陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フォークナー 「納屋は燃える」その8.

2008-10-19 22:25:20 | 翻訳
その8.

 土曜日になった。馬具をつけていた少年がラバの下から見上げると、黒い上着と帽子という出で立ちの父親がいた。

「そっちじゃない」父親が言う。「荷馬車の方だ」

二時間後、少年は父親と兄がいる御者席の後ろ、荷馬車に腰を下ろしていた。荷馬車は最後の角を曲がって、風雨にさらされてペンキのはげた店の前に出た。タバコや特許薬の破れたポスター、ロープでつながれた荷馬車や、軒下の鞍をつけた馬やロバが見える。少年は父親と兄に続いて、たわんだ階段を上っていった。今度もまた、彼ら三人を黙って見つめる人びとが両側に道を作る。厚板のテーブルに着席しているのは眼鏡をかけた人物だったが、それが治安判事であることは、誰から教えてもらわなくても少年にはわかってた。それから少年は、負けん気いっぱいの反抗的な目を、カラーをつけてスカーフ・タイを結んでいる例の男に向けた。相手を見たのは、生まれてこのかた、たった二度しかなく、それも馬に乗って速足で駆けているところだったが、いまは男の顔にも怒りの色はなかった。少年には知るよしもなかったが、小作人のひとりに訴えられるなどという予想外の事態に驚き、未だに信じがたい思いだったのである。少年は歩み出て、父親をかばうように前に立つと、判事に大声で訴えた。「父さんはやってません、燃やしたんじゃありません……」

「荷馬車に戻ってろ」父が言った。

「燃やしただって?」判事が尋ねた。「この絨毯は燃やされもしたのかね?」

「そんなことをわしらの誰が言いましたかね?」父親は言った。「荷馬車に戻ってろ」

だが少年は言うことを聞かず、以前と同じように、混み合った部屋の奥の方へ退いた。だが今度は腰を下ろす代わりに、ぎゅうぎゅう詰めのなかをじっと立っている人びとのあいだに自分の身をすべりこませて、聞こえてくる声に耳をすませた。

「それであんたは絨毯に与えた損害賠償としては、トウモロコシ500キロは高すぎると主張するんですな?」

「あの人はわしのところへ絨毯を持ってきて、足跡を洗って消してくれ、って言いました。だからわしは足跡を消して、あの人のところへ返したまでです」

「だが、戻したときの絨毯は、あんたが足跡をつける前の状態と同じだとはいえなかったんじゃなかったかね?」

 父親は返事をしなかった。ほぼ三十秒ほど、息を潜め、ひとことも聞き漏らすまいとして漏らすかすかなため息のほかには、何の音も聞こえなかった。

「証言拒否かね、ミスター・スノープス?」父親はこのときも何も言わなかった。「あんたに罪がないとは言えないようだ、ミスター・スノープス。わたしはド・スペイン少佐の絨毯の損傷に対して、あんたに責任があると認める。だが500キロのトウモロコシでの支払いは、あんたの情況では少し重すぎるようだ。ド・スペイン少佐はあの絨毯は百ドルだったと主張している。十月のトウモロコシはだいたい25キロあたり50セントが相場だろう。もしド・スペイン少佐が95ドルの損失を我慢できるなら、あんたは5ドルそれを払えばいい。あんたはまだ手に入れていない5ドルをそれに充てるのだ。わたしはあんたにド・スペイン少佐に対する損害賠償として、250キロのトウモロコシを契約に加算すること、それは収穫時の収穫のなかから支払われるべきことを命じる。本件はこれにて審議終了」



(この項つづく)