アリーナ・コジョカル「ドリーム・プロジェクト」Bプロ(7月26日)-2


 『ドン・キホーテ』よりグラン・パ・ド・ドゥ(振付:アレクセイ・ラトマンスキー、原振付:マリウス・プティパ、音楽:レオン・ミンクス)

   ユルギータ・ドロニナ、イサック・エルナンデス

  どのへんがラトマンスキーの新しい振付だったんですか?私には分かりませんでした。ドロニナの美しい長い手足と柔軟な肢体が繰り出す動きがすばらしかったです。それからバランス・キープが長くて安定していました。「無理やり頑張ってます」的なガクガクブルブルや引きつった笑顔がなく、とても自然でした。

  ドロニナの足の甲の形も魅力的でした。三日月みたいに曲がっていてね。だからポワント・ワークがなおさら美しさを増して、うっとりと見とれてしまいました。爪先を床に突き立てるポーズでも、膝から下の脚の線が、弓道の弓のようにしなりながら真っ直ぐ突き立っていて、カッコよかったです。

  エルナンデスも良かったです。片手頭上リフトもしゃちほこ落としもバッチリ決めてました。動きに南米感(グニャグニャした感じ)があまりなく、線のきれいな踊りをします。特に目新しいものではありませんでしたが、回転で凄技をやってました。片足を徐々に下ろしながらゆっくりと静止、みたいなやつです。

  32回転、今日の公演ですでに3回目です。ドロニナは扇を持ったまま、回りながら扇を胸のあたりであおいでました。ちょっと無理してる感じがあったかなー。でもドロニナはほんとに美人で体もきれい。今回の出演者中ではいちばんの美女だと思います。


 「瀕死の白鳥」(振付:ミハイル・フォーキン、音楽:カミーユ・サン=サーンス)

   ヤーナ・サレンコ

  両腕の動きが非常に細緻で、波がきらきらとゆらめくように美しかったです。それにプラスして、この作品で自分なりの何かを表現できるようになったら、もっと良いよね。これからも精進していって下さい。


 『真夏の夜の夢』より「結婚式のパ・ド・ドゥ」(振付:ジョン・ノイマイヤー、音楽:フェリックス・メンデルスゾーン)

   アリーナ・コジョカル、ダヴィッド・チェンツェミエック

  ハーミアとライサンダーの踊りでしょうか?分かりません。コジョカルは頭上にティアラ、白いチュニック・ドレスを着て白い長手袋をはめ、チェンツェミエックは白いタキシード風の上衣にタイツ。

  確かにきれいだけど、ただきれいなだけの振付と踊りという印象でした。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート用の無難な振付の作品でも、もっと「ノイマイヤー色」があったように思います。ちょっとは面白かったところといえば、二人で左右対称になる動きが多かったことかなあ?二人並んで、各自が両腕で頭上に輪っか作ったりとか。なんかそれしか記憶にないです。


 『レディオとジュリエット』(振付:エドワード・クルグ、音楽:レディオヘッド)

   アリーナ・コジョカル
   ダヴィッド・チェンツェミエック、ロベルト・エナシェ、堀内尚平、オヴィデュー・マテイ・ヤンク
   クリスティアン・プレダ、ルーカス・キャンベル

  上演時間は1時間弱。振付者のエドワード・クルグ(Edward Clug)は、ルーマニア出身のコンテンポラリー・バレエの振付家だそうです。現在はフリーの振付家兼マリボル・バレエ(スロヴェニア)の芸術監督を務めているようです。クルグの履歴は こちら(ウィキペディア) です。この『レディオとジュリエット』で国際的な高い評価を受けたそうです。

  今回、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの知遇を得て、この作品を日本で上演できたことはとても幸運です。東欧から世界に進出するには、西側で人気のあるダンサーと結びつくことが非常に有効だからです。

