どういうわけか、このところセールスの電話がやたらにかかってくる。マンション買いませんか、英会話習いませんか、生命保険に入りませんか、掃除道具買いませんか、浄水器買いませんか……。
基本的にわたしは上のように名前を名乗られたら、「はい、その山口さんが何のご用でしょう」と、一応聞くことにしている(というのは、かつて名乗った段階で「結構です」と切ったところ、ほんとうにわたしに用事があった、共通の知人から紹介された人だったことがあるのだ)。たいがいぺらぺらと関係のないことを言ってくるので、適当に切って、「そちらの会社の正式な名前を教えてください」と聞くことにしている。
「はい。わたくしどもは○○××ともうしまして、かくかくしかじかの点でお客様に大変有利な――」
「○○××ですね。じゃ、○○××さんの会社の所在地と電話番号を教えてください」
「あの、それが何か……?」
「そちらがどうしてこの番号と名前を知っているか確認したいからです。そちらはどうやってお知りになりました?」
「あの……帝国バンクという、そういう会社がありまして」
「では、帝国バンクがウチの個人情報をお宅の会社に流している、と理解してかまいませんね。では、帝国バンクの方にウチから抗議の申し入れを行いますので、○○××さんの住所と電話番号を教えてください」
「……。(プチッ、ツー、ツー、ツー)」
帝国バンクを口実にするところは結構多くて、ほんとうに帝国バンクに問い合わせたほうがいいのかもしれないと思うぐらいなのだけれど、たまに「わたし、学生のバイトですから、そんなことわかりません」という女の子もいたりする。
だから「じゃ、あなたの大学と学部、入学年度とフルネーム教えてください」
「イヤです」
「イヤって、あなた、こちらの情報を勝手に知って、電話してきたんでしょう。それならそちらの情報も開かすべきじゃないんですか」
「……。(プチッ、ツー、ツー、ツー)」
一度逆切れされたこともある。
若いお兄ちゃんだったのだけれど、先ほどまでの口調とはうってかわって突如
「あのなー、せっかくこっちはいい話をしてやってるのに、いい加減にしろよ、このヤロー、ふざけやがって、いい気になるなよ(ガチャッ、と叩きつける音)」
このときは、ちょっと怖かった。
こういう対応を始めたのは、過去にこんなことがあったからだ。
セールス電話とわかった段階でそのまま切ったところ、おそらく学生バイトといった感じの女の子だったのだけれど、切った直後から、こちらが出れば切ってしまう迷惑電話を数度にわたってかけてきたからだ。そのときはナンバーディスプレイでもなく、何も控えていなかったので、対処のしようがなかったのだが、しばらく腹が立ってたまらなかった。
そのためにも、向こうの会社名と電話番号は控えておくほうがいい、と思うようになったのだった。
大学の寮にいたころは、セールスの電話というより、こんな電話がよくかかってきていた。
「こちらは市役所の住民課の山口(仮)です。そちらの寮生のかたのお名前を教えてください」
「市役所の住民課の山口さんですね。こちらから折り返しお電話させていただきます」
そういうと、たいがい即座に切れるのだった。
それでもたまに一年生の子なんかが全部喋ったりしていて、そうするとてきめんに、寮生各個人に宛てたダイレクトメールが、寮生の人数分、どっさりと届くのだった。
ところがわたしも最初からこんなふうだったわけではない。
最初は、ふつうの女の子、というよりも、世慣れない、世間知らずの、常識がない部類だったのだ。
初めてセールス電話に引っかかったのは、中学生のときだ。学校から帰ったら、母親が待っている。近所のスーパーのなかにある、大手化粧品店からハガキが来ている、というのだ。確かにそこで姉に勧められて洗顔料を買った。そこで抽選をしたところ、本真珠のネックレスが当たったというのだ。母親は興奮の面もちで、すぐに行ってきなさい、という。わたしは別に本真珠のネックレスなどほしくもなんともなかったのだが、母親の勢いに押された格好で行ってみた。
