トラッシュボックス

日々の思いをたまに綴るブログ。名無しさんは原則コメント非承認です。

パソコンが壊れました

2016-09-28 12:30:17 | 身辺雑記
復旧までブログは休止します。
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東日本大震災雑感

2011-03-13 01:02:58 | 身辺雑記
 あまりの被害の大きさに、すぐにはその全貌がわからない。
 少しずつ、少しずつ、恐るべき実態が明らかになっていく。
 おそらく、今後も死者は増えるのだろう。
 その報道を見ながらも、自らは何もできない無力感。
 阪神・淡路大震災の時もそうだった。

 それにしても、被害が広範囲に及んでいるのに加え、町や集落が「壊滅」と表現されている。
 これは、わが国において、関東大震災以来最大規模の自然災害となるのかもしれない。

 11日に報じられた菅直人首相に対する在日韓国人による政治献金問題もこれで吹っ飛んだ。
 今のところ、野党も政治休戦を表明しているようだ。
 これまた、阪神・淡路大震災と同様。

 あの時、山花貞夫らが進めていた新党結成の動きが実現していれば、その後の政局も大きく変わっただろうに。
 今は言っても詮無きこと。

 とにかく、復興に全力を尽くすということになるのだろう。
 そしてまた、赤字国債の大盤振る舞いだろうか。

 しかしこれでは、消費税増税どころではない。
 またしても先送りか。
 いつになったら財政健全化への道筋をつけられるのだろうか。

 これで、当面は(少なくとも今年いっぱいは?)解散も総辞職もないだろう。
 もっとも、復興事業すらまともにできないとなれば、いよいよ国民から総スカンを食らうおそれもあるが。
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本の整理に苦慮

2007-12-07 07:23:13 | 身辺雑記
 正確には、本を処分できなくて困っていると言うべきか。
 学者や研究者、作家、ジャーナリスト、ライターなどではない、私のようなただの市井の本好きの人は、いったいどのように本を保管しているのだろう。
 一室丸ごと書庫に充てたり、地下に書庫を造ったりできるお金持ちは別として、普通の人は、家庭持ちなら、自分専用に使える本棚など、せいぜい3本ぐらいしか持てないのではないだろうか。
 狭い我が家には、私専用の本棚が1本と、家人との共用(中身は半分以上私の)が1本あるだけだ。それらがいっぱいになったので、段ボールに詰めて押し入れに入れたり、部屋の片隅に段ボールを積んでみたり、当面必要のないものは親元に保管したり。
 それでも入りきらない本が本棚からあふれ、本棚の前に積み上げた本の山がいくつも。
 さらに家のあちこちの床にも本が平積みされている惨状。
 それもいよいよ限界に達しだしたので、今では新しい本は極力買わないようにしているのだが、それでも少しずつ増えていく。家人は怒り心頭。

 買ってくる量より処分する量の方が明らかに少ないのだから、増えるのは当たり前だ。1冊買えば2冊処分するといった具合に、処分する量を増やさないと、減るはずがない。
 だがどうやって?

 蔵書が小説主体なら、つまらない本や、面白かったけれども再読しないだろうという本は処分しやすいかもしれない(勝手な想像だが)。
 だが私の場合、歴史(特に現代史)モノやノンフィクション、伝記、回顧録などが多く、資料としていつ参照するかもしれないと思うと、なかなか捨てられない。
 あ、あとマンガ。もうあまり読まなくなったが、それでも少しは買い続けている。巻数が多いと場所を取って仕方がない。
 公立図書館は不便な場所にあり行くのも面倒だし、図書館に必要な本があるとも限らない。
 かといって、蔵書を十分活用してるかというと、そうでもない。必要な本がすぐに見つからないことも多いし、どの本に何が書いてあったかもあまり覚えていない。やはり上手に管理するためにも減らすべきだろう。
 何か、いい知恵はないものだろうか。
 結局、5年以上開いていない本は処分するとか、何らかの線を引いて一気に処分してしまうのがいいのだろうが、そうなかなか思い切れるものではない。

