『雨に唄えば』(2012年ウエスト・エンド公演)-4


  ☆以下の記事には、ネタバレが含まれています。これからご覧になる予定の方はご注意下さい。


 Act 1(続き)

  場面は変わって、映画完成記念パーティ会場。ドンも到着し、コズモやシンプソンたちと乾杯します。

  そこで、巨大なシャンペン・タワー(←映画では巨大ケーキという設定)が、客たちの前に運ばれてきます。すると、いきなりシャンペン・タワーが真ん中から割れ、その中から現れたのは、なんとキャシー・セルドン。

  キャシーはドンと目が合ってびっくり仰天、うろたえます。前にドンと出会ったときに、自分は新人の舞台女優だと嘘をつき、映画俳優のドンのことをワンパターンの演技しかできない大根だと皮肉ったからです。

  それと同時に大勢の踊り子たちが現れ、キャシーは気を取り直して、彼女らと一緒に"All I Do"を歌います。全員が紫の花柄のミニ丈ガウンを身につけ、フトモモをむき出しにして、健康的なお色気ムンムン。

  踊りの振付はチャールストン風で、腰やお尻を左右に激しく振ったり、脚を高く振り上げたりするもの。動きがスピーディーでキレがよくメリハリが利いており、とても生き生きしていて見ごたえがある踊りでした。間近で見ると、やはり余計に迫力があります。

  ドンが面白がる一方、キャシーは明らかに決まり悪げです。キャシーはドンが視界に入ると顔をしかめたり、ふくれっつらをしたり、ドンを睨みつけたりしますが、他の客の前ではパッと変わって、わざとらしい営業用笑顔を振りまきます。キャシー役のスカーレット・ストラーレンのこの表情の切り替えが急で細かく、見ていて笑えました。

  ショウが終わると、今度はドンがキャシーをからかいます。激怒したキャシーは、ボーイが運んできたケーキを手に取り、ドンの顔めがけてぶつけようとします。が、ドンはすんでのところで身をかわし、ケーキはなんとリナの顔面にガチで的中。

  この「ケーキ顔面直撃」は、今もって英米における鉄板お笑いネタらしく、観客は毎回大爆笑していました。日本でいえば、「天井から金タライ」、「天井から一斗缶」、「熱湯風呂」(←?)に相当するのでしょう。

  確かにお笑いネタとしてはベタですけど、キャシーがケーキを勢いよくぶつけようとする→ドンがさっと身をかわす→リナの顔がちょうどケーキの先に移動している、と、三人の動きをタイミング良く合わせるのは、実はけっこう難しいと思います。クーパー君がケーキを避けるとき、「うわっ!」というマジ顔をしていたんで可笑しかった。

  リナはサングラスにドレス、というスター然とした姿でパーティーに参加しています。これはうまい演出で、ケーキがリナの顔面に的中したとき、衝撃でサングラスがずり落ちると、目の周囲以外がクリームで真っ白になっていて、まるでパンダかタヌキ。

  日本人の私によく分からなかったのは、ケーキが当たったリナのリアクションと観客の反応です。リナが「ア゛ーッ!!!」と悲鳴を上げるところまでは分かるのです。でも、ドンに「リナ、君の威厳を忘れるな!」と言われた次の瞬間、リナは落ち着きを取り戻してくるりと後ろを向き、お尻を大げさに左右にゆっくりと振った、気取った歩き方をしながら去っていきます。この姿で観客がみんな大笑いしてたのです。

  私はリナのこのリアクションのどこがそんなに笑えるのか、最後までピンときませんでした。「笑いのツボ」には、西洋と東洋とでは違いがあるらしいっすね。

  ちなみに、ここで「トーキング・ピクチャー(トーキー)」のテスト・フィルムの上映シーンがあります。実際にモノクロのフィルムがスクリーンに映し出されます。ここでも観客は大笑いしていました。どうも、テスト・フィルムに登場するおじいさん(←有名人がこっそり演じることが多いらしい。今回は誰なのかは知らない)のセリフがおかしかったらしいです。

  現代では当たり前なことを、懇切丁寧に説明しているのが笑えたようです。「私は話しています。これは私の声です」とか、「音声は映像と連動しています」とか。

  シーンは変わって、映画撮影スタジオ。俳優・女優たち、スタッフたちがにぎやかに行きかっています。ドンがやって来て、キャシーの行方についてコズモに相談します。

  ドンとコズモが話していると、ゴリラの全身着ぐるみを着た人物が前を通り過ぎていきます。ドンはコズモと会話しながら、「ハイ、○○(←名前忘れた)!」と、ゴリラに向かってごくフツーに挨拶します。するとゴリラの着ぐるみも「ハイ、ドン!」と平然と挨拶を返します。クーパー君もゴリラも双方自然でさりげない態度だったので、これには私も笑えました。

