(個人的に)2010年上半期注目の公演

  みなさまもうご存知の公演ばかりでしょうが、自分用のメモとして。

  1.国立モスクワ音楽劇場バレエ『白鳥の湖』(ブルメイステル版) 4月17日(土)、18日(日)於オーチャード・ホール

   以前の来日公演で観て、えらいこと感激しました。ブルメイステル版は踊り的にもドラマ的にも非常によくできているし、ダンサーたちの踊りも演技もとにかくすばらしい!特に、第三幕の民族舞踊から黒鳥のパ・ド・ドゥにかけての場面は圧巻です。私の場合、「民族舞踊、早く終わんないかな」と思ってしまうのが常ですが、このブルメイステル版では逆に手に汗握る展開で、一時たりとも目が離せませんでした。

  2.新国立劇場バレエ団『カルミナ・ブラーナ』(デヴィッド・ビントリー振付) 5月1日(土)~5日(水)於新国立劇場オペラパレス

   これも以前に観てすっかりハマった作品。再演とは嬉しい限り。ところで、新国立劇場バレエ団の2010~2011シーズンは、もうすっかりビントリー色というか、イギリス・バレエ色に染まっていますね。個人的には歓迎です。特に『シンデレラ』(アシュトン版)、『ラ・バヤデール』(牧阿佐美版)、『ロミオとジュリエット』(マクミラン版)は楽しみです~。

  3.「マラーホフの贈り物」 5月18日(火)~22日(土)於東京文化会館

   マラーホフはもちろん、他の参加ダンサーたちも演目も魅力的。ガラ公演はさー、やっぱり適度に知られた作品を入れて、適度に新しい作品を入れて、適度にクラシカルな振付の作品を入れて、適度にコンテンポラリー作品を入れて、っていうのがいいと思います。それにしても、2月のマニュエル・ルグリのガラ、イープラスの「搭乗券」には爆笑したぜ(物は言いようですな)。

  4.小林紀子バレエ・シアター『眠れる森の美女』(マクミラン版) 6月4日(金)、5日(土)、6日(日)於新国立劇場中劇場

   昨年に引き続いての上演です。去年の初演を観ましたが、別にマクミラン独特の屈折して歪んだ振付があるわけでなく、ごくごくフツーの『眠れる森の美女』でした。ダンサーたちは、そりゃマリインスキー・バレエほどレベルが高くないにしても、公演全体が小林紀子バレエ・シアターが持つ品の良さにあふれていて、観ていて気持ちが良いのです。チケットは2月中旬発売で、主だったキャストもまだ確定していないとのことですが、島添亮子さんのオーロラ姫、中村誠さんのデジレ王子はぜひまた見たいなー。

  5.英国ロイヤル・バレエ団日本公演 6月19日(土)~29日(火)於東京文化会館

   3演目(『リーズの結婚』〔アシュトン版〕、『ロミオとジュリエット』〔マクミラン版〕、『うたかたの恋』〔マクミラン振付〕)のうち、やはりいちばんの注目作品は『うたかたの恋』でしょう。本家本元の英国ロイヤル・バレエですら、上演前には度重なるキャスト変更が必ず起こり、まして他のカンパニーが上演するのはいろんな意味で極めて難しいこの作品、それを日本で観られるのはラッキーです。ダンサーに関しては、カルロス・アコスタがやっと日本に来るか、という感じです。しかもルドルフ皇太子役で。でも、1演目1回だけの出演というのはもったいない気がします。ロミオも踊ってもいいんじゃないのかな?

  番外:マシュー・ボーン版『白鳥の湖』 6月9日(水)~6月27日(日)於青山劇場

   チケットはもう発売されたのに、まだ来日予定のキャストが発表されてません。前もそうだったなあ。各公演のキャストは当日発表とのことで、これも以前と同じ。2009年~10年『白鳥の湖』ロンドン公演・UKツアーのキャストを見ると、当たり前のことながらアダム・クーパーの名前はありません。でももちろん、日本の観客は、作品よりはダンサー目当てで来るのが大多数、という程度のことは、マシュー・ボーンも日本の主催元も知っているでしょう。これから誰を「スター」に仕立てて宣伝を打つのか、ちょっと楽しみです。

   アダム・クーパーが日本公演に限って出演する可能性は、個人的には極めて低いと思います。ロンドンで行なわれたボーン版『白鳥の湖』10周年記念公演に際し、マシュー・ボーンはインタビューで、「アダムは過去の栄光で再び名を挙げたいとは思っていない(アダム・クーパーは出演しない)」と言っていたし、アダム・クーパーも「前を見なくては(『白鳥の湖』はいいかげん卒業しなくては)」と言っていました。

   勝手な言い草ですが、私もアダムにはもうザ・スワン/ザ・ストレンジャーなど踊ってほしくない、というのが正直なところです。過去の一過性の熱狂的人気にいつまでもすがらないでほしいし、現在の自分の年齢にふさわしいパフォーマンスをしてほしい。38歳のいいトシした大人の男なんだから、今さらブラック・レザーのロング・コートとズボンに身を包んで、女たち(と王子w)を次々とたらしこむ、なんて役をやってほしくはないのです。ザ・スワン/ザ・ストレンジャー役は、もう次代の若いダンサーたちに譲るべき。・・・私もついにこう思えるようになったか。以前は、ザ・スワン/ザ・ストレンジャーを、アダム以外のダンサーが踊るなんて許せん、と思っていたのにね(笑)。

   でも、アダム・クーパーを超えるザ・スワン/ザ・ストレンジャーなんて、永遠に出ないに違いないけどね。 
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よく見りゃ似てるこの二人~脱力編~

  セキュリティ上、また利便性の上でもこのほうがよいので、という理由で、オンライン入力で大量の書類を作成させられた(IDとパスワードでログインしなければならないのはもちろん、書類作成のページにはすべて鍵がかかってる)。

  何時間もかけてやっとできあがり、保存ボタンをクリックした。そしたら、「システムエラーが起こりました」という表示が出た。

  「戻る」はクリックするな、このボタンをクリックしろ、と書いてあり、そのボタンをクリックしたところ、なんと最初のログイン画面に跳んでしまった。

  真っ青になって再びログインし、書類作成のページに行った。そこに広がる白い平原。苦労して入力した内容がすべてぶっとんでしまったのだった。

  呆然としながらも、試しに少しだけ文章を打って、再度保存ボタンをクリックしてみた。すると今度もやはり「システムエラーが起こりました」の表示。

  ブチ切れて担当部署に連絡した。そこは内々に「流刑地」と呼ばれている。

  システムの不具合を改善しない限り書類は作成できない、と彼らに言った。怒りを抑えようとするあまり、異様に愛想良く、また丁寧な口調になってしまった。

  そしたら、エクセルのフォーマット・ファイルを送るから、それに入力して提出してくれという。ナニがセキュリティだ。ナニが利便性だ。ぶっ壊れているシステムなんぞを使ったばかりに、ムダな時間と労力を費やしてしまった。最初っからエクセルで打って提出すればよかったんじゃないか。