 たしか、カレン・キングストンの『ガラクタ捨てれば自分が見える――風水整理術入門 』(小学館文庫) という本だったと思うが、昔から持っている古い本にずっと囲まれ続けていると、新しい情報や思想に触れる機会がなくなって、頭が古ぼけてしまうという趣旨のことが書いてあったように思う。
 そのとおりだと思うのだが……。

 昔、辰巳渚『「捨てる!」技術 』(宝島社新書) を読んで、技術と呼ぶにはほど遠い内容に唖然とした記憶がある。
 だが、今の私には、あの本のように、迷ったときに「捨てちゃえ!」と背中を押してくれるきっかけとなるものが必要なのかもしれない。


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現況

2007-10-30 01:23:04 | 身辺雑記
久しぶりに、人様のブログを読んでコメントする時間がとれました。
さらに自分のブログの記事も書いていましたが、完成するに至りませんでしたので、次の機会に回します。
ではおやすみなさい。
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バックアップは大事ですね

2007-08-15 12:34:42 | 身辺雑記
 ブログを読むのにgooのRSSリーダーを使っているのですが、先日CドライブをフォーマットしてOSを入れ直した際に、登録してあるRSSサイトのバックアップを取り忘れました。
 今年の1月に取っていたバックアップがあったのを思い出し、ある程度は再構築できたのですが、それでもまだ不完全。
 他のブログによくコメントしている方や、そこに相互リンクのある方は、いずれ芋づる式に引っ張ってこれるのですが、何かのきっかけでたまたま読むようになって登録しただけで、ブログのタイトルや管理人さんの名前もはっきり覚えていないような所は、どうにもなりません。
 一応マイドキュメントなどのバックアップは取っていたのですが、RSSリーダーのことはすっかり忘れていました。

 半年前の登録サイトの一覧を見て、懐かしく思いました。
 なかなか興味深い記事が見られたので登録したのに、一向に更新されないので見るのをやめたブログは、相変わらず更新されていないな、とか。
 最近あそこのコメント欄で最近よく見る○○さんは、そういえばこのブログの主だったのか、すっかり忘れていたなあ・・・・・・とか。
 
 そういえば私がブログを始めてから1年が過ぎていました。
 そもそも人様のブログを読むという習慣がなかったので、本当に右も左もわからず、ただ自分の思うことをだらだらと書いてきただけですが、閲覧される方があまりにも少なければ、これほどは続けられなかったと思います。ご訪問いただいている方々には、本当に感謝しております。
 今後更新頻度がさらに落ちるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
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あのトランスポートタイクーンがオープンソースのゲームに!

2007-08-10 22:52:18 | 身辺雑記
 その昔、「トランスポートタイクーン」というゲームがありました。
 ゲームデザイナーとして著名なシド・マイヤー(Sid Meier)という人の作品に「レイルロードタイクーン」という鉄道会社経営シミュレーションがあります(未プレイ)が、おそらくその続編的なポジションにあるものと思われます。
 1994年に、同じMicroProse社から発売され、翌95年に、完全日本語版(DOS/V機用)が伊藤忠商事から発売されました。さらに後年、Windows95と98に対応した「トランスポートタイクーンDX」の日本語版がアンバランスから発売されました。ただ、本作にはシド・マイヤーは関与していないようで、オープニング画面では Chris Sawyer という人の名が記されています。のち、セガサターンにも移植されました(未プレイ)。乗り物の3D表示が可能というのがウリだったと記憶していますが、あまりヒットしなかったようです。家庭用ゲーム機のコントローラはプレイに不向きだったのではないかと思われます。
 「レイルロードタイクーン」が鉄道会社経営シムだったのに対し、「トランスポートタイクーン」は、その名のとおり、鉄道のみならずあらゆる輸送手段を用いて、輸送王となることを目指すゲームです。具体的には、鉄道のほか、自動車(バス、トラック)、船、飛行機が利用できます。ただし、メインとなるのはやはり鉄道です。

