8月12日にウクライナ降伏論を説く豊永郁子氏の寄稿を載せた朝日新聞は、さらに17日には、ウクライナの徹底抗戦を疑問視する声がもっとあってもいいと説く山本昭宏・神戸市外国語大学准教授(歴史社会学)へのインタビューを載せた。
その中に、山本氏の意図とはやや異なるだろうが、非常に重要だと思われる指摘があったので、感想と共に書き留めておく。
《「殺したらいけない」がなぜ言いづらい 徹底抗戦が支持される危うさ
聞き手・渡辺洋介
2022年8月17日 10時00分
ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、反戦や停戦を求める機運は広がらない。ベトナム、湾岸、アフガニスタン、イラク。過去、日本で反戦が大きなうねりとなった戦争と、何がどう違うからなのか。戦後の平和主義について詳しい神戸市外国語大の山本昭宏准教授(歴史社会学)に聞いた。
――ウクライナの徹底抗戦が叫ばれ、「戦争をすべきではない」という反戦や厭戦(えんせん)の声があまり聞こえてきません。
「日本で反戦運動が盛り上がるのは『加担すること』と『巻き込まれること』を感じやすい『米国の戦争』に対してだったと考えています。例えば、反戦デモが広がったベトナム戦争では、日本の米軍基地から米軍機がベトナムに飛びたつことで戦争に加担しているという意識が背景にありました。2000年代のアフガニスタンやイラクの戦争では、『テロとの戦い』を掲げる米国に加担することで、テロの標的になり巻き込まれることへの反発がありました」
共有されない「戦争は二度とごめんだ」
「しかし、今回のウクライナ侵攻は米国の関与が間接的支援にとどまっています。日本が加担することも巻き込まれることも感じにくく、巨大な反戦運動にはつながりにくいのです」
〔太字は引用者による。以下同〕》
太字部分は全くそのとおりで、わが国において反戦運動が盛り上がるのは「米国の戦争」に対してだけである。
だから、ソ連のアフガニスタン侵攻や、英国とアルゼンチンのフォークランド紛争、ベトナムのカンボジア侵攻、中越戦争、ユーゴ紛争、シリア内戦などなど、米国が直接関与しない戦争は、運動家にとってはどうでもよいことであり、反戦運動が盛り上がることはなかった。
だがそれは、山本氏が言うように、「加担すること」と「巻き込まれること」を感じやすいからだとばかりは言えないと私は考える。
2000年代のアフガニスタン戦争やイラク戦争に対して、わが国がテロの標的にされることを理由とする反対論が幅をきかせていただろうか。私には記憶にない。単に、米国が軍事力を行使することへの反発が強かっただけではないか。
《 「もうひとつは戦争体験者の減少です。1990年代ぐらいまでは国家の命令で海外に連れて行かれて人を殺したり戦友を殺されたりした経験を持つ戦場体験者がまだたくさん生きていました。家が焼かれ、友達が死に、息子が出征したという戦争体験者も残っていた。こうした体験者の『戦争そのものへの拒否感』が日本社会に反戦の根拠を提供し、長年にわたって戦後日本の平和の土台をつくりだしてきました。しかし、戦争体験者の数は少なくなり、『戦争は二度とごめんだ』という感覚は若い世代にまでうまく共有されていません」
――徹底抗戦や即時停戦をめぐる議論をどう見ていますか。
「ロシアが悪いのは明白です。ですからウクライナの徹底抗戦という態度に否定し難いものを感じてもいます。しかし、戦争体験者がたくさん生きていたら、もっとゼレンスキー大統領に対して違和感を言う人がいてもおかしくないのではないかと思います。自らの戦争体験に基づき、『いかなる理由があっても国家によって人殺しをさせられるのは嫌だ』という思想を持った人が何人も思い浮かびます。彼らだったらプーチン大統領だけではなく、国民に徹底抗戦を命じるゼレンスキー大統領も批判の対象にしてもおかしくありません」》