  この作品は、もしもジュリエットがロミオの後を追って死ななかったら、という仮定にもとづくストーリーなんだそうです、でも、そうした知識はまったく必要ありません。作品内容やジュリエットの人間像について、プログラムの作品解説にはいろいろと書いてありますが、解説に書いてあることと、実際に展開される踊りとをすり合わせるのはまず無理です。一つのコンテンポラリー・バレエ作品として、前知識なしに観ても全然かまいません。

  今回の公演に一幕物の作品を入れたいという、コジョカル側の要望に沿った上演だったのでしょうが、コジョカルのソロ、もしくはパ・ド・ドゥを一つだけ抜き出して上演したほうがよかったと思います。

  コンテンポラリーで1時間もかかる作品、しかもストーリー性が実質的にない作品というのは、優れた振付家でも作るのに勇気がいるでしょう。この作品にはストーリーがあるそうですが、それは実際に踊られたものからはまったく分かりませんでした。

  コジョカルは白のビスチェに白いショート・パンツ、途中からはボルドーのビスチェに黒いショート・パンツという衣装で、男性陣は黒いジャケットにズボン、ジャケットの下は裸、途中からなぜか白いマスクをはめていました。

  振付は、たぶん全然つまらなかったと思います。ところが、コジョカルはさすがで、このつまらない振付を自身の力で凌駕してしまいました。コジョカルの動きは驚異的なすばらしさでした。コジョカルのソロだけを抜き出して上演すればよかったのに、と思うのはこういう理由からです。

  コジョカルの踊りは、ロボットの動きを3倍速再生したような感じでした。コロッケがやる「ロボット五木ひろし」とそっくりです。

  男性陣の踊りは見ごたえがなく、これで振付がつまらないと感じたわけです(男性陣の能力の問題かもしれませんが)。衣装も良くありませんでした。だぶだぶした黒いジャケットとズボンは、男性ダンサーたちの身体や踊りの線を隠してしまいます。

  この作品は、冒頭と最後でのかなり長い映像の映写(←これがまた超退屈)、間にコジョカルのソロ、男性陣のソロ、コジョカルと男性ダンサーたちとの踊り、男性陣による群舞が交互に展開されていくという構成です。男性陣が踊っている間、コジョカルが早く出てきて踊らないかなあ、とそればかり思っていました。周囲の観客も、後ろのおっさんはぐうぐうと寝息を立て、隣の子どもは椅子の上で落ち着きなく動き、ああ、見る目がないのは私だけじゃないのね、と安心(?)しました。

  「ドリーム・プロジェクト」の3回目があるのなら、こういう作品は勘弁してほしいです。私みたいな凡人俗物にも分かるような作品をお願いします。コジョカルとコボーは去年の6月に英国ロイヤル・バレエ団を退団しましたが、その影響が今回の公演の内容とレベルに如実に反映されてしまったと思います。

  コジョカルは作品を選ぶことをせず、とにかく役に没入しすぎるきらいがあります。それがどんな作品であれ、どんな役であれ、振付もキャラクターも完全に自分のものにしてしまう能力は本当にすばらしいです。でも、やはり「選ぶ眼」は持ってほしいと思います。これからは特に。

  終演後、帰ろうとして、会場でシルヴィ・ギエムとラッセル・マリファントのDVDを販売しているのを見かけました。収録内容はサドラーズ・ウェルズ劇場で上演された"Solo"(ギエム)、"Shift"(マリファント)、"Two"(ギエム)、"Push"(ギエム、マリファント)です。無意識のうちに口直しをしたかったみたいで、つい買ってしまいました。

  "Two"は、映像に収録するのは到底無理じゃないかと思っていましたが、やはり人間の肉眼での見え方と、カメラでの見え方や記録能力は大きく違うようです。"Two"での照明による視覚効果が、ほとんど映っていませんでした。でも"Two"の音楽がカッコよくて私は好きなので、このDVDが出てよかったです。