すると、駄菓子屋のくじびきでもらえそうな白い玉がひとつ。これにチェーンをつけてネックレスにできますよ。でも、このままだと金具がついていないから、三千円で金具をつけてあげますよ。
わたしは、お金持ってません、といって、そのまま「本真珠」一個だけ、もらって帰った。
帰ってきた姉が「なんでそんなのに騙されるのよ」と笑ったが、母親はそれを虫眼鏡でみたり、歯にコツコツあててみたりして「ほんものだわ」と言い張った。弟の「お酢に入れてみたら? 溶けたら本物だってわかるよ」という提案は受け入れられなかったのだが。
これはわたしの失敗、というより、母がそういう仕組みを知らなかっただけのような気もするが、わたしもしっかり失敗はしているのである。
大学へ入ってすぐ、とあるサークルに入った。ただ、いろんなことがめんどくさくなって、一年足らずのうちに、そこを辞めた。すると、大学というところは、高校時代とちがって、ひどく人間関係が希薄なのだった。サークルにいれば、うるさいほどだった他人との接触が、ピタッと途切れ、寮生とも必要最小限の会話しか交わさないでいて、気がつくと二週間ほど、だれとも口をきいてなかったりするようなことさえあった。
そんなときに「旅行は好きじゃないですか?」という電話がかかってきたのだ。
旅行が2~3割、安くなるクラブがあるんだけど、どう?と言う。つい、ひさしぶりに人と話をしたのがうれしくて、電話口でこれまでにどこに行ったことがあるか、とか、世界中で行けないところはどこでしょう、といった話に、つい、引きこまれてしまったのだ。
一度クラブの集まりに顔を出してみない? と言われて、わたしはそこに出かけていった。
ところがその場所たるや、オフィス街にある貸しビルの一室。パーテーションで区切られた内側は、ちいさな机がひとつあるだけ。その声の主と向かい合ってすわると、運賃だけではなく、宿泊費も安くなる、という話が始まった。おそらく会場についたとたん、わたしはその電話の性格を理解していたのだと思う。相手がそこからこれはあくまでも旅行のための積立金なのだけれど、と言いだし、月々にいくら積み立てていくと、その旅行の割引の特典が受けられ、しかも英会話のカセットまでもらえる、と言い出したときには、やっとその話になったか、と思ったぐらいだ。つくづく、自分の馬鹿さ加減がイヤになり、ここからどうやって抜けだそうか、しか、考えなかった。相手は得々と、どれほどの人間が自分を信頼してくれているか、と話している。わたしはその最新版に組み込まれるのなんて願い下げだった。
「すいません。用事があるので帰ります」
「じゃ、この用紙に必要事項を記入して」
「印鑑、持ってないから」
「印鑑なんて、どうでもいいよ。これはキミとボクとの信頼関係の問題だから」
「帰ります」
「じゃ、これに書いてからね」
「書きません。帰ります」
なおも食い下がる相手が少し怖かったのだけれど、そのような気配は意地でも見せるものか、と歯を食いしばって、あくまでも毅然と、そこを出たのだった。ビルから出ると、足が震えた。
以来、そうした勧誘には一切関わってきたことはない。そのときの苦い経験は見事に教訓化されたのだ。
ときどき学生バイトらしいセールスの電話の声を聞くたびに、この子たちは自分が何をやっているのかわかっているのだろうか、という気がする。あるいは、かつてのわたしのように、丸め込まれてやっているのではあるまいか。そうして、抜けられないまま、続けているのではあるまいか。
そういう電話セールスが、かならずしも詐欺まがいばかりとも限らないのだろうけれど、少なくとも、こちらが開かしてもいない電話番号を、どこからかで入手して、かけてくるような相手は、それだけで信用はできない。
にも関わらず、そうした電話があとをたたないところをみると、やはり引っかかる人はいるのだろう。
だれかと話をしたい、というだけのお年寄りがその被害に遭うのだろうか。