戦争体験者ではないが、前回取り上げた豊永郁子氏など、ゼレンスキー大統領の姿勢を批判する人はマスコミでもSNSでもしばしば目にする。ただ、ベトナム戦争のような大きな反戦運動になっていないだけである。
それに、まだ少数残っている戦争体験者から、実際にゼレンスキー大統領を山本氏が言うような観点から批判する声が上がっているだろうか。単に山本氏の願望にすぎないのではないだろうか。
《やせ細る反戦の思想
――どういうことでしょうか。
「つまり、そもそも『殺したらいけない』と言う人がいたわけです。ベトナム反戦運動のときだったら『殺すな』ということが掲げられました。今回のウクライナ侵攻でも、戦場に行きたくないのに殺し合いに巻き込まれているロシア兵がいるということへの想像力が強く働いたでしょう。体験者が多い社会ならば、停戦したほうがいいんじゃないかと言えたかもしれません。しかし、いまは言いづらい。抗戦か停戦かという二項対立だけではなく、戦争そのものの非道さを問うなど複数の論理を内在していた反戦の思想が、やせ細っているように思います」
――もっと戦争反対の声が出てきても良いということですか。
「戦後日本社会が築き上げてきた平和論からすれば、徹底抗戦を支持する前に、『平和の架け橋になる』という言葉がもっと出てきてもいいと思います。つまり、徹底抗戦を支持せざるをえないという現状から踏み込んで、まずはロシアとウクライナに戦争を早くやめるよう求める手もある。いまは戦争状態にあるため、ウクライナの国内からゼレンスキー大統領に対する徹底抗戦への違和感は出にくいのではないでしょうか」
「戦争に関しては、白か黒かを完全に切り分けるのは困難です。ロシアとウクライナの双方をより多角的にみるというのが『批判』という行為だと思います。わかりやすくゼロか100かになってしまっていることを懸念しています」》
だが、その「殺すな」は米国にだけ向けられていた。解放戦線や北ベトナム軍に対して、米兵も同じ人間だから殺してはならないなんて説く反戦運動家なんかいなかった。
そして、彼らの主張は「米国はベトナムから手を引け」というものであり、北ベトナムと南ベトナムの停戦など求めていなかった。だから実際に米国がベトナムから撤退した後、北ベトナムが南ベトナムに侵攻し、これを併呑しても、彼らは何も言わなかった。結果共産主義政権が40年以上続き、ベトナム人の人権が侵害されていても意に介さない。
それは反戦運動が反米運動の一手段でしかなかったからだ。
山本氏が主張する「戦後日本社会が築き上げてきた平和論」「平和の架け橋」など反戦運動のどこに存在したというのだろうか。
《〔中略〕
目立つ「国家の言葉」
――「安全保障の言葉」だけではなく、個人的な感覚に基づいた言葉で平和を語る必要も指摘されています。
「安全保障の言葉は、国民の財産と生命を守らねばならないという使命を背負った『国家の言葉』でもあります。それを否定することはできません。しかし、ウクライナ危機を語るときには、国家対国家の安全保障の言葉ばかりが目立ちます。繰り返しますが、ロシアは擁護不可能です。ただ、それと同時に、国家は国民を戦争に動員するという側面があることも認識するべきでしょう。戦後日本が培ってきた厭戦の心情からすれば、停戦や反戦を求めたり、ウクライナの徹底抗戦を疑問視したりするような多様な声がもっとあってもいいのではないでしょうか」(聞き手・渡辺洋介)》
「戦後日本が培ってきた厭戦の心情」とは、戦争は嫌なものだという素朴な思い、そして自らが侵略者になってはならないという自戒の念ではあっても、侵略された時には無抵抗で降伏せよとか、侵略された国を支援せずに降伏を勧めるといったものではないだろう。だからこそ、国民は自衛隊の存続を容認してきたのではないのだろうか。
そして、かつてのわが国は侵略した側であったが、今のウクライナは侵略されている側である。山本氏は白か黒かで割り切れないというが、少なくともロシアがウクライナ領に侵攻しているのであって、その逆ではない。
侵略に抵抗している国に向かって反戦や停戦を求める機運が盛り上がらないのは、ごく当たり前のことだろう。
