元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「精神」

2009-07-13 06:25:00 | 映画の感想(さ行)

 かなりキツい映画である。岡山市にある、生活保護受給層などの経済的に恵まれないメンタル障害者を対象とした診療所を舞台に、患者たちを定点観測したドキュメンタリー。監督は「選挙」(私は未見)で評判を博した想田和弘だ。

 冒頭、いきなり今にも死にそうな雰囲気を漂わせた若い女のカウンセリングが始まる。聞けば昨日薬を大量摂取したらしい。あやうく三途の川を渡ろうとした彼女だが、その境遇は友人たち(おそらく同じ病を持つ者)が次々に死んでいき、生きてゆく価値がまったく見出せない。おそらくはこれから何度も同じ事を繰り返すのだろう。世の中にたった一人取り残されたような絶望を、医師をはじめとする診療所のスタッフは何とかしようとするのだろうが、この状態を見せつけられると見通しは明るいとは言い難い。

 次々と登場する患者達は、自分たちの苦しみを切々と訴える。それも過剰なほど饒舌だ。しかし、しゃべればしゃべるほど、彼らと健常者との距離を感じるばかり。最もヤバいと思ったのは、家に帰ると“ヘンな声が聞こえる”とかで診療所の宿泊施設に泊まっている女の独白だ。

 重大な刑事事件と思われる事実を、さほど深刻なことでもないような口調で淡々と述べる。このような人間が存在するということ自体が衝撃だが、それ以前に彼女の持つ“世界観”がどのような形態をしているのかほとんど想像できない。未開の領域は何もジャングルの奥や極地帯だけにあるのではないのだ。我々のすぐ近くに人知の及ばない空間がポッカリと口を開けているという、慄然とするような事実。そのセンス・オブ・ワンダーを描き出しているだけでも本作の存在価値はある。

 患者の中にはギャグを飛ばしたりして陽気に振る舞うオヤジや、通院する前より少しは良くなったと言うオバサンも登場する。しかし、彼らがいくらか普通っぽく見えるのは診療所の中だけなのだ。娑婆の世界ではシビアな現実が容赦なく襲ってくる。それを如実に示すのが映画のエンドロールだろう。観る者は少なからぬショックを受けるはずだ。

 後半、長いこと障害に苦しんで初老の年代に達した人物が登場する。彼は健常者が障害者に対して感じる“壁”よりも、障害者自らが作る“壁”の方が大きいと言う。その“壁”を突き崩そうと悪戦苦闘することが“生き甲斐”になっているような印象を受ける。連続する暗いエピソードの中で、この部分だけが救いのように思えた。

 それにしても、21世紀に入って吹き荒れた(構造改革万能の)新自由主義の嵐が、この福祉厚生の分野にも暗い影を落としていることを実感せずにはいられない。患者達の心中を理解することは出来ないかもしれないが、経済面でフォローすることは出来たはずだ。それを“自己責任”のスローガンの元に切り捨ててしまった過ちをリカバリーさせるには、膨大な時間と労力がかかるのだろう。実に遺憾なことだ。
コメント
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