 私はこのゲームが大好きでした。
 鉄道会社経営シミュレーションとしては、「A列車で行こう」シリーズが有名です。私はこの「トランスポートタイクーン」をやりだしたころ、「A4」もやってみたのですが、どうも取っつきが悪い(私にとって)のと、音楽がショボイのと、ゲームデザインがどうも辛気くさい感じがして好きになれず、早々にやめてしまいました。
 シミュレータという点ではおそらく「A4」の方が優れていたのだと思います。ただ、初心者として、プレイしていて楽しかったのは「トランスポートタイクーン」の方でした。難易度がかなり自由に調節できるので、序盤にきっちり稼げる路線さえ確保しておけば、結構やりたい放題のことができるのです。
 また、音楽もすばらしいものでしたし、列車やマップのデザインも暖かみのあるものでした。難を言うなら、機関車が日本人には全く馴染みのないものばかりだということや、客車や貨車、その他の乗り物のデザインのバリエーションがほとんどなかったということぐらいでしょうか。

 私が持っていたのは伊藤忠商事が出したDOS/V版でした。その後上記のようにWindows95/98版も出たのですが、DOS/V版もWindows95/98で動いたので、買いませんでした。
 ところがOSをWindowsXPに変えると、XPはDOSベースではありませんので、DOS/V版は動かなくなりました。その後もシステムコマンダーを使ってDOSやWindows95/98が使える環境は保持していたのですが、やがてオーディオデバイスを変更したことにより音楽を鳴らすことができなくなり、結局XPに一本化し、本作をプレイすることもなくなっていきました。

 先日、現在おそらく国内唯一の「トランスポートタイクーン」ファンサイトと思われる「アンオフィシャル トランスポートタイクーン ジャパン」を久しぶりに見ていると、このゲームをオープンソース化した「OpenTTD」の拡張が進められていて、しかも日本語化されていることを知りました。
 リンク先の「TTDX(TTD) & OpenTTD 関連のページ」を見て、記述に従って早速ダウンロードして、設定し、プレイしてみました。

 これは・・・・・・イイ!
 画面も音楽も「トランスポートタイクーン」で、解像度や言語、その他諸設定でさまざまな改良が成されている模様です。
 また、「DX」になる前の初代にはなかった、雪国、砂漠、おもちゃの国のマップも作れるらしい。
 これは、長く楽しめそうです。
 改良に参加された方々に、1プレイヤーとして厚く御礼申しあげます。

 そんなわけで、仕事関係で最近何かと精神的に疲れ気味の私は、しばらく箱庭療法にいそしみますので、ブログの更新はおざなりになりそうです。


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iTunesに悪戦苦闘

2007-08-07 01:03:26 | 身辺雑記
 しばらく前からパソコンの調子が悪い。
 ローカルで使っている分には問題ないのだが、インターネットに接続しようとすると、ブラウザが何故かすぐに立ち上がらない。
 20分ほど放置したらそのうち立ち上がることもあり、それでも立ち上がらないこともある。
 だんだんストレスがたまってきたので、Cドライブをフォーマットして、OSを再インストールすることにした。
 無事成功し、周辺機器のドライバなどを入れ直し、iTunesをインストールしてみて、えらいことに気がついた。
 もともとCドライブにはあまり容量に余裕がなく、増設したDドライブのハードディスクに[iTunes Music]フォルダを指定していた。Cドライブはフォーマットしたが、Dドライブはそのままにしている。だから音楽も何ら問題なく引き継がれると考えていたのだが、iTunesをインストールして、[iTunes Music]フォルダを指定してライブラリを構成してみると、楽曲自体はたしかに引き継がれているが、プレイリストが引き継がれていない。
 そうか、プレイリストは[iTunes Music]フォルダを残しているだけでは引き継がれないのか。
 結構凝ったプレイリストを作っていただけに、これは痛い。
 プレイリストだけをエクスポートする機能がiTunesにあることを知らず、使っていなかった。
 これは困った。
 iPodには元々のプレイリストが残っている。だがiTunesとiPodの関係は、基本的にiTunesからiPodに転送するだけで、例外的に、iTunes Store で購入したものだけは、iPodからiTunesへの転送が可能だという。
 プレイリストだけの転送はできないようだ。
 その機能があるというツールを見つけたが、インストールしようとすると、ウィルスがどうのとかいうメッセージが出たので、怖くて踏み切れない。Pod野郎のようなメジャーなツールにはその機能はないようだ。
 どうしよう。