  
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アリーナ・コジョカル「ドリーム・プロジェクト」Bプロ(7月26日)-1


  土曜日に観に行きました。夏バテでしんどいのですが、なんか感想書かないと損した気分になるから(←貧乏性)、忘れないうちに書いとこう。

  
 「オープニング」(振付:ペタル・ミラー=アッシュモール、音楽:アレクサンドル・グラズノフ)

   アリーナ・コジョカル
   オヴィデュー・マテイ・ヤンク、ロベルト・エナシェ、堀内尚平、クリスティアン・プレダ、ルーカス・キャンベル

  コジョカルは白いお姫様風ワンピース、ルーマニア国立バレエ団の男子たちは…あれ?どういう衣装だったっけ?なんか黒っぽかったような?忘れました(ごみん)。

  音楽はワルツ。振付は純クラシックです。

  振付についての感想はAプロと同じです。ルーマニア国立バレエ団の男子たちは慣れてきたのか、踊りとパートナリングがかなりスムーズになっていました。特に最初に出てきたオールバックの男子が良かったです。無理に凄技やって踊りが崩壊したヤツも、今回は出ませんでした。


 『白鳥の湖』より黒鳥のパ・ド・ドゥ(振付:マリウス・プティパ、音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー)

   ヤーナ・サレンコ、スティーヴン・マックレー

  サレンコはまだベルリン国立バレエ団に所属しているようです。英国ロイヤル・バレエ団にも客演している模様。

  ウラジーミル・マラーホフのガラ公演ではじめてサレンコを観たときは、確かにテクニカルではあるけれども、まだ顔にも踊りにも幼さの残る少女といった感じでした。

  それが見る見るうちに踊りの表現力が向上していき、雰囲気に落ち着きと余裕が漂うようになり、大人の女性らしい美しさを備えたすばらしいバレリーナになったと思います。

  対するマックレーも同様で、マックレーは東京バレエ団がフレデリック・アシュトン版『真夏の夜の夢』を上演したとき、アンソニー・ダウエルの推薦で、降板したヨハン・コボーの代役としてオベロンを踊りました(タイターニア役はコジョカルだった)。緊張しながらも必死に踊っていた姿が夢のようです。名実ともに大物ダンサーになりましたね。

  録音による音楽は、テンポが遅めでした。サレンコとマックレーは以前に組んだことがあるのかどうかは知りませんが、踊りが崩れる可能性のある難しいサポートやリフトは避け、美しさを優先したように見えました。ただ、マックレーの「ろくろ回し」は本当に凄いでんな。いつ止まるのか、と思っちゃうほど、サレンコがいつまでもぐるぐるぐるぐる回り続けます。

  マックレーの王子像が面白かったです。たいていの男性ダンサーは、純真な王子が邪悪なオディールに騙される、という演技をします。一方、今回のマックレーは、邪悪なオディールによって、王子の内部にある邪悪さが引き出され、王子はオディールと同じように邪悪さの快楽に浸っている、という印象でした。これはすばらしい表現だと思います。

  サレンコはヴァリエーションの出だしは少し不安定でしたが、あとはコーダも含めてほぼ完璧でした。32回転では、3回転(!)と2回転を入れていたように記憶しています。しかしまー、本当に安定感のある、威厳すら漂うバレリーナになったなあ、サレンコ。

  マックレーは王子のヴァリエーションとコーダの振付を変え、アクロバティックな技をふんだんに盛り込んでいました。全幕公演でこれやったらバカですが、ガラ公演なのでセーフです。王子のヴァリエーションとコーダでの本来の振付は、正直言って激つまんないので、見ごたえのあるようにマックレーが工夫してくれたのはありがたかったです。

  というわけで、最初の演目から観客は大盛り上がりでした。


 『パリの炎』よりパ・ド・ドゥ(振付:ワシーリー・ワイノーネン、音楽:ボリス・アサフィエフ)

