その6.
「ここでいい」レイダーは言った。
運転手に金を払い、細い田舎道を歩き始めた。その先にはまばらな雑木林がある。木立ちの丈が低い上に、木と木の間隔が離れているので、そこには隠れられそうもない。レイダーは身を潜める場所を探しながら歩き続けた。
一台の大型トラックが近づいてくる。彼は帽子を目深にかぶって歩き続けた。トラックが近づいたとき、ポケットのテレビから声が聞こえた。「危ない!」
身をひるがえして溝に飛び込んだ。辛くもかわしたところで、猛然と走り過ぎたトラックは、キーッとタイヤをきしませて止まった。ドライバーの怒鳴り声がした。「逃げるぞ! 撃て、ハリー、撃つんだ!」「
レイダーが林に飛び込むと、弾が落ち葉の雨を降らせた。
「またもやピンチです!」マイク・テリーがうわずった声で叫んでいる。「ジム・レイダーは早まって安心してしまったのではないでしょうか。そんなことをしちゃいけない、ジム! 自分の命は危険にさらすようなことをしちゃいけない! 殺し屋に追われているようなときに! 気をつけるんだ、ジム、君はまだ四時間半、逃げ続けなければならないんだよ!」
運転手が話している。「クロード、ハリー、トラックで回り込むんだ。やつはもう袋のネズミだ」
「やつらは君を袋のネズミにしたと言ってるぞ、ジム・レイダー!」マイク・テリーが叫んだ。「でも、やつらはまだ君を捕まえてはいない! なにより君は『善きサマリアびと』であるニュージャージー州サウス・オレンジのエルム街12番地のスージー・ピーターズさんにお礼を言わなければいけないよ。ピーターズさんはトラックが君を轢こうとしたときに、悲鳴を上げて教えてくれたのだから。まもなくそのスージーさんがステージにやってきてくださいます……さて、みなさん、局のヘリコプターが現場に到着しました。みなさんにもジム・レイダーが走っているところがご覧になれますね、殺し屋たちが跡を追い、包囲しようとしているのも……」
レイダーは林のなかを100メートルほど走ると、舗装道路に出た。向こうにはまばらな木立ちが見えた。殺し屋のひとりが彼をおいかけて、林のなかを走ってくる。トラックがふたつの道を結ぶ道路を走って、彼のところから2キロもない位置にまで迫っている。
一台の車が反対側からやってきた。レイダーは道路に飛び出し、むちゃくちゃに手を振った。車は止まった。
「急いで!」運転していた若いブロンドの女が叫んだ。
レイダーは飛び乗った。女はそこでUターンした。弾が当たってフロントガラスが粉々に割れた。女はアクセルを踏み、途中にひとりで立っている殺し屋はねとばしそうになりながら走らせた。
車はトラックからの射程圏内に入る前に、どんどん離れていった。
レイダーは座席に身を預け、目をきつく閉じた。女はバックミラーに映るトラックを見ながら、一心不乱に運転している。
「またもや動きがありました!」マイク・テリーが恍惚としたような声を上げた。「ジム・レイダーは、ここでもまた、死のあぎとより引き上げられたのです。『善きサマリヤびと』であるニューヨーク・シティ、レキシントン街433在住のジャニス・モロウさんに感謝しましょう。こんな場面をこれまでに見たことがあったでしょうか、みなさん。ミス・モロウは弾丸が降り注ぐなかを走り抜け、ジム・レイダーを地獄の縁から助け出したのです! のちほどミス・モロウにインタビューして、ご感想をうかがうことにしましょう。さて、いまやジム・レイダーがスピードを上げているあいだ――おそらく安全な状態で、おそらくさらなる危機の待つ方へ進むあいだ、スポンサーからの短いお知らせをお送りいたします。チャンネルはそのままで! ジムが安全の身になるまでにはまだ四時間十分ありますからね。予断は許しませんよ!」
「いいわよ」と女が言った。「いまは放送されてない。レイダー、あなたいったいどうちちゃったのよ」
