陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

リング・ラードナー 「金婚旅行」その4.

2007-10-24 22:10:11 | 翻訳
第四回

 さて、わしらがセント・ピーターズバーグで最初にやったことのひとつが、商工会議所に出かけて、名前とどこから来たかを登録した。町にはいろんな州から大勢来ているもんだから、互いにその数を競うんだ。もちろんわしらみたいなちっぽけな州は分が悪いんだが、ほれ、よく言うだろう、塵も積もれば山となる、とな。商工会議所の職員が教えてくれたが、登録人数は全部ひっくるめて一万一千人、トップのオハイオ州からは千五百人強、つぎのニューヨーク州からは千二百人いたそうだ。ミシガン、ペンシルヴァニアとつづいていって、最後にキューバとネヴァダがそれぞれひとり。

 そこに着いた最初の晩は、ニューヨークとニュージャージーから来た人間の集まりが会衆派教会であった。そこでニューヨーク州のオグデンズバーグから来た男が話をした。「虹を追うこと」というテーマでな。ロータリー・クラブの一員で、なかなか説得力のある話しぶりだったよ。名前は忘れてしまったが。

 もちろん、わしらの最初の仕事というのは、食事する場所を見つけることで、あちこち行ってみて、おあつらえむきの食堂を、セントラル通りで見つけた。わしらはほとんどそこでばかり飯を食ったんだが、平均してふたりで一日二ドルぐらいだった。だが味は悪くなかったし、なにもかもがこざっぱりと清潔に整えられていたんだ。ものごとが清潔で、きちんと料理されていれば、男は値段なんぞガタガタ言うもんじゃないな。

 二月三日はかあさんの誕生日だったんで、わしらもちょっとは奢って、ポインセチア・ホテルで夕食をとったんだが、そこじゃ一人前とはとても言えないようなちっぽけなサーロイン・ステーキ一枚に、七十五セントもふっかけてきたんだからな。

 わしはかあさんに言った。「なあ、おまえの誕生日が毎日じゃなかったのはまったくいいことだったなあ。さもなきゃわしらは救貧院の世話にならなきゃいけなくなる」

「いやですよ。もし毎日誕生日がきたら、わたしゃとっくにお墓に入ってなきゃいけないじゃないですか」

 まったくかあさんにはかなわんね。

 ホテルにはトランプの部屋があって、紳士淑女のみなさんがファイブ・ハンドレッドや最近はやりのホイスト・ブリッジなんかをやっていた。そこにはダンスをする場所もあったから、かあさんに、あんなかろやかで凝ったステップをやってみないか、と聞いてみたんだ。そしたら、いやですよ、だとさ。あの人たちがきょうびやってるように、身をくねくねさせるには歳を取りすぎてますよ、だとさ。ふたりでしばらく若いもんが踊るのを眺めてたんだが、かあさんはもうたくさんですよ、と言い出した。この口の中の変な味を消すために、おもしろい映画でも見ましょうよ、と言うのさ。かあさんは映画がえらく好きでな。家におるときでも、週に二回は見に行くんだ。

 だがわしがあんたに聞かせてやりたいのは、公園のことだ。あそこに着いて二日目に、わしらは公園へ行ってみたんだが、タンパにあるのとそっくり、ただこっちの方が大きくて、いろんなおもしろい出し物が数え切れないほどたくさん出ていた。公園の真ん中へんには野外ステージがあるんだが、そこには来た人のために椅子が置いてあって、コンサートを聴けるようになっとるんだ。演奏されるのも、デキシーからお涙頂戴のクラシック音楽までいろとりどりさ。

 あたり一帯には、いろんなスポーツやゲームをやる場所もあった――チェスやチェッカーやドミノのようなゲームが好きな連中のための場所、クロケットや蹄鉄投げのような元気な連中のための場所。わしも昔は蹄鉄投げに関しては、ちょっとしたもんだったが、ここ二十年ほどは、とんとご無沙汰しておったのさ。

 ともかくわしらは一シーズン一ドルの会員用チケットを買ったんだが、これは二年ほど前は五十セントだったんだそうだ。ところが下層階級の連中に来てもらっちゃ困るっていうんで、値上げしなきゃならなくなった、と聞いたよ。

(この項つづく)