ルグリズブートキャンプ(5)

  第2部の最初は「ビフォア・ナイトフォール」(振付:ニルス・クリステ、音楽:ボフスラフ・マルティヌー)です。ダンサーはメラニー・ユレル、マチアス・エイマン(第1パ・ド・ドゥ)、エレオノーラ・アバニャート、ステファン・ビュヨン(第2パ・ド・ドゥ)、ドロテ・ジルベール、オドリック・べザール(第3パ・ド・ドゥ)、マチルド・フルステー、マルク・モロー、ローラ・エッケ、グレゴリー・ドミニャック、シャルリーヌ・ジザンダネ、アクセル・イボ(以上は3組のカップル)。

  幕が開くと舞台の床は白くなっており(第1部では黒だった)、その上に上半身裸に黒いタイツを穿いた男性たち、濃淡さまざまなグレーのストラップ・タイプの膝下丈のドレスを着た女性たちが、それぞれペアを組んで整然と斜めに並んでいました。女性が男性の背中から両腕を回して寄り添っていましたが、私の目の間違いでなければ、1組だけ男同士で抱き合ってるのがいました。あれは一体なんだったんでしょう?

  最初は全員が舞台に散らばって踊り、それから3組のペアによるパ・ド・ドゥが、3組のカップルからなるアンサンブルを間に挟みながら踊られ、最後はまた全員が揃って踊ります。

  音楽は終始一貫して恐ろしげな、また不安をかき立てるようなメロディと雰囲気のものでした。振付はクラシカルなものでしたが、特徴的だったのが腕が変則的な形をしていたことで、ほとんど奇妙な形に曲げられていました。いちばん目についたのが、頭を下げ、両腕を幽霊のように曲げて前に出して、手を垂らしてするアラベスクでした。

  また、速くて鋭角的で、鋭い刃物をイメージさせる動きやリフトが多かったです。ストーリーは特になく、でもしいていえば、男女の間の何らかの感情を描いているようです。

  ですが具体的ではっきりした物語はないので、このタイプの作品は踊りそのもので勝負することになります。その点で、第2パ・ド・ドゥを踊ったアバニャート、ビュヨン組は最もすばらしく踊ったと思います。激しくて鋭い振付をキレよくスピーディーに、スムーズにこなしていました。ゾッとするほどきれいな踊りでした。

  特に、ビュヨンのパートナリングは実にすばらしいと思いました。ビュヨンはAプロで「スパルタクス」のパ・ド・ドゥを踊っていますから、やっぱりリフト/サポート上手なのでしょうか(←短絡的?)。

  「牧神の午後」(振付:ティエリー・マランダン、音楽:ドビュッシー)、ダンサーはバンジャマン・ペッシュ。とてもおもしろい作品でした。大爆笑。プログラムにはペッシュのこの作品についてのウンチクが載っていて、「今回が日本初演になります」とのこと。でも、別に初演してくれなくてもよかったです。

  舞台の左側に白いベッドのような台があって、白いパンツ一丁のペッシュが横たわっています。舞台の右には白キクラゲのような形状の巨大な丸い物体が2つ置かれています。

  ペッシュはやがてベッドから下ります。すると、ベッドだと思ったそれはベッドではなく、巨大なティッシュ・ペーパーの箱でした。箱の口からは、これまた巨大なティッシュ・ペーパーが顔をのぞかせています。あ、なるほど、と合点がいきました。2つの巨大白キクラゲは、丸めて捨てられたティッシュ・ペーパーですね。これは18歳以下鑑賞禁止にすべき作品ではないでしょうか。

  ペッシュの動きは淫靡というよりは動物的で、自分の腕をべろ~ん、と舐めたり、親指をしゃぶったりしていました。振付は、ゴリラかチンパンジーといったサル類か類人猿が、未知の物体を目の前にして、警戒しつつも好奇心を持って近づいていき、触っては安全だと分かると様々にいじくって遊ぶ、という一連の動きをイメージすればよいと思います。

  お世辞にもすばらしい振付とはいえないと思いますし、ペッシュの踊りも振付を凌駕するほどのものでもなかったし、エトワールという地位と優れた能力とを見事にムダに使っていました。

  ペッシュは床の上を奇妙な動作でジャンプして、2つの丸めたティッシュ・ペーパーの中に手を突っ込んだり、顔を突っ込んだり、下半身をこすりつけたりします。終わりに近くなって、ペッシュはニジンスキーがやった、両手を斜めに揃えて前に出すポーズを取りました。