   ローレン・カスバートソン、ワディム・ムンタギロフ

  この演目、向こう5年くらいは日本で踊っちゃダメだ、って、誰かダンサーたちにアドバイスすればいいのに。みんな観てるでしょ、イワン・ワシーリエフとナターリャ・オシポワがこれを踊ったの。この演目で、あの二人を凌駕できる踊りができるダンサーは、たぶんダニール・シムキンとマリア・コチェトコワくらいだと思うんですよ。

  ワシーリエフとオシポワに比べると、ムンタギロフのほうが踊りはきれいでも迫力不足、カスバートソンは浮力不足です。ムンタギロフは、今日は調子が良いようでしたし、振付に忠実に踊っていました。カスバートソンも音楽に乗って丁寧に踊っていました。それでも、やはりワシーリエフとオシポワの踊りが脳裏に浮かんで比べてしまって、つい物足りなさを感じてしまうのです。

  コーダで、カスバートソンはグラン・フェッテをきちんと回りきりました。途中で2回転入れてました。現在の英国ロイヤル・バレエ団の女性プリンシパルで、32回転をきっちり回りきるダンサーは希少な存在です(あとはマリアネラ・ヌニェスくらいか)。「なんか頼りなかった」と感じた方もいらっしゃるでしょうが、現在の英国ロイヤル・バレエ団基準では凄いことなんです。褒めてあげてつかあさい。

  ムンタギロフとカスバートソンは長身でスタイル抜群の美男美女ペア。特にカスバートソンの小顔ぶりと手足の長さは、それだけで強い印象を与える大きな武器ですね。


 「ノー・マンズ・ランド」よりパ・ド・ドゥ(振付:リアム・スカーレット、音楽:フランツ・リスト)

   アリーナ・コジョカル、ヨハン・コボー

  今年4月にロンドンで行われた、第一次世界大戦開戦100年の記念公演で発表された作品だそうです。「ノー・マンズ・ランド」とは、対峙する両軍の間の無人地帯のことだそう。

  コジョカルはグレーの簡素なワンピース、コボーは黒いタンクトップにグレーのズボンにヅラ。

  戦争で引き裂かれようとしている恋人たちを表現した踊りのようです。コジョカルは終始悲しげな表情を浮かべ、コボーも硬い表情のままでした。リフトを多用した踊りです。なんだかんだいって、コジョカルの踊りを最も輝かせることのできるパートナーはやはりコボーなのだ、と観ていて思いました。それくらい二人の踊りは流れるようにスムーズでした。

  スカーレットの振付はまあまあ良かったと思います。複雑なリフト、女性ダンサーが脚をわざといびつに曲げるポーズと動き、男性ダンサーが横にジャンプした瞬間に、女性ダンサーがさっと男性ダンサーの腰に両手を添え、まるで女性ダンサーが男性ダンサーをリフトしているように見える動きなど、印象的な振りがいくつかありました。リフトの振付では、数年前の作品に見られたマクミランの模倣がかなりなくなったと思います。これもいいことです。

  (その2に続く)

 
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アダム・クーパー様ご生誕日


  です。43歳。日本時間では今日、イギリス時間では8時間遅れです。

  明日の23日、『雨に唄えば』日本公演の製作発表記者会見があるそうなので、今日にはもう来日したでしょう。

  誕生日を前に離英、誕生日の瞬間を(おそらく)機上で迎え、(たぶん)誕生日に来日、その翌日にショウの宣伝活動。これも仕事、家族を養うためです。がんばれお父さん!(アダム・クーパーにはナオミちゃんとアレクサンダー君という二人のお子さんがいます。)

  製作発表記者会見とはすごいねえ。今回のプロモーションには感心することしきりです。一ファンとして願うのは、あまりアダム・クーパーだけをプッシュするのではなく、ショウそのもののすばらしさを、きちんと伝えてほしいということです。

