第八回
さて、どういうわけだかわしがそこにおることに会長は気がついたらしく、わしに話をしてくれと頼んできたんだ。わしは立ちあがるつもりもなかったんだが、かあさんがせっつくんでしょうことなしに立ちあがってこう言った。
「お集まりの紳士淑女のみなさん、こんな場所で、というかほかのときでもそうなんですが、話をしろと言われるとは夢にも思ってはおりませんでした。なにしろわしは人前で話ができるような人間だと自分のことを考えたこともありませんでな。ですから、わしもせいいっぱいやってみるつもりなんですが、それもつねづね、わしは人間というものはだれだって最善を尽くすことができるもんだと考えておるからです」
それからわしはアイルランド訛りでもって、とあるアイルランド人とオートバイの小話をしてやったんだが、それがえらく受けたらしいんで、もうひとつかふたつ、ほかの話もしてやった。結局わしが立っておったのは、せいぜい二十分か、二十五分ぐらいのものだったろうが、腰を下ろしたときの拍手と歓声は、あんたにも聞かせてやりたかったな。ハーツェルのかみさんでさえわしのスピーチの腕前は認めてくれて、ミシガン州のグランド・ラピッズに行くようなことがあったら、きっとうちの息子もロータリークラブでお話してくれるように頼むでしょうよ、と言ったほどだった。
会が終わったとき、ハーツェルが、わしの家で一緒にトランプをしようじゃないか、と言った。だが、やつのかみさんの方が、もう午後九時三十分を回っているから、いまから始めるには遅すぎるわ、と言ったんだ。まったくやつはトランプとなると夢中になっちまうんだからなあ。たぶん、自分のかみさんと組まなくてすんだからなんだろうな。ともかく、わしらは連中から逃げ出して、家に帰って寝たさ。
つぎの日の午前中、わしらが公園で会ったとき、ハーツェルのかみさんが、最近ちっとも体を動かすことがなくなった、と言うんで、わしはクロケットをやったらどうか、と言ってやった。
ハーツェルのかみさんは、クロケットなんて二十年もやってないのよ、だけど奥さんが一緒にやってくれるんだったら、なんてことを言う。まあ最初はかあさんも首を縦には振らなかったんだが、とうとう、やってもいい、という気になったらしい、だがこれはなによりも、ハーツェルのかみさんの機嫌を損ねまいとしてやったことだ。
ともかくふたりはネブラスカ州イーグルから来たミセス・ライアンと、ヴァーモント州ルトランドから来た、まだ若いミセス・モースというご婦人と一緒にゲームを始めた。このふたりはかあさんが足指治療に行ったときに会った人らしい。ところがかあさんときたらまったく当たりゃしないもんで、みんな大笑いするし、わしまで笑わずにはいられなくなったものだから、かあさんはやめてしまって、背中が痛くって腰をかがめることもできやしない、と言いわけをした。それで、別の人がなかに入って試合は続いたんだが、じき、今度はハーツェルのかみさんが、みんなに笑われる段になったのさ。黒いボールを思いっきり遠くまで打ったんだが、力を入れた表紙に入れ歯がコートに落ちたのさ。女がそこまでうろたえたところを見たことがないね。それに、あそこまでものすごい笑い声というのもちょっと聞いたことがない。とはいえご本尊のミセス・ハーツェルだけは別で、スズメバチのように怒りまくって、続きをやろうとせんもんだから、試合はそこで途中止めになってしまった。
ハーツェルのかみさんはそのまま口もきかないまま家に帰ってしまったんだが、ハーツェルのほうは残ったままで、しまいにわしにこんなことを言った。
「なあ、このあいだはあんたにチェッカーでさんざんな目にあわされたが、今日は蹄鉄投げをやってみるというのはどうだね?」
わしは十六年間も蹄鉄投げなんぞしたころがない、と言ったんだが、かあさんはこう言うんだ。
「やってみなさいよ。昔はとってもうまかったんだから、じきに思い出せますって」
まあ、長い話を手っ取り早くすませると、わしは言うとおりにすることにしたんだ。なにしと十六年もやったことのないような蹄鉄投げなんて、やるべきじゃない。それでも、ハーツェルを笑わかせたかったんだ。
(この項つづく)