山本氏はその当たり前を無視して、いろいろと無理筋な理屈づけを試みているだけとしか思えない。
その中に、山本氏の意図とはやや異なるだろうが、非常に重要だと思われる指摘があったので、感想と共に書き留めておく。
《「殺したらいけない」がなぜ言いづらい 徹底抗戦が支持される危うさ
聞き手・渡辺洋介
2022年8月17日 10時00分
ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、反戦や停戦を求める機運は広がらない。ベトナム、湾岸、アフガニスタン、イラク。過去、日本で反戦が大きなうねりとなった戦争と、何がどう違うからなのか。戦後の平和主義について詳しい神戸市外国語大の山本昭宏准教授(歴史社会学)に聞いた。
――ウクライナの徹底抗戦が叫ばれ、「戦争をすべきではない」という反戦や厭戦(えんせん)の声があまり聞こえてきません。
「日本で反戦運動が盛り上がるのは『加担すること』と『巻き込まれること』を感じやすい『米国の戦争』に対してだったと考えています。例えば、反戦デモが広がったベトナム戦争では、日本の米軍基地から米軍機がベトナムに飛びたつことで戦争に加担しているという意識が背景にありました。2000年代のアフガニスタンやイラクの戦争では、『テロとの戦い』を掲げる米国に加担することで、テロの標的になり巻き込まれることへの反発がありました」
共有されない「戦争は二度とごめんだ」
「しかし、今回のウクライナ侵攻は米国の関与が間接的支援にとどまっています。日本が加担することも巻き込まれることも感じにくく、巨大な反戦運動にはつながりにくいのです」
〔太字は引用者による。以下同〕》
太字部分は全くそのとおりで、わが国において反戦運動が盛り上がるのは「米国の戦争」に対してだけである。
だから、ソ連のアフガニスタン侵攻や、英国とアルゼンチンのフォークランド紛争、ベトナムのカンボジア侵攻、中越戦争、ユーゴ紛争、シリア内戦などなど、米国が直接関与しない戦争は、運動家にとってはどうでもよいことであり、反戦運動が盛り上がることはなかった。
だがそれは、山本氏が言うように、「加担すること」と「巻き込まれること」を感じやすいからだとばかりは言えないと私は考える。
2000年代のアフガニスタン戦争やイラク戦争に対して、わが国がテロの標的にされることを理由とする反対論が幅をきかせていただろうか。私には記憶にない。単に、米国が軍事力を行使することへの反発が強かっただけではないか。
《 「もうひとつは戦争体験者の減少です。1990年代ぐらいまでは国家の命令で海外に連れて行かれて人を殺したり戦友を殺されたりした経験を持つ戦場体験者がまだたくさん生きていました。家が焼かれ、友達が死に、息子が出征したという戦争体験者も残っていた。こうした体験者の『戦争そのものへの拒否感』が日本社会に反戦の根拠を提供し、長年にわたって戦後日本の平和の土台をつくりだしてきました。しかし、戦争体験者の数は少なくなり、『戦争は二度とごめんだ』という感覚は若い世代にまでうまく共有されていません」
――徹底抗戦や即時停戦をめぐる議論をどう見ていますか。
「ロシアが悪いのは明白です。ですからウクライナの徹底抗戦という態度に否定し難いものを感じてもいます。しかし、戦争体験者がたくさん生きていたら、もっとゼレンスキー大統領に対して違和感を言う人がいてもおかしくないのではないかと思います。自らの戦争体験に基づき、『いかなる理由があっても国家によって人殺しをさせられるのは嫌だ』という思想を持った人が何人も思い浮かびます。彼らだったらプーチン大統領だけではなく、国民に徹底抗戦を命じるゼレンスキー大統領も批判の対象にしてもおかしくありません」》
戦争体験者ではないが、前回取り上げた豊永郁子氏など、ゼレンスキー大統領の姿勢を批判する人はマスコミでもSNSでもしばしば目にする。ただ、ベトナム戦争のような大きな反戦運動になっていないだけである。
