)や東京商工会議所など公共団体・組織での情報流出が発覚した。
 これらは関連したものか? それとも別のものか?
 標的型メール攻撃は、通常は国などの機密情報や大企業が持つ最先端技術情報を狙う、と考えられている。防衛関連メーカーやソニーの場合は意図が明確だった。
 しかし、今回の被害は年金個人情報だけだ。攻撃者の真の狙いは何なのか? 流出した年金データはどのように利用されているのか?

 (6)疑問の第二、被害の全容。
 被害は、データ流出だけだったのか? 年金データがこっそり書き換えられてはいない、と保証できるのか?
 社会保険庁のずさんな情報管理は、これまで散々指摘されてきた。年金消失がその代表だが、結局うやむやのままだ。
 年金機構への改組後も、2015年5月、死亡者に総額5,000万円以上の年金が支払われていた事件が起きた。死亡者に係る年金問題は、幾つも報道されている。
 今回の被害の全容が分からないとすれば、われわれの年金は当てにならないデータに基づいて支給されていることになるはずだ。

 (7)疑問の第三、今後のセキュリティ対策。
 政府は、マイナンバー制度開始(2016年1月)を前に、情報流出対策を急いでいる。自治体のセキュリティを監督する専門部署を設置し、中央官庁と自治体を結ぶネットワークにも不正通信を監視する組織を設け、NISCと連携してサイバー攻撃に備える、という。
 こうした対策は確かに必要だ。しかし、十分ではない。それが、今回の事件の教訓だ。
 今回の事件では、2つの組織がめざましい働きをした。
   (a)NISC・・・・不正な通信が開始された段階で検知。
   (b)警視庁・・・・短期間で被害環境を調べ上げ、踏み台とされたサーバーを特定、確保、分析した。
 しかし、政府組織全体としては、これらをうまく活用できなかったのだ。不正通信があったのに、感染したパソコンをネットにつないだままにして感染を広げた。しかも、侵入があってから何週間もろくな対策が取られず、責任者にも通報されていなかった。
 要するに、
    システムがいくらよくできていても、どこかでずさんな運営が行われていれば、全体は脆弱
なのだ。政府は、「日本再興戦略」の中で、第四次産業革命に乗り遅れるな、としている。しかし、そこに至る道のりは極めて厳しい。

□野口悠紀雄「年金機構の情報漏えいから何を学ぶべきか? ~「超」整理日記No.769~」(「週刊ダイヤモンド」2015年8月08・15日号)
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 【参考】
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~
【官僚】「年金個人情報」流出を3週間も放置 ~無責任体質~

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【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~

2015年08月08日 | ●野口悠紀雄
 (1)日本年金機構の情報漏洩問題【注】を検証する第三者委員会(厚生労働省)は、中間報告を8月中旬に出すことを決めた。被害の全容解明や犯人の特定が難航しているため、最終報告は先送りにし、途中経過を公表する方針に転換したのだ。

 (2)事件の概要は次のとおり。
 5月8日、年金機構九州ブロック本部に不審なメールが届いた。
 10時28分、職員が添付ファイルを開いた。マルウェアに感染した。
 これは、「標的型メール攻撃」だった(確認済み)。 →侵入するとすぐ、遠隔操作を確立して収集した情報を送信するために、外部との通信を行う。 →LANを介して他のコンピュータへの再感染を試みる。 →その際、これまでとは異なるウイルスに変身する(アンチウイルスソフトでは感染を食い止められない)。 →サーバーから情報を盗み出し、外部へ送信する。
 10時50分、不正通信が始まった。
 この通信を、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)が検知して、厚労省に連絡した。
 しかし、年金機構は適切な処置をとらなかった。
 15時25分ごろ、ようやく感染端末1台をネットワークから隔離した。この間に再感染が広がった(推定)。
 5月18日、複数の職員に対して不審なメールが届いた。午後、東京本部の職員1人が開封・感染し、年金機構へ不正アクセスが行われた。
 5月21~23日、年金機構人事管理部の端末から外部へ大量の送信が発生した。 

 (3)情報漏洩が起きた基本的原因は、
   「メールをやり取りしているシステムに、年金個人データを入れていた」
という信じがたい体制だ。
  (a)建前上は、次の①と②は直接的に接続できない仕組みになっていた。つまり、個人情報は物理的に隔離された「閉鎖ネットワーク」によって厳重に管理されていた。
   ①年金に係る個人情報を管理する「社会保険オンラインシステム」(基幹システム)
   ②一般業務、メールやインターネットなど外部との通信が可能なシステム(情報系システム)
  (b)(a)-①、②が切り離されていると使いにくい。そこで、CD-ROMを用いて個人情報を情報系システムに複製していた。つまり、攻撃者にもアクセスできる場所に重要情報を置いていた。このために、大きな被害が発生した。
  (c)しかも、「コピーする際にはパスワードを使って保護する」というルールになっていたにもかかわらず、実際には守られていなかった。

