元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「0.5ミリ」

2015-01-26 06:38:06 | 映画の感想(英数)

 終盤でのヒロインのモノローグが本作のテーマを代弁している。未来が開けている者、若くして挫折した者、いろいろな屈託を抱えて年を重ねてきた者etc.そういう者達が現在同じ時間を共有していることの奇跡、人生の不思議さを活写した映画だ。もちろん、主題をセリフで語らせるのは映画作りの常道からは外れている。しかし、本作は少しばかり説明的なフレーズを挿入したぐらいではビクともしない作劇の堅牢性を保持している。間違いなく近年の日本映画を代表する秀作だ。

 介護ヘルパーの山岸サワは、派遣先の家族から余命幾ばくも無いジイちゃんと一度寝て欲しいと頼まれ、引き受けてしまう。ところが、当日思わぬ大事故が発生し、そのため仕事もお金も住む場所も失うハメに。当て所なく街をさまよう彼女が偶然目にしたのが、カラオケ店で“泊めてくれ”と無理な注文をする老人。

 サワは知り合いのフリをして割って入り、そのジイちゃんとカラオケルームで一晩中歌って盛り上がる。翌朝彼は、サワに感謝の言葉といくらかの小遣いを残して去っていくのだった。これに味をしめた彼女は、孤独でワケありの老人を見かけると彼らの家に居座って世話をやくという“押しかけヘルパー”を始める。ジイちゃん達は最初は困惑するが、介護も家事も完璧にこなすサワに対し、親しみを感じるようになっていく。

 たとえもうすぐ人生を終えようとする者であっても、それまで過ごした時間の中には、矜持や屈託は確実に蓄積されてゆく。それは幾ばくか名を成そうとも、あるいは社会の片隅でひっそりと過ごしていようとも、基本的には一緒だ。サワの言動は彼らの内面の発露の、いわば触媒として機能する。その意味では彼女はメリー・ポピンズのような妖精的存在だ。

 しかしながら、ラストの(冒頭の逸話とリンクする)エピソードに関してはサワの“神通力”はあまり役に立たない。それは、世話をやく対象が老人ではなく自分より年若い者であるためだ。だから彼女は、これからの相手の人生にただ寄り添うしかないのだが、その点も納得出来る。

 反面、内面を表に出さずに陰に籠もったまま最期を迎える者(あるいは残された時間を無為に過ごす者)も確実に存在しているわけで、そういう者達に対してもサワは決定的な存在感を発揮出来ない。だが、それを否定するわけでもない。丸ごと含めた形で肯定しているあたり、惹句になっている“死ぬまで生きよう、どうせだもん”というフレーズが示すように、作者の能動的なスタンスが見て取れる。

 安藤桃子監督の作品を観るのは初めてだが、若さに似合わない主題に対する透徹した視線を有しているのが頼もしい。3時間を超える上映時間を飽きさせずに見せきる力業もさすがだ。監督の妹でもある主演の安藤サクラは最高のパフォーマンスを見せる。彼女がいることで今の邦画界はどれだけ救われていることだろうか。

 津川雅彦や柄本明、草笛光子、井上竜夫、浅田美代子、そして新人の土屋希望といった脇を固める面子の仕事ぶりも素晴らしい。特に感心したのが坂田利夫で、まさに演技は神業的。長年皆を笑わせてきたスキルが全面開示している。クラシック音楽を主体としたBGMや、舞台になった高知県の風情も捨てがたく、これは必見の映画だと言えよう。
コメント
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