  最後に、ペッシュは再びベッド・・・じゃなかった、巨大なティッシュ・ボックスに上がり、ティッシュ・ペーパーを引きずり出し、それを広げて恋人のようにいとおしげに抱きしめ、自分の体をすりつけます。

  いきなり、ティッシュ・ボックスが光り、中が透けて見えました。同時にペッシュはティッシュ・ボックスの口の中にダイブします。ティッシュ・ボックスの中に納まったペッシュの姿が一瞬見えて終わりました。ティッシュ・ボックスの口は「それ」をも象徴していたらしいです。

  ちょっと眠くなってきていたので、いい気分転換になりました。また、カーテン・コールは面白かったです。ペッシュはカーテンの間から、ニジンスキーの「牧神の午後」のポーズを取った手だけをにょっきりと出し、それから姿を見せました。次には、カーテンの間からひょい、とコミカルにジャンプして飛び出してきました。本人的には大満足でご機嫌のようです。また、気はいい兄ちゃんなのでしょう。

  ですが、ペッシュは良い振付というものを見分ける眼力を、もっと養ったほうがいいと思いました。Aプロの「椿姫」では散々なリフトを、Bプロではこのトンデモ「牧神の午後」をパンツ一丁で披露して、あなたはいったいナニをしにわざわざ日本に来たのですか、と聞きたいです。
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ルグリズブートキャンプ(4)

  今日(13日)は「ルグリと輝ける仲間たち」Bプロを観に行ってきました。Aプロを2回観たら、突如としてBプロも2回観たくなって、チケットは残っていないかと公演直前にいろいろ探しまくって、んでやっぱりダメでした(←アホ)。でも今日の公演を観たら、Aプロと重なる演目があったり、似たような作品が複数あったりしたので、1回でよかったのかなと思います。

  Aプロと同じくBプロも3部構成でした。第1部の最初は「タランテラ」(振付:ジョージ・バランシン、音楽:ルイ・モロー・ゴットシャルク)、ダンサーはメラニー・ユレルとアクセル・イボです。ユレルの衣装は白い上衣に赤い短いスカートのチュチュ、アクセル君は白いシャツ、赤い太いベルト、黒い膝丈のタイツ、白いハイソックスでした。

  最初に男女が一緒に踊って、それから男女が交互に短いヴァリエーションを2回ずつ踊り、最後にまたふたりで踊って終わりでした。音楽が軽快なのと同じように踊りも軽快で、ヴァリエーションでは男女がそれぞれタンバリンを持って、それを実際に鳴らしながら踊ります。

  アクセル君の素早くキレのよいステップ、高いジャンプ、タンバリンの使い方のうまさに感心しました。また、メラニー・ユレルの「爪先立ちのままM字開脚スクワット」には仰天しました。

  「アベルはかつて・・・」(振付:マロリー・ゴディオン、音楽:アルヴォ・ベルト)、ダンサーはグレゴリー・ドミニャック、ステファン・ビュヨン。

  音楽がピアノを交えた管弦楽曲で、メロディは静かでどこかもの悲しく、ゆっくりした静的な踊りとあいまって非常に印象に残りました。床に広げられた白い長方形の布を間に挟んで、上半身裸に白いズボンを穿いたビュヨン(カイン)とドミニャック(アベル)が向かい合っています。ふたりはやがてゆっくりと踊り始めます。

  振付にはクラシック・バレエ的な動きがほとんどなく、Aプロの「扉は必ず・・・」(イリ・キリアン振付)に感じがよく似ています。カイン役のビュヨンとアベル役のドミニャックは互いをリフトしたり(←多かった)、腕をとったり、抱き合ったりして踊ります。常にカインがアベルを庇っている感じで、アベルもまたカインを慕っているという、なんだか暖かい雰囲気が漂っています。

  途中で、カインとアベルは長方形の白い布の両端を持って引っ張ります。すると布が引き裂かれていきます。カインの手元に残ったのは小さな布、アベルの手に残ったのは、カインよりもはるかに大きな布でした。

  カイン役のビュヨンが苦しげな表情でひとりで踊ります。激しい動きの踊りです。アベル役のドミニャックは、やがて自分が手にした大きな布を捨てて、頭と顔を手で覆ってしゃがみこんでしまいます。アベルはこんな結果を望んではいなかったのです。一方、カインはアベルが得た布を羨ましげに手に取って抱きしめます。

  アベルが得た白い布を持ったカインがアベルに近づきます。ふたりは再び一緒に踊ります。カインは白い布をアベルの体に巻きつけると、アベルの体をゆっくりと倒します。アベルの体は力なくだらんと垂れ下がり、やがてゆっくりと床の上にくず折れます。死んだアベルの体の傍で、実の弟を殺してしまったカインは立ち尽くします。