 (4)塩崎恭久・厚生労働大臣が衆議院厚生労働委員会の集中審議で答弁しているように、「初歩的なミス」だ。しかし、その前に、情報系システムへのコピーが行われていたことがそもそも問題なのだ。その点を自覚した答弁を、塩崎厚労相は行っていない。
 これは年金機構だけの特殊な問題ではない。
 警視庁では、運転免許証などの個人情報を扱う端末は、ネットやメールに使用できない。外部と完全に遮断されている。外部とのメール通信などには、別のパソコンを使う。
 国税庁でも、納税者情報を扱う端末は、ネットと分離されている。
 しかし、年金機構でも、基幹システムと情報系システムとは切り離されていて、「情報流出はあり得ない」ことになっていたのだ。問題は、業務の実態がそうなっていなかったことだ。
 外部から厳重に隔離されていたイランの核施設の遠心分離機が、USBメモリーを通じてマルウェア「スタックスネット」に感染し、制御不能に陥った事件もあった。
 さまざまな経路を通じて、建前上の体制が無効化されてしまう危険は大きい。

 【注】「【官僚】「年金個人情報」流出を3週間も放置 ~無責任体質~

□野口悠紀雄「年金機構の情報漏えいから何を学ぶべきか? ~「超」整理日記No.769~」(「週刊ダイヤモンド」2015年8月08・15日号)
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【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると

2015年05月11日 | ●野口悠紀雄
 (1)日本の経済指数をドル表示すると、ふだん見ている姿とは別の姿が見えてくる。
  (a)<例>GDPの変化。
    ①名目GDP・・・・リーマンショックで落ち込んだ後、2012年から増加。2014年の値は2011年より3.5%増加。
    ②ドル表示・・・・2012年がピークで、それ以後はかなり顕著に減少。2014年の値は2011年より21.8%も減少。IMFによる2015年の推計値は、28.7%の減少だ。

  (b)(a)の結果、世界経済における日本の地位は大幅に下がった。
    ①米国のGDPは2011年には日本の2.6倍だったが、2014年には3.8倍になった。
    ②中国のGDPは2011年には日本の1.2倍だったが、2014年には2.2倍になった。
    ③一人当たりGDPも、米国のは2011年には日本の7.7%高いだけだったが、2014年には1.5倍になった。
    ④一人当たりGDPで、英国のは2011年には日本より11.2%低かったが、2014年には25.7%高くなった。

  (c)時間的な変化は、単位の取り方で違って見える。<例>「日本のGDPは2012年から2014年にかけて増えたのか、減ったのか」という問いに対する答えは、単位の取り方で正反対になる。

 (2)日本は国際的な分業体制の中で仕事をしている。日本の位置を知るには、ドル表示の数字を無視すべきではない。そこで、さまざまな変数をドルで見ると、意外な姿が浮かび上がる。
  (a)輸出が減少している。日本の対世界輸出額は、リーマンショック後では2011年にピークとなったが、その後は継続して減少している。2014年の値は2011年より15.4%も少ない。

  (b)企業の売上高(全企業、全規模)は、2011~12年ごろがピークで、それ以降はかなり顕著に減少している。営業利益は、2010年ごろ以降、変動はあるが、傾向的に見れば緩やかな減少だ。

  (c)異次元緩和措置で円安が進んだため、ドルで見ると日本経済はかなり縮小し、世界経済の中でのプレゼンスが低下したのだ。利益が微減で済んだのは、ドル表示の人件費が大きく低下したためだ。

  (d)株価だけは円表示でもドル表示でも上昇した。ただし、円表示の株価がリーマンショック前の高値を超えたのは、2015年2月19日のことだ。ドル表示で見れば、そのかなり前にリーマンショック前を超えていたのだが。その後若干低下したが、2014年秋から再び150ドル台になり、2015年3月には160ドルに近づいている。

  (e)以上の実体経済の状況を考え合わせれば、株価上昇がバブルによるものであることがはっきりわかる。

 (3)以上は、外国人の日本に関連する行動に大きな影響を与える。
  (a)ドルを保有している投資家の立場から見ると、日本は株式投機に適した国だ。ドル表示の日経平均株価は、2013年1月から2015年3月の間に、27.7%も上昇したからだ。同期間中のダウ平均株価の値上がり率は22%程度だから、米株に投資するより日本株に投資した方が値上がり益は大きかったのだ。
    ①日本は投資の対象としては適当ではない。日本国内で工場などを購入して資産を円建てに替えてしまうと、収益率が低い上、将来円安が進めば、減価してしまうからだ。
    ②「投資には向かないが、株式投機の対象にはなる」という奇妙な事態が生じている。株価が実体経済から遊離している証拠だ。

  (b)労働者の選択に影響を与える。今後も円安が続くなら、日本国内で働くことの価値は低下していく。だから、稼ぎを本国に送金しなければならない労働者は来ない。日本が今後労働者不足に直面するとき、外国人労働者ないし移民が必要となるが、彼らが来てくれない可能性が高い。もっとも深刻なのは、高度な専門家だ。彼らは日本に来ないで米国に行く。それは、日本で生産性の高い産業を発展させていく上で、本質的な障害となる。

  (c)要するに、外国人から見て日本は、投資したり労働したりするには適当な場所ではなくなった。短期的な株式投機の対象としてだけ、適当な国なのだ。

□野口悠紀雄「日本経済の動向をドル表示で見れば ~「超」整理日記No.757~」(「週刊ダイヤモンド」2015年5月16日号)
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【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~

