エトワール達の花束(2)

  第2部の最初は「ジゼル」第二幕よりアダージョ。ダンサーはアレッサンドラ・フェリ、ロベルト・ボッレ。

  短くてあっという間に終わってしまったので、あんまり印象に残っていません。でも、フェリの腕の動きは美しかったです。あとはやっぱり、フェリとボッレのタイミングが合わないこと、ボッレのリフトやサポートがぎこちないことが少し気になりました。それに、音楽のテンポが異様に速かったです。もっとゆっくりのテンポで踊ったほうが雰囲気が出るのに、と思いました。

  「太陽が降り注ぐ雪のように」、振付はローランド・ダレシオ、ダンサーはアリシア・アマトリアン、ロバート・テューズリー。ふたりともピンクの長いTシャツを着て登場しました。Tシャツの下は、アマトリアンは黒のレオタード、テューズリーは黒のショート・パンツです。

  ふたり並んで客席に向かってお尻を突き出して動かしたり、ふたりが次々と床をスライディングしたり、アマトリアンがテューズリーに頭突きをしたり、テューズリーが自分のTシャツをびょ~んと伸ばして、アマトリアンをすっぽり覆ってしまったりと、コミカルな踊りでした。常に膝はゆるく、足首は極端に曲げていたのが印象に残っています。

  まあ気軽に観られる小品、という感じです。さほどすばらしいとは思いませんでしたが、アマトリアンとテューズリーがお茶目でかわいかったし、シュトゥットガルト・バレエ系の振付家は、後でどう化けるか分からないから無難に褒めておこうっと(←権威に弱い)。

  「シンデレラ」より舞踏会のパ・ド・ドゥ、振付はジェームス・クデルカ、ダンサーはジュリー・ケント、マルセロ・ゴメス。舞台を近代に移しかえたようで、ケントは20世紀初頭風デザインの淡いピンクの膝丈のドレス、ゴメスは黒い燕尾服を着ていました。

  振付にはさして特徴的なところがありませんでした。ただ、ケントがよい演技をしていて、「白鳥の湖」では気づきませんでしたが、彼女の踊りもフェリ系のように思いました。でもまだフェリの境地には至っていないようです。

  「ハムレット」、振付はジョン・ノイマイヤー、ダンサーはシルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアプコ。

  これも現代版、というか80'sかな?ハムレットのリアプコはアイビーファッション(シャツ、襟がV字型のセーター、上着、ズボン)で、シャツの裾が片方ズボンの外にはみ出しているのが、気が狂っている様を表しているらしいです。オフィーリア役のアッツォーニはグレーに近い水色のワンピースを着て、花をつんで冠を編んでいます。

  またもやジョン・ノイマイヤーの振付ですが、さっきの「マーラー交響曲第3番」とは雰囲気ががらりと違いました。舞台の右奥にはトランクが山積みになっており、ハムレットはずっこけて、床に散らばった荷物をあわてて拾い集めます。ハムレットに気づいたオフィーリアとハムレットは、子どもっぽくてどこか間の抜けた笑いを浮かべ、楽しそうにたわむれたり、踊ったりします。

  ふたりともガキっぽいというか、気が狂っているっぽいというか、仕草はぎこちなく、踊りもきれいというよりはマイムの延長のような感じでした。これは全幕を観ないとよく分からない作品だと思います。

  「フー・ケアーズ?」、振付はジョージ・バランシン、ダンサーはパロマ・ヘレーラ、ホセ・カレーニョ。ヘレーラは胸元の大きく開いた赤い短いスカートのドレス、カレーニョは黒いシャツに黒いズボンという衣装でした。

  ヘレーラが最初に出てきて踊ります。やはり少し頼りなげな感じがします。ですが、カレーニョが出てきて一緒に踊り始めると、ヘレーラの動きはすばらしいものとなりました。ヘレーラとカレーニョの踊りもよく合っていて、ガーシュウィンのあのよく耳にする、気だるいもの悲しいメロディの曲が踊りによく合っていました。

  最後は「マノン」より沼地のパ・ド・ドゥ、ダンサーはアレッサンドラ・フェリ、ロベルト・ボッレ。フェリは黒髪なので、短髪ヅラがまるでいがぐり坊主のようでした(すみません)。ボッレは白いシャツを着てグレーのタイツとブーツを穿いています。

  目つきはうつろで意識がもうろうとした表情のフェリが、ボッレに手を取られてゆっくりと回り始めます。ボッレのリフトは、少なくともフェリと踊るときにはさほど上手でない、と私は結論しました。ちゃんとこなすのですが、なんかぎこちないのです。

  でもドラマティックな音楽と振付で、やっぱり集中して見入ってしまいました。ボッレがいつフェリを落とすか、とヒヤヒヤしましたが大丈夫でした。マノンがデ・グリューの腕の中にジャンプして飛び込み、間を置かずにデ・グリューがマノンの体を腕の中でぐるっと回転させて、それから振り回すところもうまくいきました。

