トラッシュボックス

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大阪府民を愚弄した共産党の政治ビラ

2015-11-23 23:07:49 | 現代日本政治
 私は大阪府に居住しているが、先日、不可解なビラが投函されていた。



(表面の上半分)

 誰が読んでも、今回の大阪府知事選挙で、自民党推薦の栗原貴子元大阪府議への投票を呼びかけるビラだと思うだろう。

 しかし、よく読むと、どこにも知事選挙の文字はない。
 「元女性府議」とあるだけで、栗原貴子という氏名も記されていない。
 つまり、形式的には、これは選挙ビラではないということになるのだろう。

 選挙運動で配布できるビラには種類や枚数の制限があり、選挙管理委員会が交付する証紙を貼らなけれ配布することができないと聞く。
 そうした法令による制限をかいくぐるために、こうした形式にしているのだろう。

 発行元の記載を探すと、左下に小さく「明るい民主府政」とある。
 さらにその下に、米粒より小さい字で「「明るい会」は、大阪商工団体連合会、大阪府保険医協会、新日本婦人の会、全大阪労働組合総連合、日本共産党など56の団体・政党で構成しています。」 とある。

 まあ、共産党のやることなどそんなものだろう。

 共産党の政治ビラは時々投函されていることがあるが、確かに同質の雰囲気がある。



(裏面上部)

 「対立と混乱はうんざり」と批判する者が、「オール大阪 VS 維新」と対立を煽るのはどうしたことか。
 そもそも「オール大阪」とは何か。
 いつどこでそんなものが成立したというのだろうか。
 栗原氏はそんなことを言っていただろうか。
 自民党は共産党と公式には提携しないと言っていたはずだ。

 「オール大阪」が文字どおり「オール」なら、それは維新をも含めたものであるはずだ。
 維新を排除した「オール大阪」とはいったい何なのだろうか。
 維新やその支持者は大阪府民とは認めないとでも言うのだろうか。
 これは、アカを非国民として弾圧した戦前の当局の思考法と何が違うのだろうか。

 裏面の中ほどには、こんなグラフが載っている。



 これはいったい何だろうか。
 6兆3751億円の棒が5兆8288億円の棒の高さの倍以上に表示されている。

 棒グラフというのは、数値を図形化することで、視覚的に数値の差をわかりやすくするするために用いられるものだ。
 言うまでもないことだが、ここに記載されている負債残高の数字を忠実にグラフ化すれば、こんなに差が出るはずはない。
 これはインチキグラフである。

 数字をちゃんと見る読者にはそれがわかる。
 しかし、数字をちゃんと見ずに、ビラを斜め読みして、何とこんなにも負債が増えている! 維新はやっぱりケシカランと思う読者もいるのだろう。
 そういう層を狙ったビラなのだろう。

 きちんと内容を読み込む読者ではなく、パッと見の印象に踊らされやすい読者をターゲットとしている。
 ということは、このビラの配布によって支持を得られるであろう府民のレベルを、その程度のものと見込んでいるわけだ。
 こうした手法に不快感を持つ読者がどういう行動に出るかは考慮に入れない。
 
 まあ、共産党のやることなどそんなものだろう。

 昨晩の開票速報をテレビで見ていたところ、NHKの出口調査では、自民党支持層の約半数は維新の松井現知事に投票したという。
 さもあらん。
コメント

ソ連が日本の国連加盟を拒否したという史実をさりげなく隠蔽する朝日新聞

2015-11-19 22:27:18 | マスコミ
 朝日新聞の土曜版、青beに、「サザエさんをさがして」という連載記事がある。かつて朝日新聞に連載されていた4コマ漫画「サザエさん」の作品一本一本を切り口に、当時の世相を紹介している。
 11月7日のテーマは「国連加盟」だった。
 記事を読み進めて、おや、と不審に思った。

このサザエさんの漫画が載ったのは1956年12月17日。当時の朝日新聞を見ると、日本の国連加盟が連日のように紙面を飾っている。
〔中略〕
 19日朝刊はまるで国連特集だ。あるページには機構図を大きく載せ、〔中略〕別のページには創設時の51カ国を列記し、あとに続いて何年にどの国が加盟したかを記している。
 日本の加盟は80番目だった。
 東京・渋谷の国連広報センター。「4年ごしだったんです」と根本かおる所長が日本の思いを説明してくれる。「52年、サンフランシスコ講和条約が発効したときにすぐ申し込んだのですが……」
 以来、加盟の機会は何度かあったものの、国家間の思惑にほんろうされてなかなか実現しなかった。大国・ソ連との間に国交が結ばれていなかったことも大きかった。
 「55年には16カ国が加盟したのですが、それにも含まれなかったんですね」と根本さん。
 転機は日ソの国交が回復したことだった。国連加盟の決定を報じる12月13日の朝刊には「日ソ国交回復成る」の記事も載っている。日ソ国交回復と同時に日本の国連加盟が実現した構図になる。


 「サンフランシスコ講和条約が発効したときにすぐ申し込んだのですが」の後の「……」で省略されている語句は何だろうか。
 申し込んだにもかかわらず、何故すぐには加盟できなかったのだろうか。

 「以来、加盟の機会は何度かあった」のに、それを実現させなかった「国家間の思惑」とは、具体的に何を指すのだろうか。

 「大国・ソ連との間に国交が結ばれていなかったこと大きかった」と「も」を用いているが、ではそのほかにどんな大きな理由があったというのだろうか。

 「日ソ国交回復と同時に日本の国連加盟が実現した構図になる」とはどういう意味だろうか。読みようによっては、日ソ国交回復と日本の国連加盟には直接の因果関係がないかのようにも受け取れる。
 日ソ国交回復が成ったから日本の国連加盟が実現したと何故直截に書かないのだろうか。