2015年05月05日 | ●野口悠紀雄
 (1)このところ、さまざまな経済指標が悪化している。
 まず、輸出が落ち込んだ。
 最大の問題は、個人消費が減少し続けていることだ。
 1~3月の実質GDPは、対前期比でマイナスになる可能性がある。これは次の二つのことを意味する。
  (a)2014年度の実質経済成長率は、当初1.4%とされた(その後7月に1.2%に修正し、2015年1月にはマイナス0.5%程度に修正された)。
 それに対して野口悠起雄は「週刊ダイヤモンド」2014年2月1日号で2014年度の実質経済成長率はマイナスになる可能性が高いと述べた。そこで述べた次のような予想が現実になる可能性が高い。
    ①2013年度における経済成長率は公共事業の増加や住宅投資の駆け込み需要によるものだったが、2014年度にはこれらがなくなるので成長率が下がる。
    ②円安が物価高をもたらし、実質消費の伸びを抑制する。したがって、消費増税がなくても、実質消費は減少する。

  (b)より重要な点は、中期的にマイナス成長が続くことだ。日本のGDP(実質季節調整系列)は、2014年1~3月期に駆け込み需要で急増したことを除くと、2013年7~9月期にリーマンショック後のピークを記録したが、その後、2014年7~9月期まで減少を続けてきた。
 10~12月期に若干増加したのだが、2015年1~3月期で再び減少すると、異次元緩和前の状態に戻ってしまうことになる。つまり、中期的なマイナス成長過程から抜け出せないわけだ。これはあまり注目されないが、重要な点だ。

 (2)重要なのは、4月1日に公表された日本銀行の「全国企業短期経済観測調査(短観)」の将来の見通しが、現在よりも悪化することだ。すなわち全規模/全産業では、6月時点の指数は5と予測されており、3月調査の実績値7に比べて2ポイントの減少となっている。大企業にについても中小企業についても、また、製造業、非製造業についても、6月は3月より悪化すると予想されている。

 (3)異次元緩和措置は、資産価格に関する人々の期待を変え、その結果、円安と株高が実現した。
 しかし、これらは資産価格である。資産価格は期待によって大きく変動するため、実体経済から乖離した動きが生じるのだ。
 その半面で、異次元緩和措置は、実体経済に関する人々の期待を変えることができなかった。それは、設備投資が増えないことに端的に表れている。
 設備投資は将来に対する企業の期待を最も顕著に反映するものだ。それがこのような状態にあることは、実体経済に関する企業の期待がまったく改善されておらず、むしろ全体的に見れば悪化していることを示している。
 株価が上昇しているので、現実の経済状態が見えにくくなっている。しかし、実際には、このように、かなり危機的な状況になっているのだ。現在の日本経済の問題は、資産価格だけが実体経済と遊離して上昇しつつあることだ。

 (4)(3)のような状況において唯一のプラス要因は、原油価格の下落だ。それが勤労者世帯の実質所得を増加させ、実質消費を増加させることが期待される。これが唯一救いの神だ。
 これが実際にどの程度消費を喚起できるかは、今後の為替レートの推移に懸かる。仮に円安が進展すれば、原油価格下落の効果は打ち消されてしまう。インフレ目標達成にこだわって追加緩和が行われると、それが現実化してしまう。
 だから、いま必要なのは、物価を上げることではない。
 逆だ。物価を下げることによって実質消費の増大を期待することだ。
 日本銀行は、インフレ目標に係る基本的な考えを変更する必要がある。

□野口悠紀雄「マイナス成長傾向から抜け出せない日本経済 ~「超」整理日記No.755~」(「週刊ダイヤモンド」2015年4月25日号)
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【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~

2015年04月20日 | ●野口悠紀雄
(承前)
 (6)今後はどうなるか? 円安がもっと進めば、企業利益がさらに増加し、株価は上がり続けるか?
 マーケットは、すでに米国の金利上昇を織り込んでしまっているかもしれない。だから、予想を超える変化がなければ、さらに円安になることはない。
 しかし、そうしたことが何時までも続くとは、考えにくい。現在の為替レートは、実質レートで見れば異常な円安になってしまっているからだ。現在のレートは、1995年ごろの半分以下だ。
 日本人の生活が1995年より半分くらいの水準に落ち込んでいるか? 落ち込んでいるとしても、そこまで落ち込んではいない。事実、
   ・2014年の実質GDP・・・・1995年よりも15.8%だけ増加
   ・鉱工業生産指数・・・・1995年100、最近時点で98程度
 以上からすると、円は過小に評価されている。
 (2)-(a)(資産価格)は、自己増殖的なメカニズムがある。しかし、無制限にそれが働くわけではない。実物経済との乖離がある程度以上拡大すると、破綻する。

 (7)円安が進行することによって、輸入物価が上昇する。消費者物価も上がった。
 しかし、これはインフレ率の継続的な上昇ではない。消費者物価が上がり続けるには、円安が進行し続ける必要があるからだ。
 実際には、原油価格が下落する以前の時点で、すでに消費者物価指数の伸び率が低下した。2014年になって為替レートが1ドル=100円程度の水準でほぼ一定になったからだ。

 (8)物価上昇率が高まっても、それが経済成長を促進しなかった。「物価が上昇すると人々は買い急ぐので、需要が増えて経済が活性化する」というメカニズムは働かなかった。
 実際には、
    物価上昇 → 実質所得減少 → 実質消費減少 → 経済成長押し下げ
というメカニズムが働いた。

 (9)設備投資は増えていない。実物経済の先行きに対する期待が改善すれば、設備投資は増えるはずだ。
 しかし、実際にはほとんど増えていない。むしろ減少気味だ。

 (10)今後起こるのは、異次元緩和が意図したのとは、まったく逆の事態だ。
    原油価格下落 → 消費者物価下落 → 実質所得増加 → 経済成長率増加
 物価上昇率期待が上昇して経済が活性化するのではない。
 原油価格下落によって、経済成長率が高まる。それは金融緩和によるのではなく、原油価格下落という実体面での変化による。
 今後、異次元緩和が狙ったこととは正反対のことが起ころうとしている。

