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大沼保昭の護憲論批判

2007-06-03 23:53:34 | 日本国憲法
 5月20日の『朝日新聞』に、同紙が5月3日の憲法記念日に発表した「提言 日本の新戦略 社説21」についての専門家の意見を紹介している。
 その中で、大沼保昭・東大教授が、興味深いことを述べている。

《「最近、護憲派が9条を論じるときに、いわゆる『大人の知恵』を前面に出していることに少し違和感を覚えています。今回の提言にもそれが感じられます」
 ――「大人の知恵」とはどういうことですか。
 「憲法9条の規範と国際政治の現実が乖離していることはよくわかるが、9条の盾があったから米国の圧力をかわしてうまくやってきた。それでいいじゃないか、という主張です。『大人の知恵』は現実主義のひとつの形ですが、シニシズム(冷笑主義)に流れやすい。『建前と本音の使い分けは結構じゃないか』という日本社会に支配的な発想にすりよってしまう恐れがあります」
 ――大沼さんは、護憲的な立場から、その乖離を埋めるために改憲を訴えてきました。
 「『建前と本音』の使い分けで国民のシニシズムをこれ以上強めるべきではないと考えるからです。かつて護憲派は、理想主義の担い手でした。憲法の理念を固守してそれを世界に発信する、それが日本の道義的基盤でした」
 「護憲の主張は、9条の規範に合わせて現実の日米安保体制を変えていこうということでした。その護憲派が『大人の知恵』を唱えることは、シニシズムにのっかること。そういう形でいいのか、気になります」
 「私は、護憲論に十分意義を認めますが、どんな憲法も永久に改正されないということはないわけです。その点から、積極的な、護憲の理念に立つ改憲論を主張しています。今回の朝日の提言は護憲論の最終段階なのかなあと思います」》

 『大人の知恵』論とは、例えば、私が以前取り上げた、平川克美の9条論や、これに近い内田樹の見解などを指すのだろう。
 こうした主張への違和感は私もかねがね抱いていたので、その点では大沼の見解に同意する。

 大沼の専攻は国際法。日本の戦争責任、戦後補償問題に関する著作、発言が多い。80年代に外国人労働者の受け入れが問題になった際には積極論を唱えた。「保守論壇に乗り込んで堂々と論陣をはれる、いまや数少ない進歩的文化人の一人であろう。」と評される。単純な理想主義者ではなく、現実を踏まえた上で理想を追求しようとしているからだろう。
 大沼の護憲的改憲論とは、このようなものであるらしい(これも参考に)。賛同できない箇所もいくつかあるが、少なくともシニシズムへの危惧という点では強く共感する。

 しかし、朝日の記事で、続けて次のように述べている点には同意できない。

《――改憲にすぐに取り組むべきですか。
 「いいえ、現在の安倍政権のもとでの改憲には反対です。私の護憲的改憲論は、日本が戦争責任を正面から認めて、アジア諸国との和解を明確に進めつつ改憲するなら、日本国民、アジア、世界の利益になるというものです。残念ですが、今の政権が歴史に真剣に向き合うとは思えない。現政権での改憲は、9条を捨てたというイメージを世界に発信するだけになりかねない。歴史に正面から向き合う政権が改憲に取り組むべきです」
 「そういう政治の現実を考えると、影響力の大きい朝日新聞が、護憲の最後の段階を主張することは、新聞のあり方としては理解できます。でも、たとえば5年後に朝日が次の提言を出すときは、具体的な条文案を持った護憲的改憲論に踏み込んでほしいですね」》

 これでは、実質的に、『大人の知恵』論と変わらないのではないか。
 「歴史に正面から向き合う政権が改憲に取り組む」までは、9条と現実との乖離を放置しておいてもかまわないと言うのだから。
 このあたりに、大沼の限界を見る思いがした。