陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

アーウィン・ショー 「夏服の娘たち」その3.

2007-10-15 22:26:59 | 翻訳
第三回

「それはちがう。もしかしたらすれちがう女を見ることがあるかもしれないさ。通りでね。確かに、ぼくだって街なかで女に目を奪われることがあるんだろう、たまにはね……」

「どこでもそうよ。どーんなところへ行ったってそう。レストランでも、地下鉄でも、劇場でも、講演会でも、コンサートでも」

「ちょっと待てよ。ぼくは何だって見るさ。神さまが目をくれたんだ、女も男も、地下鉄の掘削工事も、映画も、野に咲く小さな花だって見る。ぼくはそれとなく森羅万象を観察してるのさ」

「あなた、自分がどんな目をしてるか、見てみた方がいいわよ。その、それとなく森羅万象の観察をしているときの」

「ぼくはめでたく結婚した男だよ」マイケルが妻の肘をそっと押したのは、わざとだった。「二十世紀全体を通しての鑑、それがマイク・ルーミス夫妻だ」

「それ、本気で言ってるの?」

「なあ、フランシス……」

「あなた、ほんとうに結婚して幸せ?」

「もちろんさ」そう良いながら、日曜日の朝全体が、自分の内側で沈んでいくのを感じていた。「なあ、こんな話をするのに、いったいどんな意味があるんだ?」

「わたしは知りたいの」フランシスの足どりは速くなり、まっすぐ前を見たまま、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。ケンカしたり機嫌が悪くなったりすると、フランシスは決まってそうなるのだった。

「ぼくはすばらしく幸せな結婚をした」マイケルは辛抱強く答えた。「ニューヨーク州に住む十五歳から六十歳までの男すべてが、ぼくのことをうらやましがっている」

「冗談はよして」

「ちゃんとした家がある。いい本を持っているし、蓄音機だってあるし、友だちもいいやつばかりだ。自分がそうしたいようにここで暮らしてるし、すきな仕事に就いているし、自分が好きな女と結婚してる。いいことが起こったら、いつだってきみのところに走っていかなかったかな? 悪いことが起きたときには、きみの肩に顔を埋めて泣いてきたんじゃなかったろうか」

「そうね」フランシスは言った。「そしてあなたはすれちがうたび女の人を見つめる」

「それはオーバーじゃないか」

「ひとりのこらずよ」フランシスはマイケルの腕をふりほどいた。「その女がきれいじゃなかったら、あなたはたちまち目をそらす。まあまあだったら、七歩、歩くあいだくらいは、じっと目を留めてる……」

「おいおい、フランシス」

「もしきれいな人だったら、確実に首の骨が折れちゃうわね……」

「飲みに行こうぜ」マイケルは立ち止まった。

「朝ご飯を食べたばっかりよ」

「あのな、とにかく聞けよ」マイケルは言葉を慎重に選びながら言った。「今日は気持ちのいい日だし、ふたりとも気分だって上々なんじゃなかったかい? それをどうしてぶちこわさなきゃならない? 楽しい日曜日を過ごそうじゃないか」

「もしあなたが五番街を行くスカートに行きあうごとに、追いかけたくてたまらなそうな顔をしなかったら、すてきな日曜日になったのに」

「一杯やろうぜ」

「飲みたくなんてない」

「じゃ、何がしたい? ケンカか?」

「いいえ」その声があまりにも悲しそうだったので、マイケルはひどく悪いことをしたような気持ちになった。「ケンカしたかったわけじゃないのよ。わたし、なんでこんなこと始めちゃったのかしら。いいわ、やめましょう。楽しくやりましょう」

(この項つづく)