□野口悠紀雄「期待で資産価格のみ変化させた異次元緩和 ~「超」整理日記No.754~」(「週刊ダイヤモンド」2015年4月18日号)

 【参考】
【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~

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【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~

2015年04月20日 | ●野口悠紀雄
 (1)2年前(2013年4月)、日本銀行が導入した異次元緩和措置は、
    「人々の期待を変化させることによって実体経済を好転させる」
という狙いがあった。その目的は達成されたか?
   (a)為替レートと株価に係る期待を変化させて、円安と株高を実現した。
   (b)消費者物価に係る期待を変化させることはできなかった。
   (c)実体経済においては、原油価格の値下がりが生じるまでの期間では、消費者物価の上昇によって、
     ①実質所得が減少し、
     ②実質消費が減少した。

 (2)「期待」の問題を考えるに当たり、(a)ストック(資産)価格と(b)フロー価格を区別することが重要だ。
 為替レートや株価は(a)だ。
 変化したのは、(a)に対する期待であり、(a)の価格だ。
 なお、金利(国債利回り)も、国債という(a)だ。これも異次元緩和によって低下(国債価格上昇)した。消費者物価は(a)と違って、消費という(b)(フロー量の価格)だ。
 よって、(1)を言い換えれば、
    「(a)についての期待は変化したが、(b)についての期待は変化しなかった」 

 (3)(2)の(a)と(b)の区別が重要である理由は、次のとおり。
 (2)-(a)は、将来の収益の割引現在値として与えられる。
   <例>株価・・・・将来時点で得られる①配当と②株式売却益を現在の価格に「割引」という操作を経て直したもの。
 この<例>において、将来の①と将来の株価がどうなるかについての「期待」(予測)が極めて重要な役割を果たしている。将来の②は将来の株価で決まるから、「将来の株価が現在の株価を決める」という自己増殖的なメカニズムも働くことになるのだ。
 国債についても、同様のことが言える。現在の国債の金利(国債利回り)は非常に低い水準になっているが、これは国債の価格が異常に高くなっていることを意味する。なぜ金融機関が高値で購入するか、と言えば、日銀がもっと高い価格で買ってくれる、という期待があるからだ。
 以上のように、(2)-(a)については、「期待」が本質的に重要な役割を果たす。何らかの要因で「期待」が変化すれば、実体面での変化がなくとも、価格は変動する。

 (4)異次元緩和は、(3)のような(2)-(a)の特殊性に鑑み、(2)-(a)に係る期待を変化させようとした。そのための手段として、マネタリーベースの大幅な増加を行った。
 その具体策・・・・国債を市場から高値で購入 → 利回り低下 → 内外金利差拡大 → 円安進行
 円安はしかし、日銀の金融緩和だけで生じたわけではない。
   ①2013年にはすでにユーロとの関係で円安が生じていた。それを日銀の金融緩和が助長したのだ。
   ②2014年には米国の緩和によって円安が生じていた。それを日銀の金融緩和が助長したのだ。

 (5)(3)の注意点・・・・異次元緩和は、マネーストック(=預金+日銀券=市中に流通するカネの残高)に関する数字を目標として掲げていない。
 これは、正統的な金融政策の観点からすると奇妙なことだ。マネーストックが増加しないと、実体経済に影響を与えることができないはずだからだ。
 マネーストックが目標値に入ってないのは、異次元緩和がそれを増加する意図を持っていなかったからだ(推定)。つまり、実体経済を動かすことは最初なら念頭になく、
    「期待」だけを動かそうとした。

 (6)事実、マネーストックはほとんど増えなかった。
 「カネがじゃぶじゃぶに供給されている」は大きな誤解で、実体経済に波及するルートは働いていなかった。
 マネーストックが増えていないのは、異次元緩和が実体経済と無関係であることを示す。「期待」だけが実態と乖離して変化したのだ。

□野口悠紀雄「期待で資産価格のみ変化させた異次元緩和 ~「超」整理日記No.754~」(「週刊ダイヤモンド」2015年4月18日号)
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【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~

2014年12月18日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

 (8)(4)~(7)に見られるように、大企業の利益増大と株価の上昇によって一部の富裕層が利益を受けたのだが、その恩恵は小企業や雇用者には及んでいない。
 この理由は、円安が経済の量的拡大をもたらしていないからだ。
 仮に「経済の好循環」とイメージされている姿が起こるのであれば、トリクルダウンが生じる。すなわち、
   企業の売上が増加する。
   →それに比例して生産と売上原価が増加する。
   →雇用がえるし、賃金も上昇する。
   →消費が増える。
   →企業の生産活動がさらに拡大する。

 (9)(8)の場合には、
   利益の増加率=売上の増加率
となるから、売上高営業利益率は不変だ。
 しかし、いま生じているのは、円安による円表示の売上高だけの増加だ。この場合には、営業利益率が急上昇する。法人企業統計で製造業大企業を見ると、営業利益率は、
   2012年7~9月期 2.87%
   2014年7~9月期 4.61%
 大きな技術進歩があったわけでもないのに、短期間のうちにこれほど急上昇するのは、利益増が実態面の変化を伴っていないことを意味する。実際、製造業小企業での同期間の営業利益率は、
   2012年7~9月期 2.05%
   2014年7~9月期 2.26%
になっただけだ。

