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政権交代の効用

2012-07-24 22:42:47 | 現代日本政治
 10日付朝日新聞朝刊は、野田首相が集団的自衛権の憲法解釈について「政府内での議論も詰めていきたい」と述べたことを1面トップで報じた。

集団的自衛権の解釈見直し
首相「政府内で議論」

 野田佳彦首相は9日の衆院予算委員会で、政府が行使を禁じている集団的自衛権について「政府内での議論も詰めていきたい」と述べ、憲法解釈の見直しを検討する意向を表明した。野田政権の有識者会議「フロンティア分科会」が憲法解釈の変更を提言したことを踏まえた発言だ。ただ、民主党内には慎重論も強く、合意形成は難しそうだ。

自民と協議 意欲

 分科会は集団的自衛権について「解釈などの見直しを通じ安全保障協力手段の拡充を図るべきだ」と6日に提言。首相は就任後は「解釈を変えないが議論はあっていい」と述べるにとどめていたが、この日の答弁では「解釈見直しの提言もあった。政府内での議論も詰めていきたいと考えている」と述べた。

 集団的自衛権の行使容認は首相の持論で、就任前の2009年の著書では「この問題をクリアしない限り自衛隊を海外に出す話などしてはいけない」と主張。分科会関係者は「首相の考えを踏まえて議論し、提言ができた」としている。

 ただ、民主党内には自衛隊の海外活動の拡大に慎重な勢力もあるうえ、低支持率の野田内閣が集団的自衛権の解釈変更に踏み込むのは難しい状況だ。藤村官房長官は9日の会見で、分科会の上部機関に当たる国家戦略会議での取り扱いについて「一つを取り上げてどうということはまったくない」と慎重姿勢を示した。
 また、首相は9日の答弁で消費増税法案での自民党との修正合意を評価した上で「先延ばしにしていたテーマで結論を出せるようにすることは国民にとってプラスだ」と強調。「憲法も含めそういう姿勢で臨んでいくべきではないか」と述べ、改憲を掲げる自民党との協議に意欲を示した。


 さらに、11日の政治面には、「首相、強める保守色」との見出しで、集団的自衛権の解釈見直しのほか尖閣諸島の国有化、武器輸出3原則の見直し、PKOでの武器使用基準の緩和についても自民党の政策を後追いしている、しかし寄り合い所帯の民主党にとって外交・安保政策での強硬姿勢が党の結束のプラスに働くとは限らないとする記事が掲載されている

 朝日が挙げる自民党と野田政権の諸政策――集団的自衛権の解釈見直し、尖閣諸島の国有化、武器輸出3原則の見直し、PKOでの武器使用基準の緩和――は、別に「強硬姿勢」とは言えないし、「保守色」とも言えないように思うが。
 これらは本来、保守と革新、あるいは保守とリベラルという対立軸とは関係ないはずだが、こういった政策に「保守」のレッテルを貼り危険視するのが相変わらずの朝日流。
(ちなみに、記事中に「保守色」との表現はない)

 古くは単独講和や安保改定、後にはPKO協力法や有事法制など、外交・安保政策で朝日が否定的に報じるならは、だいたい肯定的に見るべきものと考えて間違いはない。

 この野田の答弁を受けてか、大阪市の橋下徹市長は10日、これまでの政権批判から一転して「野田首相はすごい。税を上げて、社会保障の議論もしていく。確実に『決める政治』をしている」「民主党の支持率は急回復すると思う」と評価するとともに「首相の考えに近い自民党の中堅、若手がいっぱいいる。このまま進めば新しいグループができて、ものすごい支持率が上がると思う」と政界再編を期待したと伝えられ、その豹変ぶりが注目された。
 私は消費税増税にも大飯再稼働にも賛成なので、そうした点からの橋下の政権批判には同意しないが、今回の高評価はわかる気がする。
 民主党の支持率が急回復するとはとても思えないが、政界再編には期待したい。

 55年体制の下、野党第1党の社会党は自衛隊は違憲であるとし非武装中立論を唱え、日米安保体制にも反対であった。それは1993年、細川内閣の連立与党として久々に(自衛隊発足後は初めて)政権に参加しても、変わることはなかった。
 社会党が明確に自衛隊は合憲であると認め、日米安保も容認したのは、自党の党首が首班となった村山内閣が成立してからのことであった。
 社会党は、日本新党や新進党といった新興勢力に対抗できず議席を減らし、党刷新も実行できないまま、1996年に社会民主党に改称したが、同年の衆院選に際し鳩山由紀夫と菅直人が主導して結成された民主党に約半数の議員が移った。
 民主党は、新進党解党後の勢力を吸収するなどして拡大し、2009年にはついに政権交代を実現させたが、横路孝弘をはじめとする社会党出身者が非武装中立論や自衛隊違憲論、日米安保否定論に回帰することはなかった。