  彼らはいちおう謝ったが、それでも期限を守ること、必須事項は書き漏らさないことを私に注意するのを忘れなかった。こうでもしないと面子が立たないらしい。それに、システムが不具合なのは彼らの責任ではなく、システムを作成した、あるいはシステムを管理する請負会社の責任だ、と考えているらしかった。命令はするくせに責任は負わない。こんな連中が最近増えている気がする。

  世の中がつい嫌になってしまい、脱力したままその夜は早く寝た。

  そんなわけで、よく見りゃ似てるこの二人。

  マシュー・ハートとブラックマヨネーズの小杉。(小杉が痩せた場合ね。)
  
  イヴァン・プトロフと加藤晴彦。

  ウィル・タケットと『千と千尋の神隠し』の湯婆婆。 
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『兵士の物語』テレビ放映版

  「アダ友」のお一人のご好意で、WOWOWで年末年始に放映されたウィル・タケット版『兵士の物語』(普通ヴァージョン)を観ることができました(本当にどうもありがとうございます~)。

  まだ1回しか観てませんが(もちろんこれから毎晩1回は観るのさっ)、ざっと見の感想は、カメラ・ワークが良いな、ということと、キャストたちの特に表情による演技が細かくて凄い、ということです。

  カメラ・ワークについては、演劇的な効果を重視した撮影で、編集も単なる「公演映像」的なものではなく、映画のように凝っていて面白いと思いました。撮影日の公演に私は居合わせていましたが、あの日は客席のあちこちを切り取って、カメラが異常に多く設置されておりました。物好きにもカメラが全部で何台あるか数えましたら、1階だけで確か14台あったように思います。

  ですが、放映された映像を観ますと、更に天井(あるいは2階?)、そして舞台の袖にもカメラが設置されていたように見えます。これは1階客席からのカメラでは撮影が不可能ではないか、という角度の映像が何箇所かありました。

  エンド・ロールによると、この撮影は主催元のパルコとWOWOWによって行なわれたようです。カメラマンはステージ・パフォーマンスの撮影に慣れている人々ばかりだったであろうことが推測されます。アダム・クーパー、ウィル・ケンプ、マシュー・ハート、ゼナイダ・ヤノウスキーそれぞれの、「これは逃しちゃならんな」という重要な一瞬の表情を見事に捉えており、しかもいちばんツボな角度から撮影しています。

  たとえば、故郷に戻った兵士は村人からことごとく無視され、自分が悪魔に騙されたと悟って絶望し、「俺はどうしたらいいんだ?」と弱々しい声でつぶやきます。そのときの、語り手(ウィル・ケンプ)が兵士を見る痛々しげな表情、愕然としながらも目をみはって兵士を見つめる婚約者(ゼナイダ・ヤノウスキー)の表情、婚約者に気づいた兵士(アダム・クーパー)のギョッとした表情を、それぞれ映していくのは非常に劇的効果があります。

  あと、これは心憎いな、と気味良く思ったのが、第2部の冒頭で、放浪する兵士がとある国の酒場に入り、語り手の言葉を聞きながら、タバコに火をつけて吸うシーンです。アダム・クーパーがマッチを擦る手元を切り取ってアップに映して、次に煙を吐き出すクーパーの横顔を左に置き、右に流れるタバコの紫煙が目立つように映しています。おわぁお、カッコいい、カメラマン、グッジョブ!と思いました。

  カメラ・ワークが良いので、生で観ても気づかなかった、また角度的に見えなかったキャストたちの表情が分かりました。みな、本当にすごく細かい、真に迫った演技をしています。特に目での演技がすごいです。キャストたちが目であれほど役柄の人物の感情を語っていたとは、うかつにも気づきませんでした。映像版の長所はこういうところですね。それに、カメラにアップで映されても、鑑賞に堪え得るほどの演技をキャストたちがしているのには、今さらですが驚きましたし感嘆しました。

  あと、キャストたちがウォーミング・アップをしている様子、バー・レッスンをしている様子、メイクをしている様子などのおまけ映像も面白かったです。クーパー君、ちゃんとバレエのレッスンしてたのね~(当たり前のことだろうだけど~)。イヤホンを当ててたのは集中のためかしらね。腕をアン・オーにして静止してたけど、足元はどんなだったのかな。なんかバランスをとってるぽい感じですね。なんにせよカッコいいぞ、クーパー君!

  インタビューに答えているアダム・クーパーにも秒殺さる。シャツの襟元から伸びる白くてぶっとい首(注:アダム・クーパーは顔が超小さいので、首が太く見えてしまうのだ)、たくましい胸元、そして胸毛。久しぶりに悩殺されてしまいまひた。むしゃぶりつきたいくらいだよ(下品でごめんなさい。でも超本音)。

  この映像はさあ、ぜひDVD化して販売すべきだよね。WOWOWで1、2回だけ放映して終わり、ではもったいないし、撮影コストを回収することもできないんじゃないかしら?私は運良くお友だちのおかげで観ることができたけど、まだ観ることができていないファンの方々もたくさんいるに決まってます。パルコは主催した舞台のCDやDVDを出してますので、もし『兵士の物語』DVD化の気配がないのなら、パルコに要望を出すことも考えなくては。

  そうそう、パルコ劇場オンラインショップ では、ウィル・タケット版『兵士の物語』のプログラムを販売しています。買い逃した方(いるかいな?)、買い足したい方はどうぞ~。  
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新年初・よく見りゃ似てるこの二人

  シルヴィ・ギエムと桃井かおり(この二人が実際に会ったらいい勝負だろう)

  ポリーナ・セミオノワとアン・ハサウェイ(『プラダを着た悪魔』、可愛かった~♪)

  シャルル・デュトワとワレリー・ゲルギエフとフランケンシュタイン(三人だけど) 
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レニングラード国立バレエ「スペシャル・ガラ」(2)

  次は「トンボ」(アンナ・パブロワ振付、音楽はクライスラーの「美しいロスマリン」)で、アンナ・クリギナが踊りました。クリギナの衣装がきれいで、銀と虹色を基調にした色彩の薄手のドレスでした。チュチュではなく膝丈のスカートです。背中にトンボの羽が付いていました。

  クリギナの肢体の美しさ、特にスカートにいくつも入った深いスリットから覗いて見えるなまめかしい脚が魅力的でした。いかにもパブロワが得意としていた作品らしく、手足を優雅に伸ばしたきれいですっきりした振付です。また、腕から手にかけて、そして爪先を細やかに動かすのも、いわれてみれば「瀕死の白鳥」と相通ずるものがあるような。

  パブロワがそういうダンサーだったのでしょうけど、今となってはちょっと時代がかった「お上品な女性らしさ」も感じました。でも、クライスラーのあの有名な曲と可憐な振付がよく合っている佳品だと思います。