「へ?」レイダーは聞き返した。女は二十代の初めだろう。見るからに有能で、しかも魅力的、近寄りがたい雰囲気があった。きれいな顔立ち、しかもスタイルもいいのにレイダーは気がついた。おまけになんだか腹を立てているようだ。
「お嬢さん」彼は言った。「お礼の言葉もないよ……」
「ぶっちゃけた話」ジャニス・モロウは言った。「あたしは『善きサマリアびと』なんかじゃない。JBCに雇われてる人間よ」
「じゃ、番組がオレを助けてくれたのか!」
「そのとおり」
「なんでまたそんなことを?」
「あのね、これはお金がかかってる番組なのよ、レイダー。わたしたちはみんな、うまくこなさなきゃならないの。視聴率が下がりでもしたら、わたしたちみんな、道ばたでリンゴ飴でも売らなきゃならなくなっちゃう。なのにあんたときたら、ちっとも協力してくれないんだから」
「協力って何を? 何でまた?」
「だってあんたがトンチキだから」女は吐き捨てるように言った。「ダメなんだから、ドジばっかり踏んで。自殺でもするつもり? どうやったら生き延びられるか、何も学ばずに来たの?」
「最善を尽くしているつもりなんだけど」
「トンプソン一味は、これまでに十回以上、あんたを殺せたのよ。わたしたちが、落ち着くんだ、先へ延ばせ、って引き留めてきたの。だけど、まるでクレー射撃用の180センチの的が、さあ撃ってくれ、って言ってるようなものじゃないの。トンプソン一味だってこれまで協力してくれてたけど、いつまでもお芝居を続ける必要があるわけじゃない。もしあたしが来てあげなかったら、やつら、あんたを殺してたわ――放送時間が残ってようがいまいが」
レイダーは呆然と彼女を見た。こんなかわいい女の子が、どうしてこんなことを言うのだろう。彼女はちらりと彼に目をやり、すぐに背後の道路に視線を戻した。
「そんなふうにあたしを見ないで!」彼女は言った。「お金のために自分の命を危険にさらしたのはあんたなんだからね、このバカ。すごい大金なのよ! あんただってわかってるでしょ。何も知らない雑貨屋の小僧が、おっかないあんちゃんたちに追いかけられてるのに気がついた、なんて顔をするのはやめて。そんな筋書きじゃないんだから」
「わかってる」レイダーは言った。
「うまく生き延びられないんだったら、せめてうまく死んでよね」
「本気でそんなこと言ってるわけじゃないんだろ?」レイダーは言った。
「どうかしらね……。番組が終わるまで、あんたはまだ三時間と四十分もあるのよ。うまく持ちこたえられれば、それは結構。賞金はあんたのもの。だけど、たとえそれがムリでも、なんとか賞金のために逃げようとぐらいはしてちょうだい」
レイダーは彼女をじっと見つめたままうなずいた。
「もうじきあたしたちはまたテレビに映っちゃう。車のエンジンがおかしくなっちゃって、あんたは降りることになるのよ。トンプソン一味は、いま全員総出。見つけ次第、あんたを殺すわよ。わかった?」
「わかった」レイダーは言った。「もしおれがうまく逃げられたら、いつか会ってくれる?」
彼女は怒って唇を噛んだ。「あたしをからかってんの?」
「そうじゃない。ただ、また会いたいと思って。会えるかな?」
まじまじと彼の顔を見た。「わかんないわ。そんなことは忘れて。もう映るから。たぶん、一番可能性がありそうなのが、右手の林だと思う。準備はいい?」
「いいよ。で、どこへ連絡したらいい? もちろん終わったら、の話だけど」
「もう、レイダーったら、何を寝ぼけたことを言ってるの。林を抜けて、水の涸れた渓谷まで行くの。少しだけど、隠れられるところがあると思う」
「どこへ連絡したらいい?」レイダーはもう一度聞いた。
「電話帳のマンハッタン地区に載ってるわ」彼女は車を停めた。「オーケイ、レイダー。走るのよ」
彼はドアを開けた。
「待って」彼女は身をかがめて顔をよせ、彼の唇にキスをした。「頑張って、おバカさん。逃げ延びられたら、電話して」
それから彼は地面に降り立つと、林に向かって駆けだした。
* * * * *
(この項つづく)
「ここでいい」レイダーは言った。