 一方、民主党に加わらなかった議員が残った社民党は少数政党に転落し、やがて自民党との連立を解消した。そして非武装中立論や自衛隊違憲論、日米安保否定論に回帰したが、もはやその主張が国民の多数から顧みられることはなかった。
 2009年の政権交代では連立与党の一角を占めたものの、翌年には鳩山内閣の「最低でも県外」の公約が実行されなかったとして政権を離脱した。

 誰だったか忘れてしまったが、ある長老政治家が、野党の仕事とは、とにかく何が何でも与党から政権を奪うこと、それだけに尽きるという意味のことを若手議員に語ったというエピソードを記憶している。
 民主党はその教えに忠実に従い、ついに政権を奪取した。
 その主張の中には、いわゆる反対のための反対もあったことだろう。自民党の看板政策(郵政民営化)であるから、あるいは自民党政権下で批判的に論じられた(後期高齢者医療制度)からといった理由で、反対することになったものもあるだろう。

 しかし、いざ政権を担ってみると、できることは限られており、単純な反対論だけではどうにもならないことがわかってくる。
 だから、仮に民主党が次の総選挙で下野したとしても、もう単純な全面対決の姿勢に回帰することはできない。

 そういう事態になってこそ、改憲のための3分の2のハードルをクリアできるのではないか。
 逆に言えば、そうでもならない限り、3分の2をクリアすることなどできっこない。

 政権交代の効用と言えるだろう。


(関連過去記事 民主党政権は安保政策の見直しに踏み込め
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尖閣諸島の岩に描かれた日の丸をどう思いますか?

2012-07-21 11:01:27 | 「保守」系言説への疑問
 先日の記事「尖閣諸島の日の丸、そしてヤギ」に関連して、上のような質問を「人気ブログランキング」の投票サービスで作成してみました。

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どうなる小沢新党

2012-07-21 01:51:44 | 現代日本政治
 11日の小沢新党「国民の生活が第一」の結成に続いて、17日には民主党の女性参院議員3名が離党し、国民新党を離党して無所属となっている亀井亜紀子とともに、新会派「みどりの風」を結成すると表明した。

 また、既に民主党を離党していた木内孝胤ら衆院議員3人が19日、新会派「改革無所属の会」を結成した。18日に離党した中津川博郷も合流するという。以前に離党し河村たかしの「減税日本」に参加している佐藤夕子も加わるとも伝えられる。

 なんだか、1993年の宮沢内閣不信任案可決から94年前半にかけて、自民党から続々と離党者が出たことを思い起こさせる。
 新生党、新党さきがけ、改革の会、自由党、新党みらい、高志会……。
 さきがけを除き、彼らのほとんどは小沢一郎が主導する大政党、新進党の結成に参加した。

 今回の離党者たちも、既に結成している新党きづなや新党大地・真民主などとともに、小沢が主導する一大勢力を築き上げるのだろうか。
 どうも、そうはなりそうにない。
 一時的に議員の数は集められるかもしれないが、次の選挙では大多数が当選はおぼつかないのではないか。
 世論調査でも小沢新党への期待は著しく低い。当然だと思う。

 1日付けのYOMIURI ONLINEの記事は、小沢が次期衆院選について「オリーブの木みたいな形でやればいい」と周辺に語っており、新党大地・真民主や減税日本、大村秀章愛知県知事の「日本一愛知の会」との連携を図っていること、さらに石原新党や大阪維新の会との連携にも期待しているが、維新の会幹事長の松井一郎大阪府知事は連携に否定的で、石原都知事も小沢新党には批判的でなおかつ当面の新党決定を否定したことを伝えている。
 すると、あとは社民党や共産党との連携か。

 池田信夫は3日付のブログの記事「心情倫理党と責任倫理党」で、6月14日の「消費大増税採決に反対する超党派国民集会」に小沢や鳩山由紀夫と社民党の福島瑞穂党首、共産党の志位和夫委員長、みんなの党の渡辺喜美代表が同席し、福島が「小沢新党との連携も視野に入れている」と語ったことを挙げて、

これはわかりやすい対立だ。一方には小沢氏からみんなの党に至る心情倫理の政治家が結集し、他方には民主・自民の大連立で責任倫理の党ができれば、意味のある選択肢ができる。

〔中略〕

永遠に責任を問われない社民党などが心情倫理を主張することは合理的である。小沢氏は自分が永遠に権力の座にはつけないことを知って、その目的にふさわしい戦術を選んだのだろう。