 いや、念のために、iTunesの機能の「ディスクへバックアップ」で、バックアップをとっていたんだった。
 ライブラリとプレイリストの全体をバックアップしていたので、これを元に戻せば、プレイリストも復旧できるはず。

 元に戻してみた。
 プレイリストは無事復旧。
 ライブラリも問題なし。
 iPodを接続すると、iPodがこれまでと別のコンピュータに接続されたので、iPodの中身をこのコンピュータのライブラリと同期してよいかとのメッセージが出たので、了承する。
 すると、転送が開始されたが・・・・・・終わってみると、いくつか転送されない曲があるとのメッセージが。
 どうも、iTunes Store で購入した曲が、転送されないようだ。
 そりゃ困る。

 Appleのサイトのこのページの最後の「iPod を使って iTunes ライブラリを転送する 」の項目にある、iPod をハードドライブとして使って iTunes ライブラリを移動する方法をとればよかったのかな。
 しかし、これはこれで大変そうだし、だいいちこのページの最初に「iTunes ライブラリをバックアップする」という項目があるんだから、普通はそちらを試してみようと思うだろう。
 ライブラリをバックアップから元に戻した上で、購入したものだけをiPodからiTunesへ転送し、その後でiPodを新しいiTunesと同期させればよかったということか。
 ならば、そう説明してくれればいいのに。不親切だなあ。
 購入したものを音楽CDに焼いて、それをiTunesに取り込めば、そこからiPodに転送できるらしいが、そんな手間はかけたくない。

 納得いかないのでさらに調べていると、あるブログで、同様の現象にお困りの方がおられて、そこで解決策を知ることができた。

>iTunesでiPodを接続し、そのメニューを右クリックすると、「購入したものを転送」なんてのがあるじゃないか。

 なるほどある。
 これは、iPodに入っている、購入したものをiTunesに転送する機能じゃないのかな・・・・・・だとすれば、今このiPodには購入されたものはiTunesから転送されていないから、入っていないはずで、無理じゃないのかな・・・・・・と、半信半疑でクリックすると・・・・・・この方と同様に、さほど時間はかからず(楽曲自体を転送している感じではない)終了し、iPodを確認してみると、無事転送できていました。
 これでようやく完全に解決。

 しかし、この方法、もしかしたら私の探し方が悪くて、Appleのサイトでも見つかるのかもしれないけれど、ひどく探しにくいと思う。あやうくあきらめて無駄にCDを焼くところだった。
 転送できるのなら、iTunesの中でiPodを右クリックするのではなく、iTunesのメニューバーのメニュー自体にそういった項目を設けるべきだと思うがなあ。
 おそらく一、二年もしたらまたOSから再インストールする羽目になり、そのころにはこの方法も忘れていていろいろ悩むことになりそうなので、書き留めておく。

結論:
1.iTunesのライブラリは「ディスクへバックアップ」で、バックアップをとる。
2.iTunesを再インストールしたら、バックアップディスクを挿入し、ライブラリを元に戻す。
3.iPodを接続し、同期をとる。
4.接続したiPodを右クリックし、「購入したものを転送」を選択。


