ルグリズブートキャンプ(3)

  金曜日(10日)のAプロが終わったのが夜の9時45分ごろ、それから友人とご飯を食べておしゃべりし、部屋に帰ったのは日付が変わった午前0時過ぎでした。

  「タモリ倶楽部」(東京の「聴き鉄」ポイント紹介)を観てからお風呂に入って、忘れないうちにとこのブログの日記を書いて、眠ったのが午前3時半ごろ。

  朝は8時半に起き、今日も暑くなりそうだな~、と思いつつ布団を干しました。

  朝食を食べて、しばらくボーっとして、それから出かける準備に取りかかりました。午前11時から「ルグリと輝ける仲間たち」公開クラス・レッスンがあって、それを観に行くためです。

  「クラス・レッスン」とは具体的に何をするのか知らなかったのですが、練習には違いありません。練習を見物されるなんて、ダンサーたちにとっては迷惑千万なことでしょうが、観客にとっては千載一遇の機会です。舞台はお金を出せば観られますが、練習はそうではありませんから。

  クラス・レッスンは11時からですが、入場受付開始の10時半にゆうぽうとに行きました。レッスンが始まる11時ぴったりにダンサーたちがやって来るわけはない、きっと幾人かはすでに来ているだろう、と思ったからです。

  10時45分にホール内に入ることができました。見学する席はあらかじめ決められていましたが、前から5列目くらいの通路に白いテープが張り渡してあって、それよりも前の席には行けないようになっていました。

  思ったとおり、舞台上にはもう何人かダンサーがいて、各々ストレッチをしていました。移動式の練習用バーが何本も並べられています。公演ならば、「さあ、見せてもらうわよ~」という横柄な気持ちになります。が、練習となると、「すみません、ご迷惑でしょうが見せて下さい」という申し訳ない気持ちになります。

  実際、ぞろぞろと入ってきた観客たちを見て、ダンサーたちはちょっと戸惑ったような表情をしていました。彼らはストレッチを続けながらおしゃべりしていましたが、たぶん「レッスンを見られるなんてやだよね~」とか話していたのだろうなあ。

  ダンサーたちのストレッチはそれぞれが違っていました。あおむけに寝転んでいろんな形に脚を上げ、そのたびに足の裏に紐を引っかけて引っ張っているダンサーがいました。マチュー・ガニオでした。観客がホールに入ったときには、ガニオはすでに舞台の上にいて、こうしたストレッチをしていました。

  ガニオの向かいにアクセル・イボがやって来て、ガニオとさかんに話しながらストレッチを始めました。あぐらを組んだ脚を床にぴったりとくっつけたり、180度開いた脚を床に着けたまま床にうつぶせたり、でんぐり返しのような格好をして脚を伸ばしたりしていました。ガニオやアクセル君のストレッチを見ていて、今さらながらに「柔らかいな~」と驚きました。

  マチュー・ガニオとアクセル・イボはずいぶんと仲が良いようで、ずっとしゃべっていました。でも、それぞれが軟体アクロバットみたいなものすごいポーズを取ったまま平然としゃべり続けているので、傍目に見ていて可笑しかったです。

  いつのまにかマニュエル・ルグリも来ていました。ダンサーたちの中に融け込んじゃっていて、地味で目立たない、ぜんぜん普通のお兄さんでした。すごいぶっくりした布製のシューズを履いていました。足を保護するシューズでしょうか。

  ダンサーたちは総じて上下ともすごい厚着でしたが、足はルグリのようにぶっくりした厚いシューズを履いている人もいれば、普通のバレエ・シューズを履いている人もいれば、アクセル君のように裸足の人もいました。

  確実にいたのはマニュエル・ルグリ、マチュー・ガニオ、エレオノーラ・アバニャート、メラニー・ユレル、ミリアム・ウルド=ブラーム、マチルド・フルステー、ローラ・エッケ、オドリック・べザール、マチアス・エイマン、アクセル・イボ、グレゴリー・ドミニャック、マルク・モローです。

  誰だか分からなかったのが、青いTシャツにグレーの肩紐つきのズボンを穿いていた男性ダンサーで、彼はずっとルグリの向かいにいました。ローラン・イレールか、またはバンジャマン・ペッシュでしょうか。あとはカラフルなレッグ・ウォーマーを穿いていた女性ダンサーがいて、これはドロテ・ジルベールかシャルリーヌ・ジザンダネかなあ。私はパリ・オペラ座バレエ団についてはほとんど何も知らないので、アホな間違いをしているようならすみません。

  確実にいなかったのはモニク・ルディエール、いたかいなかったか分からないのはステファン・ビュヨンです。

  公演のときに薄い生地の衣装を着て、長身で大きく見えたダンサーたちは、みなそんなに背が高いというわけではなく、しかもぶ厚い練習着姿なのに、非常にほっそりとしていました。エレオノーラ・アバニャート、メラニー・ユレル、ミリアム・ウルド=ブラームなんか、あまりに小さくて細くて、最初は誰だか分かりませんでした。公演のときにも小柄で細身だった女性ダンサー、マチルド・フルステーは、全身を厚いジャージで包んでいても、それでも折れんばかりに細かったです。