  『チッポリーノ』(ゲンリフ・マイヨーロフ振付)よりパ・ド・ドゥ、音楽はカレン・ハチャトゥリアン(アラム・イリイチ・ハチャトゥリアンではない)。ダンサーはサビーナ・ヤパーロワ(ラディショーシュカ←ラディッシュのこと?)、アレクセイ・クズネツォフ(チッポリーノ←たまねぎ)、ニコライ・コリパエフ(さくらんぼ伯爵)。

  えーとね、たまねぎ男・・・じゃない、チッポリーノ役のアレクセイ・クズネツォフの黄色い衣装と踊りが超かわいかったです。頭から緑の芽が出ていたので、早めに料理したほうがいいと思います。ラディショーシュカのヤパーロワも衣装と髪型がかわいかったです。さくらんぼ伯爵役のニコライ・コリパエフは、赤いピエロみたいな衣装にメガネをかけていたので、これもどっかで見たことがあるな~、と思ったら、ジョン・ノイマイヤー振付『椿姫』に出てたヨハン・ステグリのN伯爵にそっくりだったんでした。

  『スパルタクス』(ゲオルギー・コフトゥン振付)よりサビーナとクラッススのパ・ド・ドゥ、音楽は今度はアラム・イリイチ・ハチャトゥリアンのほうです。2008年にレニングラード国立バレエが初演した新しい版で、日本での全幕上演はもちろんまだ。

  グリゴローヴィチ版では、クラッススの愛人は「エギナ」という名前だったと思いますが、コフトゥン版では「サビーナ」らしいですね。今回サビーナを踊ったのはアナスタシア・ロマチェンコワ、クラッススはアンドレイ・カシャネンコです。

  アクロバティックなリフトがとにかくてんこもりなパ・ド・ドゥでした。バレエというよりはサーカスか雑技団みたい。でも、グリゴローヴィチ版の刷り込みを払拭するには、こういうふうにするしかなかったのかもしれませんが。

  グリゴローヴィチ版でもここの音楽はクラッススとエギナのパ・ド・ドゥです。コフトゥン版とグリゴローヴィチ版を比べてみると、やはり音楽と完璧に連動した、または踊りで音楽を奏でているとともに官能性をも表現しているグリゴローヴィチ版のほうが、やはり私は好きです。

  ロマチェンコワとカシャネンコは、難度の高いリフトを息つく間もなく次々とこなしていきました。やはりカシャネンコは少々しんどそうでした。ロマチェンコワはカシャネンコにリフトされながら、逆立ちになったり、身体を真っ直ぐに伸ばしたままだったりと大変でしたが、身体全体で作り上げる曲線がとてもセクシーでした。

  次は「春の水」(アサフ・メッセレル振付、音楽はラフマニノフの「雪どけ」を使用)です。イリーナ・ペレンとマラト・シェミウノフが踊りました。1930年代の作品だそうで、プログラムには「ソ連時代の作品らしく、アクロバティックでわかりやすい」と書いてありましたが、この前に踊られたコフトゥン版『スパルタクス』サビーナとクラッススのパ・ド・ドゥより、よほど上品で抑制の効いた美しい作品でしたよ。

  ペレンもシェミウノフも薄い水色の衣装を着ていました。文字どおり清新な水が勢いよくほとばしり流れるような、見事な踊りでした。シェミウノフのリフトやサポートは万全で、ペレンも生き生きとした笑顔を浮かべながら踊っていました。シェミウノフが立ったままの姿勢のペレンを持ち上げたり、ペレンがシェミウノフに向かって、身体を横にして勢いよく跳びこんでいって、シェミウノフがペレンの身体を見事にキャッチして振り回したり、すべてが流麗に決まっていました。

  ラフマニノフの音楽とメッセレルの振付、そしてペレンとシェミウノフの踊りとが互いに融合していて、冷たい水に手を触れたような爽やかさを感じました。ただ、シェミウノフの衣装はちょっと恥ずかしかった(ギリシャ風のヒラヒラ)。

  第2部の最後は「アルビノーニのアダージョ」(ボリス・エイフマン振付)で、ファルフ・ルジマトフが踊りました。また、おそらく「束縛」あるいは「限界」を象徴する存在を、男性ダンサー数人が演じました。

  すっごく書きにくいのですが、私はこの作品は好きになれませんでした。原因は2つあります。もともとこの音楽が好きじゃないこと、演出があまりにベタ、また振付が半端にモダンで半端にクラシックで、「今となっては古くさいモダン作品」だと感じたことです。

  ルジマトフは長い間この作品を踊り続けているということなので、それを観続けていたならば、ルジマトフの踊りに変化や進化を感じ、様々な感動を覚えたことだろうと思います。ただ、残念ながら今回は、いかにもルジマトフらしく踊っているな、としか私は感じませんでした。

  個人的な好みですけれど、ルジマトフはもっと無機的な振付の踊りを踊ればいいのに、と思います。なぜなら、ルジマトフはどんなに無機的な踊りでも、そこに有機的なもの、人間的な深い何かを表現することのできるダンサーだと思うからです。私がルジマトフの踊るコンテンポラリーが好きな理由はここにあります。振付をはるかに凌駕し超越するところが、ルジマトフの凄みだと思います。

  第3部は『パキータ』よりグラン・パでした。アダージョとコーダはファルフ・ルジマトフとオクサーナ・シェスタコワ、女性ヴァリエーションはイリーナ・コシェレワ、サビーナ・ヤパーロワ、オリガ・ステパノワ、アナスタシア・ロマチェンコワ、イリーナ・ペレン、エカテリーナ・ボルチェンコという超ゴージャス豪華キャストが踊りました。男性ヴァリエーションはアイドス・ザカンが踊りました。コール・ドはもちろんレニングラード国立バレエ。

  シェスタコワはプリマの貫禄と余裕、安定した踊りで、安心して観ていられました。でも、ルジマトフが全身純白の衣装で登場したときには、あまりのノーブルさと神々しさに卒倒しそうになりました。白タイツがこんなに似合う男性ダンサーは他におるまい。立ち姿も所作も雰囲気も他の男性ダンサーたちとは全然違う。ルジマトフは基本の立ち方がドゥミ・ポワント。前に出した足は見事に外を向き、後ろに伸ばした足は常にクペ。

  アダージョはすばらしかったです。コーダでもシェスタコワは安定した踊りを見せました。そして、ルジマトフがコーダを踊ってくれて本当に良かった、と心の底から思いました。ヴァリエーションを踊ったザカンがひどかったので、もしルジマトフが出なかったならば、このガラのトリである『パキータ』はあんなに盛り上がらなかったでしょう。

  ヴァリエーションを踊った面々では、ヤパーロワとザカンを除いて全員が見事でした。ヴァリエーションの順番がちょっと違っていて(それともロシアではこうなのか?)、パキータのヴァリエーション(?)は1番手のコシェレワが踊りました。ヤパーロワはまだ振りをこなすので精一杯なようでした。ザカンはやはり踊りがかなり粗いです。でも、2人とも若いので、これからどんどん良くなっていくのでしょう。噂のボルチェンコですが、手足が長く、体つきはすらりとして、身体能力にも恵まれているようでした。

