陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

リング・ラードナー 「散髪」その2.

2006-07-27 22:15:19 | 翻訳
「散髪」その2.

 それがジムときたらそこに座ったきり、しばらくは口を開いても、唾を吐くばかりで何も言いやしません。やっと口を開いたかと思うと、あたしに向かってこんなことを言うんです。「ホワイティ」――わたしの本名、つまり、名前の方はディックってんですが、ここらの連中はみんなホワイティって呼ぶんですよ――で、ジムはこんなふうに言ったもんだった。「ホワイティ、今夜のおまえの鼻ときたら、バラのつぼみみたいだぜ。きっとおまえのオーデコロンなんぞきこしめしてるんだろうさ」

 だからあたしもこう答えたもんです。「冗談じゃない、ジム、おまえさんの方こそコロンだか、もっといけねえもんだかを飲んでたように見えるぜ」

 こうなりゃジムも笑わないわけにはいかなくなるんですが、なおもこんなことを言い張るんです。「いいや、オレんちには飲めるようなものなんぞありゃしねえけどよ、ま、そうしたもんが好きじゃねえってわけじゃないんだな、これが。飲めるんだったらメチルだってかまやしねえ」

 そこでホッド・マイヤーズが「おまえのかみさんだっておんなじだよな」ってなことを言う。ここでみんなはどっと笑うんです、ジムとかみさんが、熱々ってわけじゃないことを知ってますから。かみさんの方は、扶養手当が取れる見込みもなさそうだし、自分と子供たちの口を養う方策も見あたらない、ってんで、離婚しないでいるようなもんだったんでしょうね。かみさんのほうはジムのことなんざ、てんでわかっちゃいなかった。やつにはなんというか、手荒いところがあった。根はいいやつだったんですが。

 やつとホッドはミルト・シェパードにたいしては、ありとあらゆる悪ふざけをしかけたもんです。ミルトにはまだお会いじゃないでしょうね。ま、やつの喉仏ときたら、アダムのリンゴっていうより、つぶれたメロンぐらいもあるんです。だからあたしがミルトのヒゲをあたっていて、ここから首の方へおりていこうとするときはね、ホッドは大きな声でこんなふうに言うんですよ。「おいおい、ホワイティ、ちょっと待てよ。そいつをふたつに割る前にみんなで金を出し合って、そこにあるタネの数、だれが一番近い数を当てられるかやってみようぜ」

 今度はジムも言うんです。「もしミルトがブタみたいにがっつくやつじゃなかったら、メロンを丸ごとじゃなくて半分だけにしといたはずだ、そしたら喉につっかえることもなかったのにな」

 そこにいる連中はみんなして大笑い、ミルトだって自分が冗談のタネにされたところで、笑わないわけにはいかない。ジムは実際、おかしなやつでしたよ。

 あそこにやつのひげ剃り用の鉢があるんです、棚の上、ほら、チャーリー・ヴェイルの鉢の隣です。「チャールズ・M・ヴェイル」って書いてあるでしょ、そいつは薬屋です。週に三回、かならずひげをあたりに来ます。で、ジムのがチャーリーの隣にある。「ジェームズ・H・ケンドール」。ジムにはもうひげ剃り用の鉢なんてものは要りませんがね、当時の思い出のために、そこに残してるんです。確かに、ジムはたいしたタマでした。

(この項つづく)