元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「天才作家の妻 40年目の真実」

2019-02-09 06:26:07 | 映画の感想(た行)

 (原題:THE WIFE)感服した。非凡な題材に、先の読めない展開。見事なラストの扱い。加えて、キャストのパフォーマンスの素晴らしさは観る者を圧倒する。まさしくプロの仕事で、鑑賞後の印象は上々だ。

 コネチカット州に住む老作家ジョゼフ・キャッスルマンのもとに、スウェーデン・アカデミーからノーベル文学賞を授けるとの知らせが届く。妻のジョーンと共に大喜びするジョセフは、友人や教え子らの前で妻に感謝の言葉を告げる。息子のデイヴィッドと共にストックホルムを訪れた2人だが、ジャーリストのナサニエルの出現で祝賀ムードに暗雲が立ちこめる。

 ジョゼフの伝記本を書こうとしているナサニエルは、ジョセフが前妻と別れてジョーンと一緒になる前は、三流の作家に過ぎなかったことを突き止めていた。つまり、ジョセフが著した数々の傑作は、ジョーンの手によるものではないのか・・・・という推論をナサニエルは彼女に披露する。しかも、ジョセフは若い頃から手の付けられない浮気者で、前のカミさんは旦那をジョーンに押し付けることが出来て清々しているという。そんな疑惑を内包しつつも、授賞式には夫妻は華やかに正装し、人生の晴れ舞台に臨むのであった。

 ノーベル賞という権威あるアワードをネタに、これだけスキャンダラスな話を提示するという、作者の度胸にまず感心する。キャッスルマン夫妻が結婚した当時には、出版界に女性蔑視の風潮が蔓延っていた。そんな現実に失望し、夫の“手伝い”をしているうちに作品が売れてしまう。不本意な境遇に約40年も甘んじていたジョーンだが、夫のノーベル賞獲得を前に、積年の鬱屈が表面化してくる。

 一方のジョセフも妻に対する長年のコンプレックスが頭をもたげ、夫婦は一触即発の状態になる。さらにデイヴィッドは駆け出しの作家でもあったが、父の名声が重圧になり、自分らしい生き方が出来ない。各人の思惑が絡み合い、そのままクライマックスの授賞式へと雪崩れ込み、その後にまた大きな見せ場を用意するという、脚本のジェーン・アンダーソンと監督のビョルン・ルンゲが仕掛ける怒濤のドラマに息つく暇も無い。

 表現者の矜持と家族の肖像、虚飾に満ちてはいるが、一般世間的には確かな成果を上げてきた作家が出した“結論”とその顛末には、有無をも言わせぬ説得力がある。出演陣は皆良い仕事をしているが、中でもジョーン役のグレン・クローズは、このベテランの総決算的な名演を見せる。

 ジョセフに扮したジョナサン・プライスの海千山千ぶり。クリスチャン・スレーターやマックス・アイアンズ等の脇の面子も良い。若い頃のジョーンを演じているのがクローズの娘のアニー・スタークというのも嬉しい。ジョスリン・プークによる効果的な音楽、時折挿入される手持ちカメラがインパクトが大きいウルフ・ブラントースの撮影など、スタッフの質も揃っている。
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「ナイト・オン・ザ・プラネット」

2019-02-08 06:38:18 | 映画の感想(な行)
 (原題:NIGHT ON EARTH)91年作品。ジム・ジャームッシュ監督は、出世作「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(84年)まではセリフを抑えたストイックな作風が目立っていたが、ロベルト・ベニーニに出会った「ダウン・バイ・ロー」(86年)からは登場人物によく喋らせるようになった。それを“進化”と受け取るか、あるいは“変節”と捉えるかは、観る者の自由だ。ただし、個人的にはそれからこの作家に興味を失っていったのは確かである。



 ロスアンジェルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台に、タクシードライバーと乗客の人間模様を描いたオムニバスものだ。出てくるキャラクターは面白い。キャスティングも実に多彩だ。ウィノナ・ライダーにジーナ・ローランズ、アーミン・ミューラー=スタール、ジャンカルロ・エスポジート、ベアトリス・ダル、マッティ・ペロンパー、そしてもちろんロベルト・ベニーニも出てくる。