  『雨に唄えば』は、アダム・クーパーをフィーチャーしたショウではありません。ウエスト・エンドの劇場で、ロングランで上演された一級のミュージカル作品です。優れた演出と振付のもと、アダム・クーパーばかりでなく、他のキャストがみなすばらしいパフォーマンスをみせていたからこそ、ロングランになったのです。

  それでも、あの「雨に唄えば」のシーンだけは、アダム・クーパーほど美しく踊れる人はいないと思いますけどね。

  明日の記者会見の様子、公式サイトで公開してくれないかなー。 


  追記:公式フェイスブックに出ました。アダム、43歳とは思えないカッコよさです。相変わらず顔小っさ。サプライズで主催者側からバースデー・ケーキを贈られたそうです。よかったね、アダム♪

  アダムが今この東京にいて、同じ空気を吸ってるのかと思うと嬉しいわ

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アリーナ・コジョカル「ドリーム・プロジェクト」Aプロ(7月21日)


  ごぶさたしてまっす。たぶん2~3年に一度くらいしか起こらないであろう忙しさの真っ只中です。先週の「グラン・ガラ」も観に行けませんでした。無念なり。

  でも今日は観に行けました。一言(じゃ済まなかったが)感想参る。

  前回に比べると、さすがにレベルダウンの感は否めませんでした。でもコジョカルの目はやはり確かで、まだ日本で知られていない良いダンサーたちを連れてきてくれたと思います。とても楽しめました。


 「オープニング」(振付:ペタル・ミラー=アッシュモール、音楽:アレクサンドル・グラズノフ)

   アリーナ・コジョカル
   オヴィデュー・マテイ・ヤンク、ロベルト・エナシェ、堀内尚平、クリスティアン・プレダ、ルーカス・キャンベル

  振付はまったくもって凡庸。男性ダンサーたち(ルーマニア国立バレエ団)は、みな無理に凄技をやっては形が崩れていた。これに比べると、前回のリアム・スカーレット振付の「ラリナ・ワルツ」は佳作だったんだな、とはじめて思った。


 『眠れる森の美女』よりグラン・パ・ド・ドゥ(振付:マリウス・プティパ、音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー)

   ローレン・カスバートソン、ワディム・ムンタギロフ

  二人の息が合ってなかった。最初の演目で緊張していたせいもあったのか、カスバートソンもムンタギロフも「う~む」な出来だった。カスバートソンはもともと、オーロラを踊れるほどの技量は持ってないと思う。もちろん、彼女らしい暖かみのある品の良さと真摯に役に取り組む姿勢は、相変わらずその踊りに漂っていたけれども。

  しかし、ムンタギロフはどうしちゃったんだろう。この程度のダンサーではなかったはず。私、ムンタギロフが主演する日の新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』のチケット、もう買っちゃったんだよな。ムンタギロフ、米沢唯さん(オーロラ)とうまくやってけるのか?


 「HETのための2つの小品」(振付:ハンス・ファン・マネン、音楽:エリッキ=スヴェン・トゥール、アルヴォ・ベルト)

  ユルギータ・ドロニナ、イサック・エルナンデス

  二人ともオランダ国立バレエ団のダンサー。ドロニナの驚異的な身体能力を駆使した、鋭い動きに目を奪われた。ドロニナとエルナンデスがシンクロして踊るところは圧巻の迫力だった。ファン・マネンはやっぱり良いよね。


 「エスメラルダ」よりパ・ド・ドゥ(振付:マリウス・プティパ、音楽:チェーザレ・ブーニ)

   日高世菜、ダヴィッド・チェンツェミエック

  「ダヴィッド・チェンツェミエック」が一括でカタカナ変換された。初見じゃないらしい。どこで観たんだろう?思い出せん。日高さんもチェンツェミエックもルーマニア国立バレエ団のダンサー。