  左端のバーに陣取っていたのは、ルグリ、青いTシャツの男性ダンサー、ミリアム・ウルド=ブラーム、グレゴリー・ドミニャックなどで、その右隣のバーにはローラ・エッケ、メラニー・ユレル、マチルド・フルステー、カラフルなレッグウォーマーの女性ダンサーがいました。その右隣のバーにはマチュー・ガニオ、アクセル・イボ、マチアス・エイマン、マルク・モロー、エレオノーラ・アバニャートがいて、右端のバーの奥には(たぶん)オドリック・べザールが1人で黙々とストレッチに励んでいました。

  やがてNBS側から観客に注意のアナウンスがありました。しゃべらないこと、写真撮影や録画は厳禁であることと、また「ルグリ側からの注意」として、クラス・レッスンは華麗な技を見せるためのものではなく、ダンサーが公演前に各々の体を調整するためのものであって、あるときは参加したり、あるときは抜けたりするものであることがアナウンスされました。

  前の列の通路に張り渡されていた「立ち入り禁止」のテープ、そしてこのアナウンスで、基本的に(日本人)観客は信用されていないし、常識知らずな上に物知らずだと思われているのだな、とちょっと寂しく感じました。まあ仕方ないですね。

  それからレッスンが始まりました。教師はローラン・ノヴィ(レペティトゥール、教師)でした。てっきりルグリがやるのかと思っていたので意外でした。  

  ダンサーたちはみな立ち上がってバーに片手をかけました。ピアノの音楽に合わせて、片腕と片脚を動かしていきます。ノヴィ先生はダンサーたちの間をゆっくりと見回って歩いていました。

  基本的には同じ動きなのですが、ダンサーの上体や腕を上げ下げするタイミングはまったく同じというわけではありません。群舞ではないのですから、各々が自分なりのペースでやればいいようです。

  最初は足や爪先を細かく動かす練習から入り、それから徐々に大きな動きに移っていきました。片脚をまっすぐに伸ばしたり、高く上げたりします。途中でバーがすべて舞台上から取り去られました。

  すると、ノヴィ先生が手や足の動きを交えて何かを説明していました。数をかぞえながら小さくステップを踏んでいます。こう踊りなさい、と指示しているようです。ピアノが鳴ると、ダンサーたちは一斉にノヴィ先生に言われた動きで踊り始めました。途中で動きが止まる人はまったくいません。言われた動きと順番を一発で覚えられるようです。

  ノヴィ先生が短い踊りを指示し、ダンサーたちが言われたとおりに踊る、ということが何度も繰り返されました。練習が進むにつれて、それらの短い踊りの中に舞台で目にする動きが多くなっていきました。ダンサーたちは時間を見つけては着ていた練習着を脱ぎ捨てていきました。彼らのほとんどが何枚も重ね着していて、たとえばルグリは上下のジャージを二枚重ねで着ていたのです(しかも紺のジャージの下に真っ赤なジャージ)。

  ルグリはおとなしく素直にノヴィ先生の指示した短い踊りを踊って練習していました。スターであっても、また座長であっても、レッスンではあくまで一ダンサーとして真面目に謙虚に取り組むのだな、と感心しました。

  更にレッスンは進行し、2~3人のグループに分かれての大技練習に入りました。女性たちはトゥ・シューズに履き替えました。様々なタイプのジャンプ、回転の練習が行なわれていきます。みな、まったくといっていいほどミスがありません。まるでパ・ド・ドゥのヴァリエーションを観ているような気になってきました。ただし、ルグリはここからの練習には参加せずに抜けたようです。

  最後に男性たちはなんと舞台を回転ジャンプしながら一周する練習をしていました。途中、マチアス・エイマンが回転ジャンプをしながら舞台を横断し、最後にまた高く跳んで回転して、きれいに着地しました。見ていたダンサーたちがふざけて拍手しました。つられて観客も拍手しました。一方、女性たちはグラン・フェッテの練習です。レッスンもそろそろコーダに入ったようです。

  ノヴィ先生がまた指示しました。すると、ダンサーたちはゆるやかに回ったかと思うと、男性は立ったまま、女性は片膝をついて、客席に向かってお辞儀をしました。ノヴィ先生とダンサーたちのスペシャル・サービスのようです。彼らの意図を察した観客は一斉に拍手しました。

  幕が下りかけ、ダンサーたちは舞台から引き上げながら、観客に向かって手を振ってくれました。部外者に見られてさぞ練習しづらかったろうに、特別に「お辞儀練習」までしてくれて、最後には手も振ってくれて、とても嬉しかったです。

  バレエのレッスンなんてめったに見られるものではないし、しかもパリ・オペラ座バレエ団のダンサーたちのレッスンを見られたのですから、いい思い出になりました。

  そうそう、真面目な表情で勤勉に練習に取り組んでいたルグリも印象的でしたが、それ以上に印象に残ったのがマチュー・ガニオでした。もちろん彼もきちんと練習しているのですが、何がそんなに笑えたのか、練習の間じゅう、面白くてたまらない、といった笑いをしきりに浮かべていました。その笑顔が実に天真爛漫というか無邪気というか、とても感じの良い子でした。  
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