  音楽も踊りも静かでゆっくりでしたが、実は激しい感情が込められたドラマティックな作品でした。実の肉親だからこそ、他人に対してよりもはるかに強く抱いてしまう、激しい愛情と憎悪がもたらす悲しい結末を描いていました。

  「ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ」(振付:マニュエル・ルグリ、音楽:ドニゼッティ)、ダンサーはドロテ・ジルベール、マチュー・ガニオ。衣装は男女ともに同じ色合いで、赤や黄の色とりどりな布の上に、黒のシースルーの布を重ねています。キイロアゲハの羽根をイメージすると最も近いように思います。ジルベールは黒のシースルーのタイツを穿いていて、ガニオは黒いタイツです。デザインも色彩も凝った、華やかな衣装でした。

  Aプロで上演されたジョゼ・マルティネス振付の「ドリーブ組曲」もそうでしたが、ルグリのこの「ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ」も、クラシック・バレエおなじみの技を駆使する振付の作品でした。ただ、同じ形式、似たような振付であっても、やはり違いはあるもので、マルティネスの「ドリーブ組曲」ではダイナミックな回転やジャンプが目立ちましたが、ルグリのこの作品では、複雑で細かい足技が目立ちました。

  ルグリのこの作品の振付のほうが、お約束の動きにひとひねり加えてある印象が残りました。アダージョでガニオが回転するジルベールの腰を支えて、それからジルベールが前アティチュードをするタイミングをわざと引っかかったように止めたり、女性ヴァリエーション(もしくはコーダ)でジルベールがフェッテをするのですが、数回フェッテをするたびに振り上げていた右脚を下ろして軸足にして、同時に左脚を上げて爪先立ちをする、というパターンにしたりといったふうにです。

  ジルベールもガニオも踊りがすばらしかったです。ふたりで踊るときもよく息が合っていました。ガニオは踊りにもう少し落ち着きというか、途中でタイミングがズレてわたわたするところがなくなればもっといいと思います。

  「オネーギン」よりAプロと同じ「別れのパ・ド・ドゥ」、ダンサーはマニュエル・ルグリとモニク・ルディエール。やはりルディエールの演技に目が行ってしまいました。タチヤーナが主人公なのですから当たり前といえば当たり前ですが。

  タチヤーナは昔の憧れの人だったオネーギンからの恋文を読んで、思わず嬉しそうに手紙を抱きしめます。しかしすぐに我に返り、混乱した表情になって、どうしたらいいのか分からないといったふうに部屋の中を走り回ります。

  オネーギンが入ってきたときには、タチヤーナは厳しい表情で机の前に座り、前をじっと見据えています。しかし、オネーギンが、厳しい表情のまま立ち上がったタチヤーナの体を包み込むように両腕をかぶせると、途端にタチヤーナは目を閉じて切なげな顔になります。

  タチヤーナは決してオネーギンと目を合わせようとしませんが、彼女はオネーギンから顔をそむけながらも、明らかにその表情はオネーギンを愛しています。そして、オネーギンから必死に身を離そうとし、時に腕を突っ張り、時に背中合わせになりながらも、それでもオネーギンと一緒に踊り続けます。

  オネーギンに両手を後ろから引っ張られ、タチヤーナはオネーギンを引きずるようにして、過去を断ち切ろうと重い足どりで前にゆっくりと進みます。しかし、耐え切れずにしばしばオネーギンの首にすがるように抱きつきます。

  オネーギンが昔を思い出させるようにジャンプしてタチヤーナをいざないます。タチヤーナは少女の顔に戻ってオネーギンの腕の中に飛び込み、オネーギンに持ち上げられて、彼女の両脚が美しい形に開かれて空を舞います。

  しかし、タチヤーナは甘い夢に浸っている自分を振り切って厳しい表情に戻り、机の上に置いてあったオネーギンからの恋文を握りしめ、顔をそむけたままオネーギンの胸元に突きつけます。まさに「あうんの呼吸」というのでしょう、ここのルディエールとルグリの演技は最高にすばらしかったです。

  タチヤーナはオネーギンに出ていくよう命じます。オネーギン役のルグリが出て行った後のルディエールの演技はいつも違うようです。今日は部屋じゅうをまろぶように走り回り、そして部屋の真ん中に立ち尽くすと、拳を握って顔を覆います。

  その拳を力を振り絞るようにして下ろしたとき、ルディエールの顔にはかすかに微笑みが浮かんでいました。この前は自分を無理に納得させようとしているふうでしたが、今日は「これでいいのだ」と未練を残しながらも確信している感じでした。  
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