 (10)大企業と小企業の違いは、輸送用機械器具製造業の場合に典型的な形で見られる。
 大企業では、2014年7~9月期の営業利益は2012年7~9月期の1.82倍(額では3,744億円)になった。
 それに対して、小企業では同期間中に営業利益が13.2%も減少したのだ。

 (11)円安が企業利益を増やすメカニズムは、全てをドル建てで考えてみると分かりやすい。
  (a)日本製品の輸出価格はほぼ不変なので、輸出数量も不変。したがって、ドル建ての輸出売上高はほぼ不変だ。つまり、いつになってもJカーブ効果が発生しない(Jカーブ効果が生じるのは、輸出ドル建て価格が低下するからだ)。
  (b)日本人の賃金はドル建てでは低下する。
  (c)売上高が不変で賃金コストが下がるから、自然に利益が増える。
  (d)(c)を言い換えると、日本の労働者は貧しくなっている。=トリクルダウンとは逆のプロセスだ。
  (e)生産が増えず、従って雇用が増えない。大企業の利益のメカニズムがこうしたものである以上、今後時間がたってもトリクルダウンが生じることはない。

 (12)(11)のような事態が政治的に放置されるのは、不思議なことだ。有権者は、円安で貧しくなる人の方が多いからだ。
 政治制度が正常に動いていれば、円高を求める声が圧倒的になるはずだ。
 しかし、日本には円安のメカニズムを正確に理解する政治勢力が存在しない。日本の悲劇だ。

□野口悠紀雄「トリクルダウンはなぜ生じないか? ~「超」整理日記No.738~」(「週刊ダイヤモンド」2014年12月20日号)
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 【参考】
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~
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【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~

2014年12月17日 | ●野口悠紀雄
 (1)豊かな者がより豊かになれば、その恩恵は社会全体に及ぶ」
 これがトリクルダウンの考えだ。
 自民党は、アベノミクスを正当化する論理としてこれを用いている。これまでは株価が上がって一部の富裕層だけが利益を得ただけだが、その恩恵はやがて貧しい者にも及ぶというのだ。

 (2)トリクルダウンは、原理的かつ一般的にはあり得ることだ。
 <例>先進企業が新商品の開発に成功し、事業を拡大する。すると、オフィスワークからビルの清掃に至るまで、さまざまな付帯サービスが必要になる。こうして波及効果が経済全体に及ぶ。
 米国で1990年代以降に起こったのは、基本的にこのようなことだった。
 1985年ごろ、小平が唱えた先富論(豊かになれる者から先に豊かになれ)も、トリクルダウンの実現だった。

 (3)トリクルダウンはしかし、どんな場合にも生じるわけではない。生じるかどうかは、富裕者が豊かになるメカニズムによる。
  (a)それが経済活動の量的拡大を伴っている場合には、トリクルダウンが生じ得る。
  (b)単なる分配上の変化であれば、(財政による強制的な再分配を行わない限り)生じない。
 日本の状況は(b)に該当する。したがって、トリクルダウンは生じていない。今後いくら待っても生じない。
 これまでも、大企業の利益増大と株価の上昇によって一部の富裕者が利益を受けたが、その恩恵は小企業や雇用者には及んでいない。 

 (4)円安で株価が上昇し始めたころ、資産効果で高額商品の売れ行きが増加した、と報道されたことがある。これも、トリクルダウンを期待した考えだった。
 そうした効果は、一部にはあったかもしれない。しかし、額的に大きくなかった。あったとしても、消費税増税前の駆け込みで耐久消費財購入が前倒しされただけだった可能性がある。
 株高の利益の大半は、売買で6割のシェアを占める外国人投資家に帰属した可能性が高い。株を保有している退職後の富裕層は、株価が上がったからといって売却して消費してしまうような行動はとらないだろう。

 (5)円安で大企業の利益は増大したが、恩恵は小企業には及んでいないし、それどころか、円安で利益が減少している業種もある。法人企業統計によって製造業について見ると、
  (a)大企業(資本金1億円以上)の営業利益は、2014年7~9月期は2012年7~9月期に比べて66.1%(額では1.39兆円)の増加になった。
  (b)小企業(資本金1,000万円以上1億円未満)の営業利益は、2014年7~9月期は円安の始まる2012年後半と同程度の水準だ。ちなみに、食料品製造業の小企業の営業利益は、2014年1~3月期と7~9月期は赤字になっている。また、パルプ・紙・紙加工品製造業の小企業の営業利益は、2014年7~9月期は2012年7~9月期の半分に減少している。つまり、円安で利益が減少している業種もある。

 (6)恩恵は一般の就業者にも及んでいない。労働力調査によると、
  (a)2013年1月から2014年10月までの間に、雇用者は127万人増えたが、増えたのは非正規の職員・従業員(157万人)で、半面、正規の職員・従業員は38万人も減少している。非正規労働者は、雇用が不安定であるだけでなく、正規労働者に比べて著しく低賃金だ。
  (b)産業別に見ても、経済の好循環が雇用面に及んでいる、などとは到底いえない。
    ①雇用が顕著に増えたのは建設業、不動産業、医療・福祉、飲食サービスだ。・・・・建設業、不動産業が増えたのは住宅駆け込み需要や公共事業の増加のためで、これらは一時的な増加だ。医療・福祉の増加は高齢者の増加によるもので、アベノミクスとは無関係だ。また、医療・福祉や飲食サービスの賃金水準は低い。
    ②製造業の雇用者は減少している。
    ③金融業、保険業はほとんど変化していない。

 (7)家計調査によると、消費者物価の上昇によって、2013年10月以降、実質実収入の対前年比がマイナスになっている。2014年4月以降は、名目実収入の伸びもマイナスだ。この結果、駆け込み需要のあった2014年3月を除くと、実質消費支出の伸びはマイナスで、特に2014年以降は大きくマイナスだ。

□野口悠紀雄「トリクルダウンはなぜ生じないか? ~「超」整理日記No.738~」(「週刊ダイヤモンド」2014年12月20日号)
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【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?