ちょっとでも人の声が聞きたい。その気持ちは確かによくわかるのだけれど。
基本的にわたしは上のように名前を名乗られたら、「はい、その山口さんが何のご用でしょう」と、一応聞くことにしている(というのは、かつて名乗った段階で「結構です」と切ったところ、ほんとうにわたしに用事があった、共通の知人から紹介された人だったことがあるのだ)。たいがいぺらぺらと関係のないことを言ってくるので、適当に切って、「そちらの会社の正式な名前を教えてください」と聞くことにしている。
「はい。わたくしどもは○○××ともうしまして、かくかくしかじかの点でお客様に大変有利な――」
「○○××ですね。じゃ、○○××さんの会社の所在地と電話番号を教えてください」
「あの、それが何か……?」
「そちらがどうしてこの番号と名前を知っているか確認したいからです。そちらはどうやってお知りになりました?」
「あの……帝国バンクという、そういう会社がありまして」
「では、帝国バンクがウチの個人情報をお宅の会社に流している、と理解してかまいませんね。では、帝国バンクの方にウチから抗議の申し入れを行いますので、○○××さんの住所と電話番号を教えてください」
「……。(プチッ、ツー、ツー、ツー)」
帝国バンクを口実にするところは結構多くて、ほんとうに帝国バンクに問い合わせたほうがいいのかもしれないと思うぐらいなのだけれど、たまに「わたし、学生のバイトですから、そんなことわかりません」という女の子もいたりする。
だから「じゃ、あなたの大学と学部、入学年度とフルネーム教えてください」
「イヤです」
「イヤって、あなた、こちらの情報を勝手に知って、電話してきたんでしょう。それならそちらの情報も開かすべきじゃないんですか」
「……。(プチッ、ツー、ツー、ツー)」
一度逆切れされたこともある。
若いお兄ちゃんだったのだけれど、先ほどまでの口調とはうってかわって突如
「あのなー、せっかくこっちはいい話をしてやってるのに、いい加減にしろよ、このヤロー、ふざけやがって、いい気になるなよ(ガチャッ、と叩きつける音)」
このときは、ちょっと怖かった。
こういう対応を始めたのは、過去にこんなことがあったからだ。
セールス電話とわかった段階でそのまま切ったところ、おそらく学生バイトといった感じの女の子だったのだけれど、切った直後から、こちらが出れば切ってしまう迷惑電話を数度にわたってかけてきたからだ。そのときはナンバーディスプレイでもなく、何も控えていなかったので、対処のしようがなかったのだが、しばらく腹が立ってたまらなかった。
そのためにも、向こうの会社名と電話番号は控えておくほうがいい、と思うようになったのだった。
大学の寮にいたころは、セールスの電話というより、こんな電話がよくかかってきていた。
「こちらは市役所の住民課の山口(仮)です。そちらの寮生のかたのお名前を教えてください」
「市役所の住民課の山口さんですね。こちらから折り返しお電話させていただきます」
そういうと、たいがい即座に切れるのだった。
それでもたまに一年生の子なんかが全部喋ったりしていて、そうするとてきめんに、寮生各個人に宛てたダイレクトメールが、寮生の人数分、どっさりと届くのだった。
ところがわたしも最初からこんなふうだったわけではない。
最初は、ふつうの女の子、というよりも、世慣れない、世間知らずの、常識がない部類だったのだ。
初めてセールス電話に引っかかったのは、中学生のときだ。学校から帰ったら、母親が待っている。近所のスーパーのなかにある、大手化粧品店からハガキが来ている、というのだ。確かにそこで姉に勧められて洗顔料を買った。そこで抽選をしたところ、本真珠のネックレスが当たったというのだ。母親は興奮の面もちで、すぐに行ってきなさい、という。わたしは別に本真珠のネックレスなどほしくもなんともなかったのだが、母親の勢いに押された格好で行ってみた。
