(1)2016年の世界金融市場は、波乱の幕開けとなった。
中国株の下落がきっかけになっているのは間違いない。ただし、「中国株の下落だけが原因で、それにつられて世界の株価が下落している」ということではない。
これは、より広く、投機資金の「リスクオフ」によってもたらされているものだ。その根本には、米国の金融正常化がある。
(2)投機は、「一定量の資金をさまざまな対象に投資するだけではない。
短期資金を借り入れて、投機の総額を膨らませて投資する(「レバレッジド投資」)。投資のリスクは増大するが、期待収益率は引き上げることができる。
金融緩和下においては、短期資金の借り入れが容易になり、その結果投機の総額が増大する。
米国では、リーマンショック後も金融緩和策が継続されたため、投機は米国住宅価格バブル崩壊後も終わることなく、世界中のさまざまな対象を求めて動いてきた。欧州の住宅、原油、その他の一次産品、国際商品、新興国の株式、新興国の通貨等が対象になった。先進国においても、株式が投機の対象になった。
ところが、米国の金融緩和政策の終了が示唆され始めた2013年5月ごろから、この動きに変調が生じた。わけても2014年10月に米国が金融緩和の終了を宣言したことで、大きな変化が起こった。
金融緩和が終了すると、
→短期資金の調達が困難になる。
→投資資金の総額が減少する。
→それまで原油や新興国などに投資されていた資金が回収される。
→原油価格などの一次産品価格が大幅に下落し、新興国の株価や通貨も下落する。
→資源や新興国への投資のリスクプレミアムが高まる。
→危険資産から安全資産への移動がさらに加速される。
以上は「リスクオフ」と呼ばれる現象だ。
ただし、これは投資家の戦略がリスクテイクからリスク回避に変わったため生じるのではなく、投資対象のリスクプレミアムが上昇したために生じる現象だ。
その動きが先進国株価にも及んできている。
(3)リスクオフの動きは、
(a)2011年から2012年ごろにかけても顕著に生じた。このときには、南欧国債から資金が逃避し、その利回りが急騰した(「ユーロ危機」)。流出した資金は、日独米の国債に流入し、その利回りを大幅に下げた。日本では円高が引き起こされた。
(b)2015年夏以降生じている現象は、基本的には(a)と同じ性格のものだ。米国の金融正常化によって、米国の住宅価格バブル以降ほぼ10年間にわたって続いた投機の時代が、いまようやく終了しようとしているのだ。
(4)(1)の中国の株価下落(今回の世界経済混乱の原因)の背景は次のとおり。
(a)中国はリーマンショック後に大規模な景気浮揚策を行った。それによって経済成長率を落とさずに済だが、他方において不動産価格のバブルという副産物をもたらした。そのバブルが崩壊し、中国経済は困難な状況に陥っていた。
(b)長期的観点から見ても、工業化の進展に伴い、これまでのように安い労働力で輸出競争力を維持することが困難になってきた。
(c)このような意味で中国経済は大きな転換点にあったのだが、中国政府はそうした問題を隠蔽するために、隠蔽するために2015年春から積極的な株価引き上げ策を取った。ところがそれが破綻し、6月ごろから株価の急激な下落が始まったのだ。
(d)現在の株価下落は、(c)の延長線上にある。それと米国金融正常化の影響と、どちらが重要であるかは判断が難しい。
(e)明らかなことは、いま生じているのは、一時的な現象ではないことだ。
①しばらくすれば元に戻るというものではない。
②米国の場合は、明らかに新しい均衡に向かっての動きだ。
③中国の場合も、中国政府がしばしば強調する新しい均衡を求めての動きだ。
□野口悠紀雄「リスクオフで株価下落 円高が進む可能性も ~「超」整理日記No.792~」(「週刊ダイヤモンド」2016年1月30日号)
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中国株の下落がきっかけになっているのは間違いない。ただし、「中国株の下落だけが原因で、それにつられて世界の株価が下落している」ということではない。
これは、より広く、投機資金の「リスクオフ」によってもたらされているものだ。その根本には、米国の金融正常化がある。
(2)投機は、「一定量の資金をさまざまな対象に投資するだけではない。
短期資金を借り入れて、投機の総額を膨らませて投資する(「レバレッジド投資」)。投資のリスクは増大するが、期待収益率は引き上げることができる。
金融緩和下においては、短期資金の借り入れが容易になり、その結果投機の総額が増大する。
米国では、リーマンショック後も金融緩和策が継続されたため、投機は米国住宅価格バブル崩壊後も終わることなく、世界中のさまざまな対象を求めて動いてきた。欧州の住宅、原油、その他の一次産品、国際商品、新興国の株式、新興国の通貨等が対象になった。先進国においても、株式が投機の対象になった。
ところが、米国の金融緩和政策の終了が示唆され始めた2013年5月ごろから、この動きに変調が生じた。わけても2014年10月に米国が金融緩和の終了を宣言したことで、大きな変化が起こった。
金融緩和が終了すると、
→短期資金の調達が困難になる。
→投資資金の総額が減少する。
→それまで原油や新興国などに投資されていた資金が回収される。
→原油価格などの一次産品価格が大幅に下落し、新興国の株価や通貨も下落する。
→資源や新興国への投資のリスクプレミアムが高まる。
→危険資産から安全資産への移動がさらに加速される。
以上は「リスクオフ」と呼ばれる現象だ。
ただし、これは投資家の戦略がリスクテイクからリスク回避に変わったため生じるのではなく、投資対象のリスクプレミアムが上昇したために生じる現象だ。
その動きが先進国株価にも及んできている。
(3)リスクオフの動きは、
(a)2011年から2012年ごろにかけても顕著に生じた。このときには、南欧国債から資金が逃避し、その利回りが急騰した(「ユーロ危機」)。流出した資金は、日独米の国債に流入し、その利回りを大幅に下げた。日本では円高が引き起こされた。
(b)2015年夏以降生じている現象は、基本的には(a)と同じ性格のものだ。米国の金融正常化によって、米国の住宅価格バブル以降ほぼ10年間にわたって続いた投機の時代が、いまようやく終了しようとしているのだ。
(4)(1)の中国の株価下落(今回の世界経済混乱の原因)の背景は次のとおり。
(a)中国はリーマンショック後に大規模な景気浮揚策を行った。それによって経済成長率を落とさずに済だが、他方において不動産価格のバブルという副産物をもたらした。そのバブルが崩壊し、中国経済は困難な状況に陥っていた。
(b)長期的観点から見ても、工業化の進展に伴い、これまでのように安い労働力で輸出競争力を維持することが困難になってきた。
(c)このような意味で中国経済は大きな転換点にあったのだが、中国政府はそうした問題を隠蔽するために、隠蔽するために2015年春から積極的な株価引き上げ策を取った。ところがそれが破綻し、6月ごろから株価の急激な下落が始まったのだ。
(d)現在の株価下落は、(c)の延長線上にある。それと米国金融正常化の影響と、どちらが重要であるかは判断が難しい。
(e)明らかなことは、いま生じているのは、一時的な現象ではないことだ。
①しばらくすれば元に戻るというものではない。
②米国の場合は、明らかに新しい均衡に向かっての動きだ。
③中国の場合も、中国政府がしばしば強調する新しい均衡を求めての動きだ。
□野口悠紀雄「リスクオフで株価下落 円高が進む可能性も ~「超」整理日記No.792~」(「週刊ダイヤモンド」2016年1月30日号)
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