第三回
「それはちがう。もしかしたらすれちがう女を見ることがあるかもしれないさ。通りでね。確かに、ぼくだって街なかで女に目を奪われることがあるんだろう、たまにはね……」
「どこでもそうよ。どーんなところへ行ったってそう。レストランでも、地下鉄でも、劇場でも、講演会でも、コンサートでも」
「ちょっと待てよ。ぼくは何だって見るさ。神さまが目をくれたんだ、女も男も、地下鉄の掘削工事も、映画も、野に咲く小さな花だって見る。ぼくはそれとなく森羅万象を観察してるのさ」
「あなた、自分がどんな目をしてるか、見てみた方がいいわよ。その、それとなく森羅万象の観察をしているときの」
「ぼくはめでたく結婚した男だよ」マイケルが妻の肘をそっと押したのは、わざとだった。「二十世紀全体を通しての鑑、それがマイク・ルーミス夫妻だ」
「それ、本気で言ってるの?」
「なあ、フランシス……」
「あなた、ほんとうに結婚して幸せ?」
「もちろんさ」そう良いながら、日曜日の朝全体が、自分の内側で沈んでいくのを感じていた。「なあ、こんな話をするのに、いったいどんな意味があるんだ?」
「わたしは知りたいの」フランシスの足どりは速くなり、まっすぐ前を見たまま、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。ケンカしたり機嫌が悪くなったりすると、フランシスは決まってそうなるのだった。
「ぼくはすばらしく幸せな結婚をした」マイケルは辛抱強く答えた。「ニューヨーク州に住む十五歳から六十歳までの男すべてが、ぼくのことをうらやましがっている」
「冗談はよして」
「ちゃんとした家がある。いい本を持っているし、蓄音機だってあるし、友だちもいいやつばかりだ。自分がそうしたいようにここで暮らしてるし、すきな仕事に就いているし、自分が好きな女と結婚してる。いいことが起こったら、いつだってきみのところに走っていかなかったかな? 悪いことが起きたときには、きみの肩に顔を埋めて泣いてきたんじゃなかったろうか」
「そうね」フランシスは言った。「そしてあなたはすれちがうたび女の人を見つめる」
「それはオーバーじゃないか」
「ひとりのこらずよ」フランシスはマイケルの腕をふりほどいた。「その女がきれいじゃなかったら、あなたはたちまち目をそらす。まあまあだったら、七歩、歩くあいだくらいは、じっと目を留めてる……」
「おいおい、フランシス」
「もしきれいな人だったら、確実に首の骨が折れちゃうわね……」
「飲みに行こうぜ」マイケルは立ち止まった。
「朝ご飯を食べたばっかりよ」
「あのな、とにかく聞けよ」マイケルは言葉を慎重に選びながら言った。「今日は気持ちのいい日だし、ふたりとも気分だって上々なんじゃなかったかい? それをどうしてぶちこわさなきゃならない? 楽しい日曜日を過ごそうじゃないか」
「もしあなたが五番街を行くスカートに行きあうごとに、追いかけたくてたまらなそうな顔をしなかったら、すてきな日曜日になったのに」
「一杯やろうぜ」
「飲みたくなんてない」
「じゃ、何がしたい? ケンカか?」
「いいえ」その声があまりにも悲しそうだったので、マイケルはひどく悪いことをしたような気持ちになった。「ケンカしたかったわけじゃないのよ。わたし、なんでこんなこと始めちゃったのかしら。いいわ、やめましょう。楽しくやりましょう」
(この項つづく)
「それはちがう。もしかしたらすれちがう女を見ることがあるかもしれないさ。通りでね。確かに、ぼくだって街なかで女に目を奪われることがあるんだろう、たまにはね……」
「どこでもそうよ。どーんなところへ行ったってそう。レストランでも、地下鉄でも、劇場でも、講演会でも、コンサートでも」
「ちょっと待てよ。ぼくは何だって見るさ。神さまが目をくれたんだ、女も男も、地下鉄の掘削工事も、映画も、野に咲く小さな花だって見る。ぼくはそれとなく森羅万象を観察してるのさ」
「あなた、自分がどんな目をしてるか、見てみた方がいいわよ。その、それとなく森羅万象の観察をしているときの」
「ぼくはめでたく結婚した男だよ」マイケルが妻の肘をそっと押したのは、わざとだった。「二十世紀全体を通しての鑑、それがマイク・ルーミス夫妻だ」
「それ、本気で言ってるの?」
「なあ、フランシス……」
「あなた、ほんとうに結婚して幸せ?」
「もちろんさ」そう良いながら、日曜日の朝全体が、自分の内側で沈んでいくのを感じていた。「なあ、こんな話をするのに、いったいどんな意味があるんだ?」
「わたしは知りたいの」フランシスの足どりは速くなり、まっすぐ前を見たまま、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。ケンカしたり機嫌が悪くなったりすると、フランシスは決まってそうなるのだった。
「ぼくはすばらしく幸せな結婚をした」マイケルは辛抱強く答えた。「ニューヨーク州に住む十五歳から六十歳までの男すべてが、ぼくのことをうらやましがっている」
「冗談はよして」
「ちゃんとした家がある。いい本を持っているし、蓄音機だってあるし、友だちもいいやつばかりだ。自分がそうしたいようにここで暮らしてるし、すきな仕事に就いているし、自分が好きな女と結婚してる。いいことが起こったら、いつだってきみのところに走っていかなかったかな? 悪いことが起きたときには、きみの肩に顔を埋めて泣いてきたんじゃなかったろうか」
「そうね」フランシスは言った。「そしてあなたはすれちがうたび女の人を見つめる」
「それはオーバーじゃないか」
「ひとりのこらずよ」フランシスはマイケルの腕をふりほどいた。「その女がきれいじゃなかったら、あなたはたちまち目をそらす。まあまあだったら、七歩、歩くあいだくらいは、じっと目を留めてる……」
「おいおい、フランシス」
「もしきれいな人だったら、確実に首の骨が折れちゃうわね……」
「飲みに行こうぜ」マイケルは立ち止まった。
「朝ご飯を食べたばっかりよ」
「あのな、とにかく聞けよ」マイケルは言葉を慎重に選びながら言った。「今日は気持ちのいい日だし、ふたりとも気分だって上々なんじゃなかったかい? それをどうしてぶちこわさなきゃならない? 楽しい日曜日を過ごそうじゃないか」
「もしあなたが五番街を行くスカートに行きあうごとに、追いかけたくてたまらなそうな顔をしなかったら、すてきな日曜日になったのに」
「一杯やろうぜ」
「飲みたくなんてない」
「じゃ、何がしたい? ケンカか?」
「いいえ」その声があまりにも悲しそうだったので、マイケルはひどく悪いことをしたような気持ちになった。「ケンカしたかったわけじゃないのよ。わたし、なんでこんなこと始めちゃったのかしら。いいわ、やめましょう。楽しくやりましょう」
(この項つづく)