古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

どうしたもんでしょう?

2011年05月08日 02時08分02秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 写真の犬は老犬のようです。うちの村の中をこの数日うろうろしています。首輪をしていますから最近捨てられたのでしょうか。畑に見なれない大きい足跡があるので「猫にしては大きな足だし、野良犬はうちの村にはいないし何だろう」と思っていました。この犬だったのですね。
 近くの人が飼っていた犬だったら自分で家に帰るだろうし、遠くの人が捨てた犬だったら「ここにはオレを飼ってくれそうな家はない。となりの村に行ってみよう」と考えないだろうか。
 人の姿を見ると逃げるでもなくそばに寄っていくでもなく、未練がましい(ように見える)目をして振り返り振り返りしながら、少しずつ離れていきます。うちが気になる存在として意識しているだけでなく、きいてみると向かいの人も、となりの人も気になる存在として意識しているというのです。
 思い出しました。この『古希からの田舎暮らし』ブログをスタートしたばかりの2009年3月15日にこんなことがありました。(ブログに書きました)
 あのときは犬が家の前に座り込んで動かない。「きっと村の飼い犬だ。鎖が外れて歩きまわったはいいが、道に迷って途方に暮れているのだろう」とイリボシを一つずつ道に置き、犬を村の真ん中まで誘導して、そこで車に乗ってスピード出して帰ってきました。
「やれやれ。自分のうちを見つけて無事に帰っただろう」と一息ついて外に出てみるとあの犬がうちの前にすわっている。みんな同じ思いだったようで、そのうち数軒先の人が110番に連絡し、パトカーが来て犬を乗せていきました。
 小さいシーズー犬を散歩させて我が家の前を通る人にきいてみると「大きな犬なのに、こいつと出会うと尻尾を下げてうずくまるんですよ。きっとおとなしい犬でしょう」。
 この犬は「この人は……。あちらの家は……。あのおじいさんは……」と人間に出会うたびにその人間の出す波動を感じているのだろうか。うちはどう思われているのだろう。道子さんに相談すると「うちは判断しないで村の人におまかせしましょう」。その通りです。でもやっぱり気になります。
 
 
コメント (1)
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