  次からはコズモ役、ダニエル・クロスリーの独擅場でした。コズモの歌う"Make'em Laugh"は、息をつかせぬ連続芸の展開で、息を呑んで見入ってしまいました。

  あわただしく行きかうスタッフたちの間を縫って歩き、通りがかりのスタッフにリフトされながら両足を何度も交差させて打ちつけてバレエの真似(にしてはすごく上手だった)をし、床に下りるや、スタッフが運んでいた衣装と道具からコート、帽子、ほうきを拝借して、ほうきにコートをかけ、帽子をかぶせて人間に見立てたかと思うと、次には帽子と衣装を次々と変えて、スタッフが持つ額縁の中に立って肖像画の真似をする、王様、貴族、軍人、果ては貴婦人と早変わり、更にドアのセットを両手でつかみ、片足をバケツの中に突っ込むと、スタッフたちがバケツをつかんでコズモの体を持ち上げ、コズモは床と平行になって宙に浮きながら、バケツから足が抜けないフリをし、スタッフたちはバケツを全員で力いっぱい何度も引っ張り、コズモはやっと足が抜けて床に再び降り立つと、スタッフに高く抱え上げられて振り落とされ、その瞬間に見事な宙返りをして着地。

  最後は、もう疲れたよ~、という表情で、ふうふうと息を切らせ(←これは演技じゃなくて本当だろう)、もっとやんなきゃダメ?という様子で周囲と客席を見渡し、観念した顔で胸の前で十字を切り、紙でできた壁のセットに体当たり、壁をブチ破ってフィニッシュ!その瞬間、待ちかねた観客から一斉に爆発音のような大拍手と大喝采とが飛びました。

  "Make'em Laugh"の間、ドン役のアダム・クーパーは、ずっと椅子に座って見ていたように思いますが、私は記憶が定かではありません。とにかくクロスリーに目が釘付けだったからです。本当にすばらしいパフォーマンスでした。真のエンターテイナーです。


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『雨に唄えば』(2012年ウエスト・エンド公演)-3


  ☆以下の記事には、ネタバレが含まれています。これからご覧になる予定の方はご注意下さい。


 Act 1(続き)

  ドンの相手女優、リナを演ずるのはキャサリン・キングスリー。長身、スタイル抜群、明るいブロンドの髪のゴージャス美女です。大きな瞳に細い濃い眉とはっきりした目鼻立ちで、手足や腰はほっそりしているのに胸とお尻はちゃんと出ており(笑)、女の私から見ても惚れ惚れするような、華やかな美しさでした。

  ドンと一緒にマイクの前に立ったリナはあでやかな笑顔を浮かべ、挨拶をしようと顔をマイクに近づけます。しかし、その都度ドンがマイクをあわてて奪い取ってスピーチし、リナに絶対にしゃべらせません。しまいにドンはリナの腕を引っ張って、リナを引きずるようにして強引に退場してしまいます。このキングスリーとクーパー君の動きがコントみたいで、観客はやはり爆笑。

  舞台はバック・ステージという設定となり、ドン、リナ、コズモ、映画会社社長のシンプソン(マイケル・ブランドン)、監督のデクスター(ピーター・フォーブス)らが勢ぞろいし、ここでようやくリナ役のキングスリーが声を出します。

  これがまたすごいデカい声で、ワイングラスどころかビールジョッキ(大)も余裕で割れそうな超キンキン声。聞いているこちらの脳ミソにもガンガン響いてきて、頭痛が起こりそうなくらいです。インタビュー映像を観ると、キングスリーは落ち着いたきれいな声をしているのですが、いやあ、プロの女優さんってほんとすごいねえ。キングスリーは2時間以上におよぶこの舞台の間、ずーっとこのキンキン声でした。役柄上当たり前ですが。

  一休みしたいドンはコズモに影武者を頼みます。コズモ役のダニエル・クロスリーは小柄なほうで、ハンサムとは言い難い顔立ちですが、愛嬌のある優しげな風貌をしています。また非常に感じの良い人です。ウエスト・エンドでは売れっ子の有名な俳優さんだそうです。