  すごく良い踊りだった。チェンツェミエックはパートナリング能力が抜群にすばらしい。個人技では緊張していたようで、おそらく普段の7割方くらいしか実力を出せなかったものと思われる。本来はあんなものではないだろう。

  日高世菜さんはすばらしいダンサー。長身で、手足、特に脚がびっくりするほど長い。フィジカルもテクニックも強靭そのもの。音感も優れている。あの有名なヴァリエーションは、あまりの凄さに呆然としてしまった。冒頭、全身がぐいっと弓のようにしなる。タンバリンを爪先で叩く動きも余裕たっぷり。コーダでのグラン・フェッテは、スヴェトラーナ・ザハロワも顔負けのダイナミックさ。まだ書き足りないけど、そろそろやめとこう。


 「ラプソディー」より(振付:フレデリック・アシュトン、音楽:セルゲイ・ラフマニノフ)

   吉田 都、スティーヴン・マックレー

  マックレーのソロから始まった。いかにもアシュトンらしい、複雑で目にも留まらない素早いステップの連続。マックレーは音楽に乗って余裕綽々に踊っていく。『不思議の国のアリス』のマッド・ハッターと同様、こういう作品で、マックレーの良い意味で人を食ったような感じの魅力が、最大限発揮されるように思う。

  吉田さんの踊りはやはりプロフェッショナルのそれ。マックレーとの息もよく合っていた。プロフェッショナル同士が踊るとこういうすばらしいものになる。


 「ゴパック」(振付:ロスチフラフ・ザハーロフ、音楽:ヴァシリー・ソロヴィヨフ=セドイ)

   ワディム・ムンタギロフ

  ロシアやウクライナのダンサーがよく踊るあの作品です。すごくアクロバティックな、民族舞踊風の振付の短いやつね。ムンタギロフは張り切って頑張ってましたが、やっぱり今日は不調だったのか、あまり見ごたえがありませんでした。


 『リリオム』よりベンチのパ・ド・ドゥ(振付:ジョン・ノイマイヤー、音楽:ミシェル・ルグラン)

   アリーナ・コジョカル、カーステン・ユング

  パ・ド・ドゥだけといえど、日本初演では?このパ・ド・ドゥが見せ場の一つだから上演したのだとすると、全幕を観たいとまでは思いませんでした。ノイマイヤーの振付の引き出しは相変わらず多いなあ、とは感じたけどね。それに、音楽がすばらしくて印象に残りました。『リリオム』のあらすじは、ミュージカル映画『回転木馬』とほぼ同じらしい。このパ・ド・ドゥは、リリオムとジュリーが愛を告白しあう場面。


 『白鳥の湖』よりグラン・アダージョ(振付:レフ・イワーノフ、音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー)

   アリーナ・コジョカル、ヨハン・コボー
   東京バレエ団

  『白鳥の湖』のグラン・アダージョと『ジゼル』第二幕のパ・ド・ドゥは、ガラ公演には不向きだと思う。観ているほうの気持ちがなかなか入っていかないから。しかも、私の中の「コボー株」は下落しちゃっていて、コボーははっきりいって見たくない。踊れなくなったからじゃなく、英国ロイヤル・バレエを退団した経緯とか、退団前後の言動がね。挙句の果てに女房のコネで(以下自粛)

  あと、グラン・アダージョのオデットに「ちょっとひと手間」や「もうひと工夫」はいらない。コジョカルは余計な動きを付け足し過ぎ。作品によって、付け足してもいい場合と付け足しは不要な場合とがあると思う。

  東京バレエ団の白鳥のコール・ドの踊りは、まだアレクサンドル・ゴルスキーの振付なのかな?躍動的で、やっぱり好み。


 『海賊』よりディヴェルティスマン(振付:マリウス・プティパ、音楽:リッカルド・ドリゴ)