  フェリは自分ひとりで踊るときも表現力が豊かですが、「リフトのされ方」もうまいなあ、と思いました。リフトされたときのポーズがとてもきれいです。デ・グリューがマノンの体を床すれすれに近づけるとき、フェリは体をやや反らせて、片脚をボッレの腰に引っかけていました。なんのことだか分かりにくいと思いますが、その引っかけた脚の形が美しいのです。

  マノンがデ・グリューの腕に飛び込んだと同時に死ぬところでは、ボッレがフェリの体を抱えた途端に、フェリの手足が力なくだらん、と垂れ下がりました。さっきの「オテロ」でもそうだったけど、「死に方」も上手だなあ、と感心しました。

  最後の最後でこんなことを言って申し訳ないのですが、ボッレのあの大根演技はどーにかなりませんか。マノンが死んだと気づいたデ・グリューの演技ですが、ボッレは頭を両手で抱えて嘆き悲しみます。その表情がなんともわざとらしいというか、テクニックなみに演技も上手になれよ、と思いました。

  沼地のパ・ド・ドゥもあっという間に終わってしまいました。カーテン・コールは何度も行なわれました。引退公演ですから当然でしょう。銀のテープがクラッカーのように客席に発射され、また舞台上には色とりどりのテープが下りてきてカーテンを作りました。私は失礼にも、「あのテープを沼地のパ・ド・ドゥでの昆布セット代わりに使えばよかったのに」と思ってしまいました。

  最後のほうでフェリがひとりで舞台上にたたずんで、彼女にスポット・ライトが当たり、上から赤い花のようなものがはらはらと降ってきました。私はこういうわざとらしい演出には感動しませんでしたが、いつまでも続く観客の熱狂的な拍手喝采に、フェリがつい顔をゆがめて涙目になり、ゆっくりと下を向いて、バレリーナ的でない、自然な仕草で深々とお辞儀をしたときには、ついもらい泣きしそうになりました。

  いろいろと言いたいことはありますが、やはり観ておいてよかったと思います。彼女が踊ったのが、「ロミオとジュリエット」のジュリエット、「オセロ」のデズデモナ、ジゼル、マノンというのが、フェリのバレリーナとしての本領がどこにあるのかを表している気がしました。  
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エトワール達の花束(1)

  アレッサンドラ・フェリの日本での引退公演です。3日のAプロを観に行ってきました。とても良い公演でした。

  ただ、演目の少なさ、そしてそれが原因の公演時間の短さ(きっかり2時間です。配布されたタイム・テーブルは、実際よりかなり長めに書かれていました)、録音テープの使用、必要最小限のセットなどの点から考えると、やはりチケットの値段は常軌を逸していますし、東京文化会館の1階R、L列をS席に設定する(通常はA席)など、少し後味の悪い思いをしたことも確かです。

  もっとも、これらのことはアンケートにすべて書きました。次回からは改善してほしいものです。それに、たぶんチケットを売り出してから、「この値段はさすがにマズい」と主催者側も思ったのでしょうね。有料のプログラムはなく、簡素なものではありますが、無料のプログラムを配布していました。これはよいフォローだと思います。

  公演は2部構成でした。最初は「海賊」のパ・ド・ドゥ、ダンサーはパロマ・ヘレーラ、ホセ・カレーニョでした。ヘレーラは白銀の衣装を着ていて、これがとてもきれいでした。カレーニョは青いハーレム・パンツでしたが、なぜか黄色の大きな水玉模様が入っていて、なんであえてこの模様を?と思いました。

  肝心の踊りですが、私は1ヶ月前にイーゴリ・コルプとイリーナ・ペレンの「海賊」パ・ド・ドゥを観てしまいまして、それがいけませんでした。でも、カレーニョは相変わらず安定していてダイナミックでした。ただ、ヘレーラはちょっと危なっかしかったです。

  「ロミオとジュリエット」よりバルコニーのパ・ド・ドゥ。ダンサーはアレッサンドラ・フェリとロベルト・ボッレ。映像版でおなじみ、フェリといえば誰もが思い出す作品です。

  フェリはまさに初々しい少女ジュリエットで、また彼女の踊りもズバリ私の好みです。踊りそのもので感情を表現するというのか、ただ踊ってるだけではないのです。また、音楽性に恵まれた人なのでしょう、手足の動かし方が音楽とよく合っていて、動きもなめらかでとにかく美しかったです。彼女の踊りを見ていて、ああ、この人は古き良きロイヤル・バレエ系のダンサーだな、と思いました。

  そのフェリの足を引っ張っていたのがボッレで、確かに彼は背が高く、ハンサムで、脚が長くてスタイル抜群、テクニックも目を見張るほどすばらしい人です。ですが、肝心のサポートやリフトがスムーズではありません。フェリとボッレは前に組んだことがあるそうですが、とてもそんなふうには思えないほどぎこちなかったです。