それに、まだ少数残っている戦争体験者から、実際にゼレンスキー大統領を山本氏が言うような観点から批判する声が上がっているだろうか。単に山本氏の願望にすぎないのではないだろうか。
《やせ細る反戦の思想
――どういうことでしょうか。
「つまり、そもそも『殺したらいけない』と言う人がいたわけです。ベトナム反戦運動のときだったら『殺すな』ということが掲げられました。今回のウクライナ侵攻でも、戦場に行きたくないのに殺し合いに巻き込まれているロシア兵がいるということへの想像力が強く働いたでしょう。体験者が多い社会ならば、停戦したほうがいいんじゃないかと言えたかもしれません。しかし、いまは言いづらい。抗戦か停戦かという二項対立だけではなく、戦争そのものの非道さを問うなど複数の論理を内在していた反戦の思想が、やせ細っているように思います」
――もっと戦争反対の声が出てきても良いということですか。
「戦後日本社会が築き上げてきた平和論からすれば、徹底抗戦を支持する前に、『平和の架け橋になる』という言葉がもっと出てきてもいいと思います。つまり、徹底抗戦を支持せざるをえないという現状から踏み込んで、まずはロシアとウクライナに戦争を早くやめるよう求める手もある。いまは戦争状態にあるため、ウクライナの国内からゼレンスキー大統領に対する徹底抗戦への違和感は出にくいのではないでしょうか」
「戦争に関しては、白か黒かを完全に切り分けるのは困難です。ロシアとウクライナの双方をより多角的にみるというのが『批判』という行為だと思います。わかりやすくゼロか100かになってしまっていることを懸念しています」》
だが、その「殺すな」は米国にだけ向けられていた。解放戦線や北ベトナム軍に対して、米兵も同じ人間だから殺してはならないなんて説く反戦運動家なんかいなかった。
そして、彼らの主張は「米国はベトナムから手を引け」というものであり、北ベトナムと南ベトナムの停戦など求めていなかった。だから実際に米国がベトナムから撤退した後、北ベトナムが南ベトナムに侵攻し、これを併呑しても、彼らは何も言わなかった。結果共産主義政権が40年以上続き、ベトナム人の人権が侵害されていても意に介さない。
それは反戦運動が反米運動の一手段でしかなかったからだ。
山本氏が主張する「戦後日本社会が築き上げてきた平和論」「平和の架け橋」など反戦運動のどこに存在したというのだろうか。
《〔中略〕
目立つ「国家の言葉」
――「安全保障の言葉」だけではなく、個人的な感覚に基づいた言葉で平和を語る必要も指摘されています。
「安全保障の言葉は、国民の財産と生命を守らねばならないという使命を背負った『国家の言葉』でもあります。それを否定することはできません。しかし、ウクライナ危機を語るときには、国家対国家の安全保障の言葉ばかりが目立ちます。繰り返しますが、ロシアは擁護不可能です。ただ、それと同時に、国家は国民を戦争に動員するという側面があることも認識するべきでしょう。戦後日本が培ってきた厭戦の心情からすれば、停戦や反戦を求めたり、ウクライナの徹底抗戦を疑問視したりするような多様な声がもっとあってもいいのではないでしょうか」(聞き手・渡辺洋介)》
「戦後日本が培ってきた厭戦の心情」とは、戦争は嫌なものだという素朴な思い、そして自らが侵略者になってはならないという自戒の念ではあっても、侵略された時には無抵抗で降伏せよとか、侵略された国を支援せずに降伏を勧めるといったものではないだろう。だからこそ、国民は自衛隊の存続を容認してきたのではないのだろうか。
そして、かつてのわが国は侵略した側であったが、今のウクライナは侵略されている側である。山本氏は白か黒かで割り切れないというが、少なくともロシアがウクライナ領に侵攻しているのであって、その逆ではない。
侵略に抵抗している国に向かって反戦や停戦を求める機運が盛り上がらないのは、ごく当たり前のことだろう。
山本氏はその当たり前を無視して、いろいろと無理筋な理屈づけを試みているだけとしか思えない。