   アリーナ・コジョカル(メドーラ)、ユルギータ・ドロニナ(ギュリナーラ)
   日高世菜、ローレン・カスバートソン(ヴァリエーション)
   ヨハン・コボー(コンラッドその1)、スティーヴン・マックレー ダヴィッド・チェンツェミエック(コンラッドその2)
   ダヴィッド・チェンツェミエック スティーヴン・マックレー(奴隷商人)
   ワディム・ムンタギロフ(コンラッドその3)、イサック・エルナンデス(アリ)

  てっきりマリインスキー劇場バレエが上演した、あのつまんねえやつ(「夢の場」とかいう)かと思ってたら、有名なパ・ド・ドゥやパ・ド・トロワに、いろんなヴァリエーションを折り込んだ構成で、とても見ごたえがありました。

  コジョカルの踊りが珍しく粗かったです。メドーラのヴァリエーションは、『ラ・バヤデール』のガムザッティのヴァリエーションと同じものでしたが、なんかコジョカルの動きが雑でした。疲れていたのかな(たくさん踊ったもんね)。

  ドロニナとチェンツェミエックマックレーによる「奴隷のパ・ド・ドゥ」が良かったです。ドロニナはハーレム・パンツを穿いた脚が長くて美しく、憂いを含んだ風情も含めて、ニキヤ役が似合いそうです。ただし、コーダのグラン・フェッテを見て察せられたことには、どうもプティパはさほど得意ではないようです。

  チェンツェミエックマックレーは相変わらずパートナリングがすごく、海賊らしい野卑な雰囲気も醸し出していました。「エスメラルダ」では動きが硬かったのが、この演目では生き生きと踊り、見事な超絶技巧も披露しました。

  不思議なことに、マックレーについての印象がさっぱり残っていません。今、キャスト表を見て、あれ、マックレー、出てたの!?とびっくりした次第。だったら、コンラッドの衣装を着て、ヴァリエーションを踊ったのがマックレーだよね?(←これはチェンツェミエックだそうです。同じパツキンということで、マックレーと間違えました。ごめんなさい。)

  あまりに影が薄かったんで、ルーマニア国立バレエの誰かが踊ったんだとばかり思ってました。(←これは無礼千万だが合っていた。でもやっぱりごめんなさい。)

  ワディム・ムンタギロフはようやく調子が出てきたようでしたが、やっぱりどこか動きが重かったです。それなのに見たこともない凄技やって盛り上げてました。不調なのに、そんな無理してくれなくても。

  イサック・エルナンデスのアリは普通の出来でした。褒めたいのはやまやまですが、『海賊』のパ・ド・トロワ(パ・ド・ドゥ)は、それこそ凄い技と流れるようなすばらしい踊りをやってのけた男性ダンサーたちを多く観ているからねえ。

  コジョカルはパ・ド・トロワのコーダを、途中までイタリアン・フェッテで行ないました。これもコジョカルの好きな改変です。キープ力を見せるのが好きなんだよね。最後は女性陣が並び、一斉にグラン・フェッテをしてからポーズを決めました。壮観でした。

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ウィンブルドン選手権 ロジャー・フェデラー総括


 シングルス決勝 対ノヴァク・ジョコヴィッチ(セルビア)

   7-6(9)、4-6、6-7(4)、7-5、4-6

  凄い試合を観ちゃったなあ。第4セット、ジョコヴィッチが5-2とリードして、そのままサービス・ゲームを守れば優勝という状況、しかもジョコヴィッチは実際にチャンピオンシップ・ポイントを握りました。ところが、その絶体絶命の窮地からの、フェデラーのあの驚異的な大逆襲!