〔中略〕

ぜひ最後の剛腕を発揮して「心情倫理党」を結成してほしい。そうなれば、近来まれに見るおもしろい選挙になるだろう。


と興味深い指摘をしている。

 小沢新党と社民党との合流についての指摘は池田に限らず、政治学者の雪斎こと櫻田淳も、9日付のブログの記事で、

 小澤一郎氏の新党の行方は、どうなるのか。折角、「反増税・脱原発」を掲げているのだから、是非、社民党と合流して「新社会民主党」結成をやってもらいたい。「国民の声が第一」などという会派名や党名は、みっともないことこの上ない。社民党との合流には、鳩山内閣下での縁もあるのだから、大した障害もない。由緒ある三宅坂の社民党本部の建物も使える。小澤氏には、「誰と寝ようと…」と口走った忘れ難き実績もある。福島みずほ女史に象徴される「憲法第九条原理主義」を徹底して骨抜きにした上で、「新社会民主党」がドイツ社会民主党を彷彿させる脱皮を遂げるのに尽力してくれれば、彼に対する評価も、「九回裏の逆転満塁ホームラン」になる。しばらくしたら、「新」を外して、「社会民主党」に戻せばよろしい。できなければ、彼も、完全な「ジ・エンド」である。これは、昔日には紀尾井町の小澤・新生党本部に度々、出入りしていた雪斎の「最後の忠言」ということにしておこう。くわばら、くわばら。


と、社民党との合流を説いているし、産経新聞の阿比留瑠比記者も、12日付のMSN産経ニュースの記事で、

「これから協力をお願いするかもしれない。よろしくお願いします」

 小沢氏は4日の離党表明後、社民党の又市征治副党首を訪ねてこう要請した。社民党幹部も「消費税、原発再稼働、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、沖縄…と考え方は一緒だな」と連携に意欲的だ。

 思えば15年9月の自由党と民主党の合併後、小沢氏が最初に接近したのが党内の旧社会党系議員のボス、横路孝弘衆院議長だった。

 小沢氏は横路氏との間で「自衛隊の海外派遣に歯止めをかける」「憲法9条に基づく専守防衛に徹する」などとうたう合意文書に署名し、旧社会党グループを足掛かりに党内基盤を固めていった。

 「話していると小沢さんの方が『左』に思える」

 やはり旧社会党出身の輿石東幹事長も周囲にこう漏らす。小沢氏は民主党を離れたことで「虎の子」の連合票を失ったが、一定の解決策はある。ヒントは自由党党首時代、産経新聞のインタビューでこう語っていたことだ。

 「社民党票は創価学会の票より固い。しかも、自民党と同じで地方ほど強い」

 ならばいっそ、新党の先細りを避けるためにも、政治理念や思想信条が近い社民党と合流した方が分かりやすい。


と、同様に合流を説いている。

 かつて『日本改造計画』に魅せられ、小沢に新自由主義とか新保守主義といったレッテルが貼られていたことを知る者の1人としては、彼がこうした反対のための反対に興じる勢力と連携するという事態にはややさびしい思いがするが、しかし新進党解党後の小沢の軌跡を思うと、これも自業自得と言えるだろう。

 そして、彼の社民党や旧社会党勢力との連携は、要するに相手の基本政策には手を触れないことを条件に協力を得るというスタイルだったのだから、櫻田が言うように彼が「「憲法第九条原理主義」を徹底して骨抜きにした上で」「ドイツ社会民主党を彷彿させる脱皮を遂げるのに尽力」することなどないだろう。そんなことは、社民党もその支持者も望んでいないだろう。
 社民党はこのまま、恐竜のように滅び去るのがふさわしい。

 それにしても、「オリーブの木みたいな形で」とは……。
 「オリーブの木」とは、1990年代のイタリアでの左翼民主党(旧共産党)と人民党(旧キリスト教民主党)を中心としたゆるやかな中道左派連合だ。既成政党が崩壊し政界再編が進むイタリアで、新興勢力であるベルルスコーニらの右派連合から政権を奪取した。
 しかし、地域政党はともかく、社民党や共産党は既成政党そのものである。小沢新党は新党ではあるがその内実は民主党小沢グループの一部に過ぎない。これでは、連合を組んだとしても国民にとって新味はない。
 例えば、共産党がイタリアの左翼民主党のように民主集中制を放棄し社会民主主義を選択するとか、あるいは社民党が高福祉・高負担という本来の社会民主主義に基づいた政策に転換するとか、そうした劇的な変化があれば別だが、それを欠いた、単なる反対のための反対としての反原発、反消費税増税、反TPPといった主張に、さして支持は得られないだろう。