  コーダが終わった後、再びコーダの弾けるような音楽がくり返され、ヴァリエーションを踊ったダンサーたちが次々と出てきて短く踊りました。会場はこれ以上にないほど盛り上がり、『パキータ』が終わった後は万雷の拍手が沸き起こり、喝采の嵐となりました。すごく良い終わり方でした。実に楽しい気分でした。

  カーテン・コールでは、ダンサーたち、指揮者(ミハイル・パブージン)に続いて、黒い服を着た背の高い細身のおじいちゃんが出てきました。たぶんニキータ・ドルグーシンだと思います。ドルグーシンは女性ダンサーの手を次々と取って舞台の前に引っ張り出し、彼女ら一人一人にお辞儀をさせました。ダンサーたちへの思いやりが感じられました。

  すごく良いガラ公演でした。  
   
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レニングラード国立バレエ「スペシャル・ガラ」

  10日(日)に行なわれました。午後5時開演というのも宵っぱりの朝寝坊である私には嬉しい。

  第1部は一幕物の作品『騎兵隊の休息』(マリウス・プティパ振付、ピョートル・グーセフ改訂演出)です。音楽はI.アルムスゲイメル。この作品は去年のガラでも上演されたそうですが、私は去年は観に行けなかったので、観られて嬉しかったです。プティパがこういうコミカルな作品、しかも一幕物を作っていたというのも驚きでした。

  主人公は村娘のマリア(アナスタシア・ロマチェンコワ)と同じ村の青年であるピエール(アントン・プローム)です。でも、本当の主人公はマリアの恋敵、テレーズ(オリガ・セミョーノワ)ではないのかしら?テレーズだけがブーツを履いて、オフ・ポワントで踊るのですが、テレーズの踊りのほうがバラエティに富んでいて面白かったですよ。演技もテレーズのほうが笑えたし。

  いつもはシェスタコワやペレンの陰に隠れてしまうレニングラード国立バレエの女性ダンサーたちの踊りや演技を、こういう機会にじっくりと観られるのはいいものです。ピエールをめぐって、マリアとテレーズがつかみあいのケンカをするシーンは笑えたし、争う女たちの間で、ケンカの原因のピエールがのほほんとしているのがおかしかったです。

  ピエール役のアントン・プロームは、『バヤデルカ』のブロンズ・アイドル、『眠れる森の美女』のブルー・バードでしか観たことがなかったのですが、プロフィルの写真にあるような人の好い笑顔を浮かべた、とぼけた表情が良かったです。またさりげなく安定したテクニックで踊り、ジャンプが高くて着地は柔らかいのが見事でした。

  マリア役のロマチェンコワも、濃いブルーの村娘風のドレスと頭の両側でまとめた髪型がすごくかわいかったです。おまけにスタイルが良くて、踊りも端正でした。

  テレーズ役のセミョーノワは、気の強い美しい娘、という役柄のせいで、ややきつめのメイクでした。赤い長めのブーツを履き、上にも書いたように、女性ダンサーの中では唯一オフ・ポワントで踊ります。

  テレーズは村を通った騎兵隊の兵卒から将校に至る3人の男性に言い寄られます。その踊りがそれぞれ違っていて面白かったです。少尉(マクシム・ポドショーノフ)とはワルツ風の優雅な踊りを、騎兵大尉(ウラジーミル・ツァル)とはダイナミックな踊りです。老連隊長(ニコライ・アルジャエフ)も頑張って勇ましく踊ろうとしますが、トシがトシだけに足元が相当おぼつかない。

  中でも、ウラジーミル・ツァルの踊りは、ダイナミックでパワフルな振付でカッコよかったです。テレーズは村人たちの前で、3人の踊りを大げさな動きで真似して、結局3人ともフッてしまいます。ところが、ピエールをめぐってマリアと大ゲンカになったとき、仲裁に入った連隊長のことを見直したようで、連隊長と一緒に家の中に消えます。

  村の男たちがハラハラする中、村の娘たちはそれぞれねんごろになった騎兵隊の兵士たちと名残を惜しみ、そして騎兵隊は去っていきます。最後に、あわてて身づくろいをしながら連隊長が家から現れ、彼もまた村を後にします。その後、連隊長が出てきた家の中から、テレーズが満足気な表情(←笑)で、ほつれた髪を悠然と直し、誰もいなくなった村の広場に現れます。テレーズ役のセミョーノワの表情が色っぽく、いかにも「う~ん、よかったわ~」という感じで大爆笑でした。

  第2部は小品集でした。最初は『海賊』より第二幕のパ・ド・トロワです。メドーラはイリーナ・ペレン、コンラッドはアルチョム・プハチョフ、アリはアイドス・ザカン。メドーラの衣装が変わっていて、しかも美しいものでした。シャンパン・ゴールドの袖なしのドレスで、チュチュではなく膝丈のスカートです。また、両腕に白いヴェール状の飾り(『バヤデルカ』の影たちがつけているみたいな)をつけていました。コンラッドとアリの衣装はよくあるデザインのものでした。

  最初に感心したのは振付です。このパ・ド・トロワはパ・ド・ドゥとして踊られることが多いので分かるように、特にアダージョではコンラッドは別にいなくてもいいような感じがする振付です。ところが、今回の振付では、コンラッドとアリが同等にメドーラをサポート&リフトしていて、すごく見ごたえがありました。特にすばらしかったのが、コンラッドがメドーラをリフトして、そのままメドーラの体をアリに放り投げるようにして、素早くリフトを交代するところでした。かなり危険なリフトだと思いますが、きっちりきれいに決まりました。

  あとでキャスト表を見てびっくりしたことには、このパ・ド・トロワの改訂振付はファルフ・ルジマトフだそうなのです。やるなルジさん、と感嘆しました。

  メドーラを踊ったイリーナ・ペレンは完璧でした。たおやかさと柔らかさに加え、テクニックもまったく隙がありませんでした。特に、アダージョで見せた、右脚をゆっくりと耳の横まで高く上げて、そのまま静止するところは、たっぷり1~2秒はキープしていたと思います。余裕があってビクともしませんでした。ヴァリエーションも音楽にうまく乗りながら踊りました。「ため」の置き方がすごく良かったです。

  アルチョム・プハチョフのコンラッドは、眉と目のメイクがきつめで、ヒゲ(ついでにヅラ)を付けたちょいワル風でした。長身で大柄な身体をフルに生かした、ダイナミックな踊りを見せました。プハチョフは王子役だとすっごく品の良い優雅な動きで踊りますが、こういうパワフルな踊りもできるんですね。

  今回のガラでは、なぜかアイドス・ザカンが2回も出てきました(第3部の『パキータ』でも出てきた)。レニングラード国立バレエには2009年に入団(移籍)したばかりだそうです。ザカンはカザフスタン共和国の出身らしく、黒髪で顔立ちも東洋風です。87年生まれですから、まだ22歳という若さですね。