 何よりタクシーという限られた空間で、たぶん今後は二度と出会わないであろう運転手と客との束の間の触れ合いを展開する、その設定が興味深い。しかも、監督はアメリカ人ながら、俳優たちは各々母国語で喋る(現地の演出家たちが協力したらしい)。

 各エピソードは凝っていて、道も知らないのにニューヨークのタクシードライバーになった者が巻き起こす珍騒動とか、視覚障害者ながら道順を的確に指図する若い女、客の神父相手に勝手に懺悔を始めるヤクザな運転手など、それぞれ楽しませてくれる。

 だが、どうにも“思いつき”で作られた話であるとの印象も拭えない。無国籍的なカオスは、やはりカオスのまま放り出されて、決着が付くことはないのだ。オムニバス形式にしたのも、断片的なモチーフを並べるのに相応しいと踏んだからだろう。だから、観ている間は退屈しないが、鑑賞後はあまり印象に残らない。結局、一番興味を覚えたのがトム・ウェイツによる音楽だった。

 ジャームッシュの映画にはこの後長い間疎遠になったのだが、近作「パターソン」(2016年)で久々に彼の作品に接したら、良い感じに“熟成”していて満足したことを覚えている。映像作家はキャリアを積み重ねるたびにタッチが変わっていくのは当然。一度は敬遠するようになった監督も、時間を空けてその作品を観てみると、印象が変わる場合もある。こういう展開も映画鑑賞の醍醐味なのだろう。
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「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」

2019-02-04 06:27:16 | 映画の感想(ら行)

 (原題:REBEL IN THE RYE)J・D・サリンジャーの半生を要領良く紹介しているという意味では、存在価値のある映画だと思う。ただし、私は彼の著作を全然読んでいないし、今のところ読む予定も無い。斯様に題材に対する思い入れは持ち合わせていない以上、映画に関しても“引いた”立場で眺めるしかない。

 1939年、退学を繰り返していた20歳のジェローム・デイヴィッド・サリンジャーは、本格的に作家への道を歩むためコロンビア大学の創作学科に編入する。担当教授のウィット・バーネットは彼の才能を見抜き、何かとアドバイスしてくれた。短編小説を書き始めるジェロームだったが、何度も出版社へ売り込むも不採用。それでもようやく文芸誌への掲載が決定するが、第二次大戦が勃発して取り消されてしまう。

 やがて召集によりヨーロッパ戦線に送られたジェロームだったが、筆舌に尽くしがたい数々の悲惨な出来事を経験し、終戦後に帰国しても精神的後遺症に悩まされることになる。そでも初長編「ライ麦畑でつかまえて」を書き上げ、これが高く評価されて成功を収める。だが、静かな生活を望むジェロームは、次第に発表する作品数を減らしていくのであった。ケネス・スラウェンスキーによるノンフィクション「サリンジャー 生涯91年の真実」の映画化だ。

 冒頭“サリンジャーには興味は無い”と書いたが、映画としては門外漢であっても引き込んでしまうほどの訴求力があればそれで良い。しかし、本作にはそういうパワフルな作劇は見当たらない。事実を平易に並べるだけである。これでは幅広く興趣を喚起することは出来ないであろう。

 それでも、ウィットの造型については興味を覚えた。教員としては優秀だが、本業の傍ら営んでいた雑誌出版の仕事は上手くいかない。ジェロームと何とか関係を保とうとするが、その結末は切ない。演じるケヴィン・スペイシーが失意の初老の男の悲哀を上手く表現していた。一方、サリンジャーに扮するニコラス・ホルトの演技は破綻は無いが、こちらに迫ってくる熱いパッションは希薄だ。

