陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ロバート・シェクリィ「危険の報酬」その4.

2009-01-07 21:56:51 | 翻訳
(※今日は忙しかったから短いよ)

その4.

 番組は典型的なモーターレースのスタイルで行われる。未熟なドライバーが馬力のあるアメリカやヨーロッパのレース用の車に乗り込んで、30㎞を超す危険きわまりないコースを競うのである。レイダーは、彼の乗った大型のマセラティのギヤの操作を誤ったためにいきなり発車し、恐怖におののいていた。

 レースは車が悲鳴を上げ、タイヤの焦げる、悪夢のようなものだった。レイダーは後方に留まって、先行集団が早々に逆バンクのヘアピンで曲がり損ねてぶつかり合うのを見ていた。目の前を走っていたジャガーが進路をそれてアルファロメオにぶつかり、二台ともがうなりをあげて、掘り返した空き地に突っ込んでいったために、レイダーは三位にすべりこんだ。レイダーはスピードを上げて残り5㎞というところで二位になったが、抜かそうにも抜ける場所がない。S字カーブにつかまりそうになったが、なんとか車を路上に戻して、三位をキープした。すると、あと15mというところになって、先頭の車のクランクが折れたために、結局ジムは二位でゴールすることができた。

 ついに千ドルを獲得したのだ。ファンレターも四通来たし、オシュコッシュに住む女性がアーガイル模様の靴下を編んで送ってくれた。そうして『非常事態』の出場権を得たのだった。

 ほかの番組とはちがって、『非常事態』は競技番組ではなかった。この番組が重きを置いているのは、個々人の独創性なのだった。番組のために、レイダーは習慣性のない麻酔剤を打たれて意識を失う。目が覚めるとそこは小型飛行機のコックピット、パイロットもおらず、高度10,000mを飛んでいたのだった。燃料計の針は、ほとんどゼロに近い。パラシュートもない。自分で飛行機を着陸させなければならないのだった。

 もちろん、彼には飛行機で飛んだ経験などない。

 先週の出場者が潜水艦のなかで意識を取り戻し、間違ったバルブを開けて溺れ死んだことを思い出しながら、なんとか自分を励まして試行錯誤を続けた。

 何千という視聴者が、自分と同じの平凡な人間が、自分がそこに置かれるかもしれないような情況で格闘しているのを見守った。ジム・レイダーは自分なのだった。彼にできることなら自分にだってできるのだ。彼はありふれた人間の代表なのだから。

 レイダーはどうにか機体を着陸態勢に近い格好でおろすことができた。彼自身、何度かひっくりかえりそうになりながら、シートベルトのおかげで助かっていた。しかも、予想に反してエンジンが火を噴くこともなかったのだった。

 肋骨を二本折った彼は、よろよろしながら降りてきて、三千ドルと、傷が治ったら『闘牛』に出場する権利を得たのだった。

 ついに第一級のスリル番組がまわってきた! 『闘牛』の賞金は一万ドルである。彼がやることは、ただ、本物の、訓練を重ねた闘牛士のように、誉れ高いミウラ牧場の闘牛を刺し殺すだけなのだ。

 その試合は、闘牛はアメリカ本国では非合法なので、マドリードで行われた。それが全米で放映されるのある。

 レイダーには強力なカドリーラ、闘牛助手がついていた。彼らは図体の大きい、動作の鈍いアメリカ人に好意を持っていた。ふたりいる馬上のピカドールは、槍を構え、彼のためになんとか牛の動きを遅くしてやろうとした。バンデリロたちも小槍を投げる前にけんめいに走って、牛が立っていられないほど疲れさせようとした。そうして副闘牛士、アルヘシラスからやってきた、物憂そうな顔つきの男は、あざやかな動きでケープを使い、牛の首をへしおらんばかりにしてくれた。

 だが、とうとうジム・レイダーが闘牛場に立つ番がやってきたのだった。赤いムレタを左手で不器用に握りしめ、右手に剣を構え、一トンの黒い、血をしたたらせている、大きな角の闘牛と向かい合ったのだ。

 叫ぶ者がいた。「おい、肺を狙うんだ。英雄を気取るんじゃない、やつの肺を刺せ」

 だが、ジムが知っているのは、ニューヨークの技術指導者が教えてくれたことだけだった。剣を構えて角の間をねらえ。

(この項続く)