  ザカンはストレートのロン毛を後ろで束ねていました。エクステンションか地毛か?ザカンを見ていて、どーも誰かに似てると思ったら、マンガ『聖☆おにいさん』のイエスにそっくりなんだよね。あと、安室奈美恵の元ダンナのSAMにも似てる。

  アリのヴァリエーションも振付が普通のとは変わっていました。冒頭、走り出てきてアティチュードをして静止する寸前に、回転(&ジャンプ?)をするところとかね。これもルジマトフの改訂振付なのでしょうか?でも、アリのヴァリエーションは、細部を自分流に変えて踊るダンサーが多いから、ザカンが変えた可能性もあります。

  ザカンが自分流に変えたのだとしたら、私は言いたい。まだ未熟者のクセに分不相応なマネをするんじゃねえよ、と。なるほどザカンは容姿も雰囲気もアリにぴったりですが、踊りがまだまだ雑で乱暴でバランスが悪いです。また大技に挑戦した結果、ほとんど音楽に遅れていました。着地やキメのポーズもグラつきがちで、長所よりは短所のほうが目立ちました。まあ、まだ若いですから、これからに期待、ということなんでしょうね(←将来どう化けるかもしらんから、フォローしとこ)。

  長くなったので、(2)に続く~。       
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レニングラード国立バレエ『バヤデルカ』(3)

  ニキヤを踊ったイリーナ・ペレンも凄かったです。6日に観たときには、どうしてもザハロワと比べてしまって、今ひとつ没入できなかったのですが、この日の公演、特に第三幕では、ザハロワなんて頭から吹っ飛びました。

  第一幕、第二幕ともよかったのですが、第三幕では、どうやらペレンにバレエの神様が降臨したようでした。

  動きは優雅だしテクニックも万全(特に白いヴェールの踊りは凄かった!ザハロワもあそこまでは踊れまい)でした。でも、そんなことより、ペレンの立ち姿、踊っている姿全体に漂う雰囲気が凄かったです。うまい言葉が見つかりません。しいていえば「強さ」でしょうか。ゆるぎない強靭さのようなものが感じられました。ルジマトフにサポートされなくても自力で踊れるんじゃないか、と思うほど「強かった」です。

  「影の王国」のコーダで、ペレンが後ろ向きに跳躍しながら舞台を一周し、その後、両足を揃えて速い回転をしながら再び出てきて、ソロル役のルジマトフと舞台の中央でキメのポーズをとったとき、「あ、ペレンはダンサーとして一人立ちしたな」ととっさに思いました。そして、ルジマトフは後進を育て上げるという大事な役目を見事に果たしたんだな、とも思いました。

  イリーナ・ペレンというと、きれいな子で、恵まれた体型をしていて、身体能力もテクニックも優れているけど、あまり欲がないというか、自分の役をあまり深く解釈してないというか、ダンサーとして自分は自分の踊りをこれからどうしたいとか考えてないっぽいというか、そんな印象がありました。

  ですが、今年のペレンのニキヤは表情が豊かで(まだシェスタコワにはかなわないと思うけど)、演技もすばらしかったです。もともと美しい人ですから、表情を変えると、その一つ一つが非常に魅力的です。特に、ソロルがからむときのニキヤの表情が印象的でした。ソロルが待っている、とマグダウィアに告げられたときの弾けるような笑顔、ガムザッティに対して、ソロルは神にかけて自分に愛を誓ってくれた、と告げるときのひたむきで力強い笑顔、毒蛇に咬まれて死に瀕した自分をソロルが見捨てた、と悟ったときの、静かに絶望したうつろな目つき、どれも強く印象に残っています。

  ただ一つ心配なのは、ルジマトフがいなくなったら、ペレンの進歩は止まってしまうのではないか、ということです。この日の公演では、存在感や踊りにおいて、ペレンは「ルジマトフ越え」をした、と感じたのですが、それはやはりルジマトフが相手であったからこそだと思うのです。

  ルジマトフがいなくなった後も、ペレンにはダンサーとして成長していってほしいです。本人にその気がありさえすれば、ペレンはまだまだ伸びる可能性のあるダンサーだと思うので。まだ若い身空で、完結してほしくはないですね。

  ガムザッティ役のオクサーナ・シェスタコワは、この日も見ごたえのある演技と踊りを披露しました。シェスタコワのガムザッティの演技で私がいちばん好きなのは、気が動転したニキヤに短剣で襲われて、召使のアイヤがニキヤを押しとどめている間、ガムザッティが気持ちを静めながら、徐々にニキヤへの殺意を抱いていくシーンです。ガムザッティがニキヤを殺すことを決意する過程が、シェスタコワの表情と目つきからちゃんと分かるんです。あれは大したもんです。あと、第一幕の最後で、ガムザッティが舞台の中央に立って、ニキヤを殺してやる、というマイムをしますね。そのときのシェスタコワの目が実に怖いのです。拳を握りしめた右腕を下げながら、同時に目つきも憎悪に満ちたものになっていくのです。

  シェスタコワの踊りについてですが、仄聞するところによると、彼女は現在、あえて活動をセーブしているらしいので、今の彼女の踊りの状態は一時的なもののようです。それでも、セーブしてもあれほど見事に踊れるというのは凄いですね。

  影のヴァリエーションは、この日はイリーナ・コシェレワ(第3ヴァリエーション)、オリガ・ステパノワ(第2ヴァリエーション)が入っているという豪華キャストでした。そのせいか、第1ヴァリエーションを踊ったダリア・エリマコワが異常にハイ・テンションで、死者の幻影というよりキトリみたいでした。すっごく明るい笑顔を浮かべ、ノリノリの動きで踊るエリマコワを見て、思わず「抑えて抑えて」と心中でつぶやいてしまいました。

  ソロルを踊ったルジマトフは凄絶の一言に尽きました。文字どおり、自分のすべてを注ぎ込んで踊っているのがひしひしと感じられました。

  第三幕の冒頭、自暴自棄になっているソロルは跳躍をくり返した後にマグダウィアを呼び、ベッドに横になります。音楽が静かになると、ルジマトフの激しい息遣いが聞こえてきました。そういうのを表に出すことはない人だと思っていたので、胸に迫るものを感じました。

  いちいち書けばキリがありませんが、「影の王国」のニキヤとソロルのアダージョが終わった後、ルジマトフはニキヤが去った方を向きながら、半爪先立ち(←すごく高い)のまま片脚を後ろに上げ、その姿勢のままずっと立っていました。微動だにしません。これだけでもすごいことなんですけど、客席に背中を向けているルジマトフの後ろ姿が神がかり的に美しかったのです。なんかあの後ろ姿は忘れないだろうなあ。

  それから幻影たちのコール・ドが舞台の両脇から再び出てきて、ソロルがその真ん中で回転しながら前に出てきます。6日の舞台でも同じでしたが、ルジマトフは最初は両足を揃えて回転して出てきたのが、途中で片足を上げてその場で回転します。これも非常に流麗でした。

