今朝ようやく食べることができた 卵かけご飯」
3回目の抗がん剤入院が終わった。
やはり副作用は3回分重複してくるようで、抗がん剤注入後3日目位からは食欲がなく食べられなくなった。
舌が痺れ、手足の先も痺れ、カサカサになって皮がむけてくる状態でした。
家族が剥いてきてくれたリンゴを半分食べるのがやっと。
無理に食べなかった分逆に体調を維持できたのかもしれない。
昨日退院して夕食は寿司を買ってくれたのだが、やはり一つ二つで気持ちが悪くなり食べるのをやめて早めに寝た。
今朝は舌の痺れが少し和らいだので思いきって「タマゴかけご飯」を茶碗半分ほど食べてみた。
気持ちが悪くならず、次からの食欲に少し期待が持てるようになった。
いずれにしても正月のごちそうは無理ですが少しづつ体調を戻したい。
飛び飛びではあったが2か月の入院ではいろんな人に出会った。
私がいた病棟は血液関係のガン、私のように手術前の抗がん剤、それに大きな手術をした人でその後を維持するための抗がん剤治療など
末期の人もいれば、手術を乗り越えて生き伸びるための療法もしている人もいました。
ガンなどはそう何回も経験するわけではないので私も含めて初回の人が多い。
多かれ少なかれ死と向かい合っているわけですが、そういう状態になった時に現れるその人間の品位というか品格が退院するころ
ある程度読めるようになった。
大部屋(4人)ではいろんな人がいてエゴ丸出しで他人の迷惑も顧みない人も時にはいます。
『イビキがうるさい』とか『夜のトイレに行く音がうるさい』とか、
みな負荷がある人ばかりですからあるときには言い争いになることもあります。
そんな中でこれは見習わなければと思われる人格者もいました。
二十数年息子の看病に毎日通っている年老いた父親。
それに一時に脾臓、腎臓、小腸などを切除して腹から15本もの管を出しながら、癒着や腸閉塞などを乗り越え生還してきた人もいました。
この人などは侍で聞けば柔道では元全日本クラスの人で心の強さももちろんですが、体幹の強さ、生への強靭な意思力を持っておられたのでしょう。
。
普通なら生きているのが不思議なくらいの状態からでした。
この人は手術後2年にわたって北海道。東北車旅を一か月ほど連続でされたといいます。
それも奥さんと二人で車中泊。強い体幹、強靭な意志力。
私も術後うまくいけば車旅をしたいと思っていたので話がはずみました。
2か月ではあったがこのような人と巡り会えたのは収穫でした。
いろんな人を最悪の一歩手前の状況で観察できたことはそのまま、私自身の人格、品位も見えてくるようになりました。
むき出しのエゴで生きてきた姿勢・・・他から見ると品位、人格の欠如が否めません。
生き残っても、死んでも人間の品位は人々の記憶に残ります、自分自身の心にも。
見舞いに来てくれたH君、S君
入院中の品位、品格のお話、人生観が出るのでしょうね、ました同感です。
5月、6月入院した時私も4人部屋でした、イビキ、消灯ごTVを観る人、私は夜間トイレに行くタイプ、看護師さんは部屋の状況を良くご存じの様で再発入院の時はイビキのかかない人の部屋に変更してくれました、それに外が見えるベットにしてくれました。
十分養生してください。
いろいろアドバイスや励ましの言葉ありがとうございました。
手術後またこの病棟にはお世話になるかもしれませんが、私としては抗がん剤はまたやりたくないですね。
回復期間が一か月あるので歩いたりなんとか体調を復活させたいです。