昨日のblogの続きです。波切不動尊の入り口の右手に山道がありました。
まだ、すこし歩き足りないのでその道を登ってみました。急坂を10分ほど登ると、
石川丈山の墓がありました。
この人は、詩仙堂を作った江戸時代の文人です。元々は徳川幕府の武将であったのですが、武士をやめて洛北の一乗寺村に山荘「詩仙堂」を建てて隠遁生活を始めたのです。
丈山の墓は、詩仙堂の裏山の中腹に作られました。その石碑の石は、生前に彼自身が選んであったものだとのことです。
(引用:Wikipedia)
まだ、すこし歩き足りないのでその道を登ってみました。急坂を10分ほど登ると、
石川丈山の墓がありました。
この人は、詩仙堂を作った江戸時代の文人です。元々は徳川幕府の武将であったのですが、武士をやめて洛北の一乗寺村に山荘「詩仙堂」を建てて隠遁生活を始めたのです。
丈山の墓は、詩仙堂の裏山の中腹に作られました。その石碑の石は、生前に彼自身が選んであったものだとのことです。
(引用:Wikipedia)
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