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幻の大連立

2012-07-16 10:52:58 | 現代日本政治
 東日本大震災に際して、私は、ねじれ国会のままでは対策はおぼつかないから、民主党と自民党の大連立、あるいは挙国一致内閣で、スピーディーに対策を進められればよいのだがと期待していた。
 未曾有の国難だもの、それぐらいの協力体制はとれるのではないかと思っていた。

 ところが、いっこうにそうした動きは見られなかった。
 それどころか、3月19日には、菅首相が自民党の谷垣総裁に副総理兼震災復興担当相として入閣するよう要請し、断られるという出来事があった。
 当時私は次のように書いた

 これは拒否されて当然だろう。
 大連立を持ちかけるなら、副総理とはいえ、谷垣1人のみなどとはおよそ常識外れな話だろう。
 重要閣僚を含めた半数近くを自民党に差し出すぐらいの覚悟でないと。
 ましてや「震災復興担当相」とは。民主党は震災対策を自民党に押しつけるつもりなのかとの疑念が生じても不思議ではない。

〔中略〕

 菅首相の独断だったというのだが、いったいこれは、公明党の山口代表への打診も含め、どこまで本気だったのだろうか。
 あるいは、野党には入閣を要請したが断られたという実績を残すための、断られることを前提としたポーズだったのだろうか。
 本気だとしたら、こんなやり方はないだろうし、これぐらいで引き下がるべきではないだろう。
 私としては後者のように思えるのだが、それが果たして、今後の国政に益する方策だったのだろうか。


 だが、ポーズではなく、どうも本気だったようだ。

 7月11日の朝日新聞朝刊で始まった短期連載「自民党、どこへ 野党第1党の研究」の第1回で、この件が取り上げられていた。
 震災直後は、自民党にも協力する気運があったという。

震災 幻に終わった大連立

 昨年3月11日。自民党副総裁の大島理森(65)は、大阪方面に向かう新幹線に乗っていた。車内の電光掲示板では、大地震と津波発生の速報が流れていた。
 「副総裁、これで解散はなくなりましたね」
 同乗していた幹事長代理の田野瀬良太郎(68)が、つぶやいた。
 自民党は当時、外国人献金問題などで菅政権を追い詰めていた。予算関連法案に協力するかわりに首相の菅直人(65)に衆院を解散させることで、「5月末には総選挙に持ち込める」との見方が強まっていた。
 しかし、震災が状況を一変させた。「場合によっては連立も考える必要がある」。党総裁の谷垣禎一(67)は思った。民主党とは社会保障、財政政策で隔たりが大きい。「信頼する人間同士が政策協議するところから始めるべきだ」。そこまで腹を固めていた。
 だが、協力への模索は、入り口でつまづいた。
 谷垣が回想する。
 3月19日。菅から突然電話がかかってきた。副総理としての入閣要請だった。根回しなき直談判に戸惑いながら、電話の内容を外部に公表するつもりなのかどうか問うと、菅は「すぐ外に表れますから」と即答。そんな手法にあきれた谷垣は、入閣を拒んだ。
〔中略〕
 震災ショックを受けた協力の気運は急速にしぼむ。菅への不信を募らせた大島は、官房副長官の仙谷由人(66)にひそかに伝えた。
 「菅さんじゃなければ、大連立を考えてもよい」
〔中略〕
 「菅抜き大連立」を探ったのは、自民党も対決一辺倒では何も決まらないねじれ国会の限界に直面していたからだ。それは震災復興にとどまらない。大島は仙谷に、こう伝えている。
 「税と社会保障の問題は我々団塊の世代で解決しなければならない。次の選挙を経て、自公民で連立を組んでやらないといかん」

解散見えぬまま、部分連合

 「国家のために、よい決断をしてくれた」
 民自公3党が先月、消費税関連法案の修正に合意すると、仙谷らから大島に感謝のメッセージが相次いだ。自民党内ではベテラン議員を中心に「我が党が主導した」という高揚感が漂う。
 ただ合意の仕上げに大島は、首相の野田佳彦(55)と谷垣との党首会談を画策していた。解散への道筋をつけるつもりだった。だが野田側の返事は「党首会談をやるつもりはない」と、つれなかった。総選挙という「けじめ」はいつなのか、はっきりしないまま、消費増税の部分連合がなし崩し的に成立した。自民党内では「増税への協力だけを食い逃げされた」との怒りも広がる。
〔後略〕(園田耕司)