運転手に金を払い、細い田舎道を歩き始めた。その先にはまばらな雑木林がある。木立ちの丈が低い上に、木と木の間隔が離れているので、そこには隠れられそうもない。レイダーは身を潜める場所を探しながら歩き続けた。
一台の大型トラックが近づいてくる。彼は帽子を目深にかぶって歩き続けた。トラックが近づいたとき、ポケットのテレビから声が聞こえた。「危ない!」
身をひるがえして溝に飛び込んだ。辛くもかわしたところで、猛然と走り過ぎたトラックは、キーッとタイヤをきしませて止まった。ドライバーの怒鳴り声がした。「逃げるぞ! 撃て、ハリー、撃つんだ!」「
レイダーが林に飛び込むと、弾が落ち葉の雨を降らせた。
「またもやピンチです!」マイク・テリーがうわずった声で叫んでいる。「ジム・レイダーは早まって安心してしまったのではないでしょうか。そんなことをしちゃいけない、ジム! 自分の命は危険にさらすようなことをしちゃいけない! 殺し屋に追われているようなときに! 気をつけるんだ、ジム、君はまだ四時間半、逃げ続けなければならないんだよ!」
運転手が話している。「クロード、ハリー、トラックで回り込むんだ。やつはもう袋のネズミだ」
「やつらは君を袋のネズミにしたと言ってるぞ、ジム・レイダー!」マイク・テリーが叫んだ。「でも、やつらはまだ君を捕まえてはいない! なにより君は『善きサマリアびと』であるニュージャージー州サウス・オレンジのエルム街12番地のスージー・ピーターズさんにお礼を言わなければいけないよ。ピーターズさんはトラックが君を轢こうとしたときに、悲鳴を上げて教えてくれたのだから。まもなくそのスージーさんがステージにやってきてくださいます……さて、みなさん、局のヘリコプターが現場に到着しました。みなさんにもジム・レイダーが走っているところがご覧になれますね、殺し屋たちが跡を追い、包囲しようとしているのも……」
レイダーは林のなかを100メートルほど走ると、舗装道路に出た。向こうにはまばらな木立ちが見えた。殺し屋のひとりが彼をおいかけて、林のなかを走ってくる。トラックがふたつの道を結ぶ道路を走って、彼のところから2キロもない位置にまで迫っている。
一台の車が反対側からやってきた。レイダーは道路に飛び出し、むちゃくちゃに手を振った。車は止まった。
「急いで!」運転していた若いブロンドの女が叫んだ。
レイダーは飛び乗った。女はそこでUターンした。弾が当たってフロントガラスが粉々に割れた。女はアクセルを踏み、途中にひとりで立っている殺し屋はねとばしそうになりながら走らせた。
車はトラックからの射程圏内に入る前に、どんどん離れていった。
レイダーは座席に身を預け、目をきつく閉じた。女はバックミラーに映るトラックを見ながら、一心不乱に運転している。
「またもや動きがありました!」マイク・テリーが恍惚としたような声を上げた。「ジム・レイダーは、ここでもまた、死のあぎとより引き上げられたのです。『善きサマリヤびと』であるニューヨーク・シティ、レキシントン街433在住のジャニス・モロウさんに感謝しましょう。こんな場面をこれまでに見たことがあったでしょうか、みなさん。ミス・モロウは弾丸が降り注ぐなかを走り抜け、ジム・レイダーを地獄の縁から助け出したのです! のちほどミス・モロウにインタビューして、ご感想をうかがうことにしましょう。さて、いまやジム・レイダーがスピードを上げているあいだ――おそらく安全な状態で、おそらくさらなる危機の待つ方へ進むあいだ、スポンサーからの短いお知らせをお送りいたします。チャンネルはそのままで! ジムが安全の身になるまでにはまだ四時間十分ありますからね。予断は許しませんよ!」
「いいわよ」と女が言った。「いまは放送されてない。レイダー、あなたいったいどうちちゃったのよ」
「へ?」レイダーは聞き返した。女は二十代の初めだろう。見るからに有能で、しかも魅力的、近寄りがたい雰囲気があった。きれいな顔立ち、しかもスタイルもいいのにレイダーは気がついた。おまけになんだか腹を立てているようだ。
