


毎朝、開店時にランプに点灯しているそうで、どうぞご覧になって下さい。とおっしゃっていただいたので、お言葉に甘えてお店の中に入ったのだけれど、暑い・・・
入り口まで出てきての見学。親切に声をかけていただきありがとうございました。とてもきれいでした。

木村倉庫 (現北一硝子3号館)
住所 堺町7-26
小樽はガラスの街として知られているが、小樽観光の名所となっている北一硝子が、倉庫を再生利用し、小樽観光の目玉として全国的に有名になった建物である。
建てられたのは明治24年、海産物業・倉庫業・船問屋・不動産業などで成功した木村円吉だった。鰊の海産物倉庫から始まり、小樽の発展と共に営業倉庫として次々にこの近辺に倉庫を建て、1号から9号倉庫までが建てられた。
臨港線と堺町大通りに挟まれた3号倉庫は、昭和58年北一硝子3号館として蘇った。歴史的建造物を再利用した先駆けであり、店内の広々とした空間を利用し、ガラス製品の販売店として観光客が群れを成している。
木骨石造り建築の倉庫内が中央の通路で分かれており、その通路に荷物搬入用のトロッコのレールが今も残っている。この周辺には北一関係のガラス工房やベネチア美術館などが立ち並んでいる。
小樽市ホームページより

そしてレールの間を歩いて出てくる。



小樽市指定歴史的建造物 旧寿原邸
小樽市東雲町8番1号
建築年 大正1(1912)年 木造2階建
「この建物は、小樽を代表する実業家寿原家の邸宅です。
創建者は、「小豆将軍」として著名な雑穀商高橋直治とされています。
水天宮の北側、急な傾斜地に建てられ、主屋から上手に2つの接客棟を連ねています。
庭園は、斜面を三段に地割りし、上段には和室に面して池を配した日本庭園があり、中段には洋間に六角雪見灯籠を配し、下段では小樽港を見下ろすことができます。」
小樽市ホームページより
張り紙が出ていて
「旧寿原邸は建物内部の老朽化が著しく、誠に申し訳ありませんが当分の間一般開放は見合わせております。」
残念っ!


小樽市指定歴史的建造物 小樽聖公会
小樽市東雲町10番5号
建築年 明治40(1907)年 木造1階建
「小樽聖公会の最初の会堂は、明治28年、他の場所に建設されましたが、その後焼失し、この場所に再建されました。
この建物は、水天宮の丘の中腹、急な石段の脇に小樽の町を見下ろすように建ち、木造下見板張り、切妻屋根に鐘撞堂をのせています。
軒のレース飾り、星形模様のバラ窓、やや幅広の尖頭アーチ窓などが特徴です。
内部は正面祭壇がある簡素な矩形平面となっています。」
小樽市ホームページより


外人坂の階段を上ったのですから、どこかで下りなければなりません。では ここ! で・・・



小樽市指定歴史的建造物 水天宮本殿、拝殿
小樽市相生町3番1号
建築年 大正8(1919)年 木造1階建
「小樽の水天宮は、安政6(1859)年、現境内に祀られました。
現在の社殿は、大正8年に市内の多くの社寺を手がけた伊久治三郎によって建てられています。
本殿、中殿、拝殿が連結する形式の権現造りで、屋根は銅板葺きです。本殿は流造りで、置千木、かつお木を上げています。拝殿は入母屋造りで、正面屋根に大きい千鳥破風、向拝屋根上に小さい千鳥破風2個を飾っています。」
小樽市ホームページより

え?この階段上るの?
かつてこの道沿いの家に、外国人一家が暮らしていたことから外人坂と呼ばれているそうです。
「この坂の海に向かって右側に、大正2年から昭和25年まで37年間小樽で生活していた、ドイツ人貿易商カール・コッフさんと家族が住んでいました。」
階段を見て怖気づく