 ダニー・ストロングの演出はスムーズながら、盛り上がりには欠ける。ただ個人的にびっくりしたのは、ジェロームと恋仲だったウーナ・オニールが彼と別れた後、あのチャップリンと結婚したことだ。もちろんこれは史実だが、年齢差をものともせずに若い嫁さんをゲットした喜劇王のバイタリティには感服せざるを得ない。
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「アイズ」

2019-02-03 06:28:37 | 映画の感想(あ行)

 (原題:Eyes of Laura Mars)同名の映画が複数あるが、ここで書くのは78年製作のアメリカ映画だ。脚本がジョン・カーペンターなので、映画ファンならばある程度は期待するだろう。しかし、実際は平凡なサスペンス劇。まあ、監督のアーヴィン・カーシュナーの力量を考えると、それも仕方ないと言える。ただし、キャスティングと映像そして音楽にはチェックすべきポイントはあり、その点は納得出来た。

 ニューヨークのファッション業界で活躍するカメラマンのローラは、写真集や展示会の高評価によってキャリアの絶頂にあった。そんな時、写真集の編集担当者のドリスが何者かに殺される。ローラはそのニュースを聞いて愕然とする。なぜなら、彼女は前の晩にそれと同じような夢をみていたからだ。

 またある日には、カメラのファインダーを覗いていた彼女は誰かが殺される幻影を見る。すると今度はスタジオの支配人エレーヌが絞殺される。警察はこれらが同一人物の犯行と見て関係者を取り調べるが、それぞれがアリバイがあって特定出来ない。そんな状態をあざ笑うかのように、犠牲者は増えていく。担当刑事のネヴィルは、ローラの見た幻想が事件を予言していたという事実に興味を示す。

 ローラがどうして“予知能力”を持つに至ったのか、最後まで分からない。別に説明的セリフで粉飾する必要は無いが、それらしく体裁を整えて欲しいものだ(彼女が撮るフォトが過激なものだから・・・・というのは理由にもなっていない)。また、勘が鋭い観客ならば、前半で犯人は見当が付く。ならばその動機はといえば、まさに取って付けたようなもので、説得力に欠ける。従って、ラストのカタルシスも無い。

 しかしながら、主人公の職業柄、ファッショナブルでカラフルな場面が頻繁に出てくるのは悪くない。衣装デザインはセオニ・V・アルドリッジが担当しているが、これが(公開当時としては)めっぽう良かった。しかも、バックに流れるサウンドが絶妙で(音楽担当アーティ・ケーン)、なかなか見せてくれる。

 主演のフェイ・ダナウェイは、この頃は人気絶頂で、まさにスターのオーラが輝いている。さらにネヴィルに扮していたのがトミー・リー・ジョーンズで、当時は若手ながらふてぶてしい雰囲気は健在だ(笑)。バーブラ・ストライサンドによる主題歌も良いし、鑑賞後の印象はそれほど悪いものではない。
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「チワワちゃん」

2019-02-02 06:30:55 | 映画の感想(た行)

 楽しく観ることができた。もっとも、軽佻浮薄なエクステリアに対して拒否反応を示す観客も多いと思うので、幅広くは奨められない。だが、背後にある作者の確固たる視点と主張には共感する。オフビートかつシリアスな青春映画として評価したい。

 夜ごと遊び回る大学生を中心としたグループに、チワワと名乗る若い女が突然強引に参加する。彼女はその吹っ切れた言動で、たちまちグループ内のマスコット的存在になる。ある晩、政治家への闇献金の600万円を持ったままクラブに来店したゼネコン幹部から、チワワは金を強奪しようとする。派手な追いかけっこの末に金を手に入れたグループの面々は、その金で熱海まで繰り出して豪遊する。

 だが、金が底をつき、彼らは日常に戻ると、以前のように頻繁に会うことは無くなった。そんなある日、チワワがバラバラ遺体となって東京湾で発見されるというニュースが流れる。残りのメンバー達はそれぞれが彼女との思い出を語るのだが、気が付いてみると、誰もチワワの本名や境遇を知らないのだった。岡崎京子が94年に発表した短編コミック(私は未読)の映画化である。

