元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

田山花袋「蒲団」

2017-07-07 06:30:48 | 読書感想文
 明治40年に発表され、文学史のテキストには“自然主義の先駆けとなった記念碑的作品”とかいう紹介文が載っている著名な小説だ。当然のことながら、誰しも若い頃にチェックしておくべき書物だが、私が読んだのはつい最近である(笑)。100年以上前に書かれた小説ながら、作品としては面白い。青年期ではなく年齢を重ねた時点で読んでみるのも、味わい深いものがある。

 作家の竹中時雄は30歳代半ば。妻と3人の子供と一緒に東京に住んでおり、仕事もコンスタントに依頼され、一見何の不満もない生活を送っている。ある時、横山芳子という女学生から“弟子にして欲しい”との連絡を受ける。初めは気が乗らなかった時雄だったが、芳子と手紙をやりとりするうちに、彼女がけっこう見込みのある人材であることが分かる。



 そして弟子入りを許可されて上京してきた芳子に会った時雄は、年甲斐もなく胸のときめきを覚えるのであった。折しも妻とは倦怠期にあり、芳子と一緒にいることが時雄にとって何よりの楽しみとなる。だが、芳子の恋人である田中秀夫が学業を放り出して上京してくるに及び、時雄は微妙な立場に追いやられる。

 30歳代半ばの男といえば、今ならば“青年”のカテゴリーに入るのかもしれないが、当時としては分別が付いているはずの立派な中年で、有り体に言えば“おっさん”である。その“おっさん”が若い娘に心を奪われて悶々とする。しかも、自分からは決して相手にゾッコンであるという素振りを見せず、保護者面して巧妙に“恋敵”から芳子を遠ざけようと画策する。そのみっともなさが素晴らしく面白い(笑)。主人公がいろいろと姑息な手段を講じた挙句、自らの狙いとは違う結末を迎えて途方に暮れるラストは最高だ。

 本作は作者の田山の経験を元にしており、時雄の懊悩は書き手の率直な心情の吐露でもある。ここまで書いて良いのかと思うほど、表現は容赦ない。もっとも、これは“リアリズムの衣を被ったエンタテインメント”であることも考えられるが、それを勘案しても一気に読ませる文章力には感心してしまう。幅広い層に面白さを感じさせる作品であるだけに、映画化しても成果が期待出来る。
コメント (2)
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