  でも、いちばん凄かったのは、やはりあそこです。「影の王国」のシーンのコーダ。まずニキヤが後ろ向きに跳躍しながら舞台を一周する。その次にソロルが出てきて跳躍しながら舞台を一周する。そのときの緊張感が凄かった。観客の全視線がルジマトフのみに刺さるように集中している張りつめた雰囲気、跳躍するルジマトフの姿から放射される、悲壮で凄絶で美しい気。会場は異様に静まりかえり、ルジマトフは跳躍をしながら舞台を回っていきます。

  そして、跳躍が終わって床に片膝を着いてポーズをとったルジマトフは、天を仰いでから、両手を交差させて胸にぐっと当てました。ルジマトフも、ルジマトフをずっと応援してきた観客も、その気持ちはどんなものだろうと思うと、切ないものがありました。

  でも、ルジマトフはダンサーとして一つの過程を終えたに過ぎないのでしょう。まだ終わりではありません。

  カーテン・コールは大いに盛り上がりました。大僧正役のニキータ・ドルグーシンが、ルジマトフの肩を親しげに抱いて退場していったのが心なごみました。あと、ルジマトフが跳躍しながらカーテンの間から出てきたのがお茶目さんでよかった。

  最後は会場総立ちのスタンディング・オベーションになりました。私も立ちました。でも、ルジマトフへのサービスではなく、全体として本当にすばらしい舞台だったと感じたからです。この日の舞台に匹敵する『バヤデルカ』を観られるかどうかは怪しいです。

  これで『バヤデルカ』(『ラ・バヤデール』)への満足度のハードルが上がってしまったなー、と思いますが、でもこの舞台を観られてよかったです。    
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レニングラード国立バレエ『バヤデルカ』(2)

  1月8日(金)の公演も観ました。

  この日の公演は、いわゆる「名演」というべき舞台であったのではないかと思います。

  正月早々、もう2010年の最優秀公演賞となるであろう舞台を観てしまったよ(笑)。

  でも、ファルフ・ルジマトフがソロルを踊るのはこれが最後だから、という特別な思い入れがあったのですばらしい舞台だった、と思ったわけではないのです。

  ルジマトフがレニングラード国立バレエの公演に出演すると、どうしても他のダンサー、特に彼の相手役を務める女性ダンサーは「添えもの」となりがちだったと思うのですが、この日の『バヤデルカ』ではまったくそうではありませんでした。

  他のダンサーやキャストが、ルジマトフの圧倒的な存在感に負けないどころか、彼と同等か、むしろ彼を凌駕した演技や踊りを見せて、みなで一緒にすばらしい舞台を作り上げていました。

  中でも、大僧正役のニキータ・ドルグーシン、そしてなんといってもニキヤ役のイリーナ・ペレンがとびぬけてすばらしかったです。ペレンは、この舞台で「ルジマトフ越え」さえしたように思います。ダンサーとして、プリマ・バレリーナとして、公演中にいきなり大変貌を遂げたような印象でした。

  ニキータ・ドルグーシンの大僧正には、6日の公演と同じく、ただただ目を奪われっぱなしでした。ドルグーシンの大僧正を見てはじめて、レニングラード国立バレエ版『バヤデルカ』が、首尾一貫した完璧な構成を持つものであることが分かったというか、またはドルグーシンが大僧正の役を通じて、このバレエ団の『バヤデルカ』全編に一本の糸を通して、物語として更に劇的なものにしてくれたと思います。レニングラード国立バレエ版『バヤデルカ』における大僧正を、ここまで正しく解釈して表現したのは、ドルグーシンがはじめてじゃないのかな?(前にもいたのかもしれないけど)

  ドルグーシンの大僧正は悪人ではないんですね。むしろ、大僧正は至極まっとうなことを考えたりやったりしてるだけです。

  大僧正はニキヤのことを真剣に愛していて、そのニキヤに聖なる火の前で愛を誓ったソロルがガムザッティと婚約したことに憤るのも、ドゥグマンタ(王)にソロルが二股をかけていることを告げるのも、まともな反応です。

  第二幕でニキヤが踊っている最中、ドゥグマンタはアイヤ(召使)を呼び寄せ、ニキヤを殺すために毒蛇を仕込んだ花籠を用意するよう命じます。それをマグダウィア(苦行僧)が聞いていて、大僧正にこっそりと告げます。大僧正はその謀りごとを聞いて驚きの表情を浮かべ、マグダウィアに解毒剤をひそかに持ってこさせます。

  王の目論見どおり、ニキヤは花籠がソロルからの贈り物だという嘘を信じ、笑顔を浮かべて、花籠をいとおしそうに持って踊ります。その間、大僧正はいても立ってもいられない様子でニキヤを見つめています。そしてニキヤが毒蛇に咬まれると、前の記事にも書いたように、倒れたニキヤの頭を大事そうに起こして、解毒剤の入った小さい壷を差し出します。そして、悲壮な表情で、どうか飲んでくれ、というように両手を差し出し、また自分の胸を押さえます。

  ソロルが毒に苦しむニキヤを呆然と見つめるばかりで、最後には後ろを向いてニキヤから目をそむけてしまう(←これに絶望してニキヤは死を選ぶ)のに比べると、大僧正がニキヤを愛する気持ちのほうが、ソロルよりもはるかに強いのは一目瞭然です。

  第三幕の最後、ソロルとガムザッティの結婚式に大僧正が出席していない理由も、そして大僧正だけが生き残るのもこれで納得できます。大僧正は、ソロルとガムザッティの不誠実で血塗られた結婚式なんぞに出たくなかったのでしょう。神殿が崩壊した後、大僧正は山の上で聖なる火を焚き、ニキヤを象徴する白い長いヴェールが天に昇るのを見送ります。見ようによっては、大僧正がニキヤの魂を天に送り出したとも受け取れます。

  すべてが終わり、愛した女の魂が天上に昇るのを見届ける大僧正の姿は非常に印象的でした。今までは、このシーンは見るたびに「?」で、なんで「諸悪の根源」の大僧正が生き残るの?そんな大僧正の目の前で、なんでニキヤの魂(白いヴェール)が飛んでいくの?と不思議でした。でも、今回のドルグーシンの大僧正を見て、そうした疑問はすべて氷解しました。

  同時に、ニキヤの白いヴェールがこの作品では非常に重要な意味を持つ、ということにも気づきました。ニキヤがその場にいないときにニキヤを示すためだけの「記号」ではないんですね。

  ニキヤがはじめて登場するシーン、まだ何も知らないニキヤがガムザッティを祝福するために踊るシーン、そして、なんといっても影の王国での白いヴェールの踊り、ソロルとガムザッティの結婚式にニキヤの亡霊が現れて踊るシーン、白いヴェールだけが天に飛んでいく最後のシーン、これだけ白いヴェールが出てくると、白いヴェールとはニキヤそのものだと強く印象づけられます。