 大島の「証言」というコーナーには次のようにある。

 参院選に勝って「ねじれ国会」となった時、野党第1党の責任として、ねじれを乗り越えた役割を考えないといけないと思った。
 しかし震災後、菅さんが大連立のネックだった。内閣不信任案提出には「復興の時に何ごとか」と批判もあった。だが、「急がば回れ」で、その方が復旧復興の国益になる、と思った。「もう一度、国民の声を聞く機会(総選挙)をつくる道になるかもしれない」という気持ちも、なかったわけではない。


 また、この記事に関連して、菅は次のように語ったと15日の朝日に出ている。

 菅氏によると、震災直後、自民党と「時限的でもよいからしっかりとした協力体制を作りたい」と考え、「谷垣氏と会わせてもらえないか」と同氏に近い自民党のベテラン議員に頼んだ。仲介者から19日に谷垣氏に電話するようにと連絡があり、菅氏は電話。「ぜひ会って話を聞いてもらいたい」と2人きりの会談を求めたが、谷垣氏は会うことに難色を示したという。
 「最初は2対2、最後は1対1で別室で」と求め続けるうち、谷垣氏から「ここで話をすれば聞く」と言われたという。菅氏は「電話でもいいからせめて真意を」と考え、「国のため責任を分担してもらいたい」と入閣を求めたが、拒否された。菅氏は「私自身が残念ながら信頼を得られていなかった」と振り返った。


 このような手法で谷垣の入閣と自民党の協力が実現できると本気で考えていたのなら、私のような政治家でも何でもない一国民が言うのは僭越だが、あまりにも政治的センスが、いやそもそもコモン・センスが無さ過ぎると言わざるを得ない。
 菅は当時60代半ばで衆議院議員当選10回。閣僚歴もあれば民主党代表も務めている。分別も政治的経験もそれなりに持ち合わせているはずで、全く信じがたい話だが、菅とはそういう人物だったということなのだろう。
 
 大島が言う「急がば回れ」には賛同できない。しかし、東日本大震災に際して菅が首相であったのは、速やかな与野党協力体制がとれなかったという点で、わが国にとって不幸なことだったと思わざるを得ない。

 もっとも、船頭多くして何とやらで、大連立や挙国一致内閣が成立していたとしても、それがうまく機能しなかった可能性もあるが。

 一方、記事によると、大島は仙谷とは協力体制がとれたようである。
 仙谷は菅内閣の官房長官を務めていたが、自民党が第1党の参議院で問責決議を受け、2011年1月の内閣改造で退いたにもかかわらず、震災直後に内閣官房副長官に起用された。
 当時私はこの起用を野党への配慮がないと批判したが、その仙谷が自民党と信頼関係を築いていたというのだから、政治の世界とは全く摩訶不思議である。

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マニフェスト堅持派に問いたいこと

2012-07-15 09:51:11 | 現代日本政治
 産経ウォッチャーの黙然さんが、こんなことを言っている

 たとえ消費税増税がどんなに必要な政策であったとしても(わたしはそうは思いませんが)、筋論で言えば、「4年間(政権維持中)は議論のみにとどめ、増税は国民の信を問うてから」としたマニフェストがある以上、筋論としては小沢氏の方が通っています。そもそも小沢氏が反主流派になったのも、マニフェスト維持をあくまで唱えイタタためです。彼については批判が多く、特にその政治手法については指示できないという人が多いのは承知の上で、あの09年総選挙では有権者の多数が民社国三党マニフェスト「コンクリートから人へ」を圧倒的に支持し、その政権が続いている以上、スジは小沢氏にあると考えます。バラマキといわれようがやるべき政策を通して、その結果を4年間待つべきで下。


 「たとえ消費税増税がどんなに必要な政策であったとしても」、先の総選挙ではそれを掲げず、掲げたのはマニフェストであった以上、小沢の方がスジが通っている、民主党政権は4年間マニフェストを実行すべきだったと言うのである。

 小沢自身や同調して離党した議員を含め、こういう人々に私は問いたい。
 では、どうやってそれを実現するのか?

 だって ねじれ国会なんだよ?
 野党がそろって反対すれば 法案一本通せないんだよ?