 この奥歯に物の挟まったようなあいまいな表現は一体何なのだろうか。
 予備知識のない者がこの記事を読んだ場合、ソ連が拒否権を行使したためにわが国はなかなか国連に加盟できなかったという史実を読み取ることは難しいのではないだろうか。

 サンフランシスコ平和条約の発効によってわが国は独立を回復し、国連へ加盟を申請した。しかしソ連はサンフランシスコ条約に加わっておらず、日本の国連加盟を拒否した。1956年に日ソの国交が回復した。ソ連は拒否権を行使しなくなり、日本はようやく国連に加盟できた。
 ――というのは公知の事実ではないのだろうか。

 何か私の理解が誤っていたのかと思い、ネットで確認してみた。

 国立公文書館の「公文書による日本のあゆみ」というサイトで、国際連合憲章及び国際司法裁判所規程・御署名原本が紹介されている。
 その説明文中に、こうある。

昭和27年(1952)6月日本は国際連合に加盟を申請しました。日本の申請は、同年9月の国連安全保障理事会では10対1の圧倒的多数の賛成を得ましたが、ソ連が拒否権を発動したため、否決されました。同年12月の国連第7回総会は、国連憲章が規定する加盟条件を日本が満たしていることを認め、日本の加盟を承認するべきであると決定し、この決定を安全保障理事会が了知するよう要請する決議を採択しました。その後、昭和31年(1956)10月の日ソ国交正常化を経て、同年12月12日の安全保障理事会で日本の国連加盟が承認され、同月18日の総会は全会一致で加盟を承認。日本は80番目の国連加盟国となり、国際社会に本格的に復帰しました。


 コトバンクで「国際連合」を引くと、検索結果の中に、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説がある。
 その文中の「国連と日本」の項にこうある。

日本は戦後、独立を回復するとまもなく、1952年(昭和27)6月23日、国連加盟の申請を行った。しかし、米ソ対立の激しいなか、ソ連はアメリカの推す国は日本をはじめどの国の加盟も拒否権をもって阻止した。1955年になって、日本を含む18か国の一括加盟案が上程されたが、国民政府(中華民国)がモンゴル人民共和国の加盟に反対したため、ソ連は日本にのみ拒否権を行使し、モンゴルとともにこのときも日本は加盟の機を逸した。結局日本の加盟は、翌1956年の12月、日ソ国交正常化交渉の成立をまって実現することができた。なお、日本は国連加盟前に、すでに国際司法裁判所とすべての専門機関に加盟していた。


 やはりそうだろう。

 「サザエさんをさがして」のこの回の記事は、いったい何故こんな持って回った表現をとっているのだろうか。
 冷戦時代じゃあるまいし、共産主義社会実現の理想に燃えてソ連を擁護しているのではもちろんないだろうし、かつていわゆる進歩派に見られたような、ソ連に批判すべき点があったとしても、それを指摘するのは、結果的に保守政権を利することになるから、控えるべきであるといった、党派的な思考法をとっているわけでもないだろうに。

 それとも朝日的には、ソ連を正面から批判することは未だにはばかられるのだろうか。
 ソ連崩壊から20年以上を経ているというのに。

 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説でわかるように、1955年に中華民国がモンゴルの加盟に反対しなければ、ソ連はわが国に拒否権を行使せず、わが国の加盟が実現したのかもしれない。断固とした拒否で一貫していたのではなく、容認の余地はあったのかもしれない。
 先の記事の表現は、そうした事情を考慮した上でのものかもしれない。

 だとしても、当初のわが国の申請を拒否したのは事実だし、結果的には1955年にも拒否したのだし、別にここまでぼやかすこともないと思うのだが。

 それとも、何かまだ私が気付いていないほかの理由があるのだろうか。

 記事の末尾に「依光隆明」と署名がある。
 調べてみるとこの記者は、元々高知新聞の記者で、社会部長や経済部長を務めた後、朝日新聞にヘッドハンティングされたという。
 そして、特別報道部長に就任して、現在も連載されている「プロメテウスの罠」を企画、展開した人物だという。現在は朝日新聞編集委員だという。
 そのような記者にして、何故このような記事になるのか。
 あるいは、そのような記者だからこそ、このような記事になってしまうのか。

 ハフィントンポストに、日本ジャーナリスト教育センターが、ジャーナリストキャンプ2014なる催しで行われた「日本のジャーナリズムは「危ない」 ソーシャル時代に必要な記者のスキル」と題する依光氏らによる座談会を掲載している。
 その中で、氏は「ソーシャル時代に求められる記者のスキルは何ですか?」という質問に対して、次のように述べている。

依光:相手の立場を分かっておく必要があります。「この人はどう思っているのだろう」を考えるのが大事であり、「自分はこう思う」というのは、究極、新聞記者にはいらないのでは、とさえ思います。常に気を付けているのは「ファクトは何か」ということです。「論」というのはかっちりしたファクトがあって初めて成立します。ファクトは隠れていることが多くて、掘り出すには労力がいります。個人的には「~という」「~だそうだ」「約~」はできるだけ消すように事実関係を突き詰めています。あとは、人の言うことを信用しないこと。飲み屋でママさんが「あなたかっこいいわね」というのは絶対嘘ですから(笑)官僚や政治家はその場の言葉がうまい。そういうことを考えるのは初歩の初歩ですが、その積み重ねだと思います。


 ファクトを掘り出す労力が必要なのは、政治家や官僚の言葉だけではなさそうである。

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