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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

共生について考える

2013年10月15日 14時20分24秒 | えいこう語る
1月前、私の庭に3匹の黒い子猫がいた。
野良猫の赤ちゃんだろうが、とても愛くるしい顔で私のそばによってくる。
野良だけに一定の距離をおいて、私をじっと見つめている。
「餌をクダチャイ!」目がそう語っているようだ。
かわいさのあまり餌付けをすると、住み着いてしまい家にも上がってくるに違いない。知らん顔の半兵衛を決め込むと、いつの間にか姿が見えなくなった。
昨日、店が休みだったので、本年度最後の庭の草刈をしようと外に出た。向こうから鼻歌でも歌っているような軽快な足取りで、狐が歩いてきた。私を見るとぎょっと驚き、横っ飛びすると海岸の方に走り去った。
※庭に木は、まだ緑が鮮やかだ。


最近、近所をうろついているやせ狐だ。毛並みの乱れややせ細りの状態から、病身の狐に見える。近所の人もそんなうわさをしている。
子猫はたぶん狐に狙われたに違いない。
以前、狐が海岸に現れたのでその後を追っていったら、海草を食べていたのを目撃したことがある。海草で栄養補給しているに違いない。
狐も鹿も、住宅地まで現れるようになった。
特に鹿の農作物や花の被害は、後を絶たない。
さて、山の神の話題だが、今年も熊の主食だといわれるドングリの生育が悪いようだ。
先日隣町で、ヤマブドウ採りに出かけた男性が、熊と遭遇して怪我をした。普通は殺されるが、運がよかったとしか言いようがない。
その熊かどうか知らないが、先日少し離れた山で、熊が射殺されたと新聞に出ていた。
その場所は、私が若いころ勤務していたゴルフ場の、隣りのゴルフ場の近くだ。
当時、オープンしたてのゴルフ場には、熊の出没の形跡がよく発見された。地元のお年よりは、隣のゴルフ場と私のゴルフ場の一番山に近いコースは、熊の通り道だと話していた。
そこにはヤマブドウやキノコがたくさんあり、秋にはキャディーさんがOBのボールを捜しに林に中に入ると、キノコをたくさんとってきて私もいただいたものだ。
熊が先祖代々住んでいた土地に、人間が侵入したのだ。
野生の動物たちとの共生は「里山」を作ればいいという。そこが結界となり住み分けができるそうだ。
先日、私の村出身で、東京に住んでいる夫婦がやってきた。
ご主人は半世紀近くも都会暮らしで、奥さんは東京生まれだ。
奥さんは、山歩きが好きだというので、ご主人は子供の時分、山でキノコ採った思い出を蘇らせ、キノコ採りに出かけると言い出した。
「熊に食い殺されるからやめなさい」と、キノコ採取を断念させた。
私のおばも77歳なのに、昨日の祭日、村にそびえる活火山“恵山”に孫と登った。おばは亡くなった主人と何度も登っていて、熊が来ない山だということは知っているのだ。
明治の初頭まで、北海道は、鹿・熊・狼の土地だった。
開拓政策が、それらの土地を奪ってしまった。
戦後でいえば「日本列島改造計画」で、「地方の時代」が始まるが、それがさらに野生の動物たちの土地を侵略することになったのだろう。
熊の射殺記事には開拓時代の人間の思いがいまだ残ってるような気がする。
共生の心や思いやる心が感じられないのには、いつも違和感を覚える。