 そうなれば、国政は停滞するばかりだ。
 仮にそうした事態に陥ったとしても、
「わが党はマニフェストの実現に邁進しましたが 残念ながら野党の抵抗のために実現できませんでした。責任は挙げて野党にあります」
とでも弁明するのだろうか。
 それは政権党として無責任というものではないか。

 民主党政権とは何だったのか、結局何もできなかったではないかと総括する向きにも同じことを言いたい。
 一昨年の参院選でねじれ国会となってしまった以上、できることは限られていた。
 仮に参院選で過半数を確保できていれば、また違った展開が見られたことだろう。
 だからといってマニフェストが着々と実現できたとは限らないが。

 高支持率の下で発足した安倍政権が、1年足らず後の参院選で大敗し、以後自民党政権がねじれ国会で苦しんだのと同様の構図だ。
 こんなに国政選挙がひんばんにあり 国民の振幅が激しければ、安定政権は望むべくもない。
 だから、参院は廃止するか、その権限を大幅に弱めるべきだと思うが、それはさておき。

 ならば、いたずらに国政を停滞させるよりも、マニフェストを棚上げしてでも、野党の主張を取り込んででも、合意できることは合意し、なすべきことをなすのが、当然の選択ではないのだろうか。

 もちろん、消費税増税に反対だから、野田の変節は支持できないというなら、それはそれでいい。
 しかし、消費税増税が「どんなに必要な政策であったとしても」、選挙の洗礼を経ていない以上それは採るべきではなく、あくまでマニフェストに固執すべきなどという言説には呆れるほかない。
 私は、今のわが国に消費税増税は「必要な政策」だとかねてから考えているので、マニフェストに反しようが、菅・野田両政権の消費税増税路線と自民・公明の協力を支持する。
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尖閣諸島の日の丸、そしてヤギ

2012-07-10 20:26:41 | 「保守」系言説への疑問
 しばらく前に、MSN産経ニュースのこんな記事を見た。

絶海の尖閣に領土の証し 東京都議視察漁船に同行
2012.6.27 23:05

 絶海に浮かぶ魚釣島の岩肌に荒々しく、くっきりと描かれた日の丸。それは日本の領土としての確固たる証しだった。

 「国がやらないなら、都がやる」と東京都の石原慎太郎知事が打ち出した尖閣諸島(沖縄県石垣市)購入計画。その思いに呼応した都議会議員7人(民主党6人、無所属1人)が25日夜から丸1日かけ、民間団体による集団漁業活動に加わる形で実施した尖閣諸島周辺視察に同行した。乗り組んだ漁船は、国境の島々まで約20メートルに迫った。

〔後略〕


 岩肌に日の丸?
 何てことをするんだろう!

 北朝鮮では、白頭山や金剛山といった名峰の岩肌に、体制賛美のスローガンを刻んでおり、心ある人々を嘆かせていると聞くが、日本人にも同じような輩がいるのだな。 

 調べてみたら、かつて尖閣諸島に灯台を設置した日本青年社が描いたものらしい。
 こちらのサイトに写真があった。 

 もっと巨大なものかと想像していたので拍子抜けしたが、落書きみたいで情けなくなった。
 産経はこんなものを「日本の領土としての確固たる証し」と手放しで喜んでいていいのだろうか。

 その後、本屋で尖閣などの領土を扱った本を見ると、同様の写真が載っていたので、知っている人は多いのだろう。

 私は、尖閣諸島は当然わが国の領土だと思っているし、石原構想はともかく国有化してもよいと思うが、こんな感性の者共に国土を好き勝手にしてほしくない。

 そういえば、日本青年社は灯台建設のために上陸した際に島にヤギを放し、それが現在、島固有の生物を脅かしていると聞く。
 以前読んだ、松井正文『外来生物クライシス』(小学館新書、2009)の178ページ、「ヤギ」の項にその話が出ている。

 雌雄1頭ずつのヤギがもち込まれたのは1978年のこと。島に灯台を建てるために上陸した政治団体によるものだった。
 この団体のメンバーらは、魚釣島上陸前に与那国島に滞在した。その際、島民から緊急時の食糧としてヤギを連れていくように勧められ、島のヤギを贈られたのだという。
 ところが、灯台建設を無事終えて島を引き揚げる際に、彼らは運び込んだヤギを置き去りにしてしまった。国内外来種による生態系の破壊などという考えが世間に存在していない時代のことである。まさか自分たちが運び込んだヤギが後に大繁殖し、魚釣島の貴重な自然を破壊することになるなどとは想像もしていなかっただろう。


 大繁殖は想像していなかったかもしれないが、外来種の問題は当時既に指摘されていたのではないか。
 そうでなくても、せっかくいただいたヤギを島に置き去りにしていいのだろうか。

 同書によると、1991年に琉球大学の専門家らが中心となり島に上陸してのヤギの調査が行われ、300頭以上のヤギが生息し、島の植物相や生態系を破壊していることが明白となったが、政府はその後一般国民の上陸を禁止したため、「専門家たちは歯ぎしりして傍観するしか手だてはないのだ」という。
 また、

 ヤギを置き去りにしてしまった政治団体は、上陸できるようであれば責任を取って捕獲作戦を行いたいと述べているようだが、彼らがなんといおうとも、現在の状況では上陸は許されない。


ともある。
 私はこれを読んで、彼らも何とかしたいとは考えているが、政府の方針に従って上陸できないのだと思っていた。

 ところが今日、日本青年社のホームページを見てみると、彼らは平成12年から15年にかけて毎年魚釣島に上陸している。16年にも上陸しようとしたが低気圧の接近により引き返している。17年には灯台を国に譲渡し、以後は上陸していない。22年には中国漁船衝突事件が起き、抗議のため上陸を計画するが、政府の圧力により断念したとある。

 その気になれば上陸できるんじゃないか?

