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+ 花のあと・・・ ストレス養鶏への警告  警察機能を持ったOS技術開発を  独立の要件 

2009年04月14日 07時48分41秒 | 立憲女王国・神聖・九州やまとの国

 

 

 

 

   新しき ことをはじめむ 花のあと  

 

     馬糞 Bafun

 

 

 

 

 

 

 博多の花は、新緑に枝を譲った。  

 

 日本人は幸せである。

 国の栄を花に見ている。

 かくして、2009年度が動き始めた。

 

 庭を楽しませてくれたメジロも、鶯も、ヒヨドリも、蜂蜜をたっぷりと

残したまま、いなくなった。

 彼らもまた、新しい家族を連れて、山開きをしているのだろう。

 本当に楽しい越冬と早春であった。

 

 北海道では、鳥インフルエンザをおそれて、白鳥を見に行く案内が

なくなったという。

 町には、鳩やカラスがあふれているというのに。

 

 鶏を、卵製造機械のように扱うストレス養鶏をこそ、恐れるべきで

はないのか。

 

 病原は、ウィルスである前に、自然破壊とストレスに起因するのだ。

 人ばかりではない。

 人のために生きてくれている家畜も、自然を奪われつつある鳥獣

も、ストレスに辛い思いをしていることに、いたわりの気持ちを持つべ

きである。

 

 

 

 

 

 

 

ネット社会に警察機能をもったOSの技術開発を


 繁栄とは、一人ひとりが次々と成功を収め、蓄積と投資によって、

その波紋を広げてゆく姿である。

 独創は、コピーによって広がってゆく。

 さらに、量から質へ、質から次の独創へと展開してゆく。

 

 マイクロソフトの成功は、コピーによる世界的拡大によって世界標

準を獲得したことにあるとも言われている。

 マイクロソフトのOSも、そろそろ、解放されるべき時期に来ているだ

ろう。

 

 日本の技術が、新しいPC時代を開くOSを世界に披露する時期に

来ているかもしれない。 

 IT時代は、技術から倫理の時代に入りつつある。

 倫理を技術に織り込む時代である。

 法を機能に織り込む技術である。

 

 無防備は、犯罪を誘発する。

 安全・公正とは、単なる信頼によってもたらされるものではない。

 そうでなければ、権力は無用のものであろう。

 

 インターネット社会の法と権力をいかに確立するかが、新たな経

済繁栄の鍵となっている。

 ネット社会が通信技術社会であるならば、その技術の中に、警察

機能を組み込む必要がある。

 そこに、新しいOS技術の課題があるのではないか。

 

 

 

 

 

国家独立の要件】 


 安全と公正は繁栄に欠かせない社会の要件である。

 安全と公正は、単なる信頼によってもたらされるものではない。

 

 権力と武力は、国家社会の安全と公正保持のためにある。

 権力と武力の統制は、神への敬虔と信仰によって保持される。

 

 民主主義国家といえども、権力と武力による独立の気概と、仏神

への信仰を見失えば、自滅するであろう。

 

 まず、仏神への敬虔は、権力に対する信頼と公正には不可欠である。

 民主主義のルーツといわれるマグナカルタを見よ。

 英国の「法の支配」の精神は、「国王といえども、神と法の下にある」

というものである。

 すべからく、人が担当する権力というものは、「神と法の下」あるいは、

「仏と法の下」になければならないのである。

 

 

 次に、権力と武力は、独立国家の気概であり、責任である。

 偽装憲法である「日本国憲法」前文こそは、日本国家OSに潜むウィ

ルスというべきであろう。

 

 『・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全

と生存を保持しようと決意した。・・・』

 「平和を愛する諸国民」とは、チャイナや北朝鮮や、韓国や、ロシア

やアフガニスタンやイスラエルやイランやパキスタンや・・・という国々

のことである。

 

 その代表組織が「国連」である。

 アメリカではなく、国連に依存しようというのが、小沢民主党の「平

和主義」である。

 

 日本領空を通過した北朝鮮の『飛翔体』は、MADE IN ロシア、発

売元には○○公司の商品だったのだろう。

 

 こうした国々に信頼して、国家国民の安全と生存を委ねるというの

であるから、若者に気概を持てといっても無理な話である。

 

 これが、憲法9条の前提である。

 国家独立放棄、植民地国家宣言に他ならない。

 独立精神なくして教育なく、教育なくして繁栄なし!

 

 NHKは、さかんに憲法9条擁護の番組を制作し、放送し続けている

が、許されるべきことではあるまい。

 表現の責任を問われるべきである。

 

 

 

 

 

 新しきことへのチャレンジとして花が咲き、大いに散った。

 その気概は独立の精神にあり、

 その統制は、仏神への敬虔にある。

 

 死に甲斐こそは、生きがいである。

 すなわち、奉仕の精神こそは、生きがいであり、生かされる理由に

ほかならない。

 

 そうであるならば、自己保身に恐れることなく、他人のために生き

ようではないか。

 

 国家存立の根拠も、防衛の本質も、国際社会への奉仕にこそある。

 

 軍事力は不可欠であるが、それを感じさせない奉仕・貢献こそは、

政治の努力でなければなるまい。

 

                                  梅士 Baishi

 

 

 

 

 

 

 

 

   

  

 

 


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