 映画はメンバーの一人であるミキが、チワワの死後に狂言回し的な役どころで他の連中にチワワとの関係を聞き出していくという形式で進む。彼らの話の中から浮き上がってくるチワワ像は、とにかく“完璧”に近いということだ。

 ルックスはもとより、かなりの芸達者。グループに加入する前も、メンバーと疎遠になった後も、芸能界にしっかりとコミットし、モデルや歌手としてのオファーが絶えない。表情や仕草はキュートで、無鉄砲な振る舞いも、実に絵になる。しかも気取ったところが無く、料理の腕は一流だ。言うなればこれは、ミキ達(および作者)の考える“若さ”のメタファーであろう。

 若さは免罪符であり、若ければ誰でもチワワのように無敵で万能。先のことなど考える必要は無い。しかし、いつかは時間と経験が積み重なり、若さは消えていく。その厳しい現実に、儚く去っていったチワワの姿を重ね合わせるとき、切ない感慨が湧き上がってくる。

 二宮健の演出は極彩色の画面をバックに、うねるようなグルーヴを伴って展開する。ヘタすれば悪趣味に終わるところだが、まるで違和感を覚えない。これは一種の才能だろう。キャストの中ではミキを演じる門脇麦が光る。さすがの演技力で、彼女が映画の中心にいる限り、破綻することは無いと思わせる。

 成田凌や寛一郎、玉城ティナ、村上虹郎、松本穂香、栗山千明など、他の面子も良好。浅野忠信が相変わらずの変態ぶりを見せつけているのも嬉しい(笑)。そして本作の一番の収穫は、チワワに扮する吉田志織である。外見は可愛いが、その裏にある狂気性を醸し出し、まさに圧巻。今年度の新人賞の有力候補だ。
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「追いつめられて」

2019-02-01 06:36:10 | 映画の感想(あ行)
 (原題:No Way Out)87年作品。ペンタゴンを舞台にしているのでポリティカル・サスペンスと思われがちだが、これは下世話なメロドラマに近い。しかし、筋書きは良く練られており、何より“意外な結末ベストテン”(?)にランクイン出来るほどのラストの扱いはインパクトが大きい。観て損のないシャシンだと思う。

 人命救助の功績によって米国防総省に転属になったトム・ファレル海軍中佐は、前の勤務地で知り合ったスーザンと再会。たちまち2人は良い仲になる。だが、実は彼女はプライス長官の愛人だった。スーザンの浮気に気付いた長官は彼女を暴力的に問い詰めるが、勢い余ってスーザンを殺害してしまう。愛人の浮気の相手が誰だか知らないプライスは、本人を特定させると共に、ついでにそいつがソ連のスパイだということにして、始末してしまおうと画策する。1948年製作の「大時計」のリメイクだが、筋書きや設定は変更になっている。



 たかだか痴情の縺れを一省庁を巻き込んだスキャンダルにしてしまう長官の小物ぶりには、呆れつつも笑ってしまう。斯様なトラブルに関わってしまったトムこそ良い面の皮だが、何度ピンチに陥っても紙一重でかわしていくフットワークの軽さは痛快だ。

 ロジャー・ドナルドソンの演出はテンポが良く、あれよあれよという間に驚天動地の(?)ラストまで観客を引っ張っていく。また、トムとスーザンとのアヴァンチュールは、80年代っぽい大仰な描写で楽しめる。トムに扮しているのがケヴィン・コスナーだというのがミソで、同年製作された「アンタッチャブル」の役柄を逆手に取ったようなキャラクター設定には感心するばかりだ。

 プライス役のジーン・ハックマンは憎々しい悪役を余裕で演じているし、ウィル・パットンやハワード・バフ等の他の面子も万全。スーザンに扮したのはショーン・ヤングで、彼女としては珍しく“ヒロイン然としたヒロイン”(謎 ^^;)を演じているが、前半で早々に姿を消してしまうのは何とも皮肉だ。音楽にモーリス・ジャール、撮影にジョン・オルコットという手練れのスタッフを配しているのも興味深い。
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