(以下2007.8.7追記)
 上記の手順でもまだ復旧していませんでした。
 今度は、「購入したもの」以外の曲が、iPodで再生されない(表示はされているが、再生するとスキップされてしまう)ようになってしまいました。
 この症状への対処法も探してみましたが、よくわかりません。
 結局、「購入したもの」を、念のため「購入したものを○○のiPodから転送」でPCに転送した後、iPodを出荷時の状態に戻して、全ての楽曲を転送してみると、ようやく元の状態に戻りました。
 不正コピーの問題など、いろいろ事情はあるのでしょうが、それにしても、ユーザーに優しくない仕様だと思います。
 他のポータブルオーディオも、こんなもんなんでしょうか。



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ウィキペディアの有用性について

2007-07-14 23:00:43 | 身辺雑記
 評論家の小谷野敦が、ウィキペディアの編集にハマっているそうだ。


《どうも先日から、ウィキペディア編集にはまっている。というのは、検索していて「東京大学の人物一覧」に奇妙な現象が起きているのに気づいたのがきっかけである。これは東大出身者の一覧なのだが、なぜか、拓殖大学、高知大学、神戸大学、京大の助教授や教授、電気通信大学名誉教授の名がやたらと書き込んであったのだ。中には、私が知っていて、著書など一冊もない人もいたので気づいたのだが、調べてみると、とてもそこに載せるほどの人物とは思えないので、適宜削除した。あるいは「教育学」の欄に、代々木ゼミナール講師の名前をじゃかじゃか書き込んで、項目まで立てているやつがいて、削除提案が出ている。たわけが。

 そりゃ「東大出身者」なら私は何人も知っているが、それがたまたま大学の先生だからといってあそこに書き込んじゃいかんだろう。ある程度、載せる価値ありと見極めてから書き込むものだ。

 で、前から、サブカルチャーに関しては「コロニー落とし」について詳細な記述まであってサブカルチャー百科と化しているウィキペディアだが、正統的文化についてはお粗末千万なので、少し補充しているというわけ。 》


 小谷野は東大文学部卒。


《それで先日、「東大駒場騒動」のところで、「当時は中沢に同情する声が多かったが、その後の当人の無責任な言動のため今では世間の見方が変わっている」と書いたら、「要出典」とか言われ、いつの間にか削除されていた。

 さらに、「島田裕巳」の項を見たら、オウム事件における島田の責任が論じられていて、じゃあなんで中沢はいいんだ、と書いてなかったから書き足しておいたが、〔後略〕》


 そのウィキペディアで小谷野自身を引いてみたら、編集が「保護」されている。
 「ノート」を見ると、本人も登場し、ちょっとした騒ぎになっているようだ。


 先日、私が宮沢喜一についての記事を書いた際に、ウィキペディアで「宮澤喜一」の項を参考までに見たところ、次のような記述があった。


《学歴への執着
 学歴に異常な執着を持つ上に、母校東大への執着が強く、後輩議員や新聞記者たちに学歴を事細かに聞き、東大卒でないと露骨に馬鹿にするので非常に嫌われていた。

 早稲田大学出身の竹下登と竹下派経世会をそれで敵にまわしたといわれている。宮澤が竹下登と初めて会ったときに「(東大法学部の)何期生ですか?」と尋ね、竹下は「早稲田です」と返した。そして宮澤は「じゃあ、政経(政治経済学部)ですよね?」と言い、竹下が「いえ、商学部です」と返したところ、宮澤は竹下のことを鼻で笑ったという。また、温厚な竹下が、宮澤から「貴方の頃の早大商学部は無試験だったそうですね」といわれたことを「許せない」と言っていたというエピソードを、佐々淳行が伝えている(『後藤田正晴と十二人の総理たち』)。

 所属する宏池会の親分であった大平正芳(東京商科大学(現在の一橋大学)出身)さえ、この様な陰険な性格を持つ宮沢に好意をもてずにいた事は広く知られている。とはいえ、最近は昔のような東京大学の圧倒的優位の時代は終わり(宮澤以降の首相は現在まで8人連続で私大出身者)、宮澤の息子は早稲田大学理工学部を、娘は慶應義塾大学法学部をそれぞれ卒業している。また、宮澤の岳父は早稲田大学名誉教授である。》