  フェデラーはジョコヴィッチのチャンピオンシップ・ポイントをしのいだばかりか、ジョコヴィッチのサービス・ゲームをブレークしてしまいました。2-5から連続で5ゲームを奪取し、7-5で第4セットを取り、フルセットに持ち込みました(あのときのジョコヴィッチの呆然とした表情といったら!)。

  第5セットは、最後までどちらが勝つのか読めませんでした。しかし第10ゲーム、フェデラーのサービス・ゲームで、5-4としていたジョコヴィッチが一気に攻め、フェデラーのミスも重なって、15-40とジョコヴィッチが再びチャンピオンシップ・ポイントを握りました。最後はフェデラーのバックハンドのリターンがネットにかかり、長かった激戦がようやく終わりました。

  残念なことにフェデラーは準優勝に終わったわけですが、この準優勝は優勝に匹敵すると思います。実際、ファンの欲目を抜きにしても、この試合を観てはるかに強く印象に残ったのは、ジョコヴィッチの強さよりも、フェデラーの信じ難い強さのほうでした。

  フェデラーはあと1ヶ月で33歳になる選手です。それが今まさに全盛期を迎えている27歳のジョコヴィッチと、ウィンブルドンの決勝で、これほどの激戦を演じたのですから。この試合でより際立ったのは、フェデラーの異様なまでの強さです。何かこう、超越したような、悟道に達した(?)ような、次元の異なる強さでした。

  この試合をちゃんと観たのであれば、この試合の勝敗の結果のみで、フェデラーの時代は完全に終わった、フェデラーはジョコヴィッチに引導を渡された、などと考える人はほとんどいないでしょう。むしろその逆だと思います。フェデラーが勝ち、ジョコヴィッチが負けても不思議ではない試合内容だったのです(ですから、ジョコヴィッチがメディカル・タイム・アウトを取ったことに対しては、私は少し疑問に思いました。その前後で、ジョコヴィッチのプレーはまったく変わらなかったからです)。

  特に、フェデラーがグランドスラムの決勝で、ジョコヴィッチほどの選手を相手に、5セットのフルセット・マッチを途中で力尽きることなく戦い抜いたという今回の事実は、ファンにはもちろん、同業者の選手たちにも大きな衝撃だったろうと想像されます。今のフェデラーには持久戦に持ち込めば勝てる、とか簡単に思ってた選手、けっこういたんじゃない?

  今回の決勝で存在感を更に強めたのはフェデラーのほうでしょう。大方のファンの印象も同じだろうと思います。このフェデラーっていう選手はいったい何なんだ、何者なんだ、どういう技術を、どういう身体能力を、そしてどういう精神構造を持っているんだ、という、一種不気味なほどの印象を残しただろうと思います。実際、ネット上ではそんな雰囲気になっていますね。

  また、準決勝にミロシュ・ラオニッチ、グリゴール・ディミトロフが勝ち上がったことで、メディアは一斉に「次世代を担う若手の台頭」などと持ち上げていましたが、あの準決勝の2試合とこの決勝とは、レベルの差が歴然としています。はっきりいって、あの準決勝の2試合は、今から考えるとお話にもならない内容でした。

  (ついでに書くと、女子選手たちと男子選手たちのレベルの差が大きすぎる現状はなんとかならないものでしょうか。ただ単に男性のほうが女性よりも力が強いから、という理由だけでは納得できないほど、女子選手たちのプレーのレベルは悲惨な状態になっているように思えます。なんかこう、今の状況に変化をもたらすような、女子選手たちのレベルを全体的に引き上げることになるような、そういうスター選手が女子にも出てこないものかなあ…。)

  ラオニッチやディミトロフの世代の選手たちが、ジョコヴィッチ、ナダル、フェデラーのレベルに達するには、まだまだ時間がかかると思います。

  テニスのことをあまり知らない、またテニスの試合を普段よく観ていない記者さんたちは、今回の結果だけを見て、また他愛ない単純な記事を書くと思いますけれども。

  今回の結果をもって、ノヴァク・ジョコヴィッチは世界ランキング1位に復帰するそうです。そして、ロジャー・フェデラーは、世界ランキング3位に上がるそうです。これが現実です。

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