はじめて入る店は、期待と不安で客も緊張するが、一見さんを迎えるお店側も同様だろう。
ある和食屋に入ると、なかなか店構えが綺麗でお洒落、内装も清潔感溢れていていい。しかも個室もあるので気に入った。

まずはビールを頼み、お通しが付くのかを聞く。近頃お通しを拒否出来るお店があるので、ここはいつも外さずに聞くことにしている。まずいお通しに銭払うほど嫌なことはない。

さて「お通しは出るのか?」
と可愛い女性店員に問うと

「はい出ます」

と笑顔だ。

「なにが出るのかな」
と聞くと

「ちょっとお待ち下さい」

と居なくなった。
戻ってくるとまた笑顔で
「ひじき煮です」

「あ~そうか・・・」
モチベーションが下がった、実は私ひじきはあまり好きじゃない。

「ではオーダーしましょう。このメニューの珍味三種盛りっていうのは何かな?」

「あ~ちょっとお待ち下さい」
とまた引っ込んだ。

目の前のお相手の女性が
「メニューの内容ぐらい覚えておかなくてはいけませんよね~」
とむっとしている。私はだまって頷いた。

そして二品食べてから
「焼酎をボトルで頼みたいがキープは出来ますか? 出来るなら何ヶ月キープかな?

またまた
「ちょっとお待ち下さい。聞いて参ります」

またまた相手の女性が
「そのぐらいのこといちいち聞きにいくなんて・・・」
こうなると、可愛い女の子の笑顔でももう贔屓出来ない、ダメ烙印を押さざるを得ない。お出しするものの内容はすべて把握しておくべきだろう、と思うがどうだろうか。

さて、能の世界で考えると・・・
飲食業も能楽師も同様かもしれない。自分が勤める曲の内容と作品の主張ぐらいさっと答えられるようになっていないと大人の、一人前の能楽師とは言えないのかも。

3月3日は『俊成忠度』と『船弁慶』の二番を勤めるが、お客様にどのような気持ちで舞い、作品をこう考えて勤める、ぐらいのご説明は出来て当然だろう。

粟谷能の会では能楽鑑賞講座を開いている。以前は「意地悪な質問するな!」と思ったこともあったが、なんでも平然と答えられるようにならなくてはいけない、と思うようにしている。意地悪な質問が来たら「意地悪な質問ですね。答えられない」と答えればいい、と吹っ切れたから。

いちいち厨房に聞きに行く可愛い女の子が今回のネタになってくれたので、そう思えば、あの店も私にはよかったお店だったのかも・・・、
いや、そんなことは思わない。もう二度と行かないだろう。

「能なんてもう二度と観ない」なんて言われないように、自己研鑽の手綱を緩めてはいけないと思う、去ったモノは戻らない、という覚悟ぐらいしたらいい、私は・・・。

文責 粟谷明生


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« 酒田社中の新... 継ぐ、伝える... »