 上記のものと似たようなエピソード(東大であることを前提に、卒業年次を聞いて、学部を聞いて、さらに東大以外だとなると大学名を聞いて、早稲田の政経クラスでないと、もはや相手にしないという)は、私もどこかで読んだことがある。宮沢の生前からのものだから、おそらく事実ではないだろうか。
 宮沢の人物を知る上で大変参考になるエピソードだと思えるし、後段の「東京大学の圧倒的優位の時代は終わり・・・・・・」といった一節は宮沢自身との関連は薄いが関連性はあるし、何ら問題ある記述だとは感じなかった。
 ところが、一昨日、私の宮沢についての記事に対するコメントにさらにコメントする際に、もう一度ウィキペディアを確認したところ、上記の箇所が丸々削除されていた。
 「ノート」を見ても、削除についての理由は特に記されていない。

 私はこれまでウィキペディアに記事を書いたことはないが、自分がそれなりに考えて書いた記事が、何の理由も明示されずにいきなり削除されたら、不快だろうなあ。
 ウィキペディアの編集のルールとはそれを許すものであり、それに不満であれば「ノート」で議論せよ、ということなのだろう。
 しかし、元の執筆者がその削除に気付かなければ、削除がそのまま通るということになりかねない。

 ウィキペディアは、たしかに、ある程度は役立つと思う。
 私はよく、人物の生年や没年、それに著名な歴史上の事実の年代を調べたりするのに重宝している。
 また、ほとんど予備知識がない人物や事項の概略をつかむのにも便利だ。
 しかし、全ての記述のひとつひとつが十分信頼に足るものかとなると、疑問に思えるケースも多い。
 また、個々の記述それ自体は正しくても、全体とのバランスという点で、不要に思える記述もある。
 ウィキペディアでは、記述が不十分な項目(「スタブ」というらしい)について、次のような注意書きが付けられている。

《この項目「○○○○」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。》

 しかし、ウィキペディア全般について、同様のこと、つまり「調べものの参考にはなる可能性があ」るということしか言えない水準だと思う。
 何故なら、100人中99人が賛成するであろう記述について、残り1人が反対であれば、その1人はその記述を書き換えることができる。そして99人がその書き換えに気付かなければ、その書き換えは維持されてしまう。その間その書き換えを読んだ者により、その記述が拡大再生産されていく可能性がある。
 そして、閲覧頻度が低い項目については、誤りや偏った記述がまかりとおってしまう可能性があるだろう。
 ウィキペディアの支持者は、誤りがあったとしても一般の百科事典と同水準だと述べていると読んだ覚えがあるが、そんなものとは決して思えない。

 ウィキペディアは、興味深いプロジェクトではあるが、欠点もまた多く、私は参加したいとは思わない。
 結局、自分にとって重要な情報は、自分自身の手でこまめに確保していくしかないのだろう。
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四天王寺の古本市

2007-05-02 01:08:30 | 身辺雑記
 4月26日~30日に開かれていた、「四天王寺 春の大古本祭り」に先日行ってきた。
 最近は、年に春と秋の2回開かれている。参加店舗も多く、遠方から足を運ぶだけの価値はあると思う。

 最寄り駅は、大阪市営地下鉄谷町線の四天王寺前夕陽ヶ丘駅。

 昔の駅名は「四天王寺前」だったが、地元の要望で「夕陽ヶ丘」が加えられた。
 なお、「天王寺」も、元々「四天王寺」の略だそうだ。

 四天王寺は、聖徳太子が開いたとされる寺。その後天台宗の影響下に置かれ、南北朝時代や戦国時代には度々戦火にみまわれたという。江戸時代に再建されたが、大阪大空襲により多くの建物が灰燼に帰したとも。
 戦後は天台宗から独立して「和宗」という独自の宗派を開いている。和宗の「和」は十七条憲法の「和を以って貴しとなす」の「和」だそうだ。
 歴史のある寺には違いないのだが、率直に言って、一般の古寺には見られない独特の雰囲気があるように思う。