2014年04月05日 | ●野口悠紀雄
 (1)米国金融界は、ビットコインの存在を無視できなくなった。その反映が「BAレポート」だ。BAレポートとは、昨年12月【注1】、バンク・オブ・アメリカ=メリルリンチが公表した、ビットコインに関するレポートのことだ。大手金融機関による最初のレポートであり、しかもビットコインの経済価値に係る定量的な分析だ。
 ビットコインに係る米国金融界における議論は、すでに、役割の大きさに関する定量的な検討にまで至っている。

 (2)BAレポートは、ビットコインが
  (a)eコマースで約10%の比重の決済手段になり、
  (b)送金産業において主要な役割を果たすようになるだろう、としている。
  (c)1BTC=1,300ドル程度が適切な価格(フェアバリュー)であろう、としている【注2】。

 (3)BAレポートは、3つの分野について分析している。
  (a)eコマースにおける決済・・・・50億ドル(推計)のビットコインが必要だ。
    根拠・・・・2012年の米国のB2C(個人向け)eコマース売上高は2,240億ドル。これにどれだけの現金が必要か。2012年の個人消費総額は11兆ドル、世帯の預金および現金の合計は0.7兆ドル。後者を前者で割った値は0.07(BAレポートのいわゆる「貨幣の流通速度」=流通速度の逆数=「マーシャルのk」)。過去10年間の平均値は0.04。つまり、1ドルの年間個人消費のために4セントのマネーを保有している。
    eコマースでの流通速度が通常取引と同じだとすると、100億ドルのマネーが必要になる。このうち1割がビットコインになれば10億ドル相当のビットコインが必要だ。世界経済における米国経済のシェアは2割だから、全世界における必要額は50億ドル(推計)だ。
  (b)国際送金におけるビットコイン価値・・・・現在、国際送金業務を行っている大手企業はウェスタンユニオン、マネーグラム、ユーロネットで、これらで20%のシェアを占め、3社の時価総額の平均は45億ドルだ。
     ビットコインがこれら3社の平均と同程度の役割を果たすようになるならば、その価値は45億ドル程度になる。
  (c)価値保存手段としての価値・・・・ビットコインが銀と同様の評価を得られるとすると、その市場価値は50億ドルに達する可能性がある。
  (d)以上、(a)+(b)+(c)≒150億ドル。発行総額と比較すると、1BTCの市場価格は1,300ドル程度と評価される【注3】。

 (4)(3)における技術的な点。
  (a)①eコマースのための必要額・・・・ここで用いられている値を流通速度に換算すれば25程度になるが、この値は高すぎるのではないか? 流通速度は、分子と分母にどのような変数を持ってくるかで値はかなり変わる。
    <例>日本の場合、経済全体の貨幣残高としてM2、売上高として法人企業の総売上高をとると、最近時点での流通速度が2であるとすれば、必要額は上記推計の10倍となる(500億ドル程度)。
    ②eコマースの10%がビットコインで決済されるとしているが、この仮定に格別の根拠はない。別の値を想定すれば、結果は大きく変わる。
  (b)①国際送金業務の価値点・・・・「ビットコインの価値が3社の時価総額の平均になる」というのも、確たる根拠はない。ウェスタンユニオンの時価総額は90億ドルだから、それと同じになるとすれば90億ドルになる。
    ②現在の国際送金業者の扱いを全部代替してしまえば、ビットコインの価値はずっと大きくなる。

 (5)(4)のように、仮定を変えれば結果は10倍にも20倍にもなる。かつ、仮定について誰もが認める値を設定するのは、現状では困難だ。よって、現段階ではビットコインの「フェアバリュー」を定量的に評価するのは無理だ。
 それより重要なのは、「どの程度まで既存の支払い手段を代替し得るか」に関する大まかなイメージだ。
  (a)BAレポートのイメージは、「eコマース決済の1割がビットコインで行われ、国際送金においてウェスタンユニオンの半分くらいの役割を担う」というものだ。
  (b)しかし、(a)のイメージは保守的だ。わけても、①ビットコインの利用主体として個人しか考えていないこと、②銀行が現在果たしている決済業務をビットコインが代替する可能性を考慮してないこと、の点でかなり控えめだ。
  (c)(b)のことは、特に国際送金について言える。送金業者(ウェスタンユニオンなど)は、銀行以外の送金主体であり、利用者は主として個人だ。しかし、企業による輸出入業務で、はるかに巨額の国際送金がなされているし、かつ、この分野は銀行がほぼ独占している【注4】。それが、ビットコインに代替されれば、その影響は極めて大きい。2012年のウェスタンユニオンの収入は57億ドルだ。これは国際送金の収入30兆円【注5】の2%程度でしかない。つまり、貿易関連送金業務をビットコインがすべて担うとすれば、BAレポートの100倍程度のコインが必要になる。

 (6)BAレポートの結論は、「価格はファンダメンタルズに比べて割高」というものだ。
 しかし、「現実の価格は、控えめな価値の推計より低い」とも言える【注6】。
  (a)日本株は2013年に6割上昇したが、それは円安によるものだった(生産性向上やビジネスモデル改善によるものではなかった)。
  (b)ビットコインは、コンピュータ技術の新しいイノベーションに裏付けられている。
 (a)と(b)のどちらの価格がファンダメンタルズに近いと言えるか?