 もちろんホームページにはヤギ問題についての記述はない。

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朝日社説「大阪政治条例―基本的人権を制約する」を読んで

2012-07-02 01:22:44 | 現代日本政治
 6月30日の朝日新聞社説。

大阪政治条例―基本的人権を制約する

 政治活動をした職員はバンバン懲戒免職にする――。

 橋下徹大阪市長はいう。言葉どおり、そうした職員を原則として免職などにする「職員の政治的行為の制限に関する条例案」を市議会に提出する。

 条例案では、制限する政治的行為を具体的にあげている。政治団体の機関紙の発行や配布をしてはならない。集会で拡声機を使って政治的意見をいうこともだめ。政治的目的をもって演劇を演出するのも禁止。

 勤務中か否か、公務員とわかる姿かどうかを問わず、すべての活動をしばりかねない。

 集会や結社、表現の自由は、憲法が保障する民主主義の基本だ。だから政治活動の自由も保障される。行政の中立を損なわない範囲での公務員の活動も、自由であるべきだ。

 大阪市の条例案は、公務員の私的な生活領域にも踏み込むものであり、賛同できない。

 国家公務員の特定の政治活動には法で刑事罰があり、地方公務員にはない。橋下氏は当初、条例に同じような規定を入れようとしたが、政府が「地方公務員法に違反する」との答弁書を閣議決定したため、断念した。

 しかし、この答弁書で政府は「地方公務員の地位から排除すれば足りる」と、地公法ができた時の経緯を示したため、免職までができる条例案にした。

 規制は最小限にとどめるという精神を取り違えている。

 国家公務員法の罰則規定は、1948年、連合国軍総司令部(GHQ)が労組の活動を封じるために、当時の内閣につくらせた。今は、その規定の方が、時代にあわなくなっている。

 むろん、公務員は自分の政治的な信条で行政を左右してはならない。しかし休みのときに、一般の職員がデモや政治的集会に私服で出かける。それは、本人の判断ですることだ。

 社会の情勢や国民の考えは、大きくかわった。先進国ではごく限られた行為だけが規制されている。今さら戦後の混乱期のような考えに戻ることはない。息苦しい制度によって社会の幅広さや活力をそぐ害が大きい。

 橋下氏が代表である大阪維新の会は、次の衆院選で全国に候補者を立てるという。脱原発や大阪都構想に共感した職員が、休日に街頭署名や集会を企画したら免職にするのだろうか。

 大阪市では長年、役所と組合のもたれあいが言われてきた。昨年の市長選では前市長を職員労組が支援し、勤務中に職場を抜けて政治集会に出ていた職員もいた。このような問題は現行法で個別に正せばいい。


 私はそもそも、地方公務員の世界で何故あれほど公然と政治活動が認められているのか不思議だった。
 地方公務員も国家公務員同様、政治的行為は制限されているはずなのに。

 国家公務員法には政治的行為の制限に違反した場合の罰則があるが、地方公務員にはそれがないことを、今回の騒動で初めて知った。

 だが、地方公務員も地方政治には当然深く関与している。厳しい政治的中立性が要求されるのは同様のはずである。
 このような差を設けることに、合理的な根拠はあるのだろうか。

 橋下が、当初は条例で罰則を設けようとしたのも、そうした疑問に基づくものだろう。
 だが、政府は、地方公務員法制定の経緯からして、条例で罰則を設けることは違法であるとの答弁書を閣議決定した。
 制定の経緯がどうであれ、法律に「してはならない」と書いていないことをするのが果たして違法なのかどうか、私には大いに疑問だが、閣議決定である以上橋下はこれに従わなければならない。
 ただ、制定の経緯は、「地方公務員の地位から排除すれば足りる」から敢えて罰則を設ける必要はないというものだったため、橋下はそれならと今度は懲戒処分を下すために具体的事例を定めた条例の制定に動いた。
 しごく当然の反応であり、何の不思議もない。