 
 北側にあるこの「中之門」から入った。

 
 左手に何だか妙な墓地が・・・。


 北鐘堂。参拝者が鳴らす鐘の音が始終境内に鳴り響いている。

 四天王寺には亀がうじゃうじゃいる池がある。境内の案内図にも「亀の池」と記されているが、由来はよくわからない。

 
 この奥の建物は、江戸時代に再建されたものだという。


 晴天で気持ちよさそうな亀たち。


 上に同じ。

 子亀も泳いでいたので、この池で繁殖しているのだろうか。
 しかし、亀の産卵は陸上で行われるはずだが、この池にはこういった台のほかに十分な陸地はないように思えるが・・・。
 それとも、てっぺんのあの砂地で産卵するのか? 他の亀に押しつぶされそうな気もするが・・・(雀も砂浴びに来ていたし)。
 それに、池とは名ばかりの水たまりなので、十分な餌が確保できないような気も。

 亀は、ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメの成体)ばかりだった。
 時々、公園の池などで見る亀も、ほとんどがミシシッピアカミミガメだなあ。
 もうしばらくしたら、イシガメはもちろん、クサガメも絶滅危惧種になってしまうのかも。
 あるいは、ミシシッピアカミミガメがブラックバスなみに駆除されたりとか。


 亀はともかく、古本市。


 境内にテントがたくさん。


 2時間強ほどうろつきました。


 戦後に再建された五重塔と金堂があるのですが、まだ行ったことはありません(拝観料が要ります)。


 正門近くには弘法大師の像があり、


親鸞聖人の像もある。独自の宗派とはいえ、不思議な寺です。

 
 これが正門。


 鳥居。右の石碑には「大日本佛法最初四天王寺」と刻まれています。
 周辺には仏具店などもいくつかあります。

 古本市のいいところは、何より、ふだん店舗では見られないような本が惜しげもなく並べられていること(価値は別として)。
 店によっては、あまり売れなさそうな本はハナから店頭に出さなかったり、店内の書棚の整理が悪くて一覧できないところがあるので。
 戦前の本ともなると、特に店頭には出にくい傾向があるように思います。
 最近、戦前に出版された政治関係の本に興味があるので、古本市にはなるべく行くようにしています。
 古書としての価値は、大したことはないものがほとんどですが。

 この日の収穫の一部。








 いつ読めることだろうか。
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清水次郎長にまつわるニュースを見て

2007-04-04 00:21:41 | 身辺雑記
 飲みながらNHKの「ニュース9」を見ていると、清水次郎長の「清水一家」を山口組系の暴力団が襲名し、静岡市清水区の商店街などで問題になっているというニュースが流れた。
 清水次郎長は観光資源なのに、暴力団と関係があると見られるのを恐れて関連グッズが店頭から撤去されたとか、祭りでの次郎長や子分のセリフが、ヤクザを印象づけないものに変更されたとか・・・。

 えー、でも、清水次郎長ってヤクザなんでしょ。現代のヤクザが暴力団なんだから、次郎長からヤクザ色を抜こうなんておかしいんじゃない? 次郎長をたたえるんなら、現代の暴力団もたたえなきゃいけないんじゃないの~?

 と、だいぶアルコールの回った頭で思ったのですが・・・
 あとでネットで、その件関連の毎日新聞の記事(魚拓)、地元のホームページ、その他いろいろ読んで・・・ヤクザとして慕われているわけではないのですね。国定忠治なんかとはまた少し違うのですね。
 すいません、なんにも知りませんでした。

 でも、やっぱり、ヤクザはヤクザやんけと、ちょっと思う・・・。
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