うわー!!!!!

(←これは“Critical Mass”第1部の振りの一つ)

  ロンドンです。火曜日(7日)の午後に着きました。順調に宿にチェック・インして、化粧直しと着替えをすませて外出、ラッセル・マリファントの公演が行われるロンドン・コロシアムへ向かいました。

  ロンドン・コロシアムはイングリッシュ・ナショナル・オペラの本拠地で、イングリッシュ・ナショナル・バレエもこの劇場で公演を行なっています。ただ近年は、サドラーズ・ウェルズ劇場が主催する公演の会場としても用いられているようです。

  コヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスほど大きくはありませんが、おそらくはサドラーズ・ウェルズ劇場と同じくらいか、一回り小さいくらいの、なかなか大きな劇場です。客席は馬蹄形をしており、天井はドーム型で天蓋も付いています。しかも、ロンドン・コロシアムの外装と内装は古めかしくて、ロイヤル・オペラ・ハウスやサドラーズ・ウェルズ劇場が全面改装される前はこういう感じだったのかな、という、古き良きロンドンの劇場の姿をそのまま保っているように思いました。

  一方で、中の機材は最新です。オンライン予約したチケットは、わざわざボックス・オフィスに行って受け取る必要はありません。発券機があり、購入時に使ったクレジット・カードを差し込むだけで、チケットが自動的にプリント・アウトされて出てきます。

  スタッフはみな態度が非常に良く、またとても親切です。ロンドンの劇場で、あんなに感じの良いスタッフばかりに出くわしたのははじめてです。

  コロシアムのロビーやラウンジは、ウエスト・エンドの多くの劇場と同様に狭く、通路は迷路のように曲がりくねっており、かなり分かりにくい構造をしています。狭いロビーの片隅にプログラムを売っているカウンターをなんとか見つけ、さっそく1部購入しました(4ポンド)。

  プログラムの表紙を見たとたん、私は卒倒しそうになりました。

  表紙は、ラッセル・マリファントとアダム・クーパーが組んでいる写真でした。アダム・クーパーは全身を後ろに反らせて倒れかかり、ラッセル・マリファントがクーパーの胸の前に腕を差し出し、クーパーはマリファントの腕を両腕で挟んで、床すれすれのところで倒れかかった体をキープしています。これは彼らがこの公演で踊る「Critical Mass」の振りの一つです。

  アダム・クーパーもラッセル・マリファントも藍色っぽいシャツにズボンというシンプルな衣装です。静かだけど完全にコントロールされた強靭な力を感じさせる、クーパーとマリファントのポーズはもちろん、マリファントに支えられたクーパー君の表情の・・・ああ、敢えてこう表現しましょう、なんとエロティックなこと!なんと危うい色気のあること!私はまるで、心臓に手を突っ込まれてわしづかみにされたように呆然としてしまいました。

  プログラムの中には更にもう1枚、マリファントとクーパーが組んでいる写真がありました。それを見たとたん、私は鼻血が噴き出そうになりました。

  それはラッセル・マリファントがアダム・クーパーを逆さまにリフトしているものでした。これもまたマリファントらしい、コントロールされた強いパワーが、限界ぎりぎりのところで均衡を保っていることを感じさせる、静かな緊張感にあふれたポーズでした。

  アダム・クーパーはラッセル・マリファントの膝の上に腰だけを乗せた状態で、両脚を空中に伸ばしてわずかに広げ、そのままで静止しているのです。両腕はもちろん床になんかついていません。こんな写真がよく撮れたものだ、と仰天しました。人類的にありえないポーズで、この写真を撮るために、彼らはどのくらいの間このポーズのままで静止していたのか、と思いました。

  そしてまた、この写真のクーパー君の表情が実にイイんです。少年のような脆さとあやうさを感じさせるエロティックな表情で、とても37歳妻子持ちの男性には見えません。

  会場はほぼ満員の大盛況で、イギリスの舞踊批評家たちの姿も多く見受けられました。この公演では4作品が上演されました。「Knot」、「Sheer」、「Two×Two」、「Critical Mass」です。

  ラッセル・マリファントとアダム・クーパーは最後の「Critical Mass」を踊りました。35分という長い作品です。踊りの振りからみると3部構成で、最初はすさまじいパワーとバランスの一組の振りを、加速しながら繰り返していきます。次は一転してタンゴに乗せて、クーパーとマリファントが手を組んで、でもタンゴのようでタンゴじゃない、いかにもマリファントらしい振りで踊っていきます。最後の冒頭はクーパーのソロで、両腕を組んだまま、その両腕がまるで鎖のように離れないかのように、苦しげな表情と振りで踊り、ラストはマリファントが現れて、クーパーとともにゆっくりした振りを連動して踊ります。

  考えてみれば、私はアダム・クーパーの踊るコンテンポラリー作品を観たことがありませんでした。私はマリファントとクーパーの踊る「Critical Mass」を見ながら、凄まじい力とスタミナで踊っているはずなのに、この人たちはなんで足音をまったく立てないのか、なんでこんなにも静かなのか、と呆然とし、同時にまったく音のしない彼らの動きの中からじりじりと発散されている、制御された強靭なパワーとスタミナの、そのあまりの迫力に圧倒されて、口を開けたまま見入っていました。

  マリファントの作品は、目に見える「力」を感じさせたら、その魅力が一気になくなってしまうという特徴を持っていると思います。暗いライトの中で、ラッセル・マリファントとアダム・クーパーは、最後まで音を立てず、静かに、あからさまな「力」を感じさせることなく、無機質に踊りとおしました。

  アダム・クーパーは、バレエを舞台で踊らなくなってからのほうが、逆にバレエがうまくなったのではないでしょうか。この「Critical Mass」には、はっきりと分かるバレエの動きが割とありましたが、クーパー君の動きやポーズは非常にきれいでした。端正な動きは相変わらずです。ウィリアム・フォーサイスの「ヘルマン・シュメルマン」を踊っている20代のアダム・クーパーよりも、「Critical Mass」を踊っている今のアダム・クーパーのほうが優れていると思いました。
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