上りきって振り向く
素晴らしい景色が広がっていて喜ぶ


見晴らしよく、小樽は3度目だけれど、行ったことのない小樽築港のウイングベイ小樽辺りがよくみえた。






ちょっと甘めの茶碗蒸しもお寿司もおいしくいただきました。

観光客だけではなくて、地元の方も行くお店だと聞いて行って来た。

名前を書いて突っ立っていたら、女の子のふたりが、どうぞ~♪と席を譲ってくれた。
まぁ

お席も彼達の方が先にお待ちになっていたので、畳の個室部屋に行くはずだったのでは?
なぜか私たちが個室に案内され・・・恐縮です。なんて思った。
いやいやなんのなんの・・・もうおじいちゃんとおばあちゃんに片足突っ込んでいますからね、こういうことは素直に・・・

優しくしてくれて、ありがとう

私も優しくしますよ~~~♪
やられたらやり返す・・・違うかっ!

していただいてうれしかった事は・・・私も・・・




小樽市指定歴史的建造物 旧光亭
「もとは東京信濃町の料亭「光亭」の小樽店として、昭和12年に建てられました。主屋の東側に3つの棟を配置し、中央の棟には「茶室」があります。主屋は入母屋妻入りで、外壁を押縁下見板とした和風の外観が特徴です。2階の大広間には、座敷飾の床、付書院、地袋棚を備え、それと対面して舞台となる檜の板の間が設けられています。市内に残された本格的な数寄屋建築の料亭として貴重な建物です。」
小樽市ホームページより



小樽市指定歴史的建造物 旧板谷邸
「この建物は、海運業などで財をなした板谷宮吉の邸宅でした。
東雲町の高台にあり、現在は、和風の母屋とその北側に続く洋館、それに背面の石蔵が残されています。木造モルタル塗りの洋館には、銅板で葺いたマンサード屋根をのせ、堂々とした雰囲気を醸し出しています。」
小樽市ホームページより
旧板谷邸へは、寿司屋通りから相生町に向う道を上り、この辺かしら?と検討をつけて曲がってみた。
坂道を上っていたら 旧光亭 をみつけた。
あら、ここにありましたか・・・
そして、もっと坂を上ったてっぺんに 旧板谷邸 がありました。
以前はもっと大きな屋敷だったそうですが、マンションになっていた。
すぐ下には、観光客が行きかう堺町通り
観光客はここまで来ないから静かな住宅街
と言いつつ我らも観光客でした



旧手宮線
「旧国鉄手宮線は幌内鉄道の一部として、明治13年に小樽・手宮〜札幌を結ぶ北海道で最初の鉄道として開通し、北海道開拓に重要な役割を担っていましたが、昭和60年に廃線となりました。
市内中心部には、旧国鉄手宮線で使用されていた鉄道施設を残し、歴史性の保全を重視しながら素朴な風景を演出したオープンスペースを整備し、オープンスペース以外の区間には、当時の線路がそのまま残されています。
旧国鉄手宮線ではイベントの会場としても利用されており、夏には「小樽・鉄路・写真展」や「小樽がらす市」、冬には小樽市を代表するイベント「小樽雪あかりの路」のメイン会場の一つとなっています。」
小樽市ホームページより



待ちくたびれましたわ


お船には OSAKA と書いてあった
ゆったりのんびりお船の旅もいいかな?って・・・ゆとりができたら思うんだろうか
今はまだ、ビュンとぶっ飛ぶ飛行機のほうがいいかな・・・

うぅみよぉ~おれのうぅみよ~~~♪
海を見ると誰もいないのをいいことに歌いだす

あの橋はどこに・・・
橋をみると思っちゃう・・・つながっているのはどこ?
あっちとこっちに決まってる

運河の反対側はレンガ倉庫のお店屋さん

運河に沿って人のいないところまで歩いてみる

小樽運河
人のいないほうから・・・

小樽運河
人のたくさんいるほうから・・・
写真屋さんがお待ちかねです。ならんでならんで・・・
添乗員さんが声をかけているけれど、お写真に夢中
団体さんはお時間が決まっているからお忙しい
お気に召したら団体抜けてまたどうぞ
今度はごゆるりと・・・
マワシモノ?まさかっ!言ってみたかっただけ