  ボッレがフェリについていけず、フェリの表現力の見事さばかりが一人歩きしていたという印象でした。私としては、これが生フェリのジュリエットを観る最初で最後の機会だったので、もっとふたりのバランスがつりあっていれば、さぞ感動できたろうに、と残念でした。でもいい記念になりました。

  「マーラー交響曲第3番」、振付はジョン・ノイマイヤー、ダンサーはシルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアプコ。会場のアンケートで、「良かった作品」の第2位に書きました。

   アッツォーニは赤い袖なしで足首まであるレオタード、リアプコは上半身は裸で肌色のタイツを穿いていました。最初にアッツォーニだけが踊って、途中からリアプコと一緒に踊ります。実に!実にきれいな振付でした。

  クラシックですが、現代のクラシックとでもいうのか、クラシック・バレエの動きから古くさくて野暮ったい要素をいっさい取り去って、ダンサーの身体、特に伸ばした手足の美しさを強調した、すっきりした清潔感のある美しい踊りでした。中庸というか、お約束の振りにしがみつかず、かといって奇矯にも走らず、清涼な水という印象でした。

  これを踊ったシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアプコはすばらしいダンサーでした。身体能力は高く、振りはスムーズに移行するし、組んで踊るときの息もバッチリ合っていました。

  「白鳥の湖」よりグラン・アダージョ。ダンサーはジュリー・ケント、マルセロ・ゴメス。う~ん、なんといえばいいのか・・・よかったですよ。ただ、ケントはそんなに強い印象を残しませんでした。ゴメスに至っては記憶のカケラもありません(ごめんなさい)。

  「ヘルマン・シュメルマン」、振付はウィリアム・フォーサイス、ダンサーはアリシア・アマトリアン、ロバート・テューズリー。「良かった作品」第3位に書きました。

  アマトリアンはシースルーの黒いTシャツに黒いパンツ、テューズリーは紺色のTシャツに黒のズボン姿で登場します。ソロで踊り始めたアマトリアンの、その身体の驚異的な柔らかさにびっくりしました。脚なんか180度以上も開きます。しかも振付が、限界ギリギリまで開かせるのです。相変わらず人体の神秘というか、人間の体が螺旋階段のようにねじられていきます。

  テューズリーに関しては、私はこの「ヘルマン・シュメルマン」を見て、はじめて彼は優れたダンサーだと感じました。古典作品よりは、コンテンポラリー作品のほうが圧倒的に向いていると思います。複雑な動きをしなやかにこなし、ダイナミックな回転や跳躍をやってのけ、本当にすばらしかったです。

  途中から男女ともに例の黄色いミニスカートを穿いて登場します。テューズリーは残念ながら、下に黒いショートパンツを穿いていました。アマトリアンとテューズリーのパートナーシップも完璧で、ああいう完璧に息の合った踊りを見るのは実に楽しいものです。

  「エクセルシオール」より最終場のパ・ド・ドゥ、ダンサーはモニカ・ペレーゴ、ロベルト・ボッレ。アンケートに「良くなかった作品」の欄があったら、でっかい字で書いてやりたいくらい悪趣味で下らない作品です。

  ほとんどパンツ一丁の(←奴隷の役なので)ボッレが、筋肉美を惜しげもなくさらしながら、ばんばん威勢良くジャンプして回転しまくります。片膝をついて着地するときに上半身をぐっと反らすのは彼の癖でしょうか。カッコいいですけどね。

  そこへ白い長いスカートのチュチュを着たペレーゴが現れて踊ります。胸に赤い十字のマークがありました(←自由の女神の役なので)。構成はアダージョ、男女ヴァリエーション、コーダという構成をちょっと崩して、男女のヴァリエーションの最後でもう片方が現れて一緒に踊る、というものでした。

  奴隷が自由の女神の導きによって自由を手に入れる、というストーリーだそうです。こんな作品は、もう二度と観たくありません。

  「オセロ」より最終場のパ・ド・ドゥ。振付はラー・ルボヴィッチ、ダンサーはアレッサンドラ・フェリ、マルセロ・ゴメス。「良かった作品」の第1位。これはぜひ全幕を観たい作品です。

  オセロがデズデモナを殺す有名なシーンです。振付はすばらしく、オセロの愛憎が交錯する心情と、自分を殺そうと迫る夫に怯えながらも、オセロへの愛を貫いて死を受け入れるデズデモナの心が表現されていました。振付の印象はマクミランによく似ています。ただ、マクミランほどクラシックぽくないです。

  フェリは今年になって初めてデズデモナの役を踊ったそうですが、とてもそんなふうにはみえませんでした。またすばらしかったのが、マルセロ・ゴメスのサポートとリフトです。フェリの圧倒的な表現力に一歩も退かず、フェリとともに「オセロ」の凄絶なラスト・シーンを踊りによって完璧に演じていました。鬼気迫る壮絶な情景でした。    
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