すると、駄菓子屋のくじびきでもらえそうな白い玉がひとつ。これにチェーンをつけてネックレスにできますよ。でも、このままだと金具がついていないから、三千円で金具をつけてあげますよ。
わたしは、お金持ってません、といって、そのまま「本真珠」一個だけ、もらって帰った。
帰ってきた姉が「なんでそんなのに騙されるのよ」と笑ったが、母親はそれを虫眼鏡でみたり、歯にコツコツあててみたりして「ほんものだわ」と言い張った。弟の「お酢に入れてみたら? 溶けたら本物だってわかるよ」という提案は受け入れられなかったのだが。
これはわたしの失敗、というより、母がそういう仕組みを知らなかっただけのような気もするが、わたしもしっかり失敗はしているのである。
大学へ入ってすぐ、とあるサークルに入った。ただ、いろんなことがめんどくさくなって、一年足らずのうちに、そこを辞めた。すると、大学というところは、高校時代とちがって、ひどく人間関係が希薄なのだった。サークルにいれば、うるさいほどだった他人との接触が、ピタッと途切れ、寮生とも必要最小限の会話しか交わさないでいて、気がつくと二週間ほど、だれとも口をきいてなかったりするようなことさえあった。
そんなときに「旅行は好きじゃないですか?」という電話がかかってきたのだ。
旅行が2~3割、安くなるクラブがあるんだけど、どう?と言う。つい、ひさしぶりに人と話をしたのがうれしくて、電話口でこれまでにどこに行ったことがあるか、とか、世界中で行けないところはどこでしょう、といった話に、つい、引きこまれてしまったのだ。
一度クラブの集まりに顔を出してみない? と言われて、わたしはそこに出かけていった。
ところがその場所たるや、オフィス街にある貸しビルの一室。パーテーションで区切られた内側は、ちいさな机がひとつあるだけ。その声の主と向かい合ってすわると、運賃だけではなく、宿泊費も安くなる、という話が始まった。おそらく会場についたとたん、わたしはその電話の性格を理解していたのだと思う。相手がそこからこれはあくまでも旅行のための積立金なのだけれど、と言いだし、月々にいくら積み立てていくと、その旅行の割引の特典が受けられ、しかも英会話のカセットまでもらえる、と言い出したときには、やっとその話になったか、と思ったぐらいだ。つくづく、自分の馬鹿さ加減がイヤになり、ここからどうやって抜けだそうか、しか、考えなかった。相手は得々と、どれほどの人間が自分を信頼してくれているか、と話している。わたしはその最新版に組み込まれるのなんて願い下げだった。
「すいません。用事があるので帰ります」
「じゃ、この用紙に必要事項を記入して」
「印鑑、持ってないから」
「印鑑なんて、どうでもいいよ。これはキミとボクとの信頼関係の問題だから」
「帰ります」
「じゃ、これに書いてからね」
「書きません。帰ります」
なおも食い下がる相手が少し怖かったのだけれど、そのような気配は意地でも見せるものか、と歯を食いしばって、あくまでも毅然と、そこを出たのだった。ビルから出ると、足が震えた。
以来、そうした勧誘には一切関わってきたことはない。そのときの苦い経験は見事に教訓化されたのだ。
ときどき学生バイトらしいセールスの電話の声を聞くたびに、この子たちは自分が何をやっているのかわかっているのだろうか、という気がする。あるいは、かつてのわたしのように、丸め込まれてやっているのではあるまいか。そうして、抜けられないまま、続けているのではあるまいか。
そういう電話セールスが、かならずしも詐欺まがいばかりとも限らないのだろうけれど、少なくとも、こちらが開かしてもいない電話番号を、どこからかで入手して、かけてくるような相手は、それだけで信用はできない。
にも関わらず、そうした電話があとをたたないところをみると、やはり引っかかる人はいるのだろう。
だれかと話をしたい、というだけのお年寄りがその被害に遭うのだろうか。
ちょっとでも人の声が聞きたい。その気持ちは確かによくわかるのだけれど。