「Critical Mass」(1)

(←顔を作れば、アダム・クーパーはこんなにカッコいいのに・・・)

  ラッセル・マリファントの公演が行われているロンドン・コロシアムは、よい意味で古風で豪華な内装の劇場なのですが、オーケストラ・ピットが大きく場所を取っているために、舞台と客席の距離を感じます。前列に座っていても、ダンサーの姿が小さく見えるのです。

  しかも、マリファントのどの作品も照明は暗く(これは踊りの効果を高める上で非常に重要らしいのですが)、ダンサーの表情がはっきり見えません。初日の公演では、私の隣の観客もオペラ・グラスを使っていました。それで私も、昨日(8日)の公演には、万が一のために荷物に入れておいたオペラ・グラスを持っていきました。

  昨日の記事で、ラッセル・マリファントとアダム・クーパーが踊る「Critical Mass」について簡単に書きました。でも昨日の公演を観たら、見落としがかなりあったことが分かったので、それらを補いたいと思います。あわせてマリファントとクーパーのパフォーマンスについても。

  前に書いたように、「Critical Mass」は35分という、コンテンポラリーとしては長い作品です。その間、マリファントとクーパーは踊りっぱなしです。しかも、最後になればなるほど振りがタフなものになっていきます。

  「Critical Mass」は3部構成です。舞台の中央だけにライトが当てられ、両端からラッセル・マリファントとアダム・クーパーが無表情のまま歩いてやって来ます。彼らは舞台の中央に並ぶと、ゆっくりした動作で踊り始めます。

  昨日も書きましたが、様々な動きで構成された一組の振りを、音楽(効果音と重低音のパーカッションだけ)に合わせて、加速しながら何度も何度も繰り返します。

  彼らは舞台の中央からほとんど動きません。しかし、実はかなり大変そうな動きばかりです。ラッセル・マリファントとアダム・クーパーは、身体を同時に折り曲げたり、交互に腕や身体をブロックのように組み合わせ(「絡み合わせ」ではない)たりします。その動きはしなやかで鋭いです。間やたるみがまったくありません。

  また、クーパーがえび反り状態で後ろに倒れると、マリファントはクーパーの腕をつかんで一瞬静止します。それから間髪入れずにクーパーは起き上がり、今度はクーパーがマリファントの腕をつかんで、マリファントは後ろに倒れかけた状態で静止します。「倒れる」と書くと、「勢い」や「スピード感」が漂いますが、そうではないのです。なんというのか、力を入れて身体をコントロールしながら倒れている感じがします。

  たとえば、アダム・クーパーは全身を筋肉で支えながら、なめらかに、流麗に後ろに倒れるのです。ただし、力を入れてふんばっている感じはまったくしません。マリファントが倒れるときも同じです。力みをまったく感じません。

  倒れる相手の腕をつかんで支える動きも同様で、「力を入れて支えている」感がありません。とにかく「力」というものを感じない。

  お互いの身体を複雑に組み合わせ、後ろに倒れるお互いの身体を支える、この一連の動きはすべて、静かでなめらかで鋭くて流れるようです。しかし、どんなにタフな振りなのかは見てれば分かります。それを加速させながら繰り返していくのです。その加速度が尋常ではなく、まるでビデオ・テープの早回しを見ているようです。

  もしマリファントとクーパーとの間にタイミングや間合いの「ずれ」が生じてしまえば、この踊りは台無しになるはずです。しかし、マリファントとクーパーはよどみなく一連の振りを踊り続けます。

  彼らの動きが加速すればするほど迫力も凄まじくなっていくので、まずこの時点で観客は呑まれてしまっていると思います。私は本当に口を開けっぱなしでした。オペラ・グラスを使う暇はありません。

  照明がいったん消されます。一部の観客は作品が終わったものと思って拍手していました。でもすぐにまた照明が点きます。マリファントとクーパーは聞こえないくらい静かで低い効果音の中でゆっくりと踊ります。今度は舞台を移動しながら、手や腕をつないだまま、時に同じステップを踏み、時に身体を絡ませて(でもエロい感はゼロ)、時に交互に相手に寄りかかって、あるいは双方がコンパスのようにふんばってバランス・キープし、時に片方が片方の身体の上に乗りあげながら開脚して、やっぱり無表情のままゆっくりと踊り続けます。

  うーん、コンテンポラリーって、マリファントって真面目ねー、と厳粛な気持ちになったところで、いきなり俗っぽくてコミカルな感じのタンゴの音楽が流れます。観客がクスクス笑います。

  ところが、マリファントとクーパーは、さっきほぼ無音の中で踊ったのとまったく同じ振りで、そのタンゴに乗って踊るのです。やるわ、と思いました。無音とコミカルな音楽という、両極端なものの中で同じ振りを踊ることで、踊りの印象がまったく違ってしまうのです。踊りをそれぞれの「ジャンル」に閉じ込めることがいかに無意味か、思い知らされた気がしました。

  観客にそのことを分からせた(?)上で、マリファントとクーパーは本格的に両手を組んで、「ジャンル」が正体不明の振りを、「タンゴ」の中で踊ります。互いの両足を絡ませたり、身体を反転させたり、タンゴだと思い込めばタンゴですが、でもタンゴとは限らない、という意識ができあがってしまったので、不思議な踊りを見るようでした。

  ただ、その中で、クーパーが身をかがめたマリファントの背中の上に飛び乗って一瞬正座する、という動きがあります。クーパー君は無表情で正面の客席をじっと見つめます。そのときに客席にいつも軽い笑いが起こるのです。彼のこういう間合いのはかり方の絶妙さはさすがだな、と思いました。

  マリファントとクーパーはふと向き合って、ゆっくりした動作で、まるでレスリングかキック・ボクシングといった格闘技のような振りで踊ります。マリファントがクーパーに向かって片脚をゆっくりと上げ、クーパーはそれを避けるかのように身をよじります。この振りもスロー・モーションのように、実に緩慢で静かなうちに踊られます。

  徐々にマリファントとクーパーが交互にリフトする動きが多くなっていきます。ちょっと持ち上げるような軽いリフトではありません。クラシック・バレエで、男性ダンサーが女性ダンサーをリフトするようなダイナミックなリフトを繰り返します。

  マリファントとクーパーは代わる代わる、相手の身体を横抱きにしたり、逆さまに抱えたまま静止したり、相手の両脇を抱えて頭上に持ち上げたり、相手の身体を肩にぶら下げます。クーパーのほうがマリファントよりも長身なせいか、どちらかというとクーパーがマリファントをリフトするほうが多い気がします。

  これだけダイナミックなリフトだらけなのに、やはり、マリファントもクーパーも、力が入っている感じを与えません。持ち上げるほうはフォーク・リフトのように機械的で、持ち上げられたほうも身体をピンと伸ばしたまま微動だにしません。最後はクーパーが直立不動のマリファントの両脇を支え、ぐーん、と高く持ち上げたところで、照明が消されて終わります。

  これが「Critical Mass」の第2部に当たります。

  そろそろ時間なのでやめます。続きはまた明日にでも。マリファントとクーパー君は濃い目のグレーの前開きのシャツを着て、ほぼ同じ色のズボンを穿いています。足は裸足です。クーパー君はなぜか丸刈りっぽい短い髪型になっていました。なぜそうしたのかは分かりません。スキンヘッドのマリファントと合わせたのか!?(←マリファントさんすみません)
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