  特に、第一幕でのニキヤと男の奴隷との踊りと、第三幕でニキヤとソロルが踊る白いヴェールの踊りとは、すごく重要な対比の関係にあるのだと分かります。現実世界では、低い身分のニキヤは、公には奴隷としか踊れない。死んではじめて、ニキヤはソロルと踊ることができたのでしょう。第三幕の白いヴェールの踊りは、「ヴェールという小物を使いながら難しい技術で踊る見どころのシーン」にとどまるものではないのだと思います。

  こうしたことに気づいたのは、すべてドルグーシンのおかげです。ドルグーシンの大僧正の人物像が腑に落ちたら、芋づる式に白いヴェールの意味も深く理解できて、レニングラード国立バレエ版『バヤデルカ』が、いかに緻密でよくまとまった構成を持っているかがよく分かりました。

  第一幕でニキヤが男の奴隷と一緒に踊るときに使った大輪の花々と、第二幕で王とガムザッティがニキヤを殺すために使った花籠を、第三幕のソロルとガムザッティの結婚式でまた使うのも良い演出です。花はともかく、花籠をまた使うのは初めて見たような?

  ソロルとガムザッティが並んで跪いたとき、ニキヤの亡霊が彼らの頭上にぱらぱらと花の雨を降らせ(第一幕でガムザッティに対してそうしたように)、一方マグダウィアはガムザッティの前に花籠をそっと置きます。それらを見たソロルとガムザッティの顔色が変わります。ソロルは我に返ったように荒々しく立ち上がり、ガムザッティは自分がニキヤを殺したことを思い出して狼狽します。そしてソロルは花と結婚式用のヴェールを投げ捨て、今度ははっきりとガムザッティとの結婚を拒否するのです。

  ニキヤとソロルとが恋仲であったこと、ニキヤが王とガムザッティによって殺されたことを知るマグダウィアが、ニキヤの敵討ちにさりげなく関わるというこの演出は非常に効果的だったと思います。  

  長くなったのでいったん切ります。         
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レニングラード国立バレエ『バヤデルカ』

  1月6日(水)の公演に行ってきました。

  すご~く楽しかった!!!です。見ごたえありました。バレエをこんなに心から楽しんだのはほんとに久しぶりです。

  レニングラード国立バレエの『バヤデルカ』は「はしょり」がないせいか、バレエ作品としてはもちろん、物語としても完結していて欲求不満が残りません。第一幕50分、第二幕40分、第三幕45分という長丁場ですが、まったく飽きることなく、密度の濃い舞台を楽しむことができます。

  この日の公演では、女性コール・ドがなんというか、以前とは比べものにならないほどすばらしくなっていました。芸術監督だったファルフ・ルジマトフの取り組みが見事に結実したのでしょう。

  第三幕「影の王国」の冒頭、影たちが坂を下りてくるシーンと、それに続く群舞は凄まじいほど美しかったです。その後のニキヤの影とソロルとのパ・ド・ドゥでも、コール・ドは非常に美しい踊りを見せてくれました。この日の公演で最もすばらしかったのは彼女たちです。

  コール・ドと同じくらいすばらしかったのが、大僧正役のニキータ・ドルグーシンでした。大僧正は単なる生臭坊主のエロオヤジじゃなくて、心からニキヤを愛していることがよく分かりました。ニキヤが毒蛇に咬まれたときも、大僧正は解毒薬を交換条件にしてニキヤを脅すんじゃなくて、解毒薬をニキヤに渡して、どうか飲んでくれ、とニキヤに哀願するんです。

  また、神殿が崩壊した後、一人生き残った大僧正は、ニキヤの白いヴェールを天上に送ると、なおもいとおしそうに空を見上げながら祈っていました。大僧正がこんなに奥の深い役になり得るものだったとは思いもよりませんでした。

  久々に「太鼓の踊り」(デニス・トルマチョフら)を観てエキサイトしました。黒髪のおかっぱ頭に赤いハチマキを締め、赤いハーレム・パンツを穿いたたくましい兄ちゃんたちが走り出てきて、弾むような音楽に乗って脚を振り上げながら元気いっぱいに踊ります。途中からインドの踊りの二人(オリガ・セミョーノワ、アレクサンドル・オマール)も出てきて、全員がパワフルな動きで踊ります。「太鼓の踊り」が終わったとたん、会場は拍手喝采の嵐になりました。正月はやっぱり「太鼓の踊り」ですね。

  「壷の踊り」を踊ったナタリア・クズメンコがおかしなアイ・メイクをしていました。クレオパトラみたいな。クズメンコの独創かと思ったら、途中から出てきて一緒に踊る日本人の女の子2人も、クズメンコと同じアイ・メイクをしていました。個人的には、前のナチュラル・メイクのほうがかわいくてよかったのにな~、とちょっと残念。

  苦行僧マグダヴィアはアレクセイ・クズネツォフが踊りました。動きがしなやかでよかったです。

  ニキヤを踊ったイリーナ・ペレンは、以前よりも演技に深みが出ていると思います。あれぐらい演技できればいいんじゃないでしょうか。踊りのほうもすばらしかったと思います。いや、どうしてもスヴェトラーナ・ザハロワと比べてしまって、頭を白紙にしてペレンの踊りを観ることが難しかったのです。ザハロワと比べるのは酷だよね。

  オクサーナ・シェスタコワのガムザッティは相変わらず怖かったです。愛らしい顔をして、やることは冷酷そのもの。毒蛇に咬まれて瀕死のニキヤを微笑みながら見つめている。シェスタコワの演技がまた凄まじくて、怖かったけど(怖かったからこそ)本当に見ごたえがありました。

  ただ、シェスタコワの踊りは、私の気のせいかもしれませんが、「この人の踊りはこんな程度だったっけ?」と不可解に感じました。動きが少し重たいというか、パワーが足りないというか、もっとキレのある踊りをするダンサーだったと思うのですが。

  ソロルはファルフ・ルジマトフでした。イリーナ・ペレンがニキヤ役のとき、ルジマトフのソロルにはニキヤへの愛があまり感じられず、あっさりとニキヤからガムザッティに心を移し、瀕死のニキヤを見捨ててしまいますが、それはそれでソロルという役の一つの表現だと思います。

  よく分からないのはルジマトフの踊りとサポートでした。今まで、ルジマトフのソロルを何度か観てきましたが、これまた「この人の踊りはこんな程度だったっけ?」と今回は思ってしまいました。ただ、もちろん、ルジマトフの年齢を考えれば、逆に「あれほど踊れるのはすばらしい」と思うべきなのかもしれません。

  この日はルジマトフ、ペレン、シェスタコワが揃ってミスをしました。はっきりしたミスは、ルジマトフとシェスタコワ(第二幕)、ルジマトフとペレン(第三幕)とが組んで踊っているときに起こりました。シェスタコワ、ペレンがバランスを崩して足元が大きくグラついた、また身体が倒れかけたというものでした。最初は「まあなんてことない」と気になりませんでしたが、その後も立て続けに起こったので、「主役たちが揃って何やってんの」ともどかしく思ってしまいました。

