陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ジェイムズ・サーバー 「たくさんのお月さま」その4.

2007-10-03 21:22:50 | 翻訳
その4.

お城の道化師は、ゴムまりのようにはずみながら謁見室に入ってくると、玉座の足下に座りこみました。

「陛下、陛下のために、わたくし、何ができましょうか」と道化師が聞きました。

「余のために何かできるものなど、おらぬようじゃ」王様は悲しそうにそう言いました。「月がまた上ろうとしておる。じき、レノーラ姫の部屋を照らすじゃろう。そうして姫は月がまだ空にあるのを見て、自分の首にかかっている金の鎖についているのが、月などではないことを知るのじゃ。そちのリュートでわしのために何か弾いてくれ、きわめつけの悲しい曲を。月を見れば、姫はまた病気になってしまうにちがいないのじゃ」

道化師はリュートをつま弾きました。「賢い方々はなんとおっしゃいましたか」と道化師は聞きました。

「連中が考えた方法で月を隠すならば、姫が病気になってしまうようなものばかりじゃったよ」

道化師は今度はちがう曲を、とても静かに弾きました。「あの賢い方々なら、何でも知っておいででしょう。そうして、もしあの方々が、月を隠すことはできないとおっしゃるならば、ほんとうに月は隠せないものなのでしょうね」

王様は、また両手で頭を抱えこみ、深いため息をつきました。突然、玉座から飛び上がって、窓を指さしました。「見よ!」王様は思わず大きな声を出しました。「月がすでにレノーラ姫の部屋を照らしているではないか。だれか説明できるものはおらんのか。姫の首から金の鎖で月がさがっているというのに、空では月が輝いているわけを」

道化師はリュートを弾く手を止めました。「賢い方々が月は大きすぎるし遠くにありすぎる、とおっしゃっておられたときに、月をどうやって取ったらいいか、教えてくださったのはどなただったでしょう? レノーラ姫にあらせられる。となると、レノーラ姫は、賢い方々よりもなお賢く、月のことならずっとよく知っておいでだということです。だから、姫様にうかがうことにいたします」王様が止めるよりも早く、道化師は謁見室からするりと抜けると、幅広の大理石の階段を上がって、レノーラ姫の部屋へ行きました。

お姫様はベッドに横にはなっていましたが、目をぱっちりと見開いて、窓の外、夜空に輝くお月様を眺めていました。お姫様の手のなかできらきらと光っているのは、道化師がお姫様のために作らせたお月様です。道化師の顔には、たいそう悲しそうな表情が浮かび、目は涙でいっぱいになりました。

「レノーラ姫様、どうか教えてください」道化師は悲しい声で言いました。「どうして空にお月様が輝いているのでしょう。姫のお首からさがる金の鎖の先にあるというのに」

お姫様は道化師を見て、声を上げて笑いました。「かんたんなことよ、おばかさん」姫はそう言いました。「わたしの歯が抜けるでしょう、そしたら新しいのがそこにまた生えてくる。そうじゃなくて?」

「もちろんそのとおりでございます」と道化師は言いました。「森で角を失ったユニコーンも、また額の真ん中に、新しい角が生えてきますね」

「そういうことよ。それに、お城の庭師がお花を切ったあとにだって、そこにこんどはちがう花が咲くでしょう?」

「そういうことは一向に思いいたりませんでした」道化師が言いました。「毎日、朝の光が出てくるのと一緒なんですね」

「そうよ、お月様も同じなのよ」レノーラ姫は言いました。「たぶん、なんでもそういうふうになってるんだと思うのよ……」姫の声はだんだん小さくなって、やがて消えてしまい、道化師にも姫が眠りに落ちたことがわかりました。そこで、すやすやと寝入っているお姫様に、そっと上掛けをかけてあげたのでした。

でもね、お姫様の部屋を出る前に、道化師は窓のところへ行くと、お月様に向かってウィンクしたんですよ。だって、道化師の目には、お月様が自分に向かってウィンクしたように見えたんですもの。


The End