福井 学の低温研便り

北海道大学 低温科学研究所 微生物生態学分野
大学院:環境科学院 生物圏科学専攻 分子生物学コース

あれも、これも

2007-02-27 17:41:29 | 大学院時代をどう過ごすか

研究者として一人前になるには、いくつかの大きな壁を越えなくてはなりません。それぞれの壁は厚く、高い。

大学院生の頃は、そうした壁を本当に越えられるだろうか、と思い悩むことは自然なこと。と、同時に、小説も読みたい、映画も見たい、スポーツもしたい、テレビもみたい、恋もしたい、科学コミュニケーションもしたい、おいしいものも食べたい、旅行にも行きたい、お酒も飲みたい等々、いろんな欲も同時多発的に発生するかもしれません。

研究は終わりのない旅であり、果てしなく続く人間の営み。人生のすべてを研究に捧げることができたら、なんと幸せのことかと思います。しかし、常にいろいろな誘惑が、こっちへおいで、こっちへおいでと。

世の中には天才と呼ばれる人がいます。そんな人をみて、天賦の才に恵まれて、うらやましいと思うかもしれません。しかし、現代の科学は、天才と呼ばれる人と凡人が同居していて、それぞれの役割を演じているのだと思います。

私自身は凡人ですが、科学の上で何らかの貢献ができると考えています。凡人には凡人なりのスタイルを構築すれば良いのだと考えています。

大学院生の時代、寝ても覚めても研究のことを考え、寝食を忘れて研究に没頭できる良い機会です。給料をもらうようになると、すべての時間を研究に費やすことは困難になることが多いと思います。

別な言い方をすれば、研究に集中することができなければ、研究者としての大きな壁を越えるのは難しいのではないでしょうか? それらの壁を越えることができた、と言う自信が、その後のいくつかの壁を容易くクリアできるようになるのだと思います。

余談ですが、スポコン漫画の典型である『アタックナンバーワン』では、バレーボールの、ここぞと言う試合で、サーブを打つ時、こずえやみどりにかけ声をかけるではないですか。「一本、集中!」と(笑)。

科学論文を書き上げるときは、集中力をいかに持続させるかが鍵です(凡人にとって)。それには、勇気も必要です。しばらくの間、余計なことをすべて捨て去る勇気です。なんと冷徹な行為でしょうか。

さらに、科学論文を書き上げるには、恐ろしい程多大なエネルギーを費やします。かつて、発生生物学者の団ジーン博士(注1)が、こんなことを言っています。

一つの論文を書き上げることは、子供を一人産むのと同じくらいのエネルギーと苦しみを要する

私は子供を産んだ経験がないので、想像の域を脱しませんが、団ジーン博士は論文を書き上げる「大変さと喜び」を上記の表現で表したのかも知れません。

大学院生の場合、初めて英語で投稿論文を書く時、思うように英語で表現できなかったり、単語の吟味に予想以上に時間がかかったりするのは当然のことです。こうした困難をすこしでも緩和してくれるような、指南書を身銭をきって購入してみてはいかがでしょう。

・ 野口ジュディー・松浦克美. Judy先生の英語科学論文の書き方. 講談社サイエンティフィク
・ 酒井聡樹. これから論文を書く若者のために 大改訂増補版. 共立出版
・ 足立吟也ほか編集. 化学英語の活用辞典. 第2版. 化学同人

<注1:団ジーン>
ウニを研究材料にして、卵子への精子の受精過程を研究した発生生物学者。日本で初めての位相差顕微鏡を用いて、『精子の先体反応の発見』で知られる。発生生物学者團 勝磨博士(1904~1996)の配偶者。私が高校生の頃、生物の授業で「受精」に関する教育映画を教室で見たことがあるが、そのエンドクレジットに『監修 団ジーン』と記されていた(正式なタイトルは失念)。