さて、どういうわけだかわしがそこにおることに会長は気がついたらしく、わしに話をしてくれと頼んできたんだ。わしは立ちあがるつもりもなかったんだが、かあさんがせっつくんでしょうことなしに立ちあがってこう言った。
「お集まりの紳士淑女のみなさん、こんな場所で、というかほかのときでもそうなんですが、話をしろと言われるとは夢にも思ってはおりませんでした。なにしろわしは人前で話ができるような人間だと自分のことを考えたこともありませんでな。ですから、わしもせいいっぱいやってみるつもりなんですが、それもつねづね、わしは人間というものはだれだって最善を尽くすことができるもんだと考えておるからです」
それからわしはアイルランド訛りでもって、とあるアイルランド人とオートバイの小話をしてやったんだが、それがえらく受けたらしいんで、もうひとつかふたつ、ほかの話もしてやった。結局わしが立っておったのは、せいぜい二十分か、二十五分ぐらいのものだったろうが、腰を下ろしたときの拍手と歓声は、あんたにも聞かせてやりたかったな。ハーツェルのかみさんでさえわしのスピーチの腕前は認めてくれて、ミシガン州のグランド・ラピッズに行くようなことがあったら、きっとうちの息子もロータリークラブでお話してくれるように頼むでしょうよ、と言ったほどだった。
会が終わったとき、ハーツェルが、わしの家で一緒にトランプをしようじゃないか、と言った。だが、やつのかみさんの方が、もう午後九時三十分を回っているから、いまから始めるには遅すぎるわ、と言ったんだ。まったくやつはトランプとなると夢中になっちまうんだからなあ。たぶん、自分のかみさんと組まなくてすんだからなんだろうな。ともかく、わしらは連中から逃げ出して、家に帰って寝たさ。
つぎの日の午前中、わしらが公園で会ったとき、ハーツェルのかみさんが、最近ちっとも体を動かすことがなくなった、と言うんで、わしはクロケットをやったらどうか、と言ってやった。
ハーツェルのかみさんは、クロケットなんて二十年もやってないのよ、だけど奥さんが一緒にやってくれるんだったら、なんてことを言う。まあ最初はかあさんも首を縦には振らなかったんだが、とうとう、やってもいい、という気になったらしい、だがこれはなによりも、ハーツェルのかみさんの機嫌を損ねまいとしてやったことだ。
ともかくふたりはネブラスカ州イーグルから来たミセス・ライアンと、ヴァーモント州ルトランドから来た、まだ若いミセス・モースというご婦人と一緒にゲームを始めた。このふたりはかあさんが足指治療に行ったときに会った人らしい。ところがかあさんときたらまったく当たりゃしないもんで、みんな大笑いするし、わしまで笑わずにはいられなくなったものだから、かあさんはやめてしまって、背中が痛くって腰をかがめることもできやしない、と言いわけをした。それで、別の人がなかに入って試合は続いたんだが、じき、今度はハーツェルのかみさんが、みんなに笑われる段になったのさ。黒いボールを思いっきり遠くまで打ったんだが、力を入れた表紙に入れ歯がコートに落ちたのさ。女がそこまでうろたえたところを見たことがないね。それに、あそこまでものすごい笑い声というのもちょっと聞いたことがない。とはいえご本尊のミセス・ハーツェルだけは別で、スズメバチのように怒りまくって、続きをやろうとせんもんだから、試合はそこで途中止めになってしまった。
ハーツェルのかみさんはそのまま口もきかないまま家に帰ってしまったんだが、ハーツェルのほうは残ったままで、しまいにわしにこんなことを言った。
「なあ、このあいだはあんたにチェッカーでさんざんな目にあわされたが、今日は蹄鉄投げをやってみるというのはどうだね?」
わしは十六年間も蹄鉄投げなんぞしたころがない、と言ったんだが、かあさんはこう言うんだ。
「やってみなさいよ。昔はとってもうまかったんだから、じきに思い出せますって」
まあ、長い話を手っ取り早くすませると、わしは言うとおりにすることにしたんだ。なにしと十六年もやったことのないような蹄鉄投げなんて、やるべきじゃない。それでも、ハーツェルを笑わかせたかったんだ。
(この項つづく)