陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

リング・ラードナー 「散髪」その3.

2006-07-28 22:28:31 | 翻訳
「散髪」その3.

 昔、ジムはカーターヴィルにある会社に勤めていて、缶詰め製品のセールスをしてたんです。缶詰めを扱ってる会社です。ジムの担当はこの州の北半分で、週のうち五日は移動していましたよ。土曜日になるとここへ寄って、その週、自分が見たり聞いたりしたことを教えてくれたんです。どれもえらくおもしろいもんでした。

 おそらくやつは商売よりも冗談を言う方に熱心だったんでしょう。とうとう会社のほうもやつをおっぽりだすことにしたらしく、やつはまっすぐここへやって来て、みんなに、オレはクビになった、って言ったんです。たいていの人間なら自分から辞めてやった、みたいに言うところなんでしょうが、そんなことはしなかった。

 その日は土曜日で、店は満員、ジムは例の椅子から立ち上がるとこんなふうに言ったもんです。「諸君、重要な知らせだ。オレは仕事をクビになった」

 さて、みんなが、そりゃ本気か、って聞いたところ、ジムは、そうだ、って言う。だからだれもなんて言ったらいいかわからずにいたんですが、とうとう自分から言い出しました。「おれはずっと缶詰めを売ってきたんだが、こんどはオレが缶詰めにされちまったんだよ」

 ほら、やつが働いていたのは缶詰めを作る工場だった。カーターヴィルのね。それがいまやジムが干されて缶詰めにされちゃった。まったく愉快なやつでしょ。

 ジムはセールスに出かけてるあいだ、とんでもないいたずらをよくやってました。たとえば汽車に乗って、どこかちっぽけな、そう、どこなんかがいいかな、ま、たとえばベントンみたいな町に来たとする。ジムは汽車の窓から店の看板なんかを見とくんです。

Fたとえば『ヘンリー・スミス衣料雑貨店』なんてな看板があるとする。そこでジムはその名前と町の名前を書き留めておいてから、どこだっていいんですが、行った先からベントンのヘンリー・スミス宛てに、差出人の名前は記さないまま、ハガキを書くんです。「奥さんに聞いてごらんなさい、先週の午後、一緒に過ごされた本屋さんのこと」とか、「あんたがこのあいだカーターヴィルへ行ってるあいだ、女房殿を寂しがらせなかったのはだれか、聞いてみてくれよ」で、署名はたった一と。ハガキの署名はひとこと「一友人より」

 もちろんこのいたずらがもとで、実際に何が起こるか、なんてなこと、ジムにわかるはずもありません。だけどおそらくこんなことが起きるんじゃないか、って想像することはできたし、まぁそれで十分だったんでしょう。

 ジムはカーターヴィルでの職を失ってから、定職につかなくなってしまいました。やつはこの町のあちこちで半端仕事をやっちゃあ日銭を稼いではいましたが、それももっぱらジンを飲むことに充てられてましたね。いろんな店が便宜を図ってやってなきゃ、ジムの家族は飢え死にしていたことでしょう。ジムのかみさんはドレスの仕立てができる腕があったんですが、この町じゃドレスをあつらえよう、なんてことを考えるような金持ちなんていないんです。

 さっきも言ったみたいに、かみさんとしちゃ、別れたかったんでしょうが、自分と子供たちだけじゃやっていけないと考えてた。おまけにいつか、ジムが悪い癖と縁を切って、週に二ドルや三ドルのはした金じゃない、ちゃんとした額を入れてくれるだろう、という、望みもあったんでしょうな。

 かみさんはジムが働かせてもらってる人のところまで頼みに行って、ジムの給料をもらった、みたいなことがあったんです。ところが一度か二度、こういうことがあってから、ジムは自分の給料をほとんど前借りしちまった。かみさんを出し抜いてやったぞ、って、それを触れ回るんですからね。まったくやつはおかしな男でしたよ。

(この項つづく)