  ルジマトフとシェスタコワ、ルジマトフとペレンのそれぞれどっちがわるかったのかは分かりませんが、一緒に絡んで踊っていたのですから共同責任でしょう。ペレンの場合は、「影の王国」の最初のパ・ド・ドゥ(3人の影のヴァリエーションが始まる前)の、まさにキメのポーズのシーンでミスが起こってしまいました。あまりに間が悪すぎました。

  実は、第一幕、ソロルとニキヤが密会するシーンでの踊りを観た時点で、なんかルジマトフとペレンのタイミングが合っていないな、となんとなく感じていました。二人が組むのは久しぶりだったのかもしれませんね。

  昨夜は主役たちが反省会を開いたでしょうから、明日(1月8日)の公演では改善されているでしょう。

  明日も盛り上がるといいですね。
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ペリカン・ダンス・アワード2009

  去年はあんましバレエを観なかったので、エラソーに決められないんですが・・・あくまで自分が見た限りで、ということで。

  ☆最も印象に残った公演賞☆ ハンブルク・バレエ『椿姫』(ジョン・ノイマイヤー版):演出、振付、音楽、ダンサーの踊りと演技、すべてが最高でした。終演後も、私の心にしみじみとした余韻が残りました。

                       ウィル・タケット版『兵士の物語』:贔屓目に見ているせいもありますが、客観的に見ても、やはりすばらしい作品ですし、「ドリーム・キャスト」と呼ばれたダンサーたちで観られて最高だったと思います。

  ☆ベスト・プロデュース賞☆ イーゴリ・コルプ(「奇才 コルプの世界」):公演の構成が優れていたばかりではなく、日本であまり知られていない優秀なダンサーたちを多く紹介してくれて、またコルプ自身の踊りの表現もすばらしかったです。

  ☆ベスト・パフォーマンス賞☆ シルヴィ・ギエム「ボレロ」(東京バレエ団「ベジャール・ガラ」):ギエムといえば、ストイックで孤高、というイメージだったのが、この「ボレロ」では、激しい情熱をほとばしらせ、心を外に開放したギエムが見られたような気がします。

                      ラッセル・マリファント、アダム・クーパー「クリティカル・マス」(“two;four;ten”):おっさん二人の筋肉の強靭さと踊りの躍動感、そしてしなやかな動きに、不覚にも心を奪われてしまった・・・・・・。ストーリーのない30分ものコンテンポラリー作品を飽きることなく観られたのは、この作品がはじめてかも?

                       ベルニス・コピエテルス、ジル・ロマン(世界バレエフェスティバル・Aプロ「フォーヴ」〔ジャン=クリストフ・マイヨー振付〕):彼らの身体と踊りでの圧倒的な表現力に見とれるばかりでした。

  ☆最優秀男性ダンサー賞☆ 該当者なし:私がたまたま目にできなかっただけでしょうが・・・。


  ☆最優秀女性ダンサー賞☆ ヴィクトリア・テリョーシキナ(マリインスキー・バレエ『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』):正確無比なテクニックはもちろん、優雅で端正な踊り、優しく暖かみのある雰囲気、すばらしいダンサーです。

  ☆女王様賞☆ スヴェトラーナ・ザハーロワ(世界バレエ・フェスティバルAプロ、Bプロ):それまで踊った世界の名だたるダンサー(じゃない人もいましたけどね)たちを歯牙にもかけない、正統的なロシアのクラシック・バレエ、自信に満ちた堂々たる態度、瑕疵のない完璧な美貌とプロポーション。会場の雰囲気を一変させたあのド迫力は凄かったです。

  ☆これからが楽しみ賞☆ 高畑きずな(小林紀子バレエ・シアター『眠れる森の美女』〔ケネス・マクミラン版〕、「エリート・シンコペーション」〔マクミラン振付〕):高畑さんの踊りや演技には落ち着きと余裕があります。今年の彼女の踊りが楽しみです。

                    ウラジーミル・シクリャローフ(マリインスキー・バレエ『眠れる森の美女』):大人になって身体ができてきたみたいだし、技術とパートナリングも大いに向上しました。あとは心のほうも大人になればなあ。

  観たことをすっかり忘れていた賞 東京バレエ団『ジゼル』(上野水香、フリーデマン・フォーゲル主演):ブログを読み返してはじめて気づいた。我ながらびっくりした。

  観たんだけど、あまりにつまらなかったので観なかったことにした賞 パリ・オペラ座バレエ学校公演:世界に名だたるバレエの名門学校といえど、しょせんは「生徒さん」の「お発表会」に過ぎない、ということがよーく分かりました。反省したのでもう二度と行きません。

  期待したほど面白くなかった賞 世界バレエフェスティバル(Aプロ、Bプロ):原因は、1.公演時間が無駄に長すぎる(もっと出演者と演目を絞るべき)、2.ダンサーたちは基本的におなじみの相手とペアを組んで出演するために、片方のダンサーが優れていても、もう片方のダンサーがちょっと・・・という現象が割とみられた、3、おそらく主催者側の都合や彼らの個人的な好みによってか、観ている側からすれば「なんでこの人が?」と疑問に思うダンサーが割と出ていた、また逆に「なんであの人が出ないの?」と疑問に思えるダンサーもまた多かった、というところでしょうか。

  ☆本格復帰おめでとう賞☆ アダム・クーパー(“two;four;ten”、タケット版『兵士の物語』):バレエやコンテンポラリー・ダンス用にどんどん身体を作ってくのでびっくりした。その代わり体力は少し落ちていたし、パフォーマンスも出だしは硬かったけど、その後どんどん調子を上げていったので、回復力と適応力の凄さにまたまたびっくり。ラッセル・マリファントとの共演では、舞台での信頼関係ができていく過程が見られて感動しました。今年も活躍を期待してます。

  2010年も良い公演に出会えますように! 
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新年のご挨拶

  やってまいりました2010年。

  昨日は大晦日、翌日の今日はなんと元日です(当たり前だけど・・・)。

  みなさま、厳しいご時世ですが、今年もなんとかやり過ごしましょう!

  そして、アダム・クーパーが(できれば)来日してくれますように。

  今年もこのブログと、ついでにサイトのほうとを、どうかよろしくお願いいたします~。

  さて、去年は一昨年に比べて、あまりバレエを観なかったのですが、これからブログの記事を読み返してみて、「ペリカン・ダンス・アワード2009」を書きたいと思います。

  あ、そうだ、3日夜にNHK教育で放映される「ニューイヤー・オペラ・コンサート」に吉田都さんとロバート・テューズリーが出演し、『ロミオとジュリエット』を踊るようですよ。もちろんマクミラン版の、バルコニーのパ・ド・ドゥでしょうね。

  今年のロイヤル・バレエ日本公演の『ロミオとジュリエット』、吉田さんの出演日は、これでますますチケットが取りにくくなりそう。

  ではまた後ほど   
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