 国家公務員法の罰則規定が「時代にあわなくなっている」と考えるのは朝日の自由だ。
 しかし、時代に合っていようがいまいが、国家公務員法でも地方公務員法でも現実に政治的行為は制限されているのである。
 ならば、それに基づいて懲戒処分を下すために具体的事例を定めておくのは当たり前のことだろう。処分権者が恣意的に政治的行為を定義することを防ぐためにも。
 条例が定める政治的行為の制限が厳しすぎるといった批判はともかく、条例を制定すること自体に問題があるという批判には賛同しがたい。
 ならば、まず地方公務員法の政治的行為の制限の廃止を民主党政権に訴えるべきだろう。

 ついでに言うと、

先進国ではごく限られた行為だけが規制されている。


とあるが、仮にそうだとして、それによる弊害は生じていないのだろうか。本当にそれがわが国が進むべき方向なのだろうか。

 さて、社説は、その条例案における政治的行為の制限の内容について、

政治団体の機関紙の発行や配布をしてはならない。集会で拡声機を使って政治的意見をいうこともだめ。政治的目的をもって演劇を演出するのも禁止。

 勤務中か否か、公務員とわかる姿かどうかを問わず、すべての活動をしばりかねない。


と述べるが、果たしてこれが「すべての活動をしばりかねない」と言えるのか。
 これらは、政治活動に単に参加するというレベルではない。 政治活動を主宰する、あるいはかなりそれに近いレベルの活動だろう。

 検索すると、ある反橋下ブログに条例案が全文掲載されていたので読んでみたが、これらの制限項目は全て、国家公務員なら人事院規則で制限されているものばかりであり、特段問題があるとは思えない。

 一方で社説は言う。

 むろん、公務員は自分の政治的な信条で行政を左右してはならない。しかし休みのときに、一般の職員がデモや政治的集会に私服で出かける。それは、本人の判断ですることだ。

 社会の情勢や国民の考えは、大きくかわった。先進国ではごく限られた行為だけが規制されている。今さら戦後の混乱期のような考えに戻ることはない。息苦しい制度によって社会の幅広さや活力をそぐ害が大きい。


 しかし、「休みのときに、一般の職員がデモや政治的集会に私服で出かける」ことはそもそもこの条例案では制限されていない。

 橋下も、7月1日のtwitterでは、

政治活動には、デモなどの表現活動と、選挙活動そのものがある。前者はまあいいにしろ、しかし後者との区別があいまいなものもある。政治家は公人として基本的人権が大幅に制約される。公務員も同じ公人だ。公務員がどれだけの力を持っているか、朝日新聞は知らないのか?


と述べており、デモへの参加者を一律に懲戒処分にせよなどとは言っていない。

 制限されていない事例をわざわざ持ち出して、それへの制限までが意図されているかのように「息苦しい制度によって社会の幅広さや活力をそぐ害が大きい」と語るのは、読者を惑わすものではないか。

 さらに社説は、

 橋下氏が代表である大阪維新の会は、次の衆院選で全国に候補者を立てるという。脱原発や大阪都構想に共感した職員が、休日に街頭署名や集会を企画したら免職にするのだろうか。


と問うているが、何故このような問いが出てくるのか不思議だ。
 この条例制定の動きは単なる橋下による抵抗勢力潰しであり、自分を支持する職員に対しても同じ原理を適用できるはずがないと高をくくっているのだろうか。
 橋下がこれにどう答えるかはわからないが、仮に反・橋下の政治活動を公然と行った職員を、言葉どおり「バンバン懲戒免職にする」のなら、親・橋下の政治活動を公然と行った職員も同様に処分すればよいだろう。
 その場合、朝日はこれをどう評するだろうか。

 職員の飲酒運転による交通事故の続発に業を煮やした高島宗一郎・福岡市長(元九州朝日放送アナウンサー)は、職員に対し1か月間自宅外で酒を飲まないよう求め、話題になった。
 その高島は、6月19日の朝日新聞オピニオン欄「耕論 「禁酒令」は妥当か」でこう述べている。

 私的な時間への強制の批判もありますが、公務員は夕方6時に完全に自由になるとは考えていない。公務員以外でも全ての職業の人は看板を背負っている。権利や自由は大切ですが、社会的立場を心のどこかにストックさせておくのは基本です。
 飲酒不祥事が続けば、民間の企業だったら消費者はそこの商品を買うのをやめますよ。市民は行政サービスを受ける市役所を選べない。市役所は不祥事があっても潰れない。公務員は厳しい目で見られなければならない。市は内規で飲酒運転を一律懲戒免職と定めていますが、私は妥当と考えています。
 〔中略〕
 市民が私に求めていることは謝罪を繰り返すのではなく、この事態にトップとしてどうするのかを見せろということだと思う。


 公務員の政治活動についても、同様のことが言えるのではないだろうか。

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