その3.
それにしてもこの人はずいぶん親切だな。まるで、学校に行っている息子が、クリスマス休暇に招待した親友を迎えているような具合だ。ビリーは帽子を取ると、敷居をまたいだ。
「帽子はそこにかけてくださいな」というと、「オーヴァーは預かっておきましょうね」と手を貸してくれた。
玄関ホールには、帽子もコートもかかっていない。傘もステッキも、一切なかった。
「ここはいま、わたしたちだけなんですのよ」彼女は階段を上がっていきながら、振り返ると、にっこりと笑いかけた。「わたしのちっちゃなお城にお客様をお迎えすることなんて、そうそうあることじゃないんです」
このおばさん、ちょっとおかしいみたいだな、とビリーは考えた。だけど、一泊五シリング六ペンスってことを思えば、そんなこと、いったい誰が気にする? 「ここに泊まりたいって人なら、いくらでもいるってこと、すぐに気がつかなきゃいけなかったな」ビリーは失礼にならないよう、そう言っておいた。
「ええ、まあ、そういうことね、ええ、もちろんそうですよ。でもね、問題は、わたし、ちょっぴり、選り好みをしてしまうんです、特に――おわかりかしら」
「ああ、そいうことなんですか」
「でもね、いつも準備だけはしておくんです。お昼であろうが夜であろうがこの家へ、しかるべきお若い殿方が、いつお見えになってもいいように、何もかも用意はしてあるんですのよ。ですからね、あなた、ほら、ドアを開けたら、そこに、思っているとおりの方が立っていらっしゃるのをお見かけしたら、ほんとうにどれだけうれしいか」階段の途中まで来たところで、片手を手すりにかけたまま立ち止まると振り返り、寒さで青ざめた唇をしている彼にわらいかけた。「ちょうどあなたみたいな方が」とつけくわえ、青い瞳がゆっくりとビリーの全身を下りていき、足のところまでくると、そこからまた上がっていった。
二階に着くと、女主人は言った。「この階はわたしが使っています」
さらにもう一階上がった。「そしてこの階は全部、あなたがお使いになって」と彼女は言った。「ここがあなたのお部屋です。お気に召してくださるとうれしいのだけれど」小さいながらも、なかなか感じのいい寝室に案内すると、電灯のスイッチを入れた。
「あの窓から朝日が入ってくるのよ、パーキンスさん。パーキンスさんでしたわよね?」
「ちがいます」彼は訂正した。「ウィーヴァーです」
「ウィーヴァーさんね、なんてステキなお名前でしょう。シーツを温めるために湯たんぽを入れてありますよ。慣れないベッドでも、シーツが洗いたてで湯たんぽが入っていれば、くつろげるでしょう? もし寒いようでしたら、いつでもガスストーブを使ってくださいね」
「ありがとうございます」ビリーは言った。「ほんとに助かります」ベッドの覆いは取り外してあり、上掛けは一方の端できちんと折り返してある。あとはそこに誰かが入って寝るばかりだ。
「あなたが来てくださって、ほんとうによかったわ」彼の顔に熱い視線を注ぎながら、そう言った。「だんだん心配になってきてたの」
「そりゃどうも」ビリーは明るく答えた。「だけど、ぼくなんかにお気遣いなく」彼はスーツケースを椅子の上に置いて開いた。
「そうそう、晩ご飯はどうなさいます? ここにいらっしゃるまえに、どこかでお済ませになった?」
「腹は減ってません。だけど、そう言ってくださってありがとう」彼は言った。「ぼく、もう寝た方がいいんです。明日、早起きして会社に出て、報告しなきゃならないことがいろいろあるから」
「わかりました。それじゃわたしは失礼しますから、荷ほどきをなさってくださいね。ただ、おやすみになるまえに、一階の居間で宿帳にご記入をお願いできません? ここじゃ法律があって、こんなことで法律を破るわけにはいかなくて、だからみなさんにそうしていただいてるんです」女主人は小さく手を振って足早に部屋を出ると、ドアを閉めた。
(この項つづく)