余市に行くならお食事は 海鮮工房 にしましょ!
列車が着いたら、こちらがぐずぐずしている間に行列が出来ちゃった。
そんなわけで、ニッカを先に見学してからやって来た。
うにっ!って言っていたけれど、お手頃うにから売れちゃったみたいで、うにの時価を聞いて、イクラにするだって

ちょちょちょっと、違うのにして取りかえようよー・・・と言っているまに、イクラでって言っちゃったよ。
ってことで前回と同じく、同じ物が並びましたネ
ただ、イカ焼きは前回一皿を二人で食べて、物足りなかったからふたつ頼んだ。
案外大きくて、この前こんなに大きかったっけ? なんて言いながら、美味しくいただいた。帰って前回来た時のブログを辿ったらやっぱりイカは大きかった。
大変美味しゅうございました。
近くだったら通っちゃう



宇宙飛行士の毛利衛さんは余市のご出身
以前、同じ市内でわりと近くに住んでいたことがある。
お目にかかったことはなかったけれど
へーあそこに住んでいるの?宇宙飛行士が?
なんてことで話題になっていた。
日本初の宇宙飛行士、初めて宇宙に行ったジャーナリスト、元TBSの秋山豊寛さんが宇宙に行ったときには、ソユーズがミールにドッキングするって時、追ってる、追ってるっ!と、子供達と空を見上げていた。
その後、追いついてドッキングし泳いでミールに乗り移る中継をテレビでみていた。
肉眼でそういうのを見られたってことは、私の歴史に燦然と輝くものであり、あの時期転勤族の妻として空気のきれいな、運よくコースになっていたあの場所にいられたことだけは、ま!よかった!ってことで・・・
未だに秋山さんは今・・・なんて思うのであります。
そんなわけで、毛利さんが余市出身だと知らなかった。って言うから、えーーー知らなかったのぉぉぉ~~~!と、たまに知っていることがあるとちょっと威張ってみたりして


列車が・・・
乗りはぐるとほぼ1時間待ち。
なので、ちょっとお散歩をしていました。






旧竹鶴邸
創業者竹鶴政孝・リタ夫婦が暮した私邸の母屋を復元したもの





カメラを構えている人がいたら、燃料入れた後にしばらく燃えている様子がわかるように開けておいてくれた。
ニッカの方はみんな親切
受付の方も案内の方も売店の方も試飲会場の方も警備員さんも
























試飲・・・Sトリーでは試飲でへべれけになっているじいさんがいたけれど、ここにはそういう人は居なかった。
この通りに飲むと、適当にやっている時の物よりずっとおいしくいただける。

なんか・・・たっかいのをにんまりと買っていた。
こっそり飲んじゃったら腰ぬかすだろうなぁ~・・・






「ちゅらさん」以来見るかもしれない朝ドラになるかも・・・どうかな?・・・でも・・・なんでP?滑舌が・・・
もっとぴったりな方がいらっしゃるじゃない
ほら、あの上手な女優さん・・・なんて思ったわけ









景色の良いレストランなのだけれど、外壁工事のため、窓の下半分がすりガラスになっていた。



2日目の朝

2日目の夜は・・ホテルロビーにあるお店でコーヒーのテイクアウトが出来たので・・・


ホテルのパン屋さんオンディーヌでほとんど残っていなかったパンの中から、ハムロールとモーンケベックのおふたつをお部屋連れ帰り、コーヒーと共にいただいた。
昼食がおやつの時間だったから、これでどうでしょう?と夕食のかわり・・・あとは




3日目の朝
どうみても2日目と変わらないようだけれど、サラダにクルトンが散らばっているのと、パンがパンケーキとワッフルになっているのと、人参ジュースが増えている。

こちらのホテルには小樽に来る度に泊まっている。
と、言っても3度目・・・なんとなくお気に入り・・・






久しぶりの


ガラスが


ホームには石原裕次郎のパネルがあって、気がつくといつも歌が流れている。
ファンじゃないから、来る度に何でかな~?・・・映画の撮影をしたらしい・・・え?それだけで?・・・きっと大好きだったんだろうなぁ~




