陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ロバート・シェクリィ「危険の報酬」その5.

2009-01-08 22:09:19 | 翻訳
その5.

 レイダーは襲いかかった。剣は骨にはじき飛ばされ、彼は牛の背に放り上げられた。立ちあがったが、奇跡的に角で突かれずにすんだらしい。別の剣で、今度は目をつぶって角の間に突き立てた。子供や愚者を護る神が見守っていてくれたにちがいない、剣は針をバターに刺すようにすっと入って、牛は驚いたように、まさかこんなことが、といわんばかりのまなざしで彼をまじまじと見ると、しぼんだ風船のように、がくりとくずおれた。

 賞金の一万ドルを手にした彼は、ほどなく鎖骨骨折も癒えた。二十三通のファンレターを受け取り、そのなかには応えなかったものの、アトランティック・シティに住む女の子から、情熱的な言葉で彼を招待している手紙も含まれていた。そうしてテレビ局は、別の番組に出るつもりはないか、という打診があった。

 彼は純真さのいくばくかを失っていた。自分がはした金で殺されかけたことを、十分に思い知らされていたのだ。この先は大金である。そのときの彼は、どうせ殺されるのなら、それに見合う金のために殺されたいと考えるようになっていた。

 そこで彼はフェア・レディ石鹸がスポンサーになっている『海底危機一発』に出ることにした。ダイビング・マスクと水中呼吸装置、重量ベルトとフィンとナイフを装備して、他の四人の競技者とともに、温かなカリブ海の底に潜るのだ。カメラ・クルーは防護柵に守られながら彼らを追う。スポンサーが海底に隠した宝物のありかを探して取ってくるのがテーマだった。

 ダイビングそのものは、とりたてて危険なものではない。だがスポンサーは視聴者の興味をそそるためにいくつかの趣向を凝らしていた。その領域に、巨大な二枚貝やウツボ、さまざまな種類のサメや大ダコ、毒サンゴ、そのほか、深海を危険にするさまざまな配備を行ったのだった。

 危機感あふれる競技となった。フロリダ出身の男が岩の深い割れ目で宝物を見つけたが、ウツボに見つかった。別のダイバーがそれを手に入れたが、今度はサメにつかまった。目の覚めるような青緑色の水がぱっと血で染まる、その映像は見事にカラー・テレビに映えた。宝物はまた海底に沈み、レイダーはそれを追いかけて潜ったが、途中で鼓膜が破れた。毒サンゴにひっかかっているのを拾い上げ、重量ベルトを捨てて、浮かび上がろうとした。海面まであと9メートルというところで、もうひとりの宝探しをしているダイバーと、争わなければならなくなった。

 前へ後ろへとフェイントをかけながらナイフで戦う。男がレイダーの胸に斬りかかった。だがレイダーは百戦錬磨の競技者らしい落ち着きをもって、ナイフを捨てると相手の口から呼吸装置をむしり取った。

 それで決着がついた。レイダーは海面に浮かび上がると、宝物を予備のボートに向かって掲げた。宝物はフェアレディ石鹸が入った箱だった――「宝のなかの宝」。

 これで二万二千ドルの賞金と賞品を手に入れ、308通のファン・レターを受け取った。なかにはジョージア州メイコンに住む女の子から興味をそそる誘いがあって、これには彼も真剣に考えてみた。ナイフの傷と鼓膜の治療やサンゴにかぶれた手当としての注射などの医療費は一切かからなかった。

 だがなによりも、とうとう彼はスリル番組の最高峰ともいえる『危険の報酬』への招待を受けたのだ。

 そうして、このときから本当の困難が始まったのだった……。

 地下鉄が停車し、うとうとしていた彼ははっとして目を覚ました。レイダーは帽子を押し上げて、通路の向こうの席を見渡した。男がひとり、じっと彼を見つめながら、横にいるがっしりした女に、何ごとか耳打ちした。気づかれてしまったのだろうか?

 ドアが開くが早いか立ち上がり、時計に目を走らせた。まだ五時間残っていた。

* * * * *

 マンハッタン駅でタクシーに乗り、運転手にニュー・セイラムに行くよう伝えた。

「ニュー・セイラムですね」ドライバーは、バックミラーに映った彼の顔をじろじろ見ながら聞き返した。

「そうだ」

運転手はカチッと鳴らして無線を入れた。「ニュー・セイラムまでお客さんだ。そう、そういうことだよ、ニュー・セイラムだ」

 車は発車した。レイダーは険しい顔で、いまのが何かの合図だったのではないか、と考えた。もちろんタクシーの運転手が係員に行き先を報告することは、まったく当たり前に行われることだ。だが、運転手の声には何かある……。

(この項続く)