元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「日本の悲劇」

2013-12-02 06:31:38 | 映画の感想(な行)

 脚本の詰めが甘い。確かに力のこもった映画ではあるのだが、ここに描かれるのは“悲劇のための悲劇”でしかなく、日常生活の中に潜む陥穽を暴き出すというような、真に観る者を慄然とさせる凄味は感じられない。惜しい出来だと思う。

 元大工で、今はガンで余命幾ばくもない不二男が無理矢理に退院して家に帰ってくる。付き添っているのは一人息子の義男だ。義男はリストラに遭い、一時期精神のバランスを崩したため現在も失職中。別居していた義男の妻子は、実家の気仙沼で震災に巻き込まれて行方不明である。不二男の妻も数年前に世を去り、結局この世に残されたのは父と子だけだ。収入は不二男の年金しかない。

 ある日、不二男は自室の戸を釘で打ち付けて中に閉じこもる。このまま飲まず食わずで“即身仏”になるのだという。義男は出てくるように説得するが、父は頑として受け付けない。暗い部屋の中で、不二男は家族が揃っていた頃を回想するのだった。

 この作品が2010年に足立区で実際に起きた年金不正受給事件を元にしていることを、映画を観た後で知った。なるほど、不二男の行為は自身の死後も義男に年金を渡すためだったのだ。しかし、劇中ではそれは明示されていない。だから観る側としては不二男の行動は腑に落ちないのだ。だいたい、末期ガンの患者がそんなに簡単に退院出来るものなのだろうか。

 いくら失業中であろうと、たとえ親が要介護であろうと、外部にSOSを発信する手段はいくらでもある。たとえば、義男は生活保護の申請ぐらい出来るはずだ。さらに言えば、旦那が職を失えば、取り敢えず妻が生活を支えようとするのではないか。いくら小さい子供を抱えていても、働くことは不可能ではない。しかし、義男の妻はそんな素振りも見せずに実家に帰ってしまう。

 もちろん、実際には誰にも助けを呼べず、そのまま孤独に最期を迎えてしまった者もけっこう存在するし、そんなケースは今後も増えるのかもしれない。けれども、そういう人達には切迫した“事情”があるはずだ。映画で描くべきはその“事情”の方ではなかったか。そこをスッ飛ばして現象面での悲劇の連鎖だけを見せつけられても、それはある意味で御都合主義だろう。

 小林政広の演出は粘り強く、固定カメラで描くモノクロの画面は迫力がある。絶妙な音響効果も忘れがたい。また、不二男役の仲代達矢をはじめ義男に扮する北村一輝、寺島しのぶ、大森暁美と4人しかいないキャストそれぞれが熱演である。特に北村のモノローグには心を動かされた。ただ、斯様に物語の根本的な部分が練り上げられていないため、全体的に空回りしている印象を受ける。
コメント
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