到着したら何やらお祭り?な雰囲気・・・ホテルに向う途中縁日みっけ!
夜、来てみよう。と行ったところ人がたくさん出ていて、神社では歌っていた・・・賑わっていて楽しそうだった。

小樽は坂の町
3度目!雪のない小樽は初めて
無理っ! とあきらめていた場所に行くことができた。
雪がないからたくさん歩けるし、埋もれていないから良くみえる。いい事尽くめの
小樽2泊3日の旅
到着日
新千歳からJRで小樽へ
一旦ホテルへ行き、チェックインの手続をしてお荷物を預かってもらい、余市へ向う。
余市ではニッカを見学
夕方小樽に戻り、東雲町の建物散策後、縁日へ行き、ホテルへ
2日目
お店が開く前に堺町、色町を散策、その後、散策バスで郊外にある水族館に向うが、そこは目的地ではないからぐるりと乗ったままして、博物館で下車
見学後、博物館から歩いて運河経由で外人坂の階段を真面目に上って相生町に。
それから小樽公園へ行き建物散策。地獄坂をくだりホテルへ
3日目
朝食後、すぐにチェックアウトしお荷物を預かってもらって、バス停を聞き出発。
潮見台あたりまで行きたいのでバスに乗った。見学後バスには乗らず南小樽まで歩く。
ここまで来たら歩いちゃおう!三本木急坂を下り、入船通り経由で散策しながらホテルに戻る。
飛行機は夜だから、ちょっと札幌にも出てみようか?と行ったところ北大の植物園は月曜休館で、北大の札幌農学校第2農場は「工事につき平成27年5月末迄、敷地内の見学が出来ません!」あら残念!北大は南門から入って散策しながら、環状門まで歩いた。
じゃ、そろそろ空港へ行きますか・・・?


今度は雪のない時に来たいね。って話していたのは去年!
今年は・・・で、行って来た。



そんなこんなで



そして今回も・・・早く行って、遅く帰る

いちばんの飛行機だから駅のシャッターが開くのを待って始発で空港へ向った。




予約したお席は機種が変更になったからとあちらが変更。それを、空席がまだあったからとこちらで変更。
飛行機を見て・・・ま!ちっちゃい。通路挟んで 3━3 のお席は・・・満席、早いとこお席選んでおいてよかったわ。


ラウンジに行く時間がなかったから、売店で朝ごはんを買って、機内で・・・
北の大地に到着し、シートベルトサインが消えたとたんに、いつみんなで練習したの?ってくらいお見事にきれいに立ち上がり、サッと通路に出た。
すっごいと感心している場合ではない、一拍遅れで立ち上がり列にするりと入れてもらった。

散策中・・・あら


しばらく見ていないと思っていたら、北海道にいたのね? そっかそっか・・・

お話の相槌に、そうそう!って言うけれど、そうx4 くらいなら聞く。なのに・・・そう!がいっぱい。
また言わないかしら?と聞いていたら。言った! そうx10・・・そうに集中!いったい何の話していたんだっけ?って、私に話していたわけではないから・・・列車の暇つぶしでした。


旅の前に髪を思い切り短くした・・・そんなもんで出ちゃっていた!首っ!





余市の駅からニッカに向う道・・・
お食事処は?ときょろきょろしていたら、一緒に列車を降りた方達がぞろぞろと向って行くところがあり、どらどらとついて行ったらこちらのお店に・・・
そんなもんでお店の外まで行列が出来ていた。ならば先にニッカに行こう

ニッカの見学を済ませた午後になっても短い行列はあった。急ぐ旅でもないから列車の1本や2本遅らせてもと並んで食べた。


もともと私は いくら をと思っていたけれど、迷っていた人、それを見てやっぱり いくら にしよう

何番のお客様~って呼ばれる。お返事をすると持ってきてくださる。 137番!!!
盛りがよく、いくら もどっさり入っていて、焼きイカもとっても美味しかった。大変満足