  今まで「アダム・クーパー主演のミュージカル」で、アダム・クーパーの脇役を務めた俳優たちの中には、ミュージカルではしょせん「アマチュア」に過ぎないアダム・クーパーの脇を務めることに対して明らかに不本意で、「オレ様がプロフェッショナルのパフォーマンスを見せてやる」という対抗心をむき出しにした人もいました。

  観客は、舞台興行に関して素人であっても、バカではありません(リナの決め台詞のようにwww)。ショウを観ていれば、舞台の上にいるキャストの人格が大体分かるし、キャスト同士の人間関係もなんとなく察することができます。だから、以前に「仕事だから仕方なくアダム・クーパーの脇をやってる感」を漂わせてた人は割と分かったんです。

  しかし、コズモ役のダニエル・クロスリーには、そういう雰囲気が微塵もありませんでした。この『雨に唄えば』は、ウエスト・エンドのミュージカルの一つであり、今までのように、アダム・クーパーだけを売り物にしたプロダクションではないからでしょう。アダム・クーパーはあくまで主要キャストの一人であって、他の主要キャストと立場は対等です。

  ダニエル・クロスリーとアダム・クーパーは本当に仲が良さそうでした。後のシーンでは、クロスリーがアドリブをかまして、クーパー君が笑いをこらえながら、やはりアドリブで返す、ということもやっていました。

  ドンはコズモに影武者を頼んで、自分のロングコートを脱いでコズモに着させます。すると、コートの袖と丈がコズモには長すぎて、袖が余って垂れ下がり、裾も床すれすれで、まるで子どもが大人の服を着ているような感じになってしまいます。観客が大笑いしました。

  ドンとコズモの、というよりは、アダム・クーパーとクロスリーの身長と体型の違いをネタにした、私はちょっと「やりすぎじゃないか」と思ったギャグなんですが、観客に笑われてるクロスリーに嫌味な感じはまったくなかったです。「ありゃありゃ」という困ったような表情が、なんともユーモラスでかわいらしい。クロスリーはいろんな意味で本物のプロなんでしょうね。

  通りのベンチで、ドンはキャシー・セルドン(スカーレット・ストラーレン)に出会います。スカーレット・ストラーレンはかわいらしい感じの人で、リナ役のキャサリン・キングスリーに比べると小柄です。

  いきなり思い出した。このストラーレンは、アメリカ英語のアクセントがめちゃくちゃ上手かったんだった。本物のアメリカ人か?と思ったくらいでした。(ちなみにプログラムには、ストラーレンの出身地とか卒業校とかは書いてません。)

  ドンがキャシーに向かって歌う"You Stepped Out of a Dream"は演出が面白かったです。最初はドンだけが歌います。このとき、クーパー君は軽く踊るのですが、その両腕の動きは流れるように美しく、身のこなしと足取りもきれいでした。こういうちょっとした踊りのときに、逆に彼の魅力がこぼれ出ちゃうんだよねえ、でへへ(←バカ)。

  戸惑うキャシーは通りかかった若い警察官(ルーク・フェザーストン)に助けを求めて駆け寄ります。すると、それまで厳しい表情で、両手を後ろに組んで直立不動だった警察官が、いきなり両腕を情熱的にがばっと広げ、キャシーに向かって「You Stepped out of a cloud~♪」と、渋い低音で歌い出します。これがすごく可笑しかったです。

  この警察官役のフェザーストンは、若いながらもなかなか面白いヤツでした。彼は第一幕の最後でも活躍(?)します。

  警察官に続けて、キャシーが行き当たった通行人の男女たちも、次々とキャシーに向かってこの"You Stepped Out of a Dream"を歌います。最後はベンチに座り込んだキャシーを全員で取り囲むようにしての合唱となりますが、このとき、クーパー君は、キャシーが座っているベンチの向かいにある別のベンチの上に立ち、なんと両手を振って合唱指揮をしていました。

  プログラムに掲載されているインタビューでも、もう妻子持ちの四十男のくせに、まだ「指揮をやってみたい」とかほざいて言っているので、劇中とはいえ夢が叶ってよかったね。

  ここで合唱してたのは、前奏曲で踊ってたのとほぼ同じキャストです。歌メイン、演技メイン、踊りメインとキャストが分業制になっているミュージカルがたまにありますが、この『雨に唄えば』は兼業制です。

  これ自体は別に珍しいことではないです。ただ、身長とスタイルに恵まれていて、バレエをかなり踊れて、歌も歌える若手キャストをよくもこんなに集められたな、と思いました。更に、彼らは後のシーンで迫力満点のタップ・ダンスも踊ります。そのときには、イギリスのミュージカル界の圧倒的な層の厚さに本当に参りました。
 
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