能楽・喜多流能楽師 粟谷明生 AWAYA AKIO のブログ

能楽師・粟谷明生の自由気儘な日記です。
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能『朝長』のご紹介 その2

2020-02-07 10:50:05 | 能はこうなの、と明生風に能の紹介
能『朝長』の前シテは美濃国青墓の長者で、名前は大炊延寿です。朝長の父・源義朝とは、深い関係があったように思われます。
義朝一行は清盛軍に敗れ、長者を頼みに尋ね、一夜を明かしますが、その夜事件は起こります。
義朝一行が京都・大原から滋賀の堅田へ向かう途中、朝長は比叡山の横川法師の放つ矢が左膝を射抜き動けなくなり、どうにか馬に乗せられて青墓まで落ち延びます。

能では
「もうこれ以上周りに迷惑はかけられない」
と、潔く覚悟し自害します。

史実は義朝が不甲斐ない息子に怒り斬っているのですが・・・

その最期の場所に長者は居合わせ、惨事を我が子のように嘆き、死後も弔い続けています。
この最期の場面を長者が語るところが能『朝長』の最大の見せ場、聴きどころです。
市原悦子さん演じる
「家政婦 私、見ちゃったんです」
を、想像されるのもいいかもしれません。

『朝長』は前場と後場、共に動きが少なく、舞も無いので退屈してしまうかもしれませんが、聞こえてくる謡の詞章から、ご自身でその情景を想像して、ご鑑賞いただきたいのです。
語りの一部をご紹介します

夜更け、人静まって、
朝長の御声にて
「南無阿弥陀仏」
と、二声 宣ふ
こはいかにとて鎌田殿参り
「朝長の御腹召されて候や」
と、申されければ、
義朝驚きご覧ずるにはや 
御肌衣(おんぱだぎぬ)も
紅(くれない)に染みて
目も当てられぬ有様なり

父が
「御肌衣も紅に・・の「くれない」の謡で、床が見る見るうちに真っ赤になっていくのが想像出来るように謡わなきゃダメだ」
と、話してくれた事を思い出します。

皆様が想像しやすいように、と日々稽古をしております。
どうぞご来場いただき、ご自由にご想像を巡らしてご鑑賞下さいますよう、お待ち申し上げております。





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粟谷明生事務所
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