 【注1】中国人民銀行が金融機関の関与を禁止する前。BAレポートの分析は送金手段としての価値を主として評価しており、その部分についての考え方は今でも有効だ。
 【注2】最近時点での価格は1BTC=600ドル程度。
 【注3】昨年12月初めの価格は1,200ドル超。中国が金融機関の関与を禁止したため、12月中旬に600程度に暴落した。
 【注4】「【野口悠紀雄】ビットコインは地球通貨の夢を見るか?
 【注5】前掲論考。
 【注6】電子コインはビットコインだけでないことに注意が必要。さまざまなコインで役割を分け合えば、個々のコインの価格は安くなる。

□野口悠紀雄「ビットコインが持つ経済価値はどの程度か? ~「超」整理日記No.703~」(「週刊ダイヤモンド」2014年4月5日号)
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 【参考】
【野口悠紀雄】ビットコインは地球通貨の夢を見るか?
【野口悠紀雄】ビットコインに関して政府がなすべきこと
【野口悠紀雄】ビットコインに関する深刻な誤報と誤解
【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?
【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?
【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?


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【野口悠紀雄】ビットコインに関して政府がなすべきこと

2014年03月23日 | ●野口悠紀雄
 (1)いまのところ、ビットコイン総額は経済の総取引額に比べて微々たるものだ。よって、社会に対する影響は、大きなものではない。しかし、今後、取引が急速に膨れ上がる可能性がある。そうなれば基幹的社会制度にきわめて大きな変更が要求される。それに対応するには時間がかかる。いまから早急に対応を検討しなければならない。
 問題は幾つもあるが、ここでは利用者保護と税制の二つを取り上げる。

 (2)利用者保護。
 政府の基本方針は、金融機関などの関与を禁止し、それによって責任を回避しようとするものだ。ビットコインそのものの規制は技術的に困難なため、こうしたことになる。
 しかし、それでは利用者は保護されない。「ビットコイン利用は自己責任で行うべきであり、政府は関与しない」とは言えない。
  (a)両替所など関連サービス提供者を監視する。
  (b)ウォレットのQRコード。秘密鍵が知られるようなQRコードだとすれば、設計にミスがあったことになる。
  (c)コイン保有者がコンピュータ事故や災害などで鍵を紛失すると、保有していたコインは永久に失われてしまい、取り戻せない。鍵をコピーすることが助言されているが、十分なIT知識を持たない人も利用できるようになると、「自己責任で鍵をコピーせよ」は、過大な要求になるだろう。この点に関する安全性の確保が必要だ。
 以上のような問題がまだ多数あるかもしれない。これらのすべてについて、利用者に自己責任を求めるのは酷だ。政府が関係事業者を指導すべきだ。マスメディアにも政府にも共通して求められるのは、情報提供と教育だ。

 (3)税制。
 政府は、ビットコインを売って実現した譲渡益に課税するとしている。それは現在の税制でも当然のことだ。
  (a)正直な納税者は納税するだろう。しかし、正直でない者は脱税する。税務署は脱税を摘発できないから、不公平が拡大する。
  (b)報酬の支払いにビットコインが用いられると、受取人の収入を税務署が捕捉できないので、(a)と同じ問題が発生する。かくして、税の公平性が著しく損なわれる。
  (c)ビットコインが広範に利用されるようになり、正直でない者が増えれば、税収が減る。それが進めば、国家の基礎であり土台である税制が崩壊してしまう危険がある。
  (d)(a)~(c)の問題はビットコインの匿名性から発生する。次の2点に注意しなければならない。
    ①ビットコインの取引そのものは、暗号化されていない。全世界の個々の取引がリアルタイムで公開されている。取引をこれほど透明に知り得る通貨はない。しかし、アドレスと現実の個人や組織との対応がわからないのだ。仮にこの対応がつけば、税務当局はビットコインを用いた資金の流れを完全に追跡できるから、徴税は今より容易になる。問題は、如何にして対応づけられるかだ。今後、口座やウォレット作成の際の本人確認は、より厳しく行われるだろう。しかし、それだけでは不十分だ。公開鍵から、いくらでも新しいアドレスを作れるからだ。実際、取引のたびに新しいアドレスを使用することが奨励されている。よって、本人との対応づlけは現実には到底不可能だ。また、国内での鍵生成だけを規制しても、明らかに無意味だ。
    ②これまでの税務署は現金取引を完全には捕捉できなかった。実際、アンダーグラウンド経済の存在は、南米諸国で税収を減らしている大きな原因だ。ために、直接税でなく、間接税への依存を高めているのだ。
  (e)(d)-①及び②から得られる結論は、「ビットコインの匿名性を剥ごうとするよりは、税の体系を変えるほうが現実的ではないか」ということ。匿名性が高い決済手段の利用増加に対応して税制を変えるのだ。
   <例>外形標準課税。法人なら資本金、従業員数、生産高などを指標とした課税。個人であれば人頭税。または、保有不動産や自動車などにリンクした課税だ。
  (f)ビットコインの実力を認めて、社会制度をそれにあったものにつ栗直すべきだ。

□野口悠紀雄「ビットコインに関して政府がなすべきこと ~「超」整理日記No.701~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月22日号)

 【参考】
【野口悠紀雄】ビットコインに関する深刻な誤報と誤解
【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?
【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?
【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?