「お嬢さん」彼は言った。「お礼の言葉もないよ……」
「ぶっちゃけた話」ジャニス・モロウは言った。「あたしは『善きサマリアびと』なんかじゃない。JBCに雇われてる人間よ」
「じゃ、番組がオレを助けてくれたのか!」
「そのとおり」
「なんでまたそんなことを?」
「あのね、これはお金がかかってる番組なのよ、レイダー。わたしたちはみんな、うまくこなさなきゃならないの。視聴率が下がりでもしたら、わたしたちみんな、道ばたでリンゴ飴でも売らなきゃならなくなっちゃう。なのにあんたときたら、ちっとも協力してくれないんだから」
「協力って何を? 何でまた?」
「だってあんたがトンチキだから」女は吐き捨てるように言った。「ダメなんだから、ドジばっかり踏んで。自殺でもするつもり? どうやったら生き延びられるか、何も学ばずに来たの?」
「最善を尽くしているつもりなんだけど」
「トンプソン一味は、これまでに十回以上、あんたを殺せたのよ。わたしたちが、落ち着くんだ、先へ延ばせ、って引き留めてきたの。だけど、まるでクレー射撃用の180センチの的が、さあ撃ってくれ、って言ってるようなものじゃないの。トンプソン一味だってこれまで協力してくれてたけど、いつまでもお芝居を続ける必要があるわけじゃない。もしあたしが来てあげなかったら、やつら、あんたを殺してたわ――放送時間が残ってようがいまいが」
レイダーは呆然と彼女を見た。こんなかわいい女の子が、どうしてこんなことを言うのだろう。彼女はちらりと彼に目をやり、すぐに背後の道路に視線を戻した。
「そんなふうにあたしを見ないで!」彼女は言った。「お金のために自分の命を危険にさらしたのはあんたなんだからね、このバカ。すごい大金なのよ! あんただってわかってるでしょ。何も知らない雑貨屋の小僧が、おっかないあんちゃんたちに追いかけられてるのに気がついた、なんて顔をするのはやめて。そんな筋書きじゃないんだから」
「わかってる」レイダーは言った。
「うまく生き延びられないんだったら、せめてうまく死んでよね」
「本気でそんなこと言ってるわけじゃないんだろ?」レイダーは言った。
「どうかしらね……。番組が終わるまで、あんたはまだ三時間と四十分もあるのよ。うまく持ちこたえられれば、それは結構。賞金はあんたのもの。だけど、たとえそれがムリでも、なんとか賞金のために逃げようとぐらいはしてちょうだい」
レイダーは彼女をじっと見つめたままうなずいた。
「もうじきあたしたちはまたテレビに映っちゃう。車のエンジンがおかしくなっちゃって、あんたは降りることになるのよ。トンプソン一味は、いま全員総出。見つけ次第、あんたを殺すわよ。わかった?」
「わかった」レイダーは言った。「もしおれがうまく逃げられたら、いつか会ってくれる?」
彼女は怒って唇を噛んだ。「あたしをからかってんの?」
「そうじゃない。ただ、また会いたいと思って。会えるかな?」
まじまじと彼の顔を見た。「わかんないわ。そんなことは忘れて。もう映るから。たぶん、一番可能性がありそうなのが、右手の林だと思う。準備はいい?」
「いいよ。で、どこへ連絡したらいい? もちろん終わったら、の話だけど」
「もう、レイダーったら、何を寝ぼけたことを言ってるの。林を抜けて、水の涸れた渓谷まで行くの。少しだけど、隠れられるところがあると思う」
「どこへ連絡したらいい?」レイダーはもう一度聞いた。
「電話帳のマンハッタン地区に載ってるわ」彼女は車を停めた。「オーケイ、レイダー。走るのよ」
彼はドアを開けた。
「待って」彼女は身をかがめて顔をよせ、彼の唇にキスをした。「頑張って、おバカさん。逃げ延びられたら、電話して」
それから彼は地面に降り立つと、林に向かって駆けだした。
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(この項つづく)