(原題:A Single Man)ていねいに作ってはいるが、どうにも素人臭さが気になってしまう。メガホンを取っているのはファッション・デザイナーのトム・フォードで、これが監督デビュー作だ。私は彼については何も知らなかったのだが、有名どころのブランドで重要ポストを歴任し、今は自身のデザイン事務所を立ち上げて活動の幅を世界的に広げている著名人らしい。
1962年のロスアンジェルス。大学の教員であるジョージは同性愛者で、最近16年間も付き合った“恋人”を事故で亡くして絶望の淵にいる。とうとう死を決意した彼は、周到な準備の元に“最後の一日”を迎えることにする。
本作を観て真っ先に思い出したのはルイ・マル監督の「鬼火」(63年)である。あの映画も孤独感に悩む主人公(モーリス・ロネ)が最後に過ごす一日を追っていたが、孤独とは名ばかりで実は彼には友人・知人がけっこういて、しかも彼を心配してくれている。それでも自殺しようとするのだから、何とも身勝手な奴だと憤慨したものだ(笑)。
対してこの映画は、ゲイである主人公にとって自ずから人間関係は一般人よりも狭くなっている。しかも、同性愛者に対する偏見が強かった60年代だ。この設定は観ていて納得出来る。
しかし、フォード監督の演出タッチはキレが悪い。テンポも遅い。演出するのは初めてなのでジックリ行こうと思っているのは分かるのだが、かえってスキルのなさを露呈させてしまった。
また、異業種参入監督にありがちな“映像派気取り”のシークエンスの多用も興醒めである。冒頭と中途に挿入される長い水中シーンや、意味もなくカラーとモノクロを混在させるあたり、撮っている本人はさぞかし気持ちが良かったのだろうが、観ている方はまったく愉快になれない。ゲイを扱っていながら、セクシャルな生々しさが希薄なのも不満だ。素材に対して及び腰になっていると思われても仕方がない。
それでも何とか最後まで観ていられたのは、キャストが頑張っていたからだ。主演のコリン・ファースは、平静を装いながらも内心どうしようもない空虚さを抱えた男を好演している。
その女友達(主人公の昔の恋人)に扮したジュリアン・ムーアも、人生を投げてしまったような鬱屈が透けて見える妙演だ。俳優のパフォーマンスを味わう映画だと思えば、まあ許せる映画なのかもしれない。梅林茂の音楽も透明感に溢れていて効果的だ。