それにしてもこの人はずいぶん親切だな。まるで、学校に行っている息子が、クリスマス休暇に招待した親友を迎えているような具合だ。ビリーは帽子を取ると、敷居をまたいだ。
「帽子はそこにかけてくださいな」というと、「オーヴァーは預かっておきましょうね」と手を貸してくれた。
玄関ホールには、帽子もコートもかかっていない。傘もステッキも、一切なかった。
「ここはいま、わたしたちだけなんですのよ」彼女は階段を上がっていきながら、振り返ると、にっこりと笑いかけた。「わたしのちっちゃなお城にお客様をお迎えすることなんて、そうそうあることじゃないんです」
このおばさん、ちょっとおかしいみたいだな、とビリーは考えた。だけど、一泊五シリング六ペンスってことを思えば、そんなこと、いったい誰が気にする? 「ここに泊まりたいって人なら、いくらでもいるってこと、すぐに気がつかなきゃいけなかったな」ビリーは失礼にならないよう、そう言っておいた。
「ええ、まあ、そういうことね、ええ、もちろんそうですよ。でもね、問題は、わたし、ちょっぴり、選り好みをしてしまうんです、特に――おわかりかしら」
「ああ、そいうことなんですか」
「でもね、いつも準備だけはしておくんです。お昼であろうが夜であろうがこの家へ、しかるべきお若い殿方が、いつお見えになってもいいように、何もかも用意はしてあるんですのよ。ですからね、あなた、ほら、ドアを開けたら、そこに、思っているとおりの方が立っていらっしゃるのをお見かけしたら、ほんとうにどれだけうれしいか」階段の途中まで来たところで、片手を手すりにかけたまま立ち止まると振り返り、寒さで青ざめた唇をしている彼にわらいかけた。「ちょうどあなたみたいな方が」とつけくわえ、青い瞳がゆっくりとビリーの全身を下りていき、足のところまでくると、そこからまた上がっていった。
二階に着くと、女主人は言った。「この階はわたしが使っています」
さらにもう一階上がった。「そしてこの階は全部、あなたがお使いになって」と彼女は言った。「ここがあなたのお部屋です。お気に召してくださるとうれしいのだけれど」小さいながらも、なかなか感じのいい寝室に案内すると、電灯のスイッチを入れた。
「あの窓から朝日が入ってくるのよ、パーキンスさん。パーキンスさんでしたわよね?」
「ちがいます」彼は訂正した。「ウィーヴァーです」
「ウィーヴァーさんね、なんてステキなお名前でしょう。シーツを温めるために湯たんぽを入れてありますよ。慣れないベッドでも、シーツが洗いたてで湯たんぽが入っていれば、くつろげるでしょう? もし寒いようでしたら、いつでもガスストーブを使ってくださいね」
「ありがとうございます」ビリーは言った。「ほんとに助かります」ベッドの覆いは取り外してあり、上掛けは一方の端できちんと折り返してある。あとはそこに誰かが入って寝るばかりだ。
「あなたが来てくださって、ほんとうによかったわ」彼の顔に熱い視線を注ぎながら、そう言った。「だんだん心配になってきてたの」
「そりゃどうも」ビリーは明るく答えた。「だけど、ぼくなんかにお気遣いなく」彼はスーツケースを椅子の上に置いて開いた。
「そうそう、晩ご飯はどうなさいます? ここにいらっしゃるまえに、どこかでお済ませになった?」
「腹は減ってません。だけど、そう言ってくださってありがとう」彼は言った。「ぼく、もう寝た方がいいんです。明日、早起きして会社に出て、報告しなきゃならないことがいろいろあるから」
「わかりました。それじゃわたしは失礼しますから、荷ほどきをなさってくださいね。ただ、おやすみになるまえに、一階の居間で宿帳にご記入をお願いできません? ここじゃ法律があって、こんなことで法律を破るわけにはいかなくて、だからみなさんにそうしていただいてるんです」女主人は小さく手を振って足早に部屋を出ると、ドアを閉めた。
(この項つづく)