能は『高砂』や『養老』のような、泰平の世を寿ぐ祝言曲は別として、心の中が屈折している主人公を扱った演目が多くあります。
「第106回  粟谷能の会」(3月3日)で勤める『蝉丸』のシテ・逆髪(さかがみ)とシテツレ・蝉丸は、屈折の特上クラスの人物です。今回、蝉丸を観世流の観世銕之丞氏にお引き受けいただき、逆髪を私が勤める異流共演を企画いたしました。

私の『蝉丸』の演能はシテツレ・蝉丸役が2回、シテの逆髪は1回です。今回、逆髪の再演にあたり、屈折した逆髪をどのように演じたらよいか悩んでいたところ、鑑賞講座(1月18日開催)で話された観世銕之丞氏のお言葉で悩みが消えました。

皇族として生まれながら不遇な境遇の姉・逆髪と盲目の弟・蝉丸です。生まれつき盲目の蝉丸は父・帝の命令にて逢坂山にて出家させられ捨てられます。

姉の逆髪は生まれつき逆立つ髪を、宮中の女官達から白い目で見られ、陰口を叩かれていたのではないでしょうか。しかし、そのような環境下でも、逆髪は内に篭らず、逆にじっとしていられない性分で、自分の思うままに放浪の旅に出てしまうのです。

周りから何を言われても、自分を正当化し、気にしない勝気な性分の逆髪は弟と再会し、お互いの境遇を嘆き合いますが、時が経つと、また彷徨い歩いて行く。このあたりのことで、周りからは狂人と見られたのでしょう。

逆髪は登場するや間もなく、自分の髪は逆さまに生え上り、いくら撫でつけても下がらない、と謡います。
現代のイメージでは天然パーマ、縮毛、癖毛の程度ではないでしょうか?
真っ直ぐなストーレートヘアでなければならない時代に、何度も櫛で解いても真っ直ぐにならない髪は周りから異常者と見られ、敬遠されたのでしょう。

能は我々の生活からは、かけ離れた出来事を題材にしているように思われるかもしれませんが、実は現代にも通じる人間の持つ異物を排する業をテーマの一つにしています。

髪の毛が上に生えている・・・
と、これを書いている時、目の前にトレッドヘアの現代逆髪が目の前にいました。


今ではこれも個性、敬遠されたり排除の対象にはならないですが・・・。

 

3月3日(日)、観世銕之丞氏と粟谷明生の異流共演の『蝉丸』は、もう2度とない貴重な演目です。
どうぞお見逃しなく、多くの皆様にご覧いただきたく、お申込みをお待ち申し上げております。



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