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【野口悠紀雄】ビットコインに関する深刻な誤報と誤解

2014年03月10日 | ●野口悠紀雄
 (1)2月26日、マウント・ゴックス(ビットコインの私設両替所)が取引を停止した。
 多くのマスメディアは、これを、ビットコインの取引そのものが停止したかのように報じた。
 しかし、崩壊したのはビットコインと通貨とを交換する両替所にすぎず、ビットコインそのものではなかった。
 日本のマスメディアは、ビットコインそのものと、その外にある両替所を混同させるような誤解を広げた。

 (2)P2P【注】によるブロックチェーン更新作業は、何ら支障なく続いている。したがって、ビットコインの取引そのものは、むろん継続している。
 「ブロックチェーン」というサイトを見ると、全世界のビットコインの取引が円滑に継続している様を、リアルタイムで見ることができる。
 ドルとの交換価値は、2月23日ごろまで1BTC=600ドル程度だったが、一時400ドル近くまで下落した。しかし、26日には600ドル近くまで戻っている。マウント・ゴックス事故による影響はほとんどなかった。

 (3)事故の詳細はまだ不明だが、ハッカー攻撃に遭って、サイト内ビットコインが盗まれたらしい。そうならば、ここから次の2つが明らかにされた。
  (a)同サイトがハッカー攻撃に十分な備えをしていなかった。<マウント・ゴックスがまだ成熟しきれていない、あるいはデジタル通貨の成長に追いつけていなかったことを示唆している>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
  (b)ハッカーがビットコインの価値を認めていた。ハッカーは、マウント・ゴックスを攻撃し、それを破壊した。1両替所を破壊してもビットコインの価値は何ら損なわれないことを知っていたからこそ、攻撃した。

 (4)マウント・ゴックスの閉鎖で千万円単位の被害に遭った人もいたようだ。まことに気の毒だが、これだけの額をビットコインで保有していたこと自体が異常だ。ビットコインは支払いの手段として用いるべきもので、ビットコインを得たら直ちに支払いに使ってしまうべきだ。
 ビットコインの形で保有していたのは、投機目的としか考えられない。
 しかし、ビットコインは発足後まもない通貨で発行総額が少ないので、ドルなどとの交換価値は安定していない。
 12月初めに1,000ドルを超えたのが、18日には500ドル程度になった。これは、中国が金融機関によるビットコインと人民元との交換を禁じたからだ。マウント・ゴックス閉鎖などとは比べものにならない影響を与えたのだ。

 (5)数千万円総統のコインをマウント・ゴックスに預けていたのは、さらに異常だ。なぜなら、同社は、信頼性について従来から疑惑が持たれていたからだ。<(同社は、これまでも)たびたび不正侵入や不具合、機能停止に見舞われた><マウント・ゴックスの事業は1か月前から崩壊し始めていた>【「ウォールストリート・ジャーナル」】。
 ビットコイン報道に関して、マスメディアが果たすべき責任は2つだ。
  (a)現在のビットコインは、資産保有手段として用いるにはあまりにリスクが大きいことを人々に教育する。そして、同時に、ビットコインは送金手段としては優れた特性を持っていること、それによってマイクロペイメントや海外への送金が飛躍的に容易になること、それは新しい経済活動を可能にし、新しい社会を拓くことを人々に教育する。
  (b)両替所のようにビットコインシステムの外にある関連諸組織について、問題があれば警告を発する。正確な報道こそが利用者を守る。情報の提供は、「おカミの取り締まり」以上に、消費者・利用者を守る。

 (6)ビットコインのシステムは極めて強固だが、それ故に社会機構との間で問題を起こす。
 問題の多くは匿名性から生じる。匿名性故に、税務上や公安上の問題が発生するのだ。
 しかし、合法的な経済活動において、匿名性を守る必要はない。だから、匿名性を放棄するのは、十分に考えられることだ。
 現在のビットコインでは、取引は追跡できるし、公表されている。しかし、取引主体は公開鍵の形でしかわからず、現実の個人や組織に結びつけられていない。それらを関連づければ、匿名性は消えることになる。ただし、問題は、その関連づけをどのような方法で行うかだ。これは極めて難しい問題だ。
 ビットコインの運営システムに何の問題が生じなくとも、受け入れ店舗がなくなれば、価値がなくなる。そうした事態は生じ得る。ただし、それは、両替所の破綻によって生じるのではなく、より優れた他の電子コインとの競争にビットコインが敗れることによって生じる。

 【注】P2P、ブロックチェーン、公開鍵などについては、野口悠紀雄の連載(「ダイヤモンド・オンライン」)参照。
ビットコイン送金の基礎になる技術――公開鍵暗号とハッシュによる電子署名」(第3回(2014.03.06))
電子コインは電子マネーとまったく違う。よくも悪しくも社会の基本を揺るがす」 (第2回(2014.02.27))
ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(第1回(2014.02.20))


□野口悠紀雄「ビットコインに関する深刻な誤報と誤解 ~「超」整理日